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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽見確編
308/370

308話:見確めの儀・其ノ陸「幕間」

 時間は少し戻り、水姫と信姫の儀式の頃である。


「話、っていうのは何かな?」


 小柴は、あえて自身のことを【緑園の魔女】と呼んだ煉夜の意思を汲み、初芝小柴としての敬語ではなく、【緑園の魔女】として問い返した。


「ああ、【四罪の魔女】を当然ながら知っているよな」


 その問いかけに、小柴はきょとんとする。当然ながら同じ魔女であり、元々同じ場所で十四人の仲間として活動していたころからの付き合いである。知らないはずもない。


「そりゃあ、知っているけど、なんで、ここでミラ……じゃない【四罪の魔女】の名前が?」


 煉夜が【創生の魔女】の眷属であることは小柴も知っているが、今この場で急に【魔女】という存在に対する話を切り出すのは不自然である。だから、先ほどの試合で何かあったのではないか、と思うも、よくわからず、結果としてそのまま問い返すしかなかった。


「あの『猫又弥勒』って猫又はハゲ……もとい、一休仙人の使い魔……式神でな。向こうの世界でも交流があるし、今でも基本的には向こうの世界にいる存在だ」


 そこで、小柴は「ああ、なるほど」とうなずいた。そうであるならば、儀式前に親し気に話していたことにも納得がいく。


「問題はそこじゃなくてな、一休仙人に俺への伝言を託した魔女が2人いるってことだ」


 そうなると小柴の頭には先ほど名前が挙がった【四罪の魔女】と、そして煉夜の主である【創生の魔女】であることは簡単に想像がついた。だが、そうなると疑問が浮き彫りになる。【創生の魔女】ならば理由は分かるが、【四罪の魔女】が伝言を残したことが分からないのである。


「伝言内容は聞いていないの?」


 状況からして聞けていないことは分かっていたが、念のために小柴は煉夜にそのように問いかける。それに対して、


「ああ、聞いていない。後で話すといわれたからな。だが、気になったから【四罪の魔女】が俺に伝言を残す心当たりがないか、と思ってな」


 【四罪の魔女】ニア・アスベル。二方を根城とする魔女であるし、煉夜とも面識がないわけではないが、それでも残されるような伝言の内容は思い当たらない。


「いつもとぼけて抜けているようで、勘違いしがちな子ではあったけど、その本質はミラ・アガナートの頃から一貫して真実を見抜く審美眼だけは一級だったからね。もしかしたら何かあったのかもしれないけど」


「ミラ・アガナートの頃から……?」


 クライスクラにおける【魔女】は転生する存在である。そのことは煉夜も知っていたが、その名前を聞くのは初めてであった。


 二方を根城にする【四罪の魔女】ミラ・アガナート、現在はニア・アスベル。三方を根城にしていた【無貌の魔女】ステラ=カナート、現在は転生していないのか存在が不明であり唯一、転生で異界に生まれなおった【緑園の魔女】を除けば魔女でありながら異界に行ったものである。四方を根城にする【財宝の魔女】マイラ・サリウート、現在はマーサ・イルミス。五方を根城にしていた【緑園の魔女】キララ・タナート、煉夜と会った時点ではキーラ・ウルテラで現在は初芝小柴。六方を根城にしていた【虹色の魔女】ノーラ・ナナナート、現在の転生は確認されていない。八方を根城にする【創生の魔女】アスラ=ハルート、現在はユリファ・エル・クロスロード。魔女が不在だった一方は魔王リリア・ヘカルテが、七方は勇者イスラ・ヒースがおり、八人の聖女は各方にそれぞれ存在していた。


「そうミラ・アガナートの頃から。素っ裸だったり、抜けていたりで【創生の魔女】とはよく揉めていたかな。あの頃は六人の魔女全員がいたんだけどね」


 その言葉に未だ転生していないとされる【無貌の魔女】と【虹色の魔女】のことを思い、そして、【虹色の魔女】には姉を名乗る人物がいたことを思い出す。


「そういえば、今年の正月に【虹色の魔女】ノーラの姉を名乗る女性に会ったな。終焉の少女がどうとか言っていたが、よく分からなかった。しかし、雷司や裕華の伯母に当たる人らしいし、出自ははっきりしていて、よく分からなかったな」


 雷司の父に姉は1人しかおらず、妹はいないらしいので、出生を考えるならば血のつながり的な意味で、【虹色の魔女】と雷司の伯母が姉妹なはずがない。


「まあ、【虹色の魔女】が私のように外の世界に転生している可能性がないわけじゃないし、ありえないことじゃないんじゃないかな」


 ほぼありえないことであるが、その可能性がないわけではないと、【緑園の魔女】はいう。実際のところで言うのならば、その逆である。【緑園の魔女】こそ例外であり、【虹色の魔女】は生来の理に従って転生し続けているだけなのだから。


「話が逸れたな……。それで伝言の心当たりだが、向こうで何かあったのならどうにかして戻る手段を考えなくちゃならないんだがな」


「そうとは限らないと思うけど、【四罪の魔女】は前からアレについて調べていたからもしかしたらそのことに関係があるのかもしれないけど」


 【緑園の魔女】は【四罪の魔女】が調べていたことを一応ながら知っている。ただ、それが成果を出すのが難しいことは知っていた。何せ、六人の魔女が知恵を出し合っても分からなかったことなのだから。


「取り合えず話を聞いてからしか言えないけど、向こうに戻らなくちゃいけないようなことではないと思う。それだったら【四罪の魔女】はレンヤ君じゃなくて【創生の魔女】か別の人に話していると思う。だから、レンヤ君自体に関係のある話じゃないかな」


 そう、【創生の魔女】に話をせずに、直接煉夜に伝言を持ってきたことが問題なのである。であるならば、恐らく、【四罪の魔女】の目的は、「【創生の魔女】とその眷属」ではなく「雪白煉夜」という個人にかかるものである。事前に【創生の魔女】にも当たっているのだろうし、それで煉夜に会えなかったからこそ、煉夜個人に伝手のありそうな数少ない人物に伝言を残しているのではないか、というのが自然な考えである。

 そんな話をしているときに、信姫と水姫の儀式の決着がついたのだった。








 場所は変わり、千葉県にあるとある国際空港に複数の外国人が集っていた。その中心にいるのは年端もいかない少女であったが、なぜかその中の誰よりも高貴そうで、かつ、しっかりしているようにも見えた。


「さて、研究室旅行ということでついに来ました日本」


 そう、この集団はMTRSのリズことエリザベス・■■■■(エリアナ)・ローズの研究室旅行のメンバーであった。

 当然ながらリズと所属しているユキファナ・エンド、唄涙鷲美鳥の他に幾人かの研究室生がいた。前にリズの研究室に着ていたジェシー……ジェシカ・マートンはこの研究室の学生ではないためいない。

 ここにいるのは、アレクサンドラ、通称サーシャとアン、通称アニーの2人だけである。もっとも、彼女たちは新しく入ったばかりの学生であるが。他にも幾人か入った新しい学生は卒業論文にかかり切りであったり、研究のために予定が合わなかったりで、残念ながら来ていない。サーシャとアニーがリズの研究室に入ったのは、5月末である。もっとも彼女たちは卒業まで1年以上あるので、かなり余裕があるためこの場に来られているが。


「5人中2人が日本出身なのに、わざわざ日本に旅行に来るのも妙な話ね」


 などとユキファナが言う。ユキファナ・エンド、焔藤雪花は日本生まれであり、現在は英国国籍を取得している。唄涙鷲美鳥は名前その通りに日本人である。ただ、このユキファナの話には1つ間違っている部分があった。


「あのアタシも日本出身ですよ?」


 とサーシャが言う。アレクサンドラ・椎名・ドルワは日本で生まれ英国で育ったため日本にいた期間こそ短く、日本語もしゃべれないが、5歳くらいまでは日本にいたし、間違いなく日本出身である。


「あれ、そうだったんだ……?」


 きょとんとするユキファナ。基本的に話に参加しない彼女は研究室生のことでも知らないことは多い。正確には魂を見ればある程度の上辺の情報は分かるから、逆に頓着しないようになってしまっているともいえる。


「本当は他の子たちも来られたらよかったんだけどね」


 などと美鳥は呟いた。美鳥は卒業後も英国にいるつもりであるし、特に差し迫った問題があるわけでもなければ研究に関してもMTRSの中では比較的薄い日本分野に関する知識に明るいので、他の面々に比べて研究テーマが決めやすく、既存知識でどうにかなるような部分が多かったこともあって研究にひっ迫していない。リズもスファムルドラ帝国の魔法体系の論文に関してはある程度出来上がっているため自由だし、ユキファナも魂に関する論文や炎魔法に関する論文で、既に卒業資格がある。しかし、他の面々はそうもいかない。リズの指導で研究方針こそ固まっていたものの、結局、しめきりまでを考えると遠出をしている余裕はなかった。


 もっとも、指導員であるリズがこちらにいるので進捗もへったくれもないのだが、資料整理や文献調査などは可能であるし、下書き程度ならば可能である。

 今ではメールなどでのチェックもできるにはできるのだが、王立であり、かつ、王室直属であるがゆえに、文献の漏洩などを防ぐために、メールなどで研究資料を送受信することは禁止されている。


「まあ、卒業旅行として、またどこか行く機会があるでしょう」


 と、リズは笑う。正直な話、スファムルドラの聖盾の一件やそれと同時に起こっていた恩師コルキス・ガリアスの魂の件などを含めて、諸々の騒動のせいで研究室旅行があれよあれよと先送りになってしまったこともあって、このような時期まで研究室旅行が延びてしまった。そのため、卒業旅行と合併させて2つの旅費を合わせた豪華な卒業旅行にしようという声も上がっていたが、卒業旅行はあくまで自費のもので、研究室旅行は研究費から出すものであり、その経費等を細かく学校に提出するためにそういうわけにもいかなかった。

 これが在学生による自費ならばどうにかなるが、卒業旅行の時点ではおそらく卒業した学生からの費用に当たる上、卒業生ということはその時点で学生以外を研究費も含めたもので旅行することになるし、そもそも年度をまたいでいるので研究費を次年度に持ち越す必要が出てくる。そうでなくては次年度の研究室旅行は行えない。そういった様々な問題から結局、研究室旅行と卒業旅行は別日程で行われることになり、今年度中とはいえ、卒業研究発表の時期に被せるわけにもいかず、こんなにも急な旅行になってしまったのだ。


「それで、日本に来たのはいいけど、一部の地域は美鳥がNG出しているし、無難に京都観光でもするんでしょう?」


 ユキファナの言葉に、美鳥は微妙な顔、サーシャとアニーは嬉しそうな顔、ユキファナは呆れた顔をしていた。


「京都は初めてですし、アタシの出生地からも遠いので楽しみです」


 そんな風に言うサーシャ達を横目に、ユキファナは、「京都」で思い出す人物について、リズに問う。


「京都に行くって、彼には連絡しているの?」


「いえ、……本当は連絡すべきか迷いましたが、なぜでしょうかね。連絡などしなくても、会えるような気がしているんですよ。ですが、連絡しなくても会える、ということは……」


 苦い顔をするリズ。それに対してユキファナもリズの考えていることが分かったようで苦い顔をする。


「厄介ごとが待っていそう、ということね。んじゃ、京都に行かない、ってわけにもいかないでしょうね。でも、本当に何かあるときは、伊の一番にあんただけは英国に送り返すわよ。研究室旅行とはいえ、無理言って国外に出てるんだから」


「分かっていますよ」

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