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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽見確編
307/370

307話:見確めの儀・其ノ伍「本戦第一戦ノ肆」

 次の儀式に参加する2人が儀式の場に立った時に、「猫又弥勒」はその溢れるばかりの才気と呑み込まんばかりの闘気にかなり驚いていた。この場にいるのは、本戦第一戦の最後の儀式の参加者である冥院寺姫丹と市原裕華である。そして、「猫又弥勒」が驚いていたのは当然ながら市原裕華の方である。


 むろん、冥院寺姫丹も信姫や水姫、月姫たちに劣らないほどの才能や努力の跡を感じ取れていた。だが、それをはるかに凌駕するのが、この市原裕華という存在であった。


 正直なところ「猫又弥勒」から見た市原家とは、【退魔】の市原家であるように禍憑き祓いなどの、どちらかといえば陰陽師というよりは退魔士といった役割に関して特化した一族であり、陰陽師の才はそこまで特出するものではないという印象である。前回の「見確めの儀」に参加していた市原結太がまさしくその例であった。

 だが、目の前にいる市原裕華は、それからかけ離れた才能の塊のようにも見える。もちろん市原栄那のような例がないわけではないが、裕華のそれは栄那とはまた別の方向の異端さである。


 だからこそ、煉夜という異端を知っている「猫又弥勒」ですらも裕華という存在にはおののかざるを得なかった。もしもの時に自身ですら相殺できるかが怪しい相手、というのは「見確めの儀」という制度が始まって初めての経験である。


「そ、それでは、『見確めの儀』本戦第一戦、冥院寺姫丹と市原裕華の儀式を始めるにゃ。両者、全力を尽くし、術を磨き合うように……」


 若干、「猫又弥勒」の言葉に歯切れがないのはそのせいでもあるが、しかして、両者はその相図と共に札を抜き放つ。速度は裕華に軍配が上がった。見せ合いという儀式の体裁も何も考えていないかのように姫丹目掛けて《火》により生み出された炎の塊が、呑み込まんばかりのうねりを見せて襲い掛かる。

 その炎を姫丹は《滅》の札で受け止め、瞬間的に燃焼力が高められた炎は酸素を失い、一瞬の間に消え去った。


「んー、やっぱり冥院寺の【殲滅】の系譜の《滅》はやりづらいわね」


 などと軽口を言う裕華。冥院寺家に継承される【殲滅】という特異体質。それに少なからず影響を受けた相性のいい《滅》。その発動速度と効力は流石に裕華でも難しいところである。技が届いたときに潰されるのだから、隙を付く方法はいくつかありそうであるが、それでも正面突破は難しいだろう。


 だから、裕華は「神足通」の符で移動速度を跳ね上げて、姫丹の後ろに回り込む。だが、それは読まれていた。またしても《火》と《滅》の衝突であるが、しかし先ほどと違ったのは、炎が大きく燃え広がり《滅》で消える瞬間に大きくはじける。

 目くらましのように広がったそれに一瞬だけ気を取られた姫丹であるが、それでも目端で裕華の位置だけは捉えていた。


「その程度で……」


 姫丹が何か言いかけたが、そのタイミングで裕華が《火》を再び発動した。それを《滅》で受けようとして、正面からだけではなく四方八方から飛んでくることに気づく。

 裕華は、背後に回りながら地面の複数個所に、自身とパスをつないだ呪符を張り付けて、炎はそれから意識を逸らすためと、目くらましのためのものである。そして、その発動タイミングをずらして行うことで、波状攻撃となり、《滅》で受けられないようにした、が。


「《海守(うなかみ)》!」


 寸でのところで式札に持ち替えた姫丹が白蛇の式神である《海守》を召喚し、周囲を守ってもらい、その波状攻撃を受け切った。


「《火》の陸――《火成蛇(かなへび)》」


 が、超大規模の一撃が姫丹に向かう。一撃ゆえに《滅》で迎え撃つことも可能だが、問題は、その大きな術を消滅させるまで術を受け止めなくてはならないということである。月姫のように術を躱し、当たらない角度から《滅》をぶつけるのならばともかく、受け止めながらこれだけの術を消滅させるには身体が持たない。


 だから、姫丹が《滅》以外で唯一、最も早く展開できる術で相殺するしかなかった。


「《光》の伍――《光天使の槍》」


 一条の光が巨大な炎の塊を裂き貫く。これは本来ならばありえないことである。《風》や《雷》が木の性質であるとしたように、《光》は金の性質である。そのため、火とは相剋の関係にあり、火は金を融かすため相性上は悪いことこの上ない。

 単純な話ではないが、おおよそ火1に対して金3ならば、相侮(そうぶ)により、逆に火を呑み込むのもあり得ない話ではないが、今回は圧倒的に後から発動したうえに、少ない枚数での発動であった「《光》の術」が「《火》の術」に打ち勝ったのである。


「《光》とかまたレアなもんを……」


 などと裕華が呟いたように、《光》という陰陽術を使うのは希少である。火、土、水、金、木の5属性と木に属する風や雷は相応に使い手がいる。これらの他に召喚や視などもあるが、それらは除いても魔法には一定数存在する光や闇の使い手は陰陽術においては少ない。


 魔法ならば、煉夜が最初に習ったのが光の魔法であったように、あるいは、周囲を照らす灯りの魔法が一般的である地域もあるように、無難なものである。しかし、それが陰陽術において極端に少ないのは、光と闇というのが陰陽術における陽と陰の性質そのものであるからという部分も少なからずある。

 しかしながら、その希少な属性を有するのは、冥院寺家という家の性質と何よりも父である丹月からの遺伝という要素が大きいのだろう。

 冥院寺家は、他の家々とは対称的に、近年では海外の血や文化も入り、排他的傾向がある陰陽師一族の中では、珍しくも交流が盛んである。そうした中でやはり、陰陽師の慣例にとらわれない概念として光と闇というものの認識。特に姫丹と月姫の母方の祖母は勇者と魔王の娘の末裔であり、そうした光と闇という性質が血に入っているとも言えた。

 そして、姫丹と月姫の父である丹月は《光主の暴虐タイラント・ライトニング》という力を有していた。暴虐なまでの光の力である。それゆえに、残念ながら月姫は継がなかったが、光というその性質を姫丹は受け継いだのだった。

 技名の「天使」という陰陽師らしくないものも冥院寺家、というよりも姫丹のオリジナルだからであろう。


「あんまり使いたくはなかったんだけれどもね!

 《光》の漆――《熾天使の剣》」


 光の塊が剣の形となって裕華に降り注ぐ。それらを裕華は術で押し返すために呪符を重ねる。


「《金》の陸――《金鳥流(こんどる)》」


 金属の塊が光の剣とぶつかり、弾いた。そう、この光には実体があるのだ。正確には実体ではないが、光を凝縮し、そこに形を与えて押し固めたがゆえに、実体のない炎を貫くことができる光の槍を形成することもできたのである。


「なるほど、光剣とか光槍の魔法とかと同じ理屈ね」


 似たような魔法を見たことのある裕華は、大体の理屈は理解できた。だからこそ、どうするべきかは判断できる。


「《光》の陸――《智天使の一撃》」


 もはや陰陽術の撃ち合いとでもいうべきか、姫丹が光の陰陽術を放ち、それに対して裕華が陰陽術で迎撃する形になっていた。だが、それにある種の逆転が始まるのは、そう時間がかからなかった。


「《光》の伍――《光天使の斬撃》」


 姫丹の攻撃に対して、裕華が全く同じ札を重ねて、同じように術を発動する。


「《光》の伍――《光天使の斬撃》」


 裕華の方がワンテンポ遅れたが、それでも全く同じ陰陽術が発動し、衝突して消滅した。それに対して、姫丹は目を丸くするしかなかった。なぜならば、これは姫丹のオリジナルの術であり、他に使えるものは存在しないはずなのである。類似の術は存在すれど、同じものというわけではない。だが、裕華が使ったのはまぎれもなく姫丹と同じものである。


 確かに裕華は金の陰陽術も使っていたので光が使えるのはおかしくないのだが、それ以上に見ただけで他人の使っている術を理解し、放つなどという芸当をできる人間がいることが姫丹には信じられなかった。もっとも、煉夜も魔法であれば同じことはできるだろうが。


「悪いわね、こう見えても全ての陰陽術に適性があるみたいでね、こういう人真似なんかも見様見真似でやるのは得意なもんで、何となくでできちゃうのよね」


 確かに、裕華がこれまで使ったのは「神足通」と《火》、《金》であるが、火と金は相剋の関係にあり、《火》の適正なら火と木、土がせいぜいとされるものである。《土》の適正を強く持っている可能性もあるが、その器用さと自身が、何よりそれが事実であることを裏付けていた。


「はぁー、こういう化け物とは当たりたくなかったわ」


 肩をすくめながらも、放つ光の陰陽術であるが、それが裕華に届く寸前で掻き消える。まるで消滅するように。


「全部っつったでしょう。あんたらの《滅》とは違って消失タイプだけど使えるのよね」


 光をかき消しながらも、裕華は次の術を呪符で構成していた。《水》の札を複数枚重ねたもの。


「《水》の肆――《耳水駒(みみずく)》」


 水の塊が姫丹を包み込むように迫ったところで、「猫又弥勒」が儀式終了の合図を出しながら言う。


「そこまでにゃ。『見確めの儀』本戦第一戦は市原裕華の勝利にゃ」


 その言葉に応じて、裕華は水の塊を綺麗に消し去った。それに対してホッとしたのはおそらく「猫又弥勒」だけであろう。もしかしたらどうにもできないかもしれない、その思いは、戦いを見て、より強まった感じがある。


「冥院寺姫丹は《滅》と《光》という珍しい術式を器用に、そしてうまく扱えているにゃ。これまで相当な苦労と修練を積んだことがよくわかるにゃ」


 希少な術というのは、それだけ師事を受けられる相手も少なく、また、伝承されているものも少ないということである。それをどうにかするのは努力と発想力という、ある意味こらからを担っていく陰陽師にとってはもっとも大切なものともいえるものを姫丹はすでに充分持っているということだ。


「そして、市原裕華は異質とも言っていいほどの才気と実力を持っていて、既に陰陽師として完成しているにゃ。正直にゃところ、陰陽師としてにゃらば第一戦の誰よりもずば抜けているにゃあ」


 陰陽師としての突出した才能に加え、魔法や戦闘技術、父の一族からの遺伝資質である特異体質の【力場】。経験というアドバンテージがあっても、恐らく煉夜は裕華と互角といったところであろう。もっとも、本当に何でもありの場合ならば、幻想武装の内の概念的なものであるいくつかを使えば勝てるだろうが。

 こと陰陽術という面においては、司中八家内ではやはり裕華が頭を二つ三つ飛びぬけているのは間違いないであろう。

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