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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
陰陽見確編
306/370

306話:見確めの儀・其ノ肆「本戦第一戦ノ参」

「それでは、『見確めの儀』本戦第一戦、武田信姫と雪白水姫の儀式を始めるにゃ。両者、全力を尽くし、術を磨き合うように」


 「猫又弥勒」の言葉と共に水姫が手に持っていた式札に、信姫が式札と複数の札に霊力を通す。水姫は人型の式神《落葉》を、信姫は武田家に伝わる「楯無」を呼び出し、そのまま信姫は複数の札を刀剣のように伸ばす。札自体が雷の属性を付与されているらしく、刀身が帯電している。


「『雷刃符』」


 雷という性質は、五行論における「火」「土」「水」「金」「木」のいずれにも属しないものであるが、しかして陰陽術において存在している。このほかにも「風」や「光」などもその五行外に該当するものであるが性質においては、「雷」や「風」は「木」に、「光」は「金」に該当する性質である。

 そして、雷とは神の天罰とされることもあるが、それはすなわち神が持つ力の象徴でもある。信姫をはじめとする「楯無」にいる源氏らが信仰する「八幡神」も武神として信仰されている。武とは力、というわけではないが力の象徴は大きな意味を持つ。自らを「八幡太郎」と称した人物の末裔たる清和源氏は、それゆえに神の力である「雷」とことのほか相性がいいのである。


「《落葉》、足止めをなさい」


 一方で、水姫の方は、式神に足止めをさせて次の仕込みをするという典型的な陰陽師の戦闘方である。型通りの陰陽師というか模範的な陰陽師というべきか。それに従い《落葉》が水姫と信姫の間に立ち、呪符を取り出す。


 人型の式神、その最たる利点は人語を介することができるという点である。ただ、他の式として召喚される精霊や動物の類が、召喚者と意思の疎通を全くできないか、といえばそうではない。であるならば、人語を介することに利点はあるのだろうか。精霊のように炎をまとっていたり、水で形成されていたりという普通ではない点や動物や魔物のような術者が有していない並外れた嗅覚や聴覚があるわけでもない人型はなぜ高位の式神とされるのか。それは、それらにできない様々なことができるからである。例えば陰陽術を、例えば剣術を、例えば妖術を、そういったものを生まれ持たぬが学習することで様々に習得できることである。

 では、その人型よりも高位の神獣などはどうなのかといえば、人語を介する上にそれら以上の超常的で破壊的で多様な力を持っているというだけである。


「《金》の弐、――《金字塔》」


 札を叩きつけた地面から金属のトゲが信姫に向かって伸びる。《落葉》が持つ性質は《金》、《水》、《木》の3種類である。そして、その中で《金》を選んだのは当然であるが、性質ゆえである。

 金属は電気を通すから云々というものは関係なく、《雷》は《木》に属するといったように金剋木に従い《金》には相性が悪い。無論「相剋」であれば無条件に相殺できるわけではないが、金属のトゲを符刀である「雷刃符」で切るというのは難しい。


「なるほどね、普通の陰陽師とやらと正面からやり合うことはほとんどなかったけれど、こういう戦い方なのね」


 そういいながら、金属のトゲを《落葉》からの死角にしながら、水姫へと向かって走り抜ける。一瞬、信姫を見失った《落葉》はそれを許してしまうが、


「《水》の陸、――《瀑布天地無用》」


 《落葉》に攻撃をさせている間に符を組み合わせた……《水》を基礎とした合計32枚の札からなる《水》の陰陽術の中でも最高峰とされる術《瀑布天地無用》。その名前の通り、滝が天も地もなく上から下に、下から上に、絶えず落ち続けるものである。


「――滝と呼ぶには少々水量が足りぬから滝行にもならぬな」


 天も地もなく絶えず流れるそれを符刀で一太刀の元に切り裂いた。それをできるだけの人物が信姫の近くにいる。その力を借りたに過ぎない。


「なっ……、術を切り裂いた」


 これが呪符を切ることで術の効力を無くすのであったら水姫も衝撃を受けなかっただろうが、陰陽術そのものを切り裂くという超常的なことをされたのでは、驚くのも無理はないだろう。しかし、符刀もまた陰陽術によって成り立っているものである。考えようによっては陰陽術で陰陽術を打ち消した、ともとれるが、「雷刃符」は水姫から見てもおそらく「《雷》」の基礎によって成り立っている。

 煉夜が使う《水》や《火》のようなものを基礎の呪符とし、水姫や《落葉》が使うものはそれをもとに構成したもので、「《金》の弐」などは《金》の札を2枚使い構成している術式である。つまり、術の構成している札の時点で、そこに流れる霊力も段違いであり、6枚によって成り立っている《瀑布天地無用》を「雷刃符」で打ち消すことは水姫の常識からすればありえないことである。


「さすがに上級の術はきついわね」


 そういいながら水姫に詰めようとして、後ろからの殺気を読み、大きく距離を開ける。そこに《落葉》の《水》によって発生した水が通り過ぎた。

 実際のところ、信姫が水姫の術を切ったのは、そう難しい話ではなく、純粋な剣術によって滝を両断したことで霊力の流れが狂い、術が消えただけである。もっとも、そんなことをできる人間などそうおらず、この場にいる中では煉夜にしかできないだろうが、それでも、「楯無」の中にいる武田晴信には不可能なことではなかった。


「《落葉》、あれをやります」


 そして、大技である《瀑布天地無用》が破られてしまったために、水姫は次の手段を討ち始めていた。動揺こそすれど、想定していなかったわけではない。あの術が破られることも想定はしていた。だからこそ、それ以上の切り札を用意しているのである。


「《金》の肆、――《金上地》」


「《水》の弐、――《氷》」


「《木》の参、――《帯樹林》」


 《落葉》、水姫、《落葉》の順で陰陽術を発動する。金生水、金の表面に凝結で水が生まれる。水生木、木は水によって育てられる。

 術の相生により流れを生み、力を強くする。この場合は、《金》で《水》を強化して、《水》で《木》を強化しているのである。その流れによって、より大きな力へと変質する。

 そうして生まれた樹木の束が信姫へ向かって伸び生える。


「『火刃符』、『火太刀符』」


 それを信姫は迎え撃つ。符刀を2本。一刀は太刀に、もう一刀は小太刀にし、その属性は《火》である。《雷》に相性がいいといったが、その関係上、適性としては《雷》の属する《木》とそれが相生する《火》の属性を持つ。もっとも、《雷》ほど得意というわけではないが。


 火をまとう符刀が溢れんばかりに現れる樹の奔流を切断し、刻んだ。それが燃え広がりながら、木々を炭へと変えていく。そして、その木の合間を縫って水姫に向かって符刀が投擲された。


「そこまでにゃ。『見確めの儀』本戦第一戦は武田信姫の勝利にゃ」


 符刀を水の塊で吹き飛ばしながら消火して、「猫又弥勒」が言い放つ。正直なところ、「猫又弥勒」は感心していたのだ。


「先ほどの戦いが『新しい技』と『技を滅する技』の戦いであったにゃら、今回は『典型的な陰陽師』と『陰陽師の技を持つ剣士』という分類の違うもの同士の戦いだったにゃ」


 水姫を典型的な陰陽師とするならば、信姫は陰陽師の技術こそあれど本質は陰陽師ではない、いわば普通ではない外れた存在である。普通なものと例外的なものというのは対比的存在であろう。


「そして、式神で足止めをした大きな術式、相生を利用した術の流れの構築、どちらも陰陽師としては模範的でありにゃがらとても威力も高くすでに陰陽師としてにゃら完成された域にあるにゃ」


 そう陰陽師としてなら完成された域にあるというのは事実であろう。だが、それはあくまで「陰陽師としてなら」である。


「ただ、やっぱり経験の有無にゃんだろうにゃ。武田信姫や煉にゃあのような例外的存在相手にするような自分の知らないことをしてくる相手に対しては対応が難しいにゃ。でもそればっかりは経験を積むしかないからにゃあ」


 陰陽師の相手が、必ずしも純粋な陰陽師とは限らない。悪霊の類や陰陽師以外の魔法使いであったり、霊能力者であったり、陰陽師崩れなどが相手になることもあるだろう。そうしたときに、自身の知らない技術に対応できないのでは結局のところ意味はない。だから後は経験を積むか、それとも、知らないことでも読み取れるような超常的な能力を持つしかないだろう。まるで、人の過去を見通すような、そんな力を。


「武田信姫の方は、まさしく陰陽師らしくにゃいんにゃけれども、それを式神によってより引き上げているのを見ると陰陽師ともいえるのかも知れないにゃ。あるいはイタコや霊媒師の類ともいえるかもしれにゃいけれどもにゃ」


 妖怪の類に近く、霊視を持つ猫又である「猫又弥勒」は当然ながら「楯無」にいる源氏の魂たちを認識していたし、その力を借りていたのはきちんと分かっていた。その様子を見るに、確かに式神を使っているという点だけ見れば陰陽師でもあろうが、どちらかといえば霊を身に降ろす霊媒師の類にも見えるだろう。


「肝心の陰陽術の方は、《雷》以外は修行前の煉にゃあと同じくらい酷いにゃ。もっとも、込められる力の調整にゃんかができる分、幾分マシだけどにゃ」


 正直なところ信姫が使える陰陽術の位で言えば、《雷》だけに限って言えばトップクラスの術も使えるだろうが、それを符刀にする術はないし、結果、符刀を使うという縛りがあるせいで自由に使えない。

 これが、普通に刀を使っていいのであれば、もっと大きな技も使えただろうが、「楯無」と符刀に霊力リソースを裂いておきながら《雷》の上位の術を放つほどの余裕はないし、かといって、陰陽術を使うたびに符刀を消して、つくり直してを繰り返すような時間的余裕もない。

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