305話:見確めの儀・其ノ参「本戦第一戦ノ弐」
煉夜と姫毬は次の儀まで観客席に戻ることになる。完全に順番付けをするので、ここで負けた姫毬もまだ儀が残っている。そうして観客席に移動する道中、観客席から儀式を行う場に移動する八千代と月姫の2人とすれ違った。
「順当に勝ったみたいね。流石は九尾を式神として契約してるだけのことはあるわ」
となぜか胸を張る八千代。それに対して呆れたように「はいはい」と返して通り過ぎようとしたが、肩をガッと掴まれて止められてしまう。
「なんでスルーするのよ!」
この時の煉夜の心境はただ一つ「面倒くさい」という思いだけであった。もちろん、勝ち抜き戦で、形式上、次に煉夜が当たるのは、八千代と月姫の勝ったどちらかになるのだが、そこにそれほどの興味はなかった。
「いや、あっちとやってろよ」
と煉夜が目線で示したのは月姫である。戦う前に話すなら煉夜よりもそちらであろう。
「いやウチはあんまそういうの好かんし、そっちで預かってな」
顔の前で手をぶんぶんと振って拒否する月姫。その気持ちは煉夜も全く同じであった。しかし、この場で八千代とほぼ接点のない姫毬にパスしても、即座に剛速球で投げ返ってくることは目に見えている。
「わかったわかった、お前の技術楽しみに上で観戦させてもらうから頑張って来いよ」
かなり適当にあしらったが、それでも八千代は満足したらしく儀式の場へと向かっていった。後に残されたのは、微妙な顔をした煉夜と姫毬、そして月姫だけだった。
「それでは、『見確めの儀』本戦第一戦、冥院寺月姫と稲荷八千代の儀式を始めるにゃ。両者、全力を尽くし、術を磨き合うように」
あくまで本戦第一戦の中の二試合目であるため、ここでの「猫又弥勒」の口上も第一戦のままである。
儀式の初期位置に立っていた月姫と八千代。先に動き出したのは八千代の方であった。彼女が手に持つのは式札ではなく、通常の《火》の呪符である。牽制もあって、最初にいきなりそれを月姫に向かって放った。
「《火》」
だが、当然ながら、そんな適当に放ったものが当たるはずもなく、難なく月姫に買わされてしまう。術で相殺するまでもなく、である。だが、地面に着弾した炎の塊は燃え広がり、数瞬だけ炎の壁を作り上げる。
これは一瞬の隙を作るためのものであった。八千代がそれを行使するには陣を作るだけの時間が必要になる。煉夜のように術を遠隔で発動する術があるのならば、戦闘をこなしながらできるかもしれないが、当然ながら八千代にそんなスキルはない。
地面に描かれた呪符で形成される陣。中央に式札、それを囲うように《火》の四枚の札、それをさらに書こう《風》の八枚の札、そしてそれを囲む《火》の十六枚の札。それを見た観客席の煉夜は「むっ」と思わず声を漏らしたし、見ていた「猫又弥勒」も感心していた。
「来なさい、《焼き鳥》!」
せっかく格好よく決まる場面が、やけくそで付けた式神の名前で台無しであるが、陣の中心に手を当てながら、そこに霊力を流し込むことでそれは完成する。
大きな炎と共に巨大な炎でできた鳥が現れる。不死鳥の幼体であった《焼き鳥》が召喚という「儀式」プロセスとそれを補助する陣自体を、属性を持つもの、すなわち呪符で形成することでより活性し、それそのものを巨大な召喚魔法としての《火》とそれを大きくする《風》で強化した、いわば「強化召喚」とでもいうのだろうか。
煉夜も試したことはないし、なまじ一つの札でどうにでもできるから考えてこなかった手法であるが、それを使えば面白いことができるのではないか、と少し考えるほどには興味深かった。
「うっわ、でっかっ。こら相手するのに一苦労しそうやわ」
そういいながら月姫は札を取り出した。その札は、《火》を消火する《水》や《地》などではなく、《滅》と書かれたものである。
この場合における《滅》、すなわち消滅や滅却などという意味合いを持つ呪符は、相剋などによる相殺とはまた別の術であり、いわば霊力を無理やり消して、術そのものを破壊する、といえばいいのだろうか。
もっとも、《滅》にも複数の種類があり、霊力を奪い取るもの、霊力を消費させるものなどから、逆に霊力を膨大なまでに膨れ上がらせて術式そのものを破綻させるものまである。
「まあ、確かにデカいし、当たったら相当ヤバいんやろうけど、ウチ的には相性が良くて助かるわ」
そう、この儀式において、八千代が不運だったのは相手が冥院寺家の人間であったことだろう。それ以外の煉夜と信姫、裕華を除いた相手、つまり水姫と姫毬という酷く限定した相手に限ってだが、この術は非常に有効に働いていたし、勝っていた可能性は十分にある。
「デカい術っちゅうんは、それそのものに霊力を非常に食っとる上に、そのバランスが非常に難い。やから、そのバランスが崩れれば術そのものが崩れさる分けや」
すでに彼女は《滅》の札を持って、襲い来る巨大な火の鳥の背面に跳びあがっていた。そして、それをぶつけざまに、
「《滅》!」
と放ち、八千代の放った術の一部に膨大な霊力が生じて、内側から破壊されるように不死鳥の幼体は、無理矢理元の場所に戻される。召喚返しや消滅ではなく、強制的に術の定理を破綻させて、召喚そのものがなかったことになったのである。
「ほんでもって《風》!」
術の瓦解に伴う炎の渦で死角をつくり、その奥から八千代に向かってかまいたちのように鋭い風が吹きすさぶ。
「そこまでにゃ。『見確めの儀』本戦第一戦は冥院寺月姫の勝利にゃ」
その風を消滅させながら「猫又弥勒」が言った。煉夜の場合は、コントロールが他よりも数段優れていたために、直前でキャンセルさせるという芸当ができていたが、他の面々では難しく、そういう場合は、「猫又弥勒」が消滅させていた。それをできるだけの技量があるからこそ審判が務まるともいえる。
「しかし、これはいい術の見せ合いだったにゃ。稲荷八千代の『儀式型強化召喚』も、それを消滅させるだけの冥院寺月姫の術も互いにいいところが見られたとてもきわどいものだにゃあ。相手が違えば違う結果も見られたかもしれないしぜひともこの後も頑張ってほしいにゃ」
そう、相手が悪かった、というように、大きな術を使うには非常に相手が悪かった。冥院寺家の二つ名は【殲滅】である。その名前からも分かるように《滅》というものは非常に相性がいい。特に、相手の内部の力を膨れ上がらせて、内部から《滅》することに関してはおそらく日本の陰陽師において一番だろう。
月姫が最後に《風》で決着を付けようとしたが、彼女は口調や性格こそ父親似であるが、姉とは異なり、父親の能力の性質そのものは受け継がなかった。そのため《滅》以外の陰陽術はどれも平凡かそれ以下であるため、炎を目隠しにしていたこともあり、見えにくいもの、躱しづらいものを選んだだけである。
一方の八千代の「儀式型強化召喚」に関しては、これは、彼女自身の案、というわけではない。主に炎魔笑火の指導の下に完成させたものであり、おおよそは稲荷一休の召喚に関する儀式の研究と火属性の魔法においてはエキスパートとも言っていい炎魔家の知識を合わせて組み上げたものである。
召喚という儀式に、属性を組み合わせるというものがないわけではなく、しかし、それを属性という媒体で強化してより効率よく強化するというのはあまり見られなかった。これはそもそもにおいて、式神として契約した対象に属性が付与されているケースが稀なのとそれをうまく適用できるだけの安定した召喚になり得ないためである。これは契約した相手が不死鳥という存在であったことも幸運の1つであろう。
「いやぁあ、驚いたわ。あんなもんの相手はもう堪忍したい、といいたいところやけど、次の相手を考えるとそうも言えへんみたいやなあ」
そう、ここで勝ち上がった以上、月姫が次に当たるのは煉夜である。遠隔操作からの奇襲や多彩な攻撃を見ている以上、先ほどの巨大な火の鳥に匹敵する攻撃手段を持っていてもおかしくはない。なぜならば、その片鱗はすでに、去年の夏に感じていたから。自身の叔父に似たような、そこはかとなく危ない気配を。
「はぁあー、負けたわ」
肩を落として落ち込む八千代。この場合、本来ならば、次の相手は先ほどの戦いで負けた姫毬になるのだろうが、残念ながら、その負け同士の組み合わせには、火邑、七雲、群助が加わるため、そうとも限らないのである。
そして、初見ならば、あの「儀式型強化召喚」が効くだろうが、ここで見せてしまっている以上、その陣を作る前に潰す、というそれそのものをさせない戦法を積極的に取ってくることは明白であり、簡単に使えなくなったのは明らかだ。それらを含めて術の見せ合いとは術の選択や見せ方も大きな意味を持ってくるということだろう。
逆に言えば、「儀式型強化召喚」というひっかけ手段を手に入れたということでもある。なんとしてでも発動させたくない以上、それを召喚する素振りを見せたら全力で潰しに来ることが分かっているのだから、消耗戦に持ち込むなり、術を使った相手の隙を付くなりいくつでも使い方はある。
そんな儀式の場の様子を見ながら、煉夜は小柴の近くに移動をする。儀式中に大きく移動するのは目立ってしまう。話す内容的にもあまり人に聞き耳を立てられたくはないので、儀式が終わり、特に煉夜に目を向けそうな木連が、次の儀式を行う水姫に目を取られている間に、小柴の横に座る。特に許可などを取らなかったが、問題ないと判断したのだ。
小柴の近くに火邑もいるだろう、と思っていたが、煉夜の予想に反して小柴の近くに火邑の姿はなかった。と、言うよりも離れた場所で儀式の様子もろくすっぽ見ずに舟をこいでいる。やれやれと呆れたものだが、しかし今は幸運であったともいえる。
「おふてんちゃん……、いや【緑園の魔女】、少し話がある」
あえて【緑園の魔女】と呼ぶことで、その意思ををはっきりと示し、小柴の方も意識を切り替えて煉夜の方を見た。




