304話:見確めの儀・其ノ弐「本戦第一戦ノ一」
対戦カードである煉夜と姫毬以外の出場者は2階の観戦席への移動を促された。一方の煉夜と姫毬は「猫又弥勒」の指示でそれぞれの立ち位置に立っていた。そして、どちらも手に札を出している。もっとも、姫毬は式札、煉夜はただの呪符と手に持っている種類は異なるが。
煉夜は《八雲》を召喚することはこのタイミングではない。そもそも神獣の召喚というのは通常の陰陽師との戦いでは過剰な攻撃になる。だから、煉夜は自身での枷として裕華と信姫以外に《八雲》の召喚を禁じているのだ。
そもそも神獣というのは神の領域にある式神の中でも最高位に該当する。そんなことをすればもはや、煉夜は初手に《八雲》を召喚して任せればいい。それだけで済んでしまうのだ。そうなれば、確かに式神の召喚は陰陽術であるが「陰陽術の発展」には全くつながらないだろう。だから封じた。
「それでは、『見確めの儀』本戦第一戦、雪白煉夜と望月姫毬の儀式を始めるにゃ。両者、全力を尽くし、術を磨き合うように」
その言葉と共に姫毬は式札に霊力を込めて、自身の式である《朱錫杖》を呼び出した。朱の錫杖と書く通り、柄に朱の柄糸が巻かれた錫杖のような形をした杖である。そうあくまで錫杖のような形をした杖だ。
そもそもこの《朱錫杖》は歩き巫女に伝わる杖である《藍錫杖》、《蓬錫杖》などと並ぶ式神として召喚できる杖である。
歩き巫女は日本各地を歩き回り、その中で情報を集めていた。飛行機も車も馬車もない時代、巫女が馬に乗って移動することもできず、山中や山間を歩くことも多かったために杖が必需品でもあった。そうした中で、獣避けの鈴などを仕込んだものとして徐々に錫杖のような形になっていった。もっとも、その鈴や柄糸にはそれぞれ術が仕込まれていた。人避けや人寄せの鈴、邪淫誘発の香が仕込まれた柄糸。そうしたものをより活用できる形が錫杖のような形状であった。それでも明確に錫杖であると明言しないのは、錫杖が仏教由来のものであり、明確に用途が異なるからである。
そして、この杖には《輪枷錠》、《鎖消針》、《蜂手剣》、《香煙玉》などの道具の式札が複数仕込まれている他、頭と柄頭にそれぞれ地の呪符が仕込まれている。
「《地平》」
杖を地面に当てながら姫毬は一言、そうつぶやいた。それと同時に地面が隆起する。柄頭に仕込んだ地属性……陰陽術の五行論に則って言うのならば「土」の属性であるが、その巫術が発動したのだ。
「なるほど、杖にいくつかの符が仕込まれているのか」
そういいながら、煉夜は同じ《土》の符でその隆起を逆転させる。単純な引き出す力の勝負なら煉夜の方が数段早いし多い。そして、この儀式場は龍脈の吹き出し口の真上にある。この場の霊力はいくら使っても、というわけではないが枯れ果てることはない。
「《地》」
平という形状変質を省いた単純な陰陽術を放ち返す。そこで煉夜も打ち返そうかと思ったが、正直な話、力比べでは負けないものの、あくまで「負けない」であって「勝てる」というわけではない。特に《土》は雪白家からは遠い性質であり、煉夜も《土》の陰陽術は使えるが得意ではない。
であるならば、煉夜でも使えてかつ《土》に対抗できるのは別の呪符であろう。そう思いながら《木》の呪符を地面にたたきつける。
陰陽術の撃ち合い、特に《土》で荒れて露出した地面に《木》の陰陽術は、その奥底にある植物の根などから木を生み出し、姫毬の放つ土を呑み込んだ。
木剋土、五行論における相剋の関係性である。木は根を地中に張り巡らせて土を締め付け、そこにある養分を吸い上げて己の糧とする。《土》に相性のいいのは《木》の陰陽術である。そして木連の名前からも分かるように《水》や《木》、《火》が雪白家の性質として多く現れやすい。だからこそ、煉夜でも《木》は《土》よりも得意である。
「飲まれたっ!」
地面から生え伸びた木が《地》を食い止めたのを見て、距離を開けて、再度杖を振ろうとする姫毬であるが、煉夜はその隙を与えない。
「《火》」
基本の陰陽術であるが、己の魔力ごと霊力に変換して放つ煉夜にはそれで十分すぎる威力を持つ。その《火》は先ほど生み出した木を燃やし、より大きな炎へと変化して姫毬に襲い掛かる。
「《地壁》!」
転がるように地面に自分事杖を叩きつけて、隆起した土で壁を作り、炎を防ぐ。だが、壁を作るということは、己の動ける道を制限することに他ならない。自ずと次の移動場所を限定しているようなものである。
煉夜も氷で壁を作るようなこともあるが、あれは即効性とどこへでも出られる煉夜だから多用している芸当であって、この場合は煉夜相手に行えば次の出かかりを潰されるだけである。
「《水》」
姫毬が動いた瞬間を狙って、その横を水の塊が通り抜けた。間一髪当たらなかったそれを好機と見て、姫毬は杖の頭を地面に叩きつける。今までの柄頭ではなく、錫杖のようになっている杖の頭の部分を、である。
「《金剛》!」
金剛とは金属の中でも最も硬い鉱石、ひいては金剛石、ダイヤモンドのことを指す言葉であるが、この場合の意味合いとしては、硬い金属程度の意味合いに捉えていい。土中の金属をかき集めて金属との塊として出現させる。
それを姫毬は弾丸として煉夜に向けて飛ばす。鉄の塊を投げているようなものであるため当たったらかなりの威力であるが、煉夜の放った水の塊などとは違い、明確に形があり固形である。
「《水》」
だから煉夜が水の塊でそれらを打ち落とすのには苦労しなかった。これがどのくらいで打ち消せるのか判断しづらい火や水ならともかく、それに明確な形があって、かつ固形であるのならば、弾けば落ちるのだ。
「ま、まだ……」
まだ終わらない、と次の攻撃に出ようとした姫毬であるが、その周囲を火が取り囲んでいた。《水》で鉱石弾を弾き落としてから《火》を発動したにしては早すぎる。
「悪いな、仕込みはすでに終えていた」
姫毬の目端に映るのは弾き落とされた鉱石に貼り付いた呪符。煉夜は姫毬が《地壁》から出た瞬間の一発目から《水》の術で弾き飛ばすように《火》の呪符を飛ばしていた。そして、それらすべてと見えない糸のように霊力のパスをつないでおくことで遠隔的に術を発動したのである。その取り囲む炎に姫毬は次の手を打つ時間はなかった。
「そこまでにゃ。『見確めの儀』本戦第一戦は雪白煉夜の勝利にゃ」
猫又弥勒の言葉を聞いた瞬間に、煉夜は《火》へ送っていた霊力を全て断ち、術を解く。姫毬も《朱錫杖》をしまっていた。
「経験の差というか、場数の差が明確に出たにゃあ。それにしても卑怯というかせこいというか、よくもまあ、ああいう手段を思いつくにゃ」
霊力を扱う量などでは煉夜が勝るが、術の手数は姫毬が上。しかし、その2人の差を大きくしたのはそういった部分ではなく、単純な場数の差である。まあ、隠密行動が前提の「歩き巫女」の場合、場数が多い方が無能の証なのだろうが。
煉夜は生きるために戦うという意味でも、獣狩りという意味でも、魔女の眷属という意味でも戦うことは多く、また、生きている年数で見ても他より群を抜いて多い。一方、戦うことが少ない現代陰陽師、特に、衰退期に入って稲荷一休が復興させるまでは、戦いといってもせいぜい悪霊退治程度の時代が続き、戦う術というよりは技術、見た目といった部分の評価に傾いていた。
術の数はともかく、こと戦い方の手数において、この場で煉夜以上の手数を持つ者はいないだろう。
「正攻法ばかりでは生きていけないからな。卑怯結構、せこくて結構、ズルくて結構。生きていることにこそ意味があるってな」
「ユリファが言っていた言葉にゃ。まあ、ユリファらしいというかにゃんというか」
煉夜の場合は、魔女の眷属という理由や高額の賞金首という理由もあり命を狙われることや神獣、超獣たちとの戦いで命を脅かされることも少なくなかった。そんな中で、常々言っていたのが「生き残ること」ということである。そこには、眷属にしたことで命を狙われるようになった負い目もあるのだろうが、だからこそ「生き残ること」というのを【創生の魔女】は徹底して煉夜に教えた。
「しかし、陰陽師としても苦手ながら精進していたようでよかったにゃ。あの便利すぎる魔法があれば陰陽師の修行をやらなくてもいいのににゃ」
煉夜の、というよりもスファムルドラ帝国の、であるが、あの無詠唱の魔法は練度を上げれば煉夜やリズのように相当に便利かつ魔法使いとして一級品以上の存在になれる。であるならば、札を通す陰陽術など学ばずとも十二分に生きていけるだろう。
「一応基礎はハゲに習ったし、家業だからな」
これが分家の次男などであったらならば、煉夜も家を出るのでそこまで熱心に陰陽術を学ぶことはなかっただろう。だが、残念ながら分家とはいえ長男であるために、雪白家の分家として家業のために学ばざるを得ないのである。例え、異世界に行きたいと思っていても、「今は」そうやって学ばざるを得ない。
「そういえば、ユリファとニアからそれぞれ伝言を預かっているから後で伝えるにゃ」
「何?」
ユリファ……【創生の魔女】ユリファ・エル・クロスロードからの伝言については別に予想外でもなく、突然いなくなった煉夜を探しているだろうとは思っていたし、共に知己のある一休仙人を訪ねるのはおかしくなかった。だから煉夜が眉をつり上げたのは後者の名前、ニア、【四罪の魔女】ニア・アスベルからの伝言という方である。
「【四罪の魔女】がなんだって俺に。そもそもいつの伝言だよ」
あの世界とこの世界の時間の隔たりは分からないが、そもそもそれ以前に、いつその伝言を受けたのか、というのも微妙なラインである。
「まあ、今はとりあえず次の儀に備えておくにゃ。伝言の件は後で必ず話すからにゃ」
「そうだな」
そういいながら煉夜が見やったのは観客席にいる初芝小柴、かつての名前を【緑園の魔女】キーラ・ウルテラと呼ばれた女性であった。




