300話:各々の終着点とその先へ
険し気な山道を歩きながら山の奥へ奥へと進んでいく影が2つ。それは人影であった。1人はまるでチョコレートのように甘ったるい茶色の髪に、べっ甲飴のような瞳をした女性。もう1人は、僅かにオレンジ色の混じった茶色い髪に、赤みがかった黒い瞳をした女性。どちらも年のころは同じくらいで、仲のいい大学の友人のような見た目である。もっとも、2人とも、山に入るにはふさわしくないかなりの軽装で、その容姿の端麗さも合わさって、とてつもない場違い感が生まれているが。
「それにしても、楓和菜はまた厄介ごとに首を突っ込んでいたみたいだけど、どうしてそうあちこち首を突っ込んでいくかなあ……」
僅かにオレンジ色の混じった茶髪の女性、炎魔火弥が、やれやれとわざとらしく肩をすくめながら、これまたわざとらしい大きなため息と共にそのように言う。それに対して、チョコレートのような茶色い髪の女性、風塵楓和菜は、面白くなさそうな顔をしていた。
「あたしじゃなくて、勝手に首を突っ込んだのは美月よ。それをあたしに言われても困るわ」
確かに、出雲の一件で、手を貸すといったのは雷刃美月であり、風塵楓和菜ではない。彼女は途中から戦いに参戦しただけである。
「そうは言うけど、あなたの中のあなたたちは、それぞれ性格が違うように見えて、その実、本質として厄介ごとに首を突っ込むところは変わらないよ。突っ込む厄介ごとの種類が違うだけでね」
彼女の……いや、彼女たちの無茶に付き合わされてきた火弥は、本心からそう思っている。確かに、話し方や趣味、力は違えど、結局のところ、その本質は楓和菜に似ているのだ。
「まあ、要素こそ持たせど、人格そのものが異なるってわけでは本来ないからね。あたしはあたし、といわれたらそうかもしれないけど」
楓和菜に他の人格があるのは、いわゆる多重人格、解離性同一性障害とされるものではなく、「多含心理」という彼女自身の能力の応用である。先天的にあらゆる才能を持って生まれた彼女は、その力を幼少期から使うことができたが、それを幼少期で全て制御しきることが不可能と判断し、それらに特化した「者」を生み出した。そして、それを生み出す際に含んだ要素が、それらの人格を形成しているのだ。あくまで本質は風塵楓和菜であることは間違いないのだろう。
「それで、今回はどんな無茶に手を出して、解決したの?」
解決した前提なのは、いつも厄介ごとに首を突っ込むと、その厄介ごとの中心に立って解決してしまうからであろう。
「今回は本当にお手伝い程度よ。それとついでにストレス発散も兼ねていたけど。久々に本気で殴ってスッキリしたわ。十二継までつなげられたのは、怜臥君とやったとき以来かしらね」
全力をぶつけられる相手、場所が限られるからこそ、フラストレーションがたまりやすい。適度に発散しないと衝動的に星1つでも壊したくなるので、戦うことは彼女にとっては重要なことなのだ。
「怜臥君……、ああ、千路河原の御曹司の彼ね。そんなに強いの?」
噂に聴く範囲で、火弥の知る千路河原怜臥という人物は、楓和菜の攻撃に耐えられそうなほど強くはない。せいぜい、自身と同じくらいであろうと思っていた。
「強い、というか、あれはそういうのじゃないわ。堅い、というのとも少し違うんだけど……。純粋な攻撃力って意味では、面白い子に出雲で会ったけどね」
その言葉に、火弥は目を丸くする。楓和菜が面白い、と断言するのは珍しい。前に同じことを言っていたのは、雷司の父に会った時と出雲リンカが連れてきた久遠寺総史郎の孫と戦った時くらいであろうか。
「楓和菜のお眼鏡に適う子が、あの出雲にいたの?
じゃあ、お手伝い程度だったのはそのせいかしら」
普段なら中心に立って解決していく楓和菜がお手伝い程度で済ませたのは、ただ単にストレス発散をするためではないのだろう。だとするならば、その人物がいたからではないか、と火弥は予想した。
「まあ、そうとも言えるわね。あたしとしては、会うのは2回目だったんだけど。前は、会って話すどころじゃなかったから。今回も直接は話していないしね」
煉夜と楓和菜が初めて出会ったのは、煉夜が光月龍太郎を風塵家に案内したときである。しかし、その時煉夜と話していたのは岩波美里亞であった。それに今回も煉夜と直接会話していたのは雷刃美月であり、風塵楓和菜ではない。
「それで、どんな子なの。あなたが興味を持つくらいだから、相当なんでしょうけど」
火弥の頭の中では、その人物がどのような人物なのか、色々と考えが浮かんでいた。しかし、どれも具体的ではなく、何となくのイメージなので、特に形を得ない。
「相当、というか、あれは、そうだなあ、王子様に匹敵するくらいの異質な性質を持った子、かな。それもあたしが今まで見た中では、トップクラスに歪んでいる」
ここで指す「王子様」とは、楓和菜にとっての、という意味ではなく、雷司の父に対してつけられた楓和菜たちの仲間内でのあだ名のようなものである。
「それって、『転生者』ってこと。まあ、最近だと増えてきていて、さほど珍しくはないっては聞くけど、それでも滅多に見かけないでしょう?」
その言葉に対して、楓和菜は首を横に振る。どの部分を否定しているのかといえば、後半ではなく、前半の部分である。
「単なるあたしの直感でしかないけど、あれは、転生の類じゃないわ。でも、その内に6つの魂を有しているし、それに密度が違うわ。常人ではないほどに密度の濃い経験をしているはずよ」
魂を有するというのは、煉夜の持つ幻想武装に由来するものであろう。煉夜が触媒としているこぶし大の宝石はあくまでも鍵に過ぎず、魂の中に物を収納しているという形になる。つまり、煉夜の中には六人六属分の魂が入っている。
「実際に見たわけじゃないから何とも言えないけれど、確かにいびつね」
話を聞く限りでもおかしいと思う存在である。魂の中に何かがいる、という例は火弥や楓和菜からすると少なくない存在である。第六龍人種や狗神のように、人以外の何かが入っている例もある。だが、複数となるとまた話は変わってくる。《コウ》龍を宿す者など、そういった例がないわけではないが、限りなく少ない。
「でしょ?
名前は雪白煉夜君っていうんだけどね」
名前を聞いて、火弥はピクリと眉を上げる。彼女も京都に居を構える魔導六家の長たる一人であり、司中八家のことは当然知っている。
「雪白って、あの【日舞】の雪白のこと?
でも、あの家から傑物が出た記録なんてこのところ滅法聞かないし、それに、現当主の娘もせいぜい秀才止まりの子でしょう。分家か何かだとしても、そこから出たとすれば異質というか、隔世遺伝どころの話じゃない突然変異じゃないの」
散々な言われようであるが、間違いではない。この世界において、雪白家は、初代を除いては凡庸というか、稲荷一休などに代表されるような天才の類は排出されていない。もっとも、「陰陽術の分野において、では」という注釈が付くが。【日舞】、つまり舞踊の分野では突出した才能も生まれる例は多い。水姫もその1人である。
「その雪白よ。まあ、突然変異というのはあながち間違いじゃないのかもしれないけれど、それだけじゃない、というか、あの子の変異はそこまで大きなものじゃないわよ、多分。せいぜい魔力が人並み外れているくらいでしょうね」
煉夜の生まれ持つ才、その中で人並外れているのは、魔力量が常人のレベルを優に越えている程度であり、他の人外とされる者たちほど異質な才を持って生まれたわけではなかった。
「そんなはずないのは楓和菜が一番知ってるんじゃないの?
ただの人間にあなたが目を付けるわけないじゃない。いえ、この場合は、ただの人間なのに異質だったから目を付けた、という可能性もあるけど」
ただ魔力が多いだけ、その程度ならばざらにいるだろう。そこに何かを見出したからこそ、楓和菜は煉夜という人物に興味を持ったはずだ。
「そうね、あれは、力自体は、彼が数百年の研鑽で磨き上げた正真正銘の実力でしょうね。本人の呑み込みの良さとか資質とかはあったかもしれないけれど、それでも、異能と呼べる範囲ではなく、常人の域でしょう。武具や武装は、同じように自身の経験を糧としたもの。そして、それだけの濃密な経験を送った理由は『呪い』にも似た『寵愛』と、それを大きく覆す本人の強靭なまでの意思でしょうね」
神であるアングルトォスや風塵楓和菜をして、常人ならば死んでいると思わせ言わしめた「呪い」にも似た「寵愛」。それを受けてなお、生きていられるのは、それを耐え忍ぶだけの強靭な意思があるからであろう、と楓和菜はいう。
「気合と意思の強さだけで数百年を生き抜き、常人から超人に、ねえ。確かにあまり聞いたことがないわね」
例がないわけではない。煉夜のように異界に飛ばされ数百年ということも稀にだがある。だが、その大抵は、ある程度の力を手に入れて満足するか、そこに至る前に死亡する。元から超人でもない限り、必死に生き続けるために努力し続けることはできないだろう。
それこそ、煉夜には、指名手配犯になるという経緯から安息の地が少なかったということもあるし、魔女の眷属として知られていたこともある。そうしたこともあるだろうが煉夜は停滞がなかった。休息こそあれど、ほとんどの時を闘争に明け暮れていた。
「まあ、いずれ、あなたとも出会うことがあるかもね。特に火弥にはアレがあるから」
「アレって、『逸葉唄』のこと、それとも『駆津神』のこと、それとも……」
そんな会話をしながら、彼女たちは山の奥へ奥へと歩いていく。ある物を探すために。
とある世界のとある場所、などというあいまいな表現であるが、普通の一軒家、というには少し広く、大きな家の近くに、場違いな着物を着た女性がいた。神殺しの神を宿す女性、春谷伊花である。
「あっ……」
自然全てから見放されるような感覚が消失する。西野橙紫のいるテリトリーに入った証拠。万物に宿る神から忌み嫌われる性質を打ち消されたことにより、通常の人間と同じような状況に戻るのだ。
「春谷さん、どこに行っていたんですか、というか、その格好は?」
どうにもそんなに気にした様子もないのは、彼にとって、伊花が行方不明になっていた期間が5時間に満たないからだろう。珍しくはあるが、ないわけでもなかったことなので、そこまで大きく気にしていなかった。
「ああ、西野君、ちょっとそこまで……で済む話じゃないけど冒険に」
確かに「ちょっとそこまで」で済む話ではない。だが、橙紫にとっても5時間であったら「ちょっとそこまで」で済む話なのかもしれない。
「わざわざ着物を買い付けにでも行っていたんですか?」
伊花の格好は着物である。なぜ、着物なのか、というと、色々と理由がある。そもそも、身一つで異世界に飛ばされた伊花はその格好のままで山を歩き回り、その後もその服を着ていたが、流石に無理がたたったのかほつれや破けなどがあった。もはや、直すよりも買い替えた方が安上がりで済むのだが、無一文。
当初は、柊家が「衣類を買うくらいの資金は出す」といったのだが、住む場所と食を提供されているのに、この上服までも、となると伊花の気持ちの踏ん切りがつかなかった。そこまでしてもらっているのなら服が増えたくらい変わらないだろう、と思える図々しさがあればよかったのだろうが、あいにく伊花は見知らぬ土地でよくしてもらった人にそう思えるだけの図太さは持ち合わせていなかった。
そうした経緯で、柊家にあった深津姫のもう着なくなった着物をもらったのである。もっとも、その着物の額を知っていれば、彼女は絶対に買ってもらう方を選んだであろうが。
臙脂色で梅の柄が入ったそれは、120万円ほどのものである。柊家にとっては安めの着物であり、深津姫が昔、部屋着用に買ったものであるが、その値段を聞いていたならば、伊花はおそらくその辺のチェーン展開している衣料品の店で適当なものを見繕っていたに違いない。
「この着物は貰い物。行った時に着ていた服はダメになっちゃったからこっちに入ってるの」
手に持つ和柄のトートバッグは、着物を着ているときに持ち歩いてもおかしくないようにと沙津姫が渡したものである。本来ならば、着物が崩れるのでもっと小さい、手で持ち歩くようなポーチなどの方がいいのだが、荷物の量が量なので、そのバッグになった。
「ダメになったって5時間足らずで何をどうしたらそうなるんです?」
「あ、5時間くらいなんだ。睦月さんは3から9時間くらいってアバウトに言っていたけど、そのくらいならまあ大丈夫かな」
世界ごとに時間の流れは異なる。そのうえ、その世界同士を移動するとなると、道程によっては、さらにズレが生じることもあるのだ。煉夜の数百年が3ヶ月であり、沙友里とは居た期間に対する元の世界での流れた時間が異なるように、伊花の数日間は橙紫の5時間ほどである。だが、それを明確に計算する術を持つ者はほとんどいなく、この世界に伊花を連れ戻した睦月ですら、短くて3時間、長くて9時間が経過しているということくらいしか分からなかった。まあ、3時間から9時間だとすると間を取れば6時間なので、ちょうど予想の真ん中くらいであれば許容範囲であろう。
「どういう意味です?」
伊花の言葉の意味を問う橙紫。それに対して、意味深に笑みを浮かべる。なんと説明すべきだろうか、何を説明すべきだろうか、何から説明すべきだろうか、そんなことを考える。
「そうだね、ちょっと、異世界に誘拐されていたの。数日間ね。まあ、こっちでは5時間くらいしか経っていなかったみたいだけど」
誘拐、とは穏やかではないが、事実誘拐であった。紫泉鮮葉のつくった機械によって再現された次元誘拐。
「それで、変な組織の陰謀に巻き込まれたところを、西野君に似た子に助けられたの」
下手な漫画か妄想話の類か、と呆れかけていた橙紫が自身に似た人物なることを聞いて、初めて話半分から切り替えて、本格的に話を聞く態勢を整える。
「俺に似た、ですか?」
橙紫自身、自身を性格的な意味で変わっていると思ったことはないし、誰かから指摘されたことはない。そのあたりならば似ている人間がいてもおかしくはない。しかし、能力に関してならば話は別である。だから、それがどの部分が似ていたのか、というのは橙紫にとって重要な部分であった。
「うーんと、そうだね。似ているっていうのはちょっと語弊があったかもしれない。でも、何というか雰囲気が近かったかな。持っている力も、姿かたちも全然違うのに、それでもなんだろう、その根底、芯の強さっていうのかな、そういうところは、本当に西野君を見ているみたいだったよ」
伊花自身、橙紫の何もかもを知っているというわけではない。だが、それでも、その根底にあるその芯の強さ、意志の強さは知っている。そして、その部分は煉夜と非常に似通っているようにも思えた。
「芯の強さ、ですか……?」
しかし、まあ、そういった部分は大抵自分では目のいかないものである。橙紫自身もその自覚はあまりない。
「そう、芯の強さ。意思の強靭さ、と言い換えてもいいのかな。確かに、あの人は魔法や身体能力なんかが人並み以上だったけど、そうじゃなくてね、何というか、全てを包み込むというか、背負い込むというか……」
言ってしまえば「覚悟ができている」ということなのだろう。自分の身に起きたこと、自分が見たもの、自分が聞いたこと、そういった全てのものに自身で責任を持ち、全てを抱え込むだけの覚悟が。
「まあ、背負っていかなくちゃならないのは、みんなそうですよ。春谷さんが『第一研究』を背負っているように、そして、『混沌の因子』を背負っているように」
「ああ、そういえば、その『混沌の因子』っていうのも睦月さんが言っていたけどどういう意味なの?」
話は絶えず、移ろい続く。これからも続く人生の縮図のように。
「神殺しの神」の研究によって生み出された非業の女性と「混沌の因子」の1つ、「第17因子」を生まれ持つ化身たる青年の運命は複雑に絡み、その世界を揺るがす「四大元素の崩壊」につながるのはまだ先の未来の1つの可能性である。
出雲大社の「上」、本当の出雲大社の奥で、2人の人物が向き合い座っていた。1人は女性、神々しい雰囲気を持つ気品あふれる女性で、その所作の一つ一つからもそれが現れている彼女は、駿部四姫琳である。それと向き合うもう1人の人物は、赤と表現するには物足りない、しかし緋色や朱色でもない、噴き出した鮮血のような鮮やかな「赫色」をした髪が特徴の男性、四姫琳の直属の上司に当たる二階堂扇である。
「しかし、凶星とは驚いた。流石に『上』も戦々恐々だったようだけれど、それが無事に解決したのは間違いなく君の功績だよ」
そのように話を切り出され、四姫琳はバツの悪い表情をする。正直、ジョンとの交友関係等は上司を含めて組織には一切伝えていなかった。無論、一部の勘のいいメンバーは知っていたのかもしれないが、少なくとも四姫琳自らがそうだとあからさまに公言したことはなかった。
「何、気にしなくていいさ。君の友人関係をとやかくは言わないし、君たちの持っているアレをどうこうしようとも考えていないから。ただ、我々の目的は一つ、『日本を守ること』、それだけだ。それさえ守るのなら何も問わないよ」
そもそもにおいて、扇を含め、上層部、つまり神代・大日本護国組織のリーダー、副リーダー、遥かなる天鈴の師団長、副師団長などの面々は、四姫琳の交友関係のことを把握していた。だが、それらが、「日本」あるいはそれに該当するものに攻撃を加えることが目的の勢力ではないことも理解していたため不問扱いだったのである。
「それで、アングルトォスという神だったね、彼は相当な神だ。一世界の創造神から分離し生み出された『安寧の神』だからね、主神かそれに近いだけの力を持つ神だよ。もっとも、その世界は『最古の術師』の魔術派に所属するジル・ド・レによって邪神……破壊神を復活させられたことでかなり狂ったようだけれど」
調査結果の紙束を読みながら、扇はそのように言う。しかし、それに対して四姫琳はちょっとした疑問を抱く。
「一世界の事象なのにそれだけ詳しく調べているということは、その世界での我が国に何か影響があったということでしょうか?」
基本的に神代・大日本護国組織は、日本に関わることでなければ大雑把にしか調べない。だが、今回は、それにしては細かく調べてある。いくら、アングルトォスが動くことを察知していたとしても、そこまで調査が進むものではない。
「ああ、いや、そうだね、このジル・ド・レが破壊神を復活させたのは別の世界の日本だったから、だよ。まあ、その時は、我々が動く前にジル・ド・レも破壊神も始末されてしまっていたから、結局事後調査をするだけだったけどね」
その言葉に、四姫琳は目を丸くした。なぜならば、それがどれほどありえないことか、というのを知っているからだ。日本で起こった外敵からの攻撃は、すぐに反応ができるように体制が整っている。それよりも早く、それも主神クラスと強力な魔法使い相手に完封できしてしまうなどということは考えにくい。
「『最古の術師』はリーダーが錬金術派ということもあり、錬金術派の方がつわものぞろいの印象がありますが、魔術派も決してそれに劣るわけではない第一世界の歴史に名を遺した魔術の偉人たちです。それに、主神に匹敵するだけの破壊神も相手にして、それを短時間で片付けられるとは……。強力な力を持つ者が複数いたのですか?」
考えられるのは、集団で挑み、数の暴力で終わらせること。ただし、普通ならば天と地ほど離れている差である。ただの人間がごまんといたところで結果は見えている。だから、強いものが複数必要になる。
「残念ながら、ジル・ド・レおよび破壊神とその十一の眷属……内一体は行方不明だが、十体も含めて戦い、全てを切り伏せたのは1人の人間がしたことである、というのが調査結果。ただ、何らかの干渉によってその人物が誰であるのかの特定はできなかった。まあ、《チーム三鷹丘》の本陣がいた世界だからその関係者によるものだろう、ということだよ」
グレート・オブ・ドラゴン、偉大であり儚い龍皇女を宿しているために記録や記憶から抜け落ちるという性質を持った雷司や裕華の伯母が、かつて解決した事件の一つである。
「ああ、あの一族の関係者なら納得ですね」
そして、《チーム三鷹丘》というのは四姫琳に納得させるだけの説得力を持つ名前であることも間違いない。
「それよりも、私用の方はどうなっているんだい?
ちょっと頼みたい仕事が出てきていてね」
四姫琳が出雲にいるのは仕事半分、私用半分であった。そして、私用の方には手を付けられていない。
「まだ進捗はありませんが、次の仕事、ですか?」
緊急な仕事ならば、私用を放棄してでも仕事を取るべきであろうことは理解している。しかもわざわざ使用の進捗を聞いてくるということは四姫琳にしか頼めない仕事、ということなのだろうということも言われずとも理解した。
「そうだね、といっても、この世界での仕事だからそんなに身構えなくてもいいし、そんなに緊急度が高いわけでもないからそこまで気にしなくていいよ」
この世界での、という言葉で眉根を寄せる。アングルトォスという危機は既に去っている。しかし、それでもこの世界で仕事があるというのならば、それ以上の危機が迫るということだろう。
「そこまで難しい話じゃないんだけど、京都に行ってほしい」
「京都、というとあの京でしょうか」
四姫琳にとっては故郷といっても差し支えない地名であるが、あくまで、世界が異なれば事情も異なる。時代なども違うので、四姫琳の故郷とは全く別であるが。
「ああ、そうだよ。その京都で少しだけ見張っていてほしい人たちがいる」
見張りというので、微妙な気分になる。第二師団「氷点姫龍」は畏怖や信仰を集める師団であり、見張りや潜入捜査ならば第一師団「八咫鴉」や第三師団「紫鳳桜」などの専門師団に依頼するのが筋であろう。
「雪白煉夜、および、雪白水姫の両名を監視しておいてほしい。いや、監視とまでは言わないけど、少し見守るという表現の方がいいのかな。そこまできちんとしたものではなく、やんわりとみているだけで構わない」
見張り対象の名前に四姫琳はいよいよ頭が痛くなってきた。まず、煉夜に気づかれずに監視をするというのが難しい話である。もっとも、いくつか道具を使ったり、魔法の中でもいくつかを経由させたりでできなくもないが。だが、それ以上に「見守る」という言い方や「きちんとしたものではない」という方も引っかかる。そして、最大に謎なのが「雪白水姫」も対象に含まれている点。
「なぜ、あの2人を……?」
当然ながら理由を問いたくなる。それに対して扇は表情こそ崩さないものの、あまり芳しくない雰囲気で答える。
「先のアングルトォスという神ほどで直接的な話ではないんだけどね……」
そして、その話の内容に、四姫琳はアングルトォスの言葉の意味を再認識した。「呪い」とはそういうことか、と。私用の方はいつでもできること、といえば、そうでもあるし、簡単に一部だけ済ませて京都に向かう覚悟を決めた。
魔法少女独立保守機構本部がある学校のような空間、そこに前代の魔法少女たちが集結していた。各々が九つの燈籠すべてと魔法的なアクセスを結んで、である。
そんな中、睦月は、あの世界を出て、伊花を元の世界に送り届ける前に煉夜とした会話を少し思い出していた。
「そういえば、まだ対価が1つ残ったままだけれど、いつ会えるとも分からない私相手に取っておいてもいいの?」
煉夜は睦月に対して2つの対価を払ってもらえるはずであったが、1つ分の対価で礼守の救出に協力してもらうことを取り付けたわけである。しかし、もう1つ分は余ったまま。
「ああ、構わない」
そもそも、煉夜は特に睦月に頼ることもないし、叶えてほしい願いらしい願いも「クライスクラに行く」というもの以外ないが、その願いも睦月には完全な形で叶えるのが難しいということも分かったために、特に願いはない。
「そ、じゃあ、またいつか会えることを願って」
と、そんな経緯で別れた。そこから、仲間たちの状況を把握して、全ての燈籠とアクセスをつなぐまでに、相当な時間を有したことは言うまでもない。だが、ようやくそれも終わった。九つの燈籠、九つの門、それは天国への扉となり得るか地獄の門となるか。
果ての無い闇と終わりのない虚無だけがある何もない空間。そこに彼女は1人、ただ1人でさまよっていた。九日美衣。かつて、その名前で生き、そして、睦月をはじめとした5人の最強の魔法少女、睦月、ヴェルフ、舞魚、烈、清子をつなぎ合わせたただの少女である。
考える時間などいくらでもあり、考えることはただの1つ。友人達の行く末を。
そこには悲嘆も絶望もない。ただの希望だけが彼女の心に、魂に、肉体にくすぶっている。それゆえに、彼女はこの暗闇の奥底でも果てることはなく、永劫という時間をさまようことに耐えられる。
そんな中、彼女に一筋の光が差し込む。扉が開かれる音。次の使用者が現れたのかと思うが、どうにも違う。外に流れ出るような力の流れはなく、そして、自身がそれに吸い寄せられていることが理解できた。
だから、彼女は思う。彼女たちは希望だ、と。魔法少女は希望を与え、希望になる存在であるのだ、と。自身は魔法少女にならなかったが、それでも魔法少女の友として、その希望を間近に見て生きてきて、その希望はどれだけの時間が流れたのかもわからない果ての無い闇を照らし続けてくれた。
だから彼女は門から飛び出しながら言う。
「みんな、ただいま!」
自身の希望達に向かって明るく、そう告げる。あの頃と変わらぬ屈託のない笑顔で。そして、これからを歩む。その希望と共に……。
次章予告
京都司中八家の次代を担う陰陽師たちの修行成果の発表の場、「見確めの儀」がついに執り行われる。
その審判を務める猫又の式神と煉夜は知己があった。
そういった驚きもありながらも行われる「見確めの儀」。
次代の頂点に立つ陰陽師は誰なのか……。
――そして「見確めの儀」の後に起こる異変とは。
――第九幕 二十章 陰陽見確編




