表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪の陰陽師  作者: 桃姫
司中八家編
30/370

030話:京都幻獣事件其ノ参

 空を舞う光の粒を、天城寺家の祭壇から大地、矛弥、木連は見上げていた。裕太は天城寺家に囚われていた人々を解放するために、作業していたために、もう見上げてはいなかった。


 妻の奇行や妹の奇人、さらにその妹の超人っぷりと、その夫の異常さに、超常的なことには慣れていたはずの大地だったが、流石に今回は何が起こったのかすらわからず、あっけにとられていた。矛弥もまた同様に、娘の様に思っている主人とその夫により超常的なことには慣れているつもりだったが、流石に口がふさがらなかった。


 一方、裕太は、超常的存在に殺されかけたり、超常的現象を見たり、そんなことをしていたことから、スルースキルを身に着けたために、このような事態でも動じていないのだ。

 そこに水姫が駆け込んできた。木連より、朝に聞いた話から、天城寺家に居ると踏んで、学校から駆け付けたのである。


「父上、一体何が起こったのですか!」


 水姫は他の人間には目も暮れず、木連にそう問うた。しかし、木連は首を振る。そう、何が起こったのかもわからないのである。煉夜が何かしたかもしれないとも思い、式を手繰ったが、式は全て消えていた。そう、煉夜に放たれた式は1つを除いて、ガベルドーバの召喚に際し、ここらの霊力が乱れたことにより消失していた。ただ1つ、ここらの霊力をよりどころとしない式は消えていなかったが、煉夜は、それでも魔法を放ったのであった。


「何がどうしてこうなったのかは、分からない。儀式が失敗したのか、誰かがあの怪物を消したのか、いずれにせよ、もう危険はないだろう。一応、警戒はしているものの霊力が安定してきているからな」


 自分の常識の及ばぬことが起こった、それ以上のことは木連にも分からなかった。ただ、この事件には何か超常の力が関わっている、そんな予感はヒシヒシと感じている。


「ふん、こんな規格外、あいつが関わってないなら、この間来た雪白煉夜以外に起こせねぇだろうよ」


 本当に独り言のように裕太はつぶやいたために、少し離れていた木連や水姫には聞こえなかったが、その声音にはなつかしさを感じているような、そんなニュアンスが籠っていた。そして、それは大地も矛弥も同様に思っていた。


「天城寺家は、おそらく、今回の件で司中八家を追放されるだろう。後任の家がどこになるかは未定だが、天龍寺(てんりゅうじ)家が抜けたときとは違い、すぐに後任が決まるだろう。政府も、何か所か当たりを付けているとうわさがあったしな」


 もはや、ボロボロになったこの天城寺家には何も残らないだろう。天城寺家に有った歴史的価値や陰陽師的価値があるものは、政府と機密組織の眼を通してから、各家に分配されるのが通例だ。尤も、天龍寺家のように、自ら司中八家を抜けた家の場合はその機密が漏らされるようなことはない。


西園寺(さいおんじ)大森(おおもり)……相模大森(さがみおおもり)か、後は無伝(ぶでん)忍足(おしたり)、それか九浄天神家か、その辺が妥当なところですかね」


 陰陽術と呼ばれるものは、平安の頃は、一般に周知され、それこそ安倍晴明などの現代にいたるまで言い伝えられている陰陽師がいるわけである。一方、それらと同時に、妖怪変化の類も周知され土蜘蛛や茨城童子などを討伐したことで有名な(みなもとの)頼光(よりみつ)やその四天王なども言い伝えられている。だが、その後、陰陽術は表に出なくなった。しかし、忍者、素破(すっぱ)乱破(らっぱ)と呼ばれる存在、祈祷、舞など多岐にわたって伝えられた。

 それにより、舞より始まった【日舞】の雪白家や、先ほど名前が挙がった忍足家など、源流が陰陽術かどうか定かではない陰陽師一族がいる。それらの中でも、幾つかは政府がいざと言う時のためにマークや干渉している。それゆえに、京都司中八家と言う肩書に対しても神奈川をテリトリーとする相模大森家や西園寺家、山梨をテリトリーとする無伝家なども候補に挙がるのだった。


「相模大森や西園寺はどちらかが司中八家について、二家間の摩擦が大きくなったら目も当てられないから、ないだろうな」


 そんなことを話している頃には、空はすっかり元通りに戻っていた。じきに警報も解除され、元通りの日々が戻るだろう。しかし、しばらくは政府と共に騒ぎの収集に尽力しなければならない、と木連は思うのであった。






 一方、京都にあるホテル楽盛館(らくせいかん)。その屋上に、3人分の影があった。オレンジ色の髪を揺らす刀を下げた少女、蒼いボサついた髪にサングラスと咥えタバコのチンピラ風の男、そして、もう1人。


「陽光、其方、我の話を聞かないにもほどがあるだろう。其方が嫌いだから顔を見せるな、と言っておるのにも関わらず、何度も顔を見せおって」


 オレンジの髪の少女は、鬱陶しそうにチンピラ風の男にそう言った。一方、チンピラ風の男は得意げに言う。


「お嬢、顔を見せるなって言うんだからグラサンで顔を隠してるじゃねぇか」


 ニッと笑いながらサングラスのブリッジをクイッと上げる。その顔が余計に気に障り、少女はいらだっていた。


蒼刃(あおば)、その辺にしておいてくれ。うちのお姫様は案外短気でねぇ、君の首を消し飛ばしちゃうかもしれないから」


 苦笑いの女性。どことなく堅そうな雰囲気を持っているのにも関わらず、言葉は柔らかで不思議な印象を覚える。


桜木(さくらぎ)迪佳(みちか)。其方が我を姫と呼ぶのも随分前から辞めてほしいと言っているのだがな」


 チョコレートの様に甘ったるい髪をサイドアップにして、シックなスーツで身を固めている女性。瞳はまるでべっ甲飴の茶色く、透き通っていた。


「お姫様はお姫様でしょうに。ラ・ヴァスティオンの」


 悪びれずそう言う女性に対して、少女は憤慨するでもなく、ため息を吐いて、吐き捨てるようにいう。


「ラ・ヴァスティオンは貴族だ。王族ではない」


 揺れるオレンジ色の髪が目に痛いほどまぶしく光を反射する。


「それにしても、レンヤ、【緑園の魔女】。随分と力が付いたものだ。できるならば我も、あそこで肩を並べたかったな」


 懐かしい場景、砂漠で共に肩を並べた数日。それは少女の中でとても大きなものになっていた。そして、おそらく、これからも一生、大切な記憶として、輝かしく残るのだろう。


「……レンヤ。スファムルドラの聖剣を……アストルティを大事にしろ。それが……皇女の……彼女の思いでもあるだろうから」


 オレンジ色の髪を風で揺らしながら、彼女は屋上から飛び降りる。そして、その姿は消えてしまった。男は慌てて追いかける。女は、ニヤリと笑って屋内に入っていくのだった。






 京都を遠く離れた山梨の山中、そこにある屋敷の奥深く、薄ら桃がかった茶色の髪を肩ほどで切りそろえた女生徒は、上座に座る女性に膝をついていた。


姫毬(ひまり)、先ほどのあれは……、魔法というやつかしらね」


 式で見ていた京都の場景について、女性は、女生徒に問う。女生徒はしばらく考えてから、女性に対して、静かに答える。


「おそらく。ただし、西洋で使われているどの系統とも合致しないので、オリジナルか、もしくは、失われた魔法(ロストマジック)の類ではないかと」


 女生徒の発言に対して、女性は「うーん」と首を捻る。女生徒の発言に関しては、女性も同様のことを予想していた。だが、どうにもしっくりこないのである。そして、目撃者もほぼいない場面をただの2人で想像しても意味がない。


「うちはここが元だったからあの霊力の余波で消し飛ぶことがなかったけれど、他の司中八家が彼につけていた式神は全て吹き飛んでいたから誰も見ていないでしょうし……」


 そう、煉夜についていた式の中で、唯一、消えることのなかった1つの式は彼女の放ったものだった。


「それで、彼については調べているのでしょう?」


 女性は女生徒に問いかける。女生徒は、懐から、と言うより胸の谷間から巻物を取り出した。それを見た女性は物悲しい気持ちになった。胸囲の格差という奴である。


「では、まず、彼に注目した経緯からお話しします」


 そんな風に前置きをして、彼女は巻物を開く。そして、そこに書かれた内容を読み上げていく。


「初期に司中八家全次期当主候補に見張りと調査をした結果、危険度の高い人物として市原裕華、稲荷九十九、雪白水姫の3人が上がっていましたが、雪白の分家より彼が京都に来た瞬間、『あの方』が彼を危険だと判断したから、彼に式を付けました」


 それに対して、女性は、ただ頷いた。知っているが、確認というのはどれほど大事なことかよくわかっている。だから女性はおとなしく聞くのだ。


「そして、彼の経歴についてやや時間をかけて調べましたが、3つほど気になることが有ります。1つ、どんなに調べても分からなかった空白の3ヶ月。行方不明だということに公式ではなっていますが、その詳細が分かっていません。2つ、ずば抜けたセンスの陰陽師であること。これに関しては雪白家の天性の才とも取れますが、それにしては強すぎる。そして、3つ、これに関しては古すぎて情報の精度が確かではありませんが、6年近く前、謎の女性が彼に接触しているらしいのです」


 女性は唸る。女生徒をもってしてもここまで謎が多いというのは異常とも言える。彼女、いや、彼女たちはその道のスペシャリストなのだから。


「それと並行して調査していた、例の『アレ』の調査も進んでいません。ですが、雪白家、稲荷家にはないことが判明しています」


「流石に司中八家は硬いわね。歩き巫女でもここまで情報が入ってこないなんて。でも、アレはこの手にあってこそ、だから何としてもワタシの手に取り返して見せるわ。それが一族の悲願にして、彼らに恥じぬ者になるために必要なものなのだから。

 だから、行きましょう、京都へ。そして、なんとしても見つけるわ。この無伝(ぶでん)信姫(のぶひめ)が」

次章予告

――一族の悲願、そのためにワタシはここまで来たッ!!

 麗しき女性は、京都司中八家を敵に回す。それでも彼女には叶えたい思いがあった。

 幾度かの敵対を経て、煉夜と対峙する彼女。

 煉夜はついに無伝の正体へとたどり着く。そして、一族の悲願とは……

 願いと魔法が交差し、そして、その先に――


――第三章・御旗楯無編

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ