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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
凶星破断編
299/370

299話:柊 神美の遺産・其ノ弐

 煉夜が起きてから2日後の昼のこと、既に事実確認などは終わり、四光館から荷物も取り寄せて、帰る支度を整えていた煉夜に奈柚姫が招集をかけたのであった。帰る前にどうしても渡したいものがある、と。


 応接間にいたのは、煉夜、奈柚姫、水姫、沙津姫、深津姫、つまり、柊家と雪白家という身内である。なぜ集められたのかは、奈柚姫以外の4人には分からないので、全員がなぜ集められたのだろう、という顔をしていた。


「ここにあなた方を集めたのは他でもありません、これを雪白煉夜さん、あなたに託すために、そして、それを認めるか否かについて話すために集まってもらいました」


 そういって奈柚姫が取り出したのは、一辺20センチメートルくらい、高さ10センチメートルくらいの箱であった。ずいぶんと年季の入ったものらしく、若干ほこりが被っているようにも見えた。


「これは、柊神美の遺した陰陽術の研究成果です。当時、雪白家へと独立をする際に、当代の柊家が、その対価として没収したものがこれになります」


 当時、柊神美が多大な反対を押し切り、独立するとなった際に、柊家の当代が柊神美から陰陽術の研究などに関するものを没収した。だが、柊家には陰陽道に対する関心は低く、ほとんど神美への罰や当てつけのようなものであったため、没収したはいいものの、誰も使うことも研究することもできずに蔵に押し込められていたものだ。


「これを、煉夜さん、あなたに渡したいと考えています。既に、灯さんには話をして、こちらに任せるという言葉をもらっているので、後は、次代である沙津姫と深津姫にその是非を問いたくて呼びました」


 奈柚姫は、ここで雪白家と……否、雪白煉夜と深く関わったのは、ある種の天命なのではないか、というように考えていた。


「あたくしは、今回の一件にはほとんど関わっていませんし、次の当主は姉様だと思っていますし、姉様に判断を任せます」


 深津姫は、沙津姫の方を見ながらそう答える。彼女はほとんど煉夜たちとは関わらず、行動別にしていたため、煉夜たちがどのように活躍したのかをほとんど知らないが、それでも、母と姉が認めているという事実は認めるべき点であり、だからこそ、次の当主だと確信している姉の判断に任せるとした。


「そうですね、わたしも構いません。当家にあっても持て余すだけでしょうし」


 実際のところ、沙津姫も、陰陽術に詳しくはないし、そんなものがあってもなくてもこの家では変わらないだろう。だから、手放すことが惜しいとも思わなかった。


「ただ、確認したいのは、彼に託す、といいましたよね。それは、雪白家に返還するのではなく……」


 そう、雪白家に返すというのであれば、水姫に返すのが道理である。だが、奈柚姫は、煉夜に託すといった。それはすなわち、雪白家に返すのではない、ということである。


「ええ、そうです。あくまで、これは、雪白煉夜さん、あなたに(・・・・)託すものです。水姫さん、その言葉の意味は分かりますよね」


 煉夜に念押しをしてから、水姫の方を見て、再度、それが伝わっているかどうか、確認を取る奈柚姫。水姫は静かに頷き、彼女はそれを満足そうに見た。

 つまるところ、あくまで煉夜個人に渡すものであり、雪白家に渡したものではない。雪白家に返還してしまえば、恐らく、分家である煉夜は触れることも適わないだろう。だが、奈柚姫が決意をしたのは「煉夜だから」という部分が大きい。煉夜の手に渡らなかったら意味がないのだ。だからこそ、「煉夜に託す」というのである。煉夜個人に託したものを、雪白家が勝手に没収したのならば、その時点で、柊家は雪白家と絶縁するだろう。つまり、煉夜のものだから手を出すなよ、という確認を水姫にさせたのだ。水姫がこれを見て、聞いていた以上、木連たちにもそれは伝わり、そして、だからこそ、煉夜から没収することは絶対にできない。


「しかし、このような貴重なものをいただけるとは。よろしいんですか」


 煉夜は、あくまで軽い確認のような語調で、奈柚姫に問う。問われた奈柚姫は、静かにうなずき「ええ」と答えた。


「もっとも、我々にはどのような研究を行っていたのかは分からないので、本当に貴重なものなのかどうかも分かりませんけれどね。中身は呪符と陣のようなものが描かれた紙くらいでしたから」


 そういいながら箱の蓋を開ける。奇妙な呪符であり、歪な紋様が刻まれ、それが何を意味するのか、水姫には分からないものであった。煉夜も、全てが分かるわけではない。だが、そのおおよその部分は何となく理解できた。


「これは……、これは、どうなって、いや、そうか、この陣か。だとすると、なるほど、柊神美、天才という評判通りの人らしい」


「その天才の研究を見ただけで理解できるあなたも天才の部類だと思いますが」


 呪符を見て煉夜が理解できたのは、煉夜が陰陽術に詳しいから、というわけではない。むしろ、陰陽術にのみ詳しくても分からないだろう。だからこそ、逆に煉夜には理解できたのだ。


「天才などではないですよ。人より多くの時間、努力した結果に過ぎません。天才というのは、人より少ない時間で結果を出しますからね」


 などといっているが、それはほとんど無意識に出た言葉で、煉夜の意識の大部分は、その研究のほうに行ったままだ。無数の術の仕組みが頭の中でどのように組み合わせるものなのか行き交っている。


「ああ、それと、これも渡しておこうと思いまして」


 奈柚姫が一枚の写真を煉夜の方へ渡す。そこで、一度思考を端に追いやり、その写真を見た。そして、絶句する。

 奈柚姫が先日言っていた柊神美の映った写真なのだろう。確かに、沙津姫にそっくりな女性が写っている。だが、煉夜が言葉を失ったのは、そこが理由ではなかった。


「……、この写真……、この人、どこかで……」


 その煉夜の言葉に、沙津姫が微妙な表情で言う。おそらく、自分に似た女性のことを指しているのだろうと思ったのだろう。


「まあ、瓜二つといわれるくらいには似ていますから」


 だが、煉夜が引っかかっているのは、そこではない。柊神美は本当に事前に聞いていたように、沙津姫にそっくりであったが、だからこそ、イメージ通りの見た目であった。だが、しかし、


「そちらではありません。もう1人、一緒に映っている女性の方です」


 神美と共に写真に描かれている女性こそ、煉夜が引っかかっている部分であった。どこかで見たことがある、と。


「ですが、その写真が撮られたのは江戸時代、その当時を生きた人間がこの時代まで現存しているはずが……」


 確かに、鳳凰院秀海のような長命だと思われる人間もこの界隈にはいるが、それでも、そう多いものではない。写真の女性は、奈柚姫が前に言っていた柊神美の友人だとするならば、元禄地震と共に姿を消しているはずである。だから、煉夜がその人物を知るはずがないのだ。


「ええ、でも、どこかで……、ものすごく、昔に……、会っているはずなんです」


 ものすごく、という表現を使ったが、煉夜にとってはあながち比喩ではない。なぜならば、煉夜の中では、数百年の時間を異世界で過ごした記憶がある。つまり、それまでの記憶は、本当にものすごく昔の出来事なのだ。


「子供の頃、ということ?」


 特に興味はなかったが、しかし、煉夜の様子がいつもとは違うことに気づいた水姫は「ものすごく昔」という表現に対して、そのように返した。


「おそらく。ただ、どの辺りか……。あれは……、千奈がいたか、いや、……あの時は、あの頃は……確か……」


 煉夜が薄れた記憶の海をかき分けるようにしながら、どうにか何かを思い出そうと必死に考える。何か記憶の扉を開くヒントのようなものがないか、と。


「でも、子供の頃でもこれだけ綺麗な人なら、あたくしなら忘れないと思いますけど。それに、子供の頃なら会う大人も限られますし、先生、近所の人、友達の家族とか、そうでないのなら、一度会っただけの旅行客とか?」


 深津姫の適当な言葉、だが、それが、何かを手繰り寄せるように煉夜の中である記憶を思い起こさせた。





「私?

 私は、そうね……、(ひいらぎ)(ひいらぎ)美神(みかん)、とでも名乗っておきましょうか」


 そういう女性、繋がれた手、見上げて視界に入る女性の顔と夕暮れでオレンジ色に染まる空。その前後は全く思い出せないが、そのシーンだけが明瞭に頭に思い浮かんだ。





「見上げていた……、そうだ、見上げないと顔が見えなかった。千奈もいなかったし、そうなると、ちょうど千奈が転校した頃、か。だが、しかし、美神(みかん)。そう、確かにそう名乗っていたはず……」


 柊美神、その名前を、煉夜はそこでしか知らないが、煉夜の中を覗こうとした灰野鳥尾に接触した女性、彼女も、そう名乗っていた。そして、三ツ者が武田家に渡した写真、それは煉夜が今見ているものと同じものである。そう、柊神美と、もう1人の女性が写る、その写真。


「すみません、小学生の頃に、彼女によく似た女性に会ったことがある、というところまでは思い出せましたが、それが具体的にいつで、どうして会ったのか、どう別れたのか、という部分は全く思い出せませんでした。

 ただ、一つ、はっきりと思い出したことがあります」


 そこで一呼吸置いたのは、話すべきなのかどうか、躊躇ったためである。だが、ここまで話した以上、話すべきだと判断した。


「彼女は、(ひいらぎ)美神(みかん)、とそう名乗っていました。本名なのか、偽名なのかはわかりませんが、記憶が確かならば、そう」


 ここで、出た名前が他の名前ならば、偶然似ていただけか、となるだけだが、「柊」という苗字。何かつながりがあると思っても不思議ではない。


「柊、美神、ですか。聞いたことはない名前ですし、家系図には載っていない名前なので、少なくとも当家とは別の柊家か、それとも偽名、でしょうね」


 と、奈柚姫が即答した。「美」の字が入っていることから分家筋の可能性もあったが、それでも奈柚姫の把握する限り、その名前は家系図には載っていない。


「ですが、『柊』を名乗る点は引っかかりますね。いいでしょう、当家でもその写真の女性について、少し調べてみたいと思います。柊神美の友人であることは間違いないでしょうから、少しくらいは何か調べられることがあるかもしれませんし」


「ありがとうございます、よろしくお願いします」


 こうして、柊神美の遺産は煉夜の手に渡った。





 この後、しばらく話をした後、煉夜は空路にして京都へと戻ったのである。

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