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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
凶星破断編
298/370

298話:柊 神美の遺産・其ノ一

 煉夜が目を覚ました時、視界に入ったのは、木目の天井と梁であった。熟睡したときのテンションの高さではなく、倦怠感だけが残っていた。魔力欠乏による気絶だからだろう。そもそも、煉夜ほどの魔力量の人間が、魔力切れを起こすことなどほとんどない。だからこそ、未だに魔力が戻り切っていないのだ。


「お目覚めですか」


 優しい声色で煉夜に声をかけるのは沙津姫であった。気だるさを残してはいるが、周囲の状況を把握するために、知覚域を広げた。

 部屋にいるのは沙津姫だけで、他の人は、幾人かはこの家の中にいるようであるが、部屋付近にはいない。


「ええ。ここは、柊家、ですか?」


 未だにぼんやりとしているため、一応、確認のために問いかけながら、起き上がる。よく周囲を見ると、衣桁(いこう)に掛けられた着物が何着か見えるが、それだけではなく、本棚や化粧台なども見える。客間というよりも、誰かの部屋といった様相だ。


「そうです。わたしの部屋で申し訳ありませんが」


 沙津姫の部屋であったようで、衣桁に掛けられている赤や紺の着物は沙津姫の普段着である。どうして、沙津姫の部屋で煉夜が寝かされていたかというと、単純に、広い客間に睦月、伊花、水姫、菜守、詩央、四姫琳が泊っているためである。他に人を寝かせられる部屋は沙津姫達の個室しかなく、結果として、沙津姫の部屋に寝かされることになったのだ。


「いえ、むしろ、布団を占領してしまい申し訳ありません」


 自身の魔力量が、全快時の三分の一程度であるのを理解して、何とか動ける範囲だと判断する。本当ならば、もう少し回復したいところであるが、数日間大きな戦いでもなければどうにかなるだろう。


「もう平気なのですか、美月さんの見立てですと、魔力の使い過ぎである、と聞きましたが」


 倒れた煉夜の診断は、美月が……というよりも楓和菜が行っていた。診断といっても、見るものが見れば、すぐに魔力の欠乏だと分かるので、四姫琳や睦月も言われる前から把握していた。


「全快とかまで言いませんが、普通に活動する分には大丈夫です。それよりも、どれくらい寝ていましたか?」


 どのくらいの間、寝ていたのかも全く感覚が掴めず、少なくとも日が昇っていることは把握していたが、それが何日後の日が昇っている状況なのかは分からなかった。


「まだ1日しか経っていませんよ。寝ていた時間で言えば13、4時間といったところです」


 煉夜が倒れてから、まだ1日と経っていない。日を跨いだという意味では、一日経ったともいえるが。さほど長い時間寝込んでいたというわけではないようで煉夜は安心した。


「なるほど、そうでしたか。それで、その後の状況はどうなりましたか」


 寝ていたために、その後「不浄高天原」がどうなったのかを知らない。こうして皆がここに集まっているということは、何か大きな問題が生じているという可能性も薄い。沙津姫に焦りなどもないので、事後処理のためであろう、と煉夜は結論付けた。


「全員、捕縛しました。組織の下の方にいた者たちも含めて、約800人いるようですが、国籍もまちまちなので、どう対処するのかが問題になっていますが、そこは雪白家の方で政府に掛け合ってもらっています」


 約800人とは言うが、その中で、日本国籍以外の人間は200人程度、残りの600人程度は日本人である。また、「不浄高天原」の核心に関わっていたものはほとんどいない。そして、核心に関わっていないがゆえに、処罰が難しい。また、リード・ナウレスの「誘導」という能力があることも、そこを難しくしている。

 どこからが「誘導」で、どこからがそうでないのか、その明確な線引きができないが、「誘導」されていたかもしれない者たちを、そうでないものたちと同列に扱うことはできない。


「主犯格とされる京城二楽、リード・ナウレス、ファイス=ネウスの3名はおとなしく捕まっています。もう1人の幹部格であった猪苗浮素という人物は、神託によりその身柄を保障されて釈放。紫泉鮮葉さんは、政府側からの要請で釈放になりました」


 主要なメンバーであった5人のうち、二楽、ナウレス、ファイスは捕縛、浮素は元々が千年神話浄土からのスパイとして送り込まれていたため、神託と楓和菜の証言で釈放。そして、鮮葉は政府と取引をすることで釈放となった。もっとも、捕まったのは機械の身であり、鮮葉にとって捕まった内に入らないのだが。


「そうか、鮮葉は逃げたか。まあ、あいつなら……。それにしても、猪苗浮素はやはり、神側の存在でしたか。ある程度は予想していましたけど、道教系か仏教系統の仙人や僧の類でしょうか」


 この場合の煉夜が言い示す仙人とは、稲荷一休のような似非仙人のことではなく、道教における仙人のことである。


「僧、というよりは、仏様、というべきなのでしょうか。そのあたりの宗教的な概念をわたしは詳しく知らないので、正確なことは言えませんが、死後に仏となった方だとか。『千年神話浄土』から派遣されてきた間者だったようです」


 神と対話するという舞を専門とする沙津姫であり、多少は神のことも知っているが、あくまで、彼女は各宗教の専門家ではない。対話し、その神々のことを知ることはあっても、本質的な部分まで正確に把握しているわけではない。知識は浅く広くだ。


「なるほど、そうでしたか」


 煉夜もあまり仏教関係に明るいわけではない。せいぜい浄土から阿弥陀如来が背後にいるのだろうという予想を立てた程度だ。


「そろそろ、身体も満足に動くようになりましたし、移動して他の者も交えて話しましょうか」


 手を何度が握って、開いてを繰り返して、身体の感覚が戻ったのを確認してからそのように口にした。あえて、その動作を行ったのは、沙津姫にも、動けるようになったというのを目に分かる形で印象付けるためである。


「そうですね。ですが、色々ありまして、話ができるのにはもうしばらくかかりそうです」


 意味深に笑う沙津姫。煉夜は知る由もないのだが、夜のうちまで水姫は沙津姫とともにずっと煉夜に付き添っていた。雪白家との繋ぎ役もこなしながら、である。流石に疲れたのか、つい小一時間ほど前に眠りについたところである。しばらくは起きないだろう。

 睦月にしても、仲間への報告があるとかで、しばらく念話に集中していたので、それが終わっているのかどうかも分からない。


「それに、昨日から何も食べていないですよね。軽く料理を作りますから」


 確かに、煉夜の腹の虫が音を鳴らしていた。煉夜ならば多少は食べなくてもどうにかなるのだが、身体が、本能が、「魔力回復のためにも食べろ」とささやいている。もっとも食べることで魔力が回復するのではなく、食べて体力を回復させることで、魔力回復の効率を上げるという話であるが。


「それでは申し訳ありませんがお願いします」


 そういう理由から、ここは素直に食事をもらうことにした。






 出されたのは一般的な朝食のメニューといった風情の焼き魚に味噌汁、白米、漬物といった旅館などでも出されそうなものである。柊家のいつもの朝食であり、他の宿泊中の面々にも出されたものだが、あっためなおしたとかそういうものではなく、きちんと、炊いてあった米を除いて、改めて煉夜のために作ったものである。


「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」


 と、言う煉夜は本心である。煉夜は好き嫌いなどない、というよりも、好き嫌いなどしている余裕などない環境で暮らしていたので、なんでも食べられるが、それでも、美味い、不味いは感じる。普通の食事であったが、それでも素材がいいというのもあるが、調理が丁寧でとてもおいしかったというのは事実である。


「口に合ったようでよかったです」


 沙津姫は自身のつくった料理を食べる煉夜を観察していたが、完食して煉夜が一息ついている間に、さっと食器を下げて、片付けてしまう。片付けくらいはやるべきだろうと考えていた煉夜であったが、あまりにも自然に手早く片付けられたので、何も言うことができなかった。


「では、そろそろ大丈夫でしょうし、応接間に行きましょう。他の方もお呼びしますので」


 そういって煉夜は応接間に案内される。しかし、煉夜の感知では、他の面々のほとんどは客間にいるし、わざわざ応接間に行かずとも、そこで話をすればいいのではないか、と思った。なので、それを口にすると、


「一晩とはいえ、女性たちが泊った部屋ですので、男性に見られるのはあまり……。見られたくないものなどもあるでしょうし、そういった部分への配慮は年相応なのですね」


 そもそも煉夜からすれば、騎士であった頃は騎士然とした女性への配慮などを考えていたが、獣狩りとして生きている間は、【創生の魔女】と一緒に行動したり、リタであったり、イスカとスゥとの数日間であったり、女性と部屋を共にすることなど日常的であり、それは、この世界ほど、安全であったり、住環境が整っていたわけではないからだ。配慮なんてするほどの余裕はない。だから、煉夜自身はあまりそういった部分に気を遣わないようにしていたのだ。


「そういうものですか」


 煉夜は、沙津姫は一晩どころではなく生まれてこのかた住み続けている部屋にあっさり自分を泊めたのはよかったのだろうか、などと思ったが、そのあたりは気にしないことにした。無論、煉夜が寝ている間に、沙津姫は慌てて軽く掃除はしているが。







 応接間に通されて、しばらくのこと、沙津姫が他の人を呼びに行ったために、1人で部屋に待機しながら、知覚範囲を広げて、周囲の状況を確認していた。その理由は、ある人物の気配を探っていたからだ。

 この家の中の気配は起きたときにある程度見ていたが、どうしても1人、肝心の人物の気配が掴めなかった。雷刃美月。彼女ほどの圧倒的な気配を持つ者ならば、近くにいれば分かるはずだが、それが分からなかった。そして、ある程度知覚範囲を広げて、とりあえず、いないということが分かった。


「お目覚めね。まさか、あの凶星相手にして生きていられるとは思わなかったわよ」


 肩をすくめながら、応接間に入り、煉夜にそのように言うのは、魔法少女然とはいいがたいが、少なくとも普通の少女ではないであろう格好をした睦月である。


「凶星とやらの処理は俺ではなくジョンがやったことだけどな」


 今回に限って言えば、煉夜一人でどうにかできたのは、「神殺しの神」までであり、それ以上の凶星を相手にできたのは、四姫琳とフィリップ・ジョンがいたからである。


「でも、神殺しの神は消滅させたんでしょう?

 流石に、そんなアホみたいな芸当、できる人はそうそういないわよ?」


 神を消滅させるほどの力を持つ人間というものはあまり存在しない。睦月の経験から言っても、一部の人の域を超えた化け物たちの領域である。もっとも、煉夜の場合は、神を律する神の力を使っているため、煉夜個人の技能というわけでもないし、煉夜自身がその域に至ったとは言いづらいが。


「一応、切り札を使ったからな。あんな真似、そうそうできないさ。魔力も全部持っていかれるし」


 そうそう使える力ではない、というのは事実であるが、実際のところ、今回、魔力のほとんどを持っていかれたのは、相手が「神殺しの神」であったから、というところが大きい。そこらの有象無象に使う分には、そこまで大きな魔力は使わない。だが、そこらの有象無象相手ならば、そんなことをするよりも煉夜が攻撃したほうが早い上に、確実にオーバーキルだ。そういう理由から、切り札というのもあるが、滅多に使うこともない力である。


「それよりも、美月さんはどうした?」


 別段、戦いでの負傷がどうとかと考えているわけではない。実際、沙津姫から自身の容態を見てもらったことは聞いているので、無事なのだろうとは思っている。だから、この場合はどこへ行ったのか、という質問だろう。


「ああ、彼女なら、待ち合わせしていた、炎魔の当代が来たみたいで、すでに旅立ったわよ」


 それを聞いて、そういえば誰かが来るまでの間の暇つぶし、と言っていたことを思い出す。炎魔家、それは、風塵家と並ぶ魔導五門の内の一つである。稲荷家と交流がある炎魔(えんま)笑火(ええか)の母である当代当主、炎魔(えんま)火弥(かや)は、風塵楓和菜と昔馴染みである。


「そうか、礼の一つや二つ言いたかったんだがな」


 彼女の協力がなければ、ここまでスムーズに事が運んでいたか分からない、と煉夜は思っている。だから、礼をきっちりしたいところだった。


「いいんじゃないの、『暇つぶしだ、礼はいらないさ』って美月さんは言ってたらしいし」


 言っていたらしい、というのは楓和菜からの経由で美月の言葉を聞いたためであるが、まぎれもなく美月の言葉である。


「そうか。いや、次に会う機会があるかは分からないが、その時にでも改めて軽く礼を言うさ」


 いくら本人がそういっていたとしても、煉夜の気持ちとして、礼を言わないままは収まりが付きそうになかった。


「それでいいんじゃない」


 適当に返事をしながら、睦月は応接間の適当な位置に座った。それから、しばらく、無言のままに時間が過ぎていたが、水姫、四姫琳、伊花、沙津姫の順で応接間に入ってきた。4人とも、……いつも通りの沙津姫は置いて、残りの3人も含め4人とも着物であった。本当は、睦月にも着物が用意されていたのだが、「加護結晶化(クラス・アップ)」を解くわけにいかなかった睦月のみいつもの格好である。


「何か?」


 煉夜が向けていた視線に対して、水姫が、顔を背けて、機嫌の悪そうな声で言う。しかし、水姫も普段から家の中で着ているので、煉夜からすればあまり目新しいものではなかったし、特に何もない。しいて上げるのならば、水姫がよく着ている着物は白や青などが多く、今着ているような赤色の着物はあまり着ないので、そこくらいだろうか。


「いえ、赤色の着物を着られているのは珍しいので」


 と、簡潔に返す。赤色、というよりは茜色とでもいうべきだろう、朱がかった色の着物は、少し派手であるが、水姫の容姿とは釣り合っているようにも見えた。


「そう、ですか」


 顔を背けたまま、煉夜から離れた位置に座る水姫。それに対して、特に反応することはなく、煉夜は他の3人に目を向けていた。


「四姫琳は、ここにいて大丈夫なのか?」


 煉夜は思ったことを口にした。今や、出雲はてんてこ舞いのはずで、出雲大社にいた四姫琳もその処理で忙しいのではないか、と。


「ウチはあくまで客ですよ。手伝う理由もありませんし、それに、ウチの組織の上の方が人員を動かしていて、アングルトォスに関しても、当分は、こちらでの監視をすることになりましたが、その引継ぎくらいで、ウチがやるべきことは、仕事関係ではほとんど残っていませんから」


 そう、彼女は、この出雲には、半分私用で来ていて、その私用の方はまだ手を付けられていない。そのような状況で、出雲大社が行っている事後処理や隠蔽関係の仕事までやるはずもない。無論、簡単には手伝ったが、その程度であり、そして、その主張を崩せるものは居なかったがゆえに、彼女は今ここにいる。


「そうか、監視対象、か。まあ、あいつがどうしていくかは、俺の知ったところではないしなあ……」


 アングルトォスの行く末は、アングルトォス自身が決めるものであるし、四姫琳の組織、つまり、神代・大日本護国組織が監視するというのならば、妙なことにはならないだろう。


「春谷さんは、帰れる目途が立ったのか?」


 その質問は、伊花に、ではなく、睦月に向かってされたものである。数日かかるという話であったが、その目途がどうなのか、という問いかけ。


「ん、ああ、その話なら、さっき仲間に連絡をつけて、その力を借りることで、向こうの世界での神に影響を与えないようにする調整を行うことができるから、もう明日か明後日には戻すことができるわよ」


 彼女の仲間、【河底撈魚】、「河底の魚をすくう者」という特性を持つ久我昌舞魚は、睦月が尋常ならざる身体能力を持っているのと同様に、特性から来る異常な力を持っている。探査能力、敏捷性、隠匿性を超常の域まで無理矢理引き上げられているのだ。今回は、その異常なまでの隠匿性を利用しようとしている。


「そうか、なら、そちらは一段落だな」


 煉夜としては、今回の事件の完全解決は、「不浄高天原」を捕まえることではなく、根本的に「神殺しの神」をどうにかすることである、と考えていた。異世界から呼ばれてきた春谷伊花は、元の世界に送り返すのがいいだろうし、それで解決とするのもいいだろう。


「ああ、もう片方も解決済みよ」


 会話の流れから、煉夜が何を言いたいのか理解した睦月は、そのように口にする。もう片方、というのは無論、菜守の「神殺しの神」の力のことである。未だに客間で寝ぼけながら、詩央に着替えさせられている彼女であるが、その力に枷はしっかりとかかっているはずだ。


「そうか」


 睦月の言葉に、あっさりとそう返した煉夜。その反応に、睦月は目を丸くした。「どうやって」や「なぜ」という部分の問いが一切ないからだ。


「そうか、って、ずいぶんとあっさりしているわね。説明はいいの?」


 だからだろうか、わざわざ、そんなことを聞いてしまったのは。スルーしておいても問題の無いことだったのに。


「大体の予想はつく。身内殺しがトリガーになるのなら、その逆で、助けることが枷になる可能性も考えていた。特に、加具土命とイザナミが関係のあるように、イザナミとイザナギの地獄から呼び戻そうとする話に当てはめて、な。イザナギの選択とは異なる選択による事象の否定と『神殺しの神』と反する『神を蘇生させる神』という概念を背負わせることで、『神殺しの神』の覚醒に枷をつけたんだろう?」


 もっとも、これは、美月ならば理解して、そのように行動がとれるかもしれないという憶測であり、そして、猪苗浮素がスパイであったということを理解したがゆえに、成り立った推論であり、猪苗浮素が敵だったならば、ずいぶん無謀な賭けに出たものだ、と思うだろう。


「よくもまあ、そこまで分かるものね。もっとも、美月さんが考えていたわけではないそうだけどね」


 その言葉だけで充分であった。そこで、完全に猪苗浮素という存在が、スパイとして「不浄高天原」に入り、行っていたことの一端が見えたからだ。


「猪苗浮素だろう。間者として『不浄高天原』に入っていたらしいし、そうでないなら、無謀な賭けだ。あらかじめ、場を整えて、それをどうにか可能にできるだけの装置作りをできる人材が『不浄高天原』に必要になる」


 そもそも、助けようとしたら死ぬ仕掛けなど、あの場においてほとんど必要ないのだ。菜守に礼守を殺させたかったならば、ナウレスの「誘導」でいくらでも手があった。人を誘導するのには時間がかかるにしても、持たせたナイフを誘導して、だの、なんだのと方法はある。それをせずに、大掛かりな仕掛けをわざわざ使ったからこそ、あれは成功したのだ。


「まあ、彼の属する『千年神話浄土(スカーヴァティー)』は、高天原の治安の維持も役目の1つですからね。『神殺しの神』なる不和をもたらす力に枷をすることは、役割の1つでしょうし」


 と、四姫琳が付け加えた。四姫琳としても、「千年神話浄土(スカーヴァティー)」が動いていたのは上司から聞いていた。その活動内容も少しなら分かる。


「遅れましたぁ、ふあぁ」


 あくびをしながら部屋に入ってきた菜守。周りの面子に大人が多いこともあって敬語だ。それに続く形で頭を下げながら詩央も入ってくる。


「申し訳ありません、菜守ちゃんの支度がなかなか整わず……」


 確かに、菜守も色々とあって、眠るのがだいぶ遅かったので、この時間まで寝ているのはおかしな話ではないのだが、それよりも睡眠時間の短い水姫などがきちんと起きているのと比べるとだらしなさが目立つ。


「気にしなくていいさ、昨日は大変だったろうし、……というのは俺ではないんだろうが」


 この場において、「気にしなくていい」という権利があるのは、恐らく沙津姫であろう。だが、特に、沙津姫が何かを言う様子もなかったので、そのように茶化しながらも煉夜がそういったのだ。


「そういえば、お前の妹はどうしたんだ。無事だということまでは聞いたが」


 この場には、礼守がいないし、煉夜の探知で言うのなら、この家の中にはおそらくいないであろう。昨日、命懸けで救った妹だ、菜守の性格上、片時も離れないくらい傍に置いておくと、煉夜は思ったのだが。


「ああ、礼守なら、大社の方に預けているわよ。なんでも、捕まっている間に何かされていないか検査のためだって」


「なるほど、そうか」


 検査のため、というのならば、納得できる。検査というのは、事実の証明というだけではなく、心理的効果もある。いくら自分では何もされていないと理解していても、わだかまりが残り、それが心理的負担になることは少なくない。検査をすれば、その負担も多少は晴れるだろうし、そういう理由もあって、菜守は素直に出雲大社に預けたのだろう。


「そういえば、修学旅行の途中だったんでしょう?

 ずっとこっちにいて大丈夫なの?」


 煉夜が納得している様子を見ながら、菜守はふと思い出したことを問う。それに対して、煉夜は、「嫌なことを思い出させてくれる」と思った。この場合の「嫌なこと」とは修学旅行のことではなく、「修学旅行を途中で抜けた」という事実のことである。


「今頃、石見銀山だろうなあ……。それも、今日で帰る予定だからな、今から合流したところであまり意味はないさ。どのみち、俺への事実確認なんかもあるから、もう1日、2日はここにいなくちゃならないし」


 修学旅行の日程では、石見銀山を見学して、その後出雲縁結び空港から、そのまま帰路に着く流れである。しかし、煉夜は寝ていたために、事件の事実確認などは受けていない。流石に当事者に事実確認を行わないわけにもいかない。だから、居間修学旅行に合流したところで、結局また別れて柊家か出雲大社に行かなくてはならないのだから、ここにいた方がいいだろう。


「ふうん、じゃあ、もう少しこっちにいるんだ」


「たぶんな。そうですよね?」


 菜守に返答してから、視線とともに問いかけた先は、当然ながら水姫である。菜守と煉夜のやり取りをぼーっと眺めていた水姫であったが、話を振られたので答える。


「ええ、沙津姫さんには申し訳ないけれど、後2日は滞在する予定。私はその後も残るかもしれないけれど、あなたは見確めの儀も近いから帰ってもらうことになるわ」


 水姫は、政府とのつなぎ役という役目がある以上、帰ることができないが、煉夜にはその役目がないうえ、見確めの儀も間近に迫っている。このようなところで油を売るより帰って修行をしろ、ということであろう。





 それからしばらくの間、煉夜が寝ている間のことや睦月、美月、菜守、詩央達の方で起きたこと、水姫の方で起きていたことなどを簡単に確認し合い、情報を共有した。概ね、煉夜が沙津姫から聞いた話通りであり、それに補足するように何点か情報が加わった程度である。

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