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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
凶星破断編
296/370

296話:聖女にされた少女イスカ

 教会の裏手にある小さな小屋。部屋分けなどされておらず、本当に簡素な小屋といった風情の建物。しかし、生活感があり、雑貨や食料などが置かれていることから、誰かが住んでいるのだろう。手慣れた様子で荷物を押し退けて煉夜のスペースを作っていることから、目の前の女性は、少なくとも住んでいるか、よく訪れるのだろう、と彼は判断する。


「この辺りなら好きに使っていいので。滞在期間はどのくらいの予定ですか?」


 食糧などの事情もあるから、聞かないわけもないだろう。煉夜は、特に長居をする予定はなかったが、せっかくの旅行なので、少し観光でもする気分だった。


「そうだな、5日前後を予定している。食費や滞在費は出す……といっても、教会がそれを素直に受け取るわけにはいかないか。お布施としていくらか出そう」


 お布施とは仏教用語であるが、この場合は、寄付や献金と同義と捉えて構わないものの言い方である。


「御賽銭に手を付けるようで気がひけますが、直接もらうよりはいいですかね」


 教会であり、困っている人に手を差し伸べるのが仕事であるとはいえ、この世は金がなくてはやっていけない。こちらの世界では、教会への寄付や献金もそれほど多くなく、経営がギリギリのところも多い。特使会のような組織として、大規模に喧伝して人員を集めて活動しているような場所と違い、八人の聖女が眠りについている今、正式な教会はほとんど機能していない。


「一応、お名前をお伺いできますか」


 何かを見透かすような瞳で、煉夜に問いかける女性。それに対して、煉夜は一瞬迷ったが、こういう時に使っている偽名を出す。


「ロレンだ。ロレン・キシュヤ」


 もちろん、雪白煉夜を並べ替えたアナグラムに過ぎないが、本名よりはだいぶこちらの名前っぽくはなっている。


「ロレン……、そうですね。レンとでも呼ばせていただきましょう。どうにもあなたとはこれから先も縁がありそうですし」


 愛称ならばレンではなくローレなどになると思うが、あえて、そう呼ぶ彼女を、煉夜は特に咎めることもなく受け入れた。


「それで、俺は名乗ったんだ、君の名前も聞かせてくれないか」


 これは別に、相手の名前を知りたかったから、というわけではなく、何か話題を変えるために持ち出した言葉である。


「スゥ。皆はそう呼びます。スゥキというのは呼びにくいですからね。レン、あなたもスゥと呼んでください」


 あえて、言葉の初めに「レン」と呼んだのは、暗に、こちらもあだ名で呼んでいるのだから、お前もあだ名で呼べよ、ということを示しているのだろう。それに従わなくてはいけない理由もないが、従わない理由もないので、煉夜は素直に「スゥ」と呼ぶことにした。


「それで、スゥは、この教会の神遣者なのか?」


 いわゆるシスターであったり、もっと広義で捉えれば司祭や牧師であったりのような役割を持っているのか、という問いかけである。


「ええ、一応ですが。もっとも、正式な人員ではありませんけどね。教会はどこも人手不足で、ここのような辺境にまで正式な人を送っている余裕はありませんから」


 教会の組織規模は今や減縮の一途をたどっていた。六人の大聖女と八人の聖女が健在時の新暦以前は、その規模が今よりも大きく、大教会と呼ばれる施設が点在していたが、大聖女の消失により、大教会のほとんどが解体され、新暦以降では、八人の聖女が有する八か所の教会を中心に、各支部が存在する形になっていた。しかし、その八人の聖女も、今や眠りに付き、それらの教会もすでに解体、あるいは売却されたので、現在は、各地域に残る小さな教会程度しか残っていない。かつていた敬虔な信徒たちも減り、教会とは名ばかりのところばかりである。


「嘆かわしいな」


 もっとも、大聖女消失や八人の聖女の眠りに関係している「六人の魔女」の眷属である煉夜が言う言葉ではないのだが。


「確かに嘆かわしくはありますが、悪いことばかりではありませんよ。現に、敬虔な信徒もこの島には居ますしね。教会が存在する意味はあるのです」


 それが誰のことを指しているのか、何となく分かっていた。自身の四肢に、腹に杭を穿つなど、正気の沙汰ではない。だが、それを行えるのは、神に祈りを捧げるという行為が、神から救いを受けるという結果があると信じるからこそのことであろう。


「大聖女の生まれ変わり、か」


 煉夜は何気なしに、その言葉をつぶやく。それに対して、スゥは耳ざとく反応し、そして、物悲しげな顔をする。


「あなたも、あの子が大聖女の生まれ変わりなどではないことは知っているでしょう?」


 まるで、煉夜がそう確信しているのを知っているかのように、スゥはそのように煉夜に問う。その瞳は、まっすぐに煉夜を射抜いていた。


「ああ、まあな。そういう君……スゥも、そうではないと断定しているようだが」


 あえて、スゥと呼びなおしたのは、そう呼ぶように言われたのを忘れていないというアピールのようなものである。


「……大聖女、という存在が実在したかどうかも、今となっては定かではないのに、生まれ変わりだと言って信じるものは少ないでしょう」


 実際、煉夜と話をしていた老婆も信じていなかった、というより、そもそも、大聖女が何か分からなかった、というべきか。新暦になって1000年以上たった今でも、この世界での識字率は低く、特にこのような辺境の地では余計に低い。そうした中で過去人である大聖女のことを知る人間は、歴史家であったり、教会上層部の一部であったり、後は新暦以前から続く国家の王族であったり、そうした限られた人間ばかりである。煉夜も新暦以前から生きている魔女たちの眷属であり、かつ、新暦以前から続いたスファムルドラ帝国で歴史を学んだからこそ知っているが、辺境の一市民がそれを知っているとは思えない。


「騒いでいるのは教会の上層部か」


 だからこそ、その言葉を言い出し人間は自ずと限られる。王族がこのようなところに来るわけもないし、歴史家にしたってそのような不確定なことは口にしないだろう。だからこそ、後は教会の上層部くらいである。


「担ぎ上げて御輿にでもしたいのでしょうね」


 現在、信徒も減り、そして、これからの復興の目途も経たないのだから、少しでも力のあるものを見つけたら、そのように騒ぎ立てて、復興の足掛かりにするのはおかしくないだろう。しかし、簡単に大聖女の生まれ変わりなどといえば、それこそ、大聖女を軽視しているととらえられてもおかしくないのだが、それほどまでに教会も追いつめられている状況なのだろう。

 もっとも、真実を知る魔女や聖女が話を聞いたならば、「大聖女の生まれ変わり」など鼻で笑うだろうが。


「教会の上層部は、かつての栄光が忘れられないのだろうな」


 煉夜がこの世界に来た時点で、すでに、八人の聖女が眠りに付いた後であったために、教会は今と変わらないくらいに落ちぶれていた。特使会などが台頭するのも無理もないほどに、である。


「都会では『特使会』と呼ばれる、魔女を咎人とし、悪魔や魔女を狩ることを信念とする組織や『八立天教』などと呼ばれる宗教組織が台頭しているようですね。教会としては、それも気に入らないのでしょう。宗教組織間での不干渉などというのも成立しない時勢ですし、どうしても、勢力拡大を図りたいのでしょう」


 他宗教の容認というものは、この時代のこの世界には存在しない。現代社会においても、宗教紛争なるものは起こり得るが、それでも、他宗教を容認し、それを弾圧したり、改宗を強制したりするような行いはほとんどない。だが、この世界においては、今までずっと1つの宗教しか存在していなかったところに、宗教分裂のような形で、「特使会」や「八立天教」、「六紋新教」などの宗教派閥が出来上がったために、それらの不干渉や容認などという段階には程遠く、乱立する宗教派閥を弾圧、呑み込み大きくなるような状況である。

 もともとの「教会」が返り咲くには、それらの宗教派閥よりも人を集め、優位に立つほかないが、それをするには、資金も人員も足掛かりもないのだ。


「レンは、どの宗教派閥でしょうか」


 すでに答えが分かっているのにあえて聞いているかのような、スゥの質問に、仕方な気に答える。


「悪いな、神は信じない。無宗教だ」


 この世界における神は、魔女の眷属である煉夜にとって敵である。そうでなくとも、元々日本にいた頃は、宗教など特に考えていない無宗教であった。


「でしょうね。……そろそろイスカが教会から戻る時間です。あの子は本当に純粋に、神というものを信じ、そして、そこに救いを求めている。そして、大聖女の生まれ変わりという押し付けがましい肩書すらも、受け入れて、そうであろうとしているのです。レンが神を信じようと、信じてなかろうと構いませんが、あの子の前で、それを言わないように」


 そう釘をさす。もっとも、煉夜も神を信じる人の前で、わざわざ「神を信じていない」などというわけもない。必ず面倒なことになるからだ。スゥに対して素直に吐露したのは、スゥがその答えを知ったうえで、話を聞いてきたからであって、そうでもなければ、そんなことを素直に口にはせず、適当にごまかしていた。


「スゥさん、ただいま戻りました」


 彼女はずっとここでスゥと暮らしていたのだろう。自分の家のように、扉を開き、小屋に入ってきた。そして、スゥへと目をやり、その傍らに立つ煉夜にも自然と目がいった。


「イスカ、彼はレン……、ロレン。今日からしばらくの間、ここへ泊ることになりました」


 紹介された煉夜は、ペコリと軽く頭を下げて、それから改めて自己紹介をする。


「ロレン・キシュヤだ。仕事がうまくいって、少し余裕ができたもんだからしばらく旅をしている。数日の間、ここで世話になることになった。よろしく頼む」


 そういう設定ということにした偽りの身分で、それを貫き通すつもりらしい。その紹介を受けて、イスカ自身も返す。


「イスカです。よろしくお願いします」


 そのイスカという名前、それを聞いた煉夜は、少し面白いな、とは思った。「イスカ」というのは煉夜からすれば鳥の名前という認識である。くちばしが交差した鳥で、そのくちばしが交差したのは、キリストが十字架に張り付けになった際に、その釘を引き抜こうとしたためであるという伝承が伝わっていた。煉夜がそれを知ったのは国語の授業でのことだが、そのため、宗教にゆかりある鳥である。そのため、面白い偶然だな、と思ったのだ。

 また、煉夜は知らないが、イスカは義人として例えられることあり、「人のために自身のことを投げうって行動できる人」のこととされている。

 まさに、このイスカは、そのイスカという名前通りの人物であった。


「ロレンさんは、どこから旅をしてきたのですか?」


 何気ない話題振り、というよりも、初対面であるため、煉夜のことを知ろうというイスカなりの努力なのだろう。


「ミルディナからだ。最近の活動地域はもっぱらあの辺りなものでな」


 このミルディナとは王都ミルディナであり、沙友里が働いていた店であるゲローィがあった場所である。


「あら、それは随分と遠いところから。それに、最近の活動地域は、ということは、ロレンさんは色々な場所を転々となさっているのですね」


 煉夜の外見は16歳かそこらで、せいぜい高く見積もっても20歳には見えないくらいである。若くから仕事についているのが普通とは言え、魔獣や超獣、野盗などがいるこの世界において、様々な地域をその年齢で渡り歩くというのは珍しい。もう少し歳が上ならば、護衛を雇う資金などがあるので、分からなくはない。だが、そうした大きな移動をするのも商人くらいで、あまり大きな移動をする職業はない。


「まあ、な。色々とあって方々(ほうぼう)を渡り歩いている」


 変に取り繕って嘘を重ねるよりも、本当のことを言っても問題の無いところでは本当のことを言っていく。実際、色々あって各方を回っていたのは事実である。


「そうなのですね。イスカはこの島から出たことが無いので、外がどうなっているのか……、実は興味がありました」


 イスカは生まれてからずっと、この島で育ち、教会で、杭に穿たれたまま生きていた。そのため、この島以外の情勢には疎く、簡単な地理ぐらいは分かっても、どのくらいの距離で、何日ぐらいかかるとか、そういったことまでは分からないほどである。ミルディナを遠いと知っていたのも、前に来た教会上層部の人間が馬車と船で4ヶ月かかったと言っていたからだ。もっとも、煉夜は1週間かかっていないが。


「大した話はできないが、聞きたいことがあれば、ある程度は答えよう」


「では、その前に、簡単な食事を作りますから、机を適当に片づけておいてください」


 煉夜の答えに目を輝かせたイスカであったが、スゥが食事の話をすると、小さく腹の虫が鳴る。煉夜の話にも興味があるが、それよりも、腹ごしらえの方が重要らしい。てきぱきと机の上を片付け始めた。







 イスカは煉夜によく懐いていた。最初は、自分の知らないことを知っている煉夜が物珍しく、それでよく話しかけてくるのだろうと、煉夜も思っていたが、質問の範囲が、世界から煉夜個人まで様々になり、煉夜自身に興味があるのであろうことは薄々分かっていた。そして、煉夜自身、それを拒否しなかった。


 2人の関係性は不思議であった。イスカという少女は、敬虔な信徒であり、そして、神に祈り続けていたが、一方で、外に興味があり、そして、煉夜という存在にあこがれを抱いていたのだろう。煉夜は、イスカを純粋な存在であると見ていた。魔女や聖女のように、神の声が聞こえるわけでもないのに、ひたすらに神へと祈りを捧げ、そして、あきらめない。その姿に抱いた感情は、恋愛などではなく、尊敬や敬愛という表現だろうか、それとも……、様々な複雑な感情を抱いていたのは、確かである。

 そして、イスカは杭の関係で壁に寄りかかって寝る。その寝物語に、煉夜に他の地方の話を要求するのだ。煉夜は、自身の過去を他人の話であるように話す。もっとも、聡いイスカは、それが煉夜自身の話であることに気づいていたが。


 様々な話を語って聞かせた。ある帝国の騎士の話。ある仙人とその式神の猫又に修行をつけてもらった話。ある商人と護衛の話。ある王国と地下迷宮の話。ある騎士と犯罪者の話。ある館とその女主人とメイドと執事の話。


 とても数日では語り切れないほどの話を、たくさん語り、そしてイスカはそれを嬉しそうに聞いていた。無論、語り聞かせていた相手はイスカであるが、寝食を共にしていたスゥも話は聞いていただろうが。

 煉夜は、その後、予定を少し越した8日間滞在し、帰っていった。しかし、それからも、時間ができては足しげく、この島モナクシアへと通っていた。






 そんな煉夜とイスカ、スゥとの出会いから3年が過ぎようとするある頃のこと、その事件は起こった。宗教紛争の勃発である。モナクシアを中心としたこの紛争は、約2日で治まったという異様な紛争であり、その場にいたものは、モナクシアの人間を含め、ただの1人も生き残らなかった。


 事の起こりは、「八立天教」が、教会が担ぎ上げようとしているイスカという存在を知り、そして、その力に利用価値があるということが判明したことから始まる。イスカを巡り、「教会」と「八立天教」が対立し、「八立天教」が強硬手段として人員を投入。それを防ぐために「教会」側も人を雇い向かわせ、紛争が勃発した。

 この宗教紛争の異質な点は、肝心の住民や信徒ではなく、「宗教を教え導く者」達同士の争いが紛争に発展し、罪のない人々を巻き込んだものであるという点だ。


 そして、島中の人々を巻き込み、その多くが死に絶える中、イスカは必死に神に祈り続けた。どこにいるとも知れない神に。救いを求め、裁きを求め、ひたすらに祈り続けた。その結果かどうかは不明だが、「八立天教」及び、それが投入した人員と「教会」が雇った人員の多くが、謎の光によって死亡した。


 しかし、時はもうすでに遅かった。紛争は止まり、生き残ったイスカも、その祈りによって魔力のほとんどを失い、意識を手放そうとしていた。


 そこにやってきたのが煉夜である。全ては遅かった。この時、煉夜は一方の端に居り、まず、紛争勃発を知るのが遅れた。距離が遠く、ファーグナスの結晶を使っても、結果として、紛争が終わった後になってしまったのだ。


「イスカ……」


 間に合わなかった、それが分かるだけの惨状。煉夜の胸にあるのは、やはり後悔のみ。冷たくなっていくイスカに触れる。


「ロレン、さん……。来て、くれたんです、ね」


 言葉に力はなく、途切れ途切れのか細い声だった。それでも煉夜には、その声がはっきりと聞こえる。


「ああ、来たさ。だが、いつも、いつもそうだ。俺は無力で、そして、間に合わない」


 まるで呪われているのではないか、と思うほどに、だが、それはありふれた悲劇だといわれれば、そうなのかもしれない。


「ですが、イス、カの、死に際には、間に合い、ました。ロレン、さん。イスカは、今まで、ずっと、神様に祈れば、いつか、救われるのだ、と、そう思って、生きてきました。大聖女、の生まれ、変わりだと、言うのならば、それも受け入れて、そうであろうと、生きてきました。人のために、なると、いうのなら、杭に穿たれ、足を、おなかを、手を、貫かれても、受け入れ、ました。みんなの、ために、祈り続けて、きました。

 でも、この、最後の最期で、イスカは、……、…………。ロレン、さん。イスカを、一緒に、連れて行って、くれ、ませんか?

 今、まで、みんなを、受け入れて、生きてきた、イスカの、最後の、自分のための、我がまま、です」


 今まで、イスカは、祈ってきた。それは、自分のためであったが、それと同時に、人のためでもあった。熱心で敬虔な信徒であれと、願われたから。そして、人のためになるというのであれば、四肢を杭で穿たれようと、大聖女の生まれ変わりという不相応な名前であろうと、受け入れて、そしてそうであろうとしてきた。自分のために生きているようで、自分を殺して生きてきた。そんな、彼女が、今際に、自分のためのわがままを言ったのだ。


「ああ、……分かった。一緒に、行こう」


 煉夜の頬を涙が伝う。胸元の宝石を握りしめ、そして、イスカのその魂を、生き様を、己が幻想武装として押し込めた。





 どのくらい、泣いていたのだろう。煉夜にすれば、分からないくらいの時間を、永遠に感じるやもしれない時間を泣き、そして、ようやく、全てを受け入れ、そして、改めて、島の惨状を見渡した。陽気な島だった。五方の果ての果てにありながら、この島だけで生活が完結し、そして、とてもやさしい人々が集う島だった。


 その島が、今や見る影もなく、荒らされ、人々は倒れていた。スゥの遺体は教会のすぐ横で見つかった。綺麗な遺体であった。他の亡骸とは違い、暴行されたような跡も、傷があるわけでもなく、魂が抜けたかのようである。


 煉夜は、それが自己満足でしかないことを理解していたが、その遺体を教会の横に埋葬した。教会のマークをその上に置き、まるで墓であるように。

 大きく壊された教会とは異なり、煉夜とイスカ、スゥが寝食を共にした小屋は荒らされた様子もなく、それが余計に物悲しかった。沈む気分の中、椅子に腰を掛け、そこで気づく。椅子の下に便せんが落ちていた。


 煉夜はその便せんを拾い上げる。小奇麗な便せんで、まるで最近書かれたかのようなものであった。表には一言、「レンヤ・ユキシロへ」と書かれている。少なくともイスカはその名前を呼ばない。で、あるならば、それを知っているであろう人で、そして、それを残しそうなのはスゥしか思い当たらなかった。

 急いで便せんを開ける。もしかして、この窮状を知らせようとしていたのだろうか、などと思いながら開いた手紙に書かれていたのは、不思議な文章であった。


「レン、あなたがこの手紙を読んでいる頃には、わたしはすでに死んでいるでしょう。などというありきたりな書き出しから入ったことを詫びると同時に、でも、それは事実ですよね。わたしからレンに言えることは、ただ一つ、『イスカを頼みます』ということだけです。もし、次に会うことがあるのならば、その二度目の再会の時に、ゆっくりとお茶でも飲みながら話しましょう。スゥキ」


 冒頭に「死んでいる」と言っておきながら「次に会うことがあるならば」と言っている。そして、何より、まるでこの手紙を書いた時点で、こうなる結末が分かっていたかのような文言。しかし、この時の煉夜は、この手紙について、いくら考えても分からず、結局匙を投げたのだった。









 これが、煉夜が「神の天罰」を食らっても超回復によって生きていられる幻想武装[痛傷柳木(イスカリオン)]の元になったイスカとの出会いの記憶である。


 だが、この幻想武装には続きが存在した。六属六人の幻想武装において、無理矢理当てはめるのならば「風」もしくは「木」である。だが、そのような曖昧な区分で、幻想武装が成立するだろうか。もっとも、煉夜の幻想武装においては、リタの黄金を「土」と区分していたり、アンリエットとイルヴァの燃え盛る館を「火」と区分していたり、そのあたりは無理をしているようにも見える。だが、あくまで、1つの属性に押し込めているだけだ。2つの属性のどちらにでも捕らえられる、などということはあり得ない。

 だからそう、[痛傷柳木(イスカリオン)]は、本当の幻想武装を隠すための殻であり、本当の幻想武装を使うための裁定でもある。


「天罰は確かに正しい行為なのだろう。だが、……過剰な罰を与えることは、正しい行為だろうか。否。だからこそ、俺とイスカは祈る。救いを求め、裁きを求める。

 ――生じよ(こい)、[断罪神判(イスカウトゥ)]!」


 六属性において、「木」もしくは「風」で覆い隠された属性は、「神」である。


 突如、「神殺しの神」を囲うように無数の檻が形成される。そして、檻は断頭台へと代わり果てた。審判により、無罪ならば釈放、有罪ならば断頭台へ。そして、それは神における不変のルール。裁きの神のルールであり、神のルール。「神殺しの神」も「神」である以上は、そのルールの下に入る。それにより、「神殺しの神」は、神の法によって裁かれる。

 イスカの祈りは、クライスクラの神には届いていなかったかもしれない。だが、しかし、神には届いていた。その祈りによる裁きで、「八立天教」や「教会」が雇った人員が裁かれ、死亡したのである。


 ウトゥ。太陽を意味する神。正義を司る裁判の守護神にして、運命を決する者。生者を守り、罪人を冥府へ送るもの。万物を見通し、占いを司る。その神の前には、「神殺しの神」であれど「裁判」を受け「裁かれる」のは必然であった。


「馬鹿な、『神殺しの神』が消滅した、だと……。ありえん!」


 目を見開き、ありえないものを目撃したと言いたげなアングルトォス。しかし、一方で煉夜は、今の幻想武装で、自身の魔力のほとんどとイスカの魔力のほとんどを消費したため、

もう、魔力も尽きた状態であった。

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