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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
凶星破断編
295/370

295話:模倣されしは神殺しの神

 出雲大社の本殿前に生み出されたのは、紫泉鮮葉によって模倣された「神殺しの神」であった。煉夜がそれに対して驚いていたのは、彼女が「模倣の魔眼(トレーサー)」によって、「神殺しの神」を再現したからである。煉夜の知る限りのヒューマノイド体の鮮葉には、「模倣の魔眼」は備わっていなかった。しかし、その不完全を鮮葉はすでに完全に変えていた。自身の「眼」を模倣することは、難しかったが不可能ではなかった。


 そう、この場にいる紫泉鮮葉とは、紫泉鮮葉であって紫泉鮮葉ではない。ヒューマノイドなのである。だからこそ、煉夜は、過去に鮮葉を称して「誘拐とは無縁」と語っていたのである。なぜならば、本人が部屋という自分の世界に閉じこもっているから。本人を誘拐するには、あの監視網をかいくぐる必要があり、それができる人材は、鮮葉に頼まなくてもどうにかできる人材ばかりだ。


「間違いない、あれは、まぎれもなく神殺しの神だ!」


 アングルトォスが見上げ叫ぶ。彼にとってもあり得ないという気持ちでいたために、その驚きはかなりのものであるが、それでも、彼は、それ以上に、目的が達せられるという事実に喜んでいた。

 その空に浮かぶ異質の塊に、煉夜は氷の魔法をぶつける、が、届かない。距離の問題ではない。物理的に、あるいは、次元的に届いていないのである。


「無駄だ!

 あれは、神としての概念、『神殺しの神』という存在そのものだ。この地平にいる人間の攻撃は決して届かない。いくら神器であろうとも、降りていない神に攻撃を届かせることは不可能だ!」


 神。煉夜がこれまでに相手をしてきた神々、数多くの神獣や日之宮鳳奈のような存在、そして、このアングルトォスを含めて、同じ次元にあるからこそ、攻撃が届くのである。高位次元にいる以上、その攻撃は次元に阻まれて届くことはない。


「次元をも切り裂くような、そんな攻撃でもなければ、届くことはないでしょう。それか、神自身になり高位にでも上がらぬ限り」


 そういった四姫琳自身は、天に上がれぬ身である。四姫琳は……「天」は、最後の神であると同時に、最後の人として世界に存在した。そうである以上、人であり神であるというのは彼女にとっての絶対の性質であり、人である以上高位次元に上がることはできないのだ。

 そうなれば、残る方法は、「神殺しの神」である春谷伊花を覚醒させて、人工的な神殺しの神を倒すという方法だが、そもそも、そんなことをしたら多くの神々がその余波だけでも被害を受けるだろう。神を殺そうとする「神殺しの神」を倒すために戦い、結果としてそれを倒したが多くの神が死んだのでは本末転倒である。


「どうすれば……、っ、まずい、避けてください!!」


 四姫琳の声に反応する煉夜であるが、それが如何な形で現れるものに対する注意なのかが理解できず、一瞬だけ反応が遅れた。迫りくる光の奔流。それは先ほどまでのチャチな雷などとは違う、本当に「神殺しの神」による天罰であった。


――避けられない。


 そう確信した瞬間には、煉夜の手は、胸元の拳大の大きさの宝石へと伸びていた。祈るように、その宝石に……。


「本物の神の天罰だ!まともに食らって生きられるはずがない!」


 そもそも天罰とは、天より下される罰のことである。その一撃を、ただの人間がくらって生きながらえるはずがないのだ。だから、その光の奔流の中でも、その影があるのを見逃さなかった四姫琳は、自分の目を疑った。希望のために脳が見せた幻覚なのではないか、と。

 裁きの光が止んでいく中、そこには、1人の男が立っていた。しかも、一切の傷などなく、むしろ、今までの戦いでの傷なども含めて、怪我や傷の類が全てない。


「馬鹿な、人間が『天罰』に耐えられるはずがない。まさか、悪事を働いたことがない聖人君子だとでもいうのか」


 むろん、そんなはずはない。まず、賞金首になっている時点で、悪事を働いたことがないということがありえないのは当然だろう。無論、その原因と真実は置いておいて、間違いなく、賞金首になるだけの罪を犯したのは事実である。だからこそ、天罰が利かないはずがないのだ。


「危なかった……。今のは本気で死ぬかと思ったぞ……」


 冷や汗を手の甲でぬぐいながら、神殺しの神を見上げる。そんな彼の脳裏で女性の声が響く。懐かしく、そして、やさしい声が。


(ロレンさんは本当に変わりませんね。ですが、大丈夫です。あなたがどのような傷を負おうと、どのような病におかされようと、この力でそれらを全て取り除きます。例え、聖女でなかったとしても、それ以外の生き方を、知らないですから)


 そう、煉夜が無傷で立っていたのは、その直前に発動した幻想武装によるものである。六人六属性の幻想武装の中で、無理矢理属性に当てはめるのならば、「木」あるいは「風」だろうか。


「しかし、こちらの攻撃は届かず、向こうの一撃はこちらを即死させかねない一撃。理不尽だな」


「神とは理不尽なものですよ、大抵ね」


 おそらくであるが、煉夜の攻撃は、そのすべてが通じないであろう。例え、この空間をスファムルドラに変える権能があったとしても、次元までは作用しない。無理やり下の次元に引きずりおろすことはできないのだ。


 希望があるとすれば、「何でもできる」を体現するような【創生の魔法】であろうが、【創生の魔法】には時間がかかる。詠唱中に天罰が来たら煉夜は避けることも幻想武装を使うこともできないで死ぬだろう。


「また天罰が来ます!!」


 そういいながら四姫琳は、伊花と沙津姫を守るように陣取る。いつそちらに天罰が来ても対応できるように、という形である。

 一方、煉夜は、天罰を避けようとして、自分の中で、ある1つの可能性に思い当たった。もしかすると神殺しの神への有効な攻撃方法になるかもしれない、それに。


 そして、再び落ちてきた天罰を、煉夜は再び幻想武装に頼り、堪える。あえて、避けることはしない。


「なぜ?!」


「ハッ、この状況で血迷ったか!」


 四姫琳とアングルトォスの言葉。しかし、鮮葉だけは、煉夜が何かを考えていることを見抜いた。だが、それが何なのかは、まったく見当もつかなかった。


「天罰というのは……、罪に対して、降る、罰だ……。だが、そう、罰も行き過ぎると罪になる……」


 攻撃を耐えながらも、その可能性に掛けて、必死に天罰を受け続ける。今、「神殺しの神」という概念に届く力は、煉夜の知る限りでは、あの力しかないから。

 そして、耐える中、飛びかける意識を繋ぎ止め、その奥で、この幻想武装の元となった人物との出会いを思い出すのであった。






 五方の果ての果てにある巨大な湖、その中心にある島モナクシア。ある時期、煉夜はその島を訪れた。【創生の魔女】は連れ添っておらず、1人で船に乗り込み、ある噂が流れているその島に入るのであった。

 島に唯一存在する教会に、彼女は存在していた。六人の大聖女の生まれ変わりといわれている「イスカ」と呼ばれる少女が。煉夜が初めて彼女を見たとき、眼を見開いて驚いた。なぜならば、彼女は、その四肢を、腹を、杭や棒が貫き、見る人が見れば卒倒するような状態で、教会の中心、ちょうどステンドグラスによって彩られた光が落ちる位置に座り祈っていたのだから。しかも、教会に来ている人の誰もが、それを一切気にしていないのが異様であった。


「お前さん、旅の者かい?」


 教会の入り口で、煉夜は老婆にそのように声をかけられる。いかにもなローブを着ているし、荷物も多いから旅の者だと思われるのは当然だろう。


「ああ、少し仕事に余裕ができて余暇を過ごすためにな」


 そんないつもの言い訳をしながら、老婆の顔をうかがう。無論、煉夜は獣狩りで生計を立てており、仕事に余裕も何も好きな配分でどうとでもできる。


「そうかい。しかし、まあ、わざわざこんな辺境までくるとは物好きだ。だが、初めて来た人は大抵、あの方に驚く。ろくに知らんで来た旅人なのは本当だね」 


 この世界にももちろん、リゾートというものは存在する。リゾートというと、日本ではハワイなどが浮かびがちであるが、そもそもはフランス語の「出かける」という意味の言葉に、再びというReをつけた造語。つまり、しばしば行く場所かつ滞在する場所のことを指す。日常性を越えた施設や環境を持ち、そう遠くなく、滞在でき、自身の好む活動ができる場所がリゾートであると定義されている。

 五方の果ての果ては、定期的に訪れるには遠すぎて、多くの人々からは、観光地扱いもされていないため、旅行客が来ることもめったにないとされるのがモナクシアという島である。


「彼女は大丈夫なのか?」


 煉夜の疑問に、何度か同じ質問をしてきた人がいたのだろう、老婆は、「いつものか」という顔をしながら簡単に説明した。


「あの方は、四肢を杭で打たれようとも、指をもがれようとも、すぐに完治する奇跡の人。そして、その力を強めるために、常に四肢を杭で穿ち、回復力を高めているそうさね。あたしらはよく知らないけど、一部では、大聖女様の生まれ変わりじゃないか、なんて言われてるのさ」


 そう、煉夜が噂に聴いてきた「大聖女の生まれ変わり」などと噂される人物が、教会の中心で四肢を杭に穿たれ、祈りを捧げている彼女であった。

 しかし、五方であり、「大聖女の生まれ変わり」という単語で煉夜が想定していた人物とは全く違う人物であり、そして、彼女が大聖女の生まれ変わりではないことが煉夜はすぐにわかった。だが、それを明かしたところで、煉夜の言葉を信じるものはいないだろうし、そこに言及する必要はないと判断した。


「それより、お前さん、この島には宿なんて上等なものはないけど、大丈夫かい?

 知り合いでもいんのかい?」


 もとより、宿があるかどうかは特に気にしていなかったし、ここまでの道中はずっと野宿をしてきた。


「別にその辺の軒下でも借りられればどうでもいいさ」


「おいおい、浮浪者じゃあるまいし、やめとくれ」


 そんなことを言われても、煉夜には、この島に知り合いなどいないのだ、どうしようもない。そんなことを老婆と話していたら、一人の女性が寄ってきていた。歳の頃は杭の穿たれた女性と同じくらいだろう。


「泊まる当てがないのでしたら教会に泊まってください。宿の無い方には簡易な毛布くらいですが提供しますので」


 どこか遠くを見ているような女性であり、煉夜は彼女の瞳の奥に、自分と同じような何かを見たような気がした。


「……そうか、世話になる」


 辺境の地であるため、賞金首なども特に貼り出されていないので、煉夜の顔を知られている確率は低いのだが、それでも極力顔を見せないようにしたかった。だが、寝泊まりするのならば、フードを取らないわけにはいかないだろう。なので、少し気乗りしなかったが、ここで変に拒否するのも怪しまれそうなので、煉夜は教会に泊まることにした。

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