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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
凶星破断編
288/370

288話:神を殺す者たち・其ノ漆

 ファイス=ネウスは、学者である。しかし、科学者ではなく、魔法学者である。魔法学、そう呼ばれるものは、世界各地に存在しているが、国特有の魔法が多く、失伝しているものから、他言無用のもの、果ては広く普及しているものまで多くあり、それらをまとめて体系化するのは不可能であると言われている。

 そうした中で、魔法学とは、その魔法とは何か、というものを研究する分野であり、そして、新しい魔法を生み出す分野でもある。


 ファイスの国において、魔法とは「神が与えた才能(ギフテッド)」とされる。そもそも、魔法というものが生まれたのは、「神が授けた」とされるような国も多く、ファイスの国でも実際、そういう扱いであった。しかし、ファイスはその説に否定的である。魔法とは、「人が生み出した技術である」と、考えていたのである。


 魔法が本当に神から与えられたものであるのならば、「神」という存在がなくては、「魔法」というものが成立しなくなる。「神」の否定と「魔法」の否定がイコールで結ばれることになるのだ。

 魔法学という分野において、最も発展しているのは英国である。これは、魔女狩りにおいて、多くの魔法使いの血が失われたことを機に、世界中からあらゆる魔法使いを呼び込み、魔法使いの存続を図ったからであり、その結果として、世界中に散らばるあらゆる魔法体系が英国にはデータとして存在している。

 ただ、それでも「起源」という部分では、英国すらも「どうして魔法というものができたのか」というものに対して、明確な答えを持ち合わせていない。いや、むしろ、多くの魔法体系が集った結果、あらゆる世界に散らばる、あらゆる「起源」とされるものが集まり、融合し、果てに訳が分からなくなっているのである。


 だからこそ、ファイスは、英国ですらも届かなかった深淵に届くために、魔法学の中でも「魔法起源」とされる分野への挑戦を行っていた。己の魔法を読み解き、そこから、どのように改良されてきたのか、というものをたどり、その根源を目指す。もっとも、この「魔法起源」という分野の意図は「魔法の起源を明らかにする」ということではなく、なぜ、「魔法を使える人と使えない人がいるのか」という根本的な謎に迫る部分が大きい。

 魔女狩りなどの「魔法使いの迫害」というものは根本的には、「自分たちと違う謎の力を持った脅威」から来るものであり、つまりは、「魔法が誰にでも周知された世界」であり、「魔法を誰でも使える世界」であるならば、魔法使いが迫害されることはない。その考えは多くの魔法使いがたどり着いている。

 だからこそ、「新しい魔法」、「より良い魔法」を生み出し、多くの人が使えるような改良するものや、「魔法の起源」を暴き、全ての人が魔法を使えるようにする、などという分野が存在するのだ。


 もっとも、この考え方が魔法使いの総意というわけではない。「伝統を重んじ、限られた血族の中で発達するからこそ、魔法はより優れる」という考え方を持つ者や、「魔法を使えるということは選ばれた者であるという証である」と主張するものなどもおり、「魔法の認知」、「魔法の大衆化」はどちらかと言えば、マイナーな思考である。




 そんな彼は、「魔法の起源」に迫るために、10年ほど前から、ある実験を行っていた。ディ・ガヌマス、そう呼ばれた島がある。島自体は小さく、先住民族が僅かばかり暮らすだけの島であったが、その島の中央には神殿があり、その神殿で、神の力を借りる呪術の儀式が長年行われていたのである。


 神の力を信じていないファイスは、その呪術によって出現する力がどこから来るのかを調べることによって、魔法の起源がどこにあるのかを探ろうとしたのだ。先住民の協力を取り付け、神殿の周りに魔法で計測する仕掛けを作り、そして、儀式の発動を待った。

 その結果に待っていたのは、途方もないほどの力が島を中心に湧き上がる異常事態である。まさに神の奇跡としか言えないような、そんな事象。それを目の当たりにしたファイスは思わず「おお、神よ」と思ってもいないはずなのに口にしたという。


 後から、その事実を整理していくうちに、本来の儀式の形に、ファイスの機材が上手く重なり合い、儀式によって起こるはずの魔力が数百倍にも膨れ上がったことが原因だったのではないか、とファイス自身は無理矢理結論付けた。無論、そのような都合のいい奇跡など起きるはずもないのだが、無理にでも理屈を付けねば、神が存在すると自身が思っていることになると思ったのだ。そして、この一件で、ファイスが何より許せなかったのは、失敗したことでも、結局魔力がどこから来ているのかが分からなかったことでもなく、自身が、「おお、神よ」と言ってしまったことである。それゆえに、彼は「神」を否定し、そして、「魔力は神が与えたものか」という疑問を知るために研究をしていた彼は、しだいに「神」を無くしても人が魔法を使えれば「魔法」と「神」に相関性はないという暴論へと傾いていく。

 儀式の際に起きた膨大な魔力から、その島は5ヶ国の干渉を受けることになったが、ファイスは運よく、その干渉の前に島を抜け出し、それからは欧州各地を巡りながら、宗教に対する弾圧を行おうと画策していた。「神」を無くすための方策である。しかし、それに耳を傾けるものなどいるはずもなく、終いには、その行き過ぎた行為から、瑞西の連邦情報部(FIS)に目を付けられることとなり、逃走生活を送ることとなるのだった。


 そんなある日、彼の前に現れたのが、「京城二楽」を名乗る東洋人であった。「全ての神を殺そうと思っているんだが、手を貸してくれないか」と、そう言われて、ファイスは二つ返事で確約した。






 そうして、今、この場に立っているファイス=ネウスであるが、彼は、春谷伊花を手中に収めるべく、駿部四姫琳の攻撃をかわしていた。

 魔法学者であったために、ある程度魔法に対する造形も深く、多少の魔法ならば使えるファイスであるが、それでも本職の魔法使いなどに比べれば、あくまで学者である。特に、英国のように、魔法に対する専門的学習ができるような国ではなく、ただの一国で生まれ育ったファイスには、あくまで独学や仲間内の魔法しか使えない。それこそ、魔法について少し知っているが、結局使うのは、自分たちの魔法で、効率など何もないものだ。


 そのため、四姫琳の攻撃を避けるべく、身体強化の魔法を使っている以上、ファイスには、他に力を回す余力など到底ない。

 四姫琳の大きな弓が、照準をファイスに合わせる。あくまで、殺さず捕らえるように急所を狙わず。そのため、身体強化をしたファイスは何とか避けることが出来ていた。急所の多くは、身体の中心や頭にあり、そこを避けるとなると、腕、脚、肩などを狙うことになる。そうしたパーツであるのならば、大きく動かして避けやすい。胴体の中心を狙われていたのならば、多少避けたところで、どこかに当たる可能性がある。そうした意味では、そうしたところを狙ってもらえるのはファイスとしてもありがたかったが、いつまでもそれができるほどの魔力と体力を持っていないため、それも時間の問題であった。


「いい加減にあきらめて降参していただきたいのですがね。こちらとて、殺そうと思っているわけではないで、最低限の権利は保証しますよ」


 そういいながらも、弓の構えを解かない四姫琳。無論、ファイスも降伏しろと言われて降伏するほど素直な性格はしていない。「不浄高天原」に紫泉鮮葉がいる以上、彼からすれば、春谷伊花を手に入れた時点で、その目的が達せられる。つまり、どれほど勝てないような強敵であっても、その一手さえあれば、逆転できるのである。


 ファイスは学者であるため、より紫泉鮮葉という人間の規格外さを理解していた。魔法という魔法をほとんど使わないにも関わらず、魔法を再現することができる技術。そんなもの、世界のどの国でも欲する力である。

 魔法の大衆化、それはマイナーな思考であるといったものの、魔法を科学で再現することができるのであれば、それは話が変わってくる。魔法を誰でも疑似的にとはいえ、触れることができる。本物と偽物という区別はあるものの、それでも魔法を大衆に広めることができるのだ。それも、自身の魔力を消費する本物の魔法と自身の魔力がなくてもいい偽物の魔法、などということが起こり得るかもしれないのだから、ファイスからすれば、紫泉鮮葉こそが、魔法の根源を解き明かせる鍵であると思うのも無理はない。なぜならば、魔法を再現できるということは、魔法のロジックを理解しているということである。ならば、それを解き明かしていくうちに、魔法とは何から始まったのかまでたどり着き得るから。

 だからこそ、彼は、誰よりも鮮葉を信じているのだ。それゆえに、春谷伊花という鍵さえあればいい、そのためには捨て身でどうにかしても構わないとまで思える。


「降伏などするはずがないのは分かっているだろう」


 そして、四姫琳もファイスがその気なのは分かっていたので、この彼の答えは聞く前から何となくわかっていた。


「神々の抹殺など、本当にできるとお思いですか」


 別に時間を稼ごうとか、相手の話に耳を傾けようとか、そのように思っていたわけではない。ただ、どうしてそれほどまでの覚悟を持つのか、それだけを確認したかった。


「できるか、だと。違うな。神などいない、そう思っていた。そして、神がいたとしても、神がいないことで証明できるものがある、とも思っていた。そして、今、思うことは、できるかできないかなどの可能性を計算するのはナンセンスだ。できるか、ではない、やるのだよ。そして、それを……不可能とも思えることを可能にできる天才がこちらにはいる」


 そう、ファイスも学者である以上、確率などを考えることもある。しかし、魔法というものは不確定、未解明な部分も多い。だからこそ、確率を度外視することもある。特に、今は、彼自身の理解を越えた紫泉鮮葉という人物がいる。だからこそ、例え、自身がどうあっても「できない」と判断したことであっても「できる」に変わる。それゆえに、彼は、「できる」か「できない」ということで判断せず「やる」という意思だけで、今、この場にいる。

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