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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
凶星破断編
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287話:神を殺す者たち・其ノ陸

 美月と浮素が消えたことに気を取られたナウレスは、自身に迫る大きな刃に気づくのが遅れた。それを寸でのところで「誘導」する。ナウレスの眼前に迫っていたそれは、わずかに逸れ、彼の顔をかすめながら地面と衝突する。


 そう、ナウレスの能力は、あくまで「誘導」である。攻撃を「反射」するのでも「弾く」のでも「転移」させるのでもなく、あくまで、「誘導」させることしかできない。つまりは、発動が遅ければ、それらと違い「誘導」しきれず、自身に攻撃が当たることも十分にある。


 ただの先導者であるナウレスには、敵の攻撃が当たるということは、すなわち致命傷に発展する恐れすらある。


 そもそも、ナウレスの得意とするのは、指揮である。組織の指揮官として、人員を「誘導」することが大きな役割となる。この組織においても、集まった人員の指揮を担っていた。

 純粋な力の強さと目的を達成するための行動力という点で皆を惹きつける二楽というカリスマ性。集った人間を「誘導」し、運用するナウレス。二楽の目的を頭脳という点でサポートするファイス。二楽たちとは別の視点を持ち、時に二楽も知らぬ力を貸す浮素。そして、それらを合わせ、全てを実現するロジックを組んだ天才(ジーニアス)の鮮葉。この5人が揃ってこそ「不浄高天原」は完全なる機能を果たし、そして、実行という形に移せたのである。


 その当初の予定では、実戦の担当は二楽と浮素、サポート担当がナウレスとファイスという形であった。これは、当然だが、四木宗という組織を相手にすることを前提にしている。そのため、危険だとされる戦力はほとんどなく、せいぜい、確認できていたのが四姫琳くらいだったためであり、これ以上の戦力を必要せず、これで実行に移せると踏んだのは無理もない。何せ、ここに雪白煉夜、雷刃美月、国立睦月の3人の異常な戦力が四木宗側に付くなど、まず考えていなかった。

 二楽達も、自身の活動を止めようと神々が動くこと自体は想定していたが、「例外」とされる存在が4人同時に集うなどということは、想定の限度を超えていた。しかも、実際のところで言えば、この出雲には、それ以上に集まっていると言っても過言ではない。そして、それらの因果は「神」という概念で収束する。

 雪白煉夜は、四木宗にゆかりがある一族であり、神の寵愛を受けているらしい存在。

 雷刃美月は、六白双鎖の雷神という神そのものの概念を有している存在。

 国立睦月は、「神殺しの神」の力を持つ春谷伊花を求め世界を渡り歩いた存在。

 ■……、あるいは今川氏鬼里は、本人が半分は神である存在。

 紅条千奈は、神であり人である神皇(ファラオ)の妻であり、現在はその力の一部を貸与された存在。

 焔藤雪枝は、異界の死神である枝の死神をその身に宿した存在。

 こじつけにも近い理由であるが、それでも、その存在の端々に神は見え隠れする。それを神の関与と取るか、あるいは、運命の干渉と取るか。


 しかし、それが神の関与でも、運命であるとしても、「不浄高天原」は、その滅ぼそうとしている「神」という存在により、集った「例外」を相手にしているのだ。当初の予定などではどうしようもなく、そうして、本来ならサポート要員であったナウレスもファイスも戦うことを余儀なくされている。


 そのうえ、相性で言うならば、距離を取って戦う魔法使いのようなタイプが相手であるならば、自身に届くまでの間に「誘導」することでどうにかできるが、こと、睦月のような直接戦闘をするタイプは最悪である。


「ふぅん、なるほどね、力の向きを変えるタイプか。魔法だけならそう難しくないけど、どんな力もとなると、あまり見ないわね」


 などと睦月は、今の一撃を外したことに対する考察をしていた。彼女のいうように、魔法を逸らす、誘導するというのはそう難しい話ではない。おそらく煉夜でも容易にできるだろう。もっとも、美月ほどの高威力の魔法をどうにかできるか、という話は別にして、だが。

 魔法の構成自体が理解できれば、それを消し去ることもできるし、向きを変えることも不可能ではない。なので、魔法を逸らすというのは、睦月も幾度となくみてきたが、全てを「誘導」するという力は見たことがなかった。それほど、ナウレスの能力は汎用性が高いのだ。




 それから、睦月は、小さい体躯を活かし、ナウレスの死角を突くようにしながら、何度か剣を振るい、ナウレスはそれを寸でのところで避けるというのを繰り返し、睦月が止まる。


「何んとなくわかったわ。あなたの力」


 ため息交じりの声で、そんな風に言った。しかし、今はたかが数度力を使った程度であるのに、それが見破れるとはナウレスには到底思えなかった。


「何を言っている……?」


 その小さな声には、動揺が浮かんでいた。そう、なぜだかわからないが、その言葉が事実のように思えたからである。


「ま、経験則と今の試し切りで、分かるもんは分かるのよ。あなたの能力と3つ、あるいは4つの弱点っていうべきかしら」


 数多世界を回り、数多の敵と戦った、その経験則と、そして、数度の切りかかりへの対応で、その力のおおよそは把握できる。それは豊富な経験と天性の才能、そして、彼女の【国士無双】としての資質によるものだ。


「まず、1つ目というか、長所の裏返しというか、できることが多い分、1つ1つへの能力の行使は効力が薄いか、強い効果を出すには時間がかかるんじゃないかしら」


 ナウレスの能力は、「魔法」や「物理的な力」、「思考」などの単体を誘導するのではなく、全てに作用することができる特異な力である。その分、特化した能力者とは違い、それらの有用な発動は効力や時間が落ちる部分がある。


「そして、次に、あくまで物体を逸らしたり、向きを変えたりすることができるけど、それは絶対的なものではなく逆らうことも可能」


 あくまで「誘導」であるから、断れれば、その効果はない。


「それに関連して、もう1つは、人の意識への干渉は難しいってことかしらね。戦いの最中に剣じゃなくて、本人に干渉すればいいときにも結局は、この剣を逸らしてたし、あなたの能力は操るとか強制するとか、そういったレベルではないってことでしょう」


 そもそもに、それほど強力な力であれば、睦月自体を誘導して、動きを止めてしまえばいいが、それをしなかったのは、睦月の強靭な意思もそうだが、そもそも敵対している人間の誘導を素直に受ける人間はいないからだ。だから、最初に数度試みたが、ダメだと悟り、それ以降は、剣を誘導することに専念した。


「そして、最後の1つは……」


 言いながら、睦月の姿が掻き消え、背部への鈍痛とともにナウレスの意識は途絶えた。睦月は肩をすくめながら、


「自分の知覚速度を越えた攻撃はどうすることもできないってこと」


 数度切りかかった間に、知覚外の速度でフェイントを入れていたが、それにかかる様子もなく、剣への誘導が行われなかったことから、自身の知覚できるものにしか効果がないことを悟り、滔々と話をする振りをして、ナウレスの意識を戦闘という部分から逸らして、その一撃を入れた。






 そんなナウレスと睦月のやり取りの裏で、菜守と詩央は、美月に言われたように、礼守の救出を行った。特にこれといった妨害があったわけでもなく、一応、詩央が周りを警戒しながら、菜守が礼守を救う形となった。そう、浮素が考えていた通りに。




 そこに一陣の風が吹く。結界の瓦解とともに、2人が現れたので、睦月は一瞬だけ警戒するが、戦い中のような雰囲気もなく、むしろ、美月ではない雰囲気に、何となく事情を察した。


「あら、やっぱりもう終わってたわね。さすが睦月ちゃん」


 ひょうひょうとした態度と口調、先ほどと声や見た目は同じはずなのに、まったくの別人のようにしか思えない、その人物を睦月は噂で痛いほどに知っていた。


「どうも、風塵楓和菜さん。戦いには満足できたんで?」


「ええ、久々にやれて、だいぶスッキリしたわ。ごめんね美月が無理に押し付けたみたいで。ま、わたしだったとしてもおんなじことしたでしょうけど」


 ケタケタと笑いながらも、菜守と詩央が礼守を救っているのを見届けて、浮素の方を見ながら言う。


「それで、思惑通りになったけど、ここからはどうするの?

 藤美院(ふじみいん)泉秋(せんしゅう)大居士君」


 あえて、その長い戒名で呼んだのは、あくまで「猪苗浮素」ではなく、別の立場の人間であるということを示すためのものである。


「一応、『不浄高天原』に加担していたことにはなっていますからね、おとなしく捕虜扱いになりましょう。正式な場になれば、阿弥陀如来の遣いで来ていたことは明るみになるでしょうが、それを証明できる人間はこの場にはいませんし。

 そして、これ以上、我々がここでできることはありません。後は、ただ、出雲大社での戦いを見守る他ありません」


 彼は猪苗浮素という存在としてのこれから、と自分たちの動きとしてのこれからについて、それぞれ話した。


「ま、そうでしょうね」


 などと話していた、その時、突如、その「起こり」を楓和菜の感覚が捕らえる。それは浮素にも伝播し、浮素が言う。


「これは、神殺しの神の力……?!


 まさか、出雲大社側で、春谷伊花さんが?!」

 椿菜守の「神殺しの神」の発現は阻止した。それも出来得る限り最高の形で、である。だが、出雲大社の方から、突如として、強烈な「神殺しの神」の力の発現を感じた。菜守ではないのならば、春谷伊花しかありえない。だが、


「違う、違うわ。これは、……この神殺しの力は伊花ちゃんのものではない。でも、これって……、そんなはずは、まさか……人に許された領分を越えているわ、ありえない」


 楓和菜の感覚では、「神殺しの神」の力とは別に、春谷伊花の「神殺しの神」の力も感知できていた。2つ同時に存在する、つまりは、伊花の力でないということだ。だからこそ、その可能性に気が付いた。


 人の領分を越え、神の領分すらも踏み荒らし、その先へ進んだ天才(ジーニアス)の偉業に……。

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