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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
凶星破断編
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284話:神を殺す者たち・其ノ参

 浮素に当たるかに思えた雷の魔法は、逸れて天井を壊しながら上空へと向かって昇って行った。これこそがナウレスの力、「先導(リード)」。導くことに特化し、人を、物を、魔法を、力を、導くことができる力。

 魔法を弾いたのでも、消したのでもなく、誘導する。放たれた魔法は、結果的に向かう先を変え、浮素には当たらない。


 だが、その雷撃の閃光と雷鳴に紛れ、巨大な剣がナウレスに迫っていた。それを浮素が庇い受ける。衝撃とともに、本来なら肢体の骨が砕かれてもおかしくない威力であるが、それを浮素は、無傷で受け切ったのである。


「これはなかなか効きますね」


 睦月の攻撃を受け切った浮素はそんな風に言葉を漏らす。しかし、そうはいっておきながら、効いている様子はない。


「嘘を吐くなよ。ニルヴァーナに至りし男」


 魔法を放ちながら、美月が浮素をそのように呼んだ。それに対して、酷く微妙な表情を浮かべる浮素。それはあまり良いと思っているような顔ではなかった。どちらかと言えば、あまり知られたくない秘密を知られていたような顔である。


「やはりそこまでご存知でしたか、『六白双鎖の雷神』殿。いえ、どちらかと言えば、あなた以外の、そう……、『桜一』桜木迪佳の持つ知識、というところでしょうか」


 風神楓和菜の中でも、それぞれ様々な分野について知っていることが異なるが、その知識は根幹の部分で共有している。美月は、どちらかと言えば、知識には明るくないが、それでも、浮素のおおよその事情については知っていた。だが、それをより詳しく知っているのは、桜木迪佳という人格であろう。


「やはりオレのことも知っているようだな。まあ、当然と言えば当然か」


 それはうぬぼれでも何でもなく、ただ単に、風塵楓和菜という人物の知名度の話である。あらゆる世界に点在し、その力で偉業をなしてきた存在を、一世界の住人ならともかく、数多世界のことを知る存在ならば、知っていることはおかしい話ではない。


「あなたほどの人を知らないはずがないでしょう」


 そういう浮素に対して、彼女は不敵な笑みを浮かべる。そして、その瞬間に、あらかじめ展開していた美月の魔法が発動した。美月と浮素だけを包むように。


「睦月、お前とこいつの相性は悪いし、オレとそいつの相性も悪い。そいつの相手は任せた」


 そういいながら、雷鳴とともに掻き消える。その魔法のことを睦月は知っていたし、同時に驚いた。


「暗転魔法……。それも、……」


 暗転魔法、空間系結界型魔法の総称であり、使える者は少なくないが、その規模や形は様々あり、美月の使ったものは、その最上位、限定結界に近い位置に当たる高位魔法である。もっとも、近いと言っても、限定結界と最上位の暗転魔法では、決定的な隔たりがあり、その規模、効力、効率、その他諸々において、限定結界とは隔絶されているものである。そういった意味では、煉夜の使う幻想武装のいくつかの方が限定結界には近い。






 結界魔法、「鳴雷殿(なるいかづちのでん)」。世界の位相から少しずれた空間に作り上げられた雷による結界であり、無理に出ようとすれば、その身を幾重もの雷がかけ、何度も体を焼かれる。その結界のどこにいても常に雷鳴が聞こえることから「鳴雷」と呼ばれたものだ。美月の使う暗転魔法では、それなりに上位に当たる。

 むろん、雑魚が相手ならば、このような高位の暗転魔法は使わなかっただろう。つまり、目の前の猪苗浮素という男は、美月がこの魔法を使うだけの価値があると認めている存在なのである。


「暗転魔法、それも『鳴雷殿』とは、買いかぶられたものですね」


 あまりうれしくなさそうに浮素は呟く。あまり警戒されたくはなかったのだが、これを使われている以上、かなり警戒されているのだろう、ということは伝わってきた。


「そもそも、こうして隔離された以上、戦う必要はないと思うんですがね、雷刃さん」


 肩をすくめる浮素に対して、美月は呆れた表情を浮かべる。そして、ため息を吐きながら、彼女は言う。


「それは、お前が『千年神話浄土(スカーヴァティー)』の御遣いで、潜入しているから、ここに隔離された時点で、他の『不浄高天原』の目がない以上、戦う必要はない、という意味か」


 礼守に施された仕掛けを見た時点で、その推測は確信に変わっていた。1人だけ異質ともいえる力を持っていたことも、その道具を使えたことも、全てに得心がいく。それゆえに、わざわざ美月はこの空間に彼を隔離したのだ。


「やはり、そこまで気づいていたのですね。流石は、あの方の力を継いだ者。その資質に見合うだけのことはあります」


 若干、上から目線にも聞こえなくはない言葉であったが、その言葉の意図は、誰よりも美月の方が理解できていたために、特にそこに言及するようなことはない。


「今は……猪苗浮素、と名乗っていたか。なるほど、面白いネーミングだ。猪苗代湖と浮城から来ているのだろうが」


 猪苗代湖とは福島県郡山市に存在する湖のことで、福島県を代表する観光地の1つである。そして、猪苗代湖には別名として、天鏡(てんきょう)湖というものがある。天鏡、すなわち天から与えられた鏡。鏡とは、古来より神聖なものとして扱われることも多く、魔除けや神器としての扱いも多い。しかし、仏教関連で鏡というのならば、やはり「仏教は法鏡である」という言葉であろうか。

 法鏡とは、「真実を映す鏡」である。鏡が真実を映すというのは、魔除けなどの意味もあるが、地獄における閻魔大王が裁判の道具として使う浄玻璃の鏡など、「物事の真実を映す」という意味合いは特に強い。むしろ、真実を映すからこそ「魔除け」になるという考えもあるだろう。

 すなわち「仏教とは法鏡である」とは、仏教は己の真実の姿を映し出してくれる、という意味合いである。

 そして、浮城とは、埼玉県の行田にあった忍城のことであろう。城が浮くという意味で、亀に例えられることがある。そして、亀は長生きの象徴でもあるが、仏教においては、「

盲亀浮木」という寓話から成り立つ言葉がある。長寿で目の見えない亀が水に浮かび上がったときに流木の穴に偶然首が通ること。きわめて難しく、稀なことを意味する。


「『不浄高天原』の真実の姿を暴く仕事をするという意味合いならば、凝った偽名をつけたものだな」


 もっとも、その名前を付けたのは浮素自身ではないのだが、その言葉を受けて、浮素は苦笑しながら言う。


「名は体を表しますからね。願掛けのようなもので、本人がそれを行わねば意味はありませんが、それを全うする、目標を明確にするという意味では、名前にそれを意味するものを入れるのは分かりやすく、見失うことがありませんから」


 それゆえに彼は猪苗浮素と名乗っているのだ。そもそも浮素には、そのような名前は存在せずに、すでに受戒した身であるため、師から戒名が送られている。戒名は、死者に送られるものというイメージを持つ者も多いが、それは日本において行われる習慣であり、死後に成仏するという考えが元になっている。浮素の場合は、仏門に入り受戒したために、師であった人より戒名をもらい、高僧として励んだ末に涅槃(ねはん)にいたると同時に遷化(せんげ)した。その経歴を持って、「千年神話浄土(スカーヴァティー)」の御使いに選ばれたのである。


「師から賜った名とは別に、名乗る分には問題ありません。かつての戒名を授けてくださった師は、今どこで何をしているのか知りませんが、もらった名を大事にしている限りは、恐らく何も言わないでしょう。そういう人ですから、今果心は」


 その言葉で、美月は何かひらめくものがあったのか、目を見開いた。知っていたのだろう、その名前で呼ばれる人物を。


「そうか、お前、藤美院(ふじみいん)泉秋(せんしゅう)大居士か」


 さすがにその名前までも把握されているとは思わずに、浮素も驚いたが、何よりも驚いているのは美月の方である。何せ、その名前は、かつての友から直接聞いたものであるから。


「なぜ、その戒名を……」


「なに、お前の師とは友人でな、その折に4人の仏弟子について聞いたことがある。お前と、破門されたものの良き弟子だと言われていた水無月(みなづき)奈央姫(なおき)田多野辺(ただのべ)入鹿(いるか)、そして涅槃(ニルヴァーナ)にいたる前に入寂した虎城庵(こじょうあん)春奧(しゅんおう)大姉。その名前はよく聞いていた。しかし、『今果心』とあいつを呼ぶのはどうなんだろうな……」


 美月の知人であり、浮素の師である男、その本来の姿を知っている美月は、巷で「今果心」と呼ばれていることに対して、酷く微妙な気持ちであった。何せ、本物の「果心居士」をそう呼んでいるのだから。


 人に対する称号や二つ名として「今」と付くものが与えられることは間々ある。「今孔明」などがその最たる例であろうか。かつての偉人と同じ分野で功績を遺すものには、特に「その偉人の様だ」という意味を込めて贈られることが多いものだ。であるならば「今果心」ともなれば、「現代の果心居士だ」という意味の称号に他ならないだろう。

 もっとも、当の果心居士は、幻術使いや妖術使いの烙印を押され破門させられているので、仏門の僧として「今果心」が誉め言葉であるかと言えば微妙なところである。


「御師様……師のことを知っているのならば話は早いです。我々が戦う理由はいよいよないでしょう?」


 でき得るならば戦いは避けたい、そんなことを言いたげにしている様子に、美月はニッと笑う。それも浮素の思う限り、最悪の笑い方で。


「いや、いやいや、何、お前の師からは、もし会ったらよろしくしてやってくれと頼まれていたものでな。まあ、あいつの言い方なら、特に破門された2人の方の話だったのだろうが、そこは些細な問題か。よろしくするために、少しお前の力を見てやろう」


 浮素は心の中で「この戦闘狂めっ!!」と毒づきたくなるのを必死に抑え込み、そして、天を……もっとも「鳴雷殿」の暗雲と雷光の犇めく天であるが、それを見上げながら、覚悟を決める。


「これも『試練』なのでしょう。受け入れねばなりません」


 このすべては、己が仏へ至るための神仏が与えた試練である、そう思わなくてはやっていられないだろう。

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