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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
司中八家編
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028話:京都幻獣事件其ノ一

 10月初旬の平日のこと、帝矛弥は相田きいが無事登校するのを見届けると、そのまま京都にある老舗の和菓子屋まで足を運んでいた。当然のことながらお茶をするために寄ったわけではない。

 店内に入ると、店員は何も言わずに矛弥をスルーした。矛弥も何も言わずに、そのまま店の奥に進んでいく。すると、奥の個室の座敷に陣取る顔が目に入る。そこに居るのは、雪白木連、市原裕太、明津灘大地だった。


「これは、申し訳ありません。どうやらお待たせしてしまったようですね」


 矛弥は頭を下げながら座敷に上がった。それに対して、木連は気にしていないというような表情で何も言わなかった。ここで何かを余計な問答の時間を取りたくはなかったからだ。


「さて、と。それでは、遅れてきた身ではありますが、さっそく話を始めさせていただきます」


 そう言って、個室のドアを閉める矛弥。この店は、司中八家の私用で使われることが多く、店員も容認しているので邪魔をされることもない。それゆえに、この店を待ち合わせの場に指定したのである。


「全員、雪白煉夜君から報告は受けているでしょうが、改めて情報の確認の意味も込めて話します」


 そんな前置きをしてから矛弥は、いくつかの資料を取り出した。なぜか胸の谷間から取り出すという演出をしようとして失敗していたが、話を進めてほしいために誰もがスルーした。矛弥は咳払いをして誤魔化しつつ、話を始める。


「稲荷家、及び市原家で確認が取れているのが、この京都に魔力が出現して、渦巻いているとのことでしたが」


 言いながら、当事者の1人である裕太へと顔を向ける矛弥。顔を向けられた裕太は、静かに息を吐いて喋り出す。


「ああ、確かに確認している。元々は、妹……、あ~、市原家を出て嫁いだ妹の裕音の夫からの情報だったんだが、それを元に調査をした結果、魔力が渦巻いているのが分かった。これは十分に異常な事態だということだ」


 あらかじめ考えていた文章を棒読みにならないように口にする裕太。彼は本番に緊張して力が出せないタイプの男だった。


「稲荷家の稲荷七雲さんの証言や市原家の調査結果から、この異常事態は、召喚の儀の後から、ということですね」


 皆に確認する意味で矛弥がいい、全員が頷いた。そして矛弥はそのまま話を続ける。


「冥院寺家の調査でも同時期から、霊力を扱うことに長けた一般人を含む数人が誘拐される事件が多発しています。誘拐された人と方法、それから相次ぐ模倣犯なども含めると、そろそろ隠せる限界に近いでしょう」


 そして、矛弥は次に明津灘大地に目を向けた。大地は、静かに頷くと手元の資料を見ながら言う。


「明津灘家では、一応、天城寺家の動きがおかしいということは掴んでいた。ただ、それには確証もなかったがな」


 大地の言葉に、何か思うところがあったのか、木連が何かを言いたそうな顔をしていたが、発言はしなかったので、次へと話を勧めた。


「そしてこの場にいない稲荷家からの話では、稲荷一休が書き残したものが一冊盗まれたとのことです。内容は何かの召喚であるそうですが、何かまでは断定できないとのこと。

 これらのことをつなげて、全て1つにしたのが雪白家の雪白煉夜君です。推測でしかありませんが、煉夜君や他の次世代の話を聞く限り、動機は召喚の儀で恥をかいたことではないかと思われます。それを見返すために他の何かを召喚しようと、稲荷家から一冊持ちだし、それと同時に霊力を扱うのに長けた人物を誘拐し、召喚しようとしている。ただし、召喚には魔力が必要だということを理解していない天城寺家により魔力がどこかから流れてきて、京都に魔力が渦巻いてしまっている、と言うことです」


 そこで視線は木連へと注がれるが、木連は居心地が悪そうに目を逸らした。雪白煉夜。甥にあたる存在ではあるが、その詳細があまりにも分からなすぎる木連としては何を言っていいのかわからないのだった。


「おそらく、煉夜が言っているのならそうなのだろう。ただ、幾分、奴には謎が多すぎてな。この俺でも把握しきれていないのでな、あいつの推論にはまだ何か別の確証があるような気もするのだが、何かもわからん。しかし、十中八九、天城寺家が動いていることは間違いないだろう」


 木連は、煉夜を信用しきったわけではない。しかし、煉夜の言動に嘘があるわけでもなければ、他の家がこれだけ証拠を持っていることに加え、相手が天城寺家であること。これだけ揃えば、まず間違いないだろう。これが天城寺家ではない場合、その家が罪を着せられていることを考えるかもしれないが、天城寺家だとすればそれもない、と木連他、全員が思うことだった。


「では、天城寺家の行動を止める、と言うことでよろしいですね?」


 矛弥は全員に確認するように回し見た。全員が静かに頷くのを見ると、新たな資料をスカートの中から取り出した。裕太が何か言いたそうだったが、話の腰を折らないために黙っていた。


「では、これが天城寺家の儀式の場所です。写真を見てのとおり、まず、ここで間違いないでしょう」


 そこには如何にも祭壇と言うような場所に、縛られた何人かが配置され、さらに天城寺家の何人かが霊力を流しているようにも見える写真が添付された地図の資料だった。


「よもや、本当に天城寺家本家で行っているとはな……」


「ええ、灯台下暗しにもほどがありました。流石にそこまで愚かではあるまいと、関連の場所から当たりましたが、結局ここでした。まあ、天城寺家は他を断絶しているので、他所がさほどなくここにたどり着くのも早かったのですが……」


 天城寺家が意図的に仕掛けたことではないことは誰もが分かっていた。まさかこんなところで堂々と、と言う心理が勝手に働いただけであり、しかし、それも仕方がないことだった。司中八家の一家であるのにもかかわらずそんな愚かなことはしないだろう、と思うのは無理もない。


「誰も思わないだろう。まさに盲点ってやつだ」


 手首に撒いた赤い輪を弄りながら、裕太はそう呟いた。そして、行くなら、ときちんと武器を準備してきた大地も壁に立てかけていた袋に入っていたものを取り出した。


「この身で片付けられればいいのだがな……」


 大地は明津灘流古武術の剣派を修めた達人である。地弘も同様に武術を学んでいるが、まだまだ修行が足りない。若い世代まで駆り出させたくない、と言うのが大地の本音だった。


「では、行くとするか。天城寺家まで、そう遠くはない」


 そう、天城寺家は京都の中心に近い位置にある。表向きは寺として存在しているため観光客もままいるだろうが、さほど有名ではないので、多くは無いはずだ。そんな中心に、煉夜の言う巨大な怪物こと幻獣ガベルドーバが現れたら京都は大混乱に陥るだろう。





 そして、一行は、足早に天城寺家まで向かう。道中に苦難など無く、本当にあっけなく天城寺家までたどり着く。罠などがないのは見つからないという自信の表れであり、また、見つかったところで自分達で対処できないはずがないという自信過剰な天城寺家の精神ゆえだった。


「さて、流石に見張りの1人や2人はいるだろうが、どうする?」


 木連は、目前にある天城寺家を見ながら聞く。無論、突破するほか道はないのだが、この場合は、誰がやるか、と言う意味で聞いている。


「では、僭越ながら先頭を行かせてもらおう」


 そう言って大地が前に出る。結局、大地、裕太、矛弥、木連の順で進むことになった。理由としては、剣と言う直接攻撃の出来る大地、その補助の裕太、殿の補助をする矛弥に、殿として十分の力を持つ木連、と言う順だ。このパーティで挑むのは、天城寺家。


 そして――、大した敵もいなく、簡単に、儀式の間までたどり着いてしまう。どうやら、天城寺家のほとんどがこの儀式の間に集まっているらしい。


「そこまでだッ!」


 バンッ、と勢いよくドアを開けて乗り込む大地。そこにはへたり込むようにボロボロになった天城寺家の人々がいた。儀式に霊力を流し込むのに疲れ果てているようだった。


「チッ、他家が嗅ぎつけやがったか、どんな偶然か知らないが、よくここが分かったな!」


 自信満々に言うのは天城寺無沙士。式神召喚の儀で兎を召喚した彼だった。彼は本当に何の証拠も残していないつもりでいた。ずさん過ぎるその考えに、開いた口がふさがらなくなりそうなものだが、一行は毅然とした態度で、それを迎える。


「今すぐ儀式を止めろ!これだけのことをしておいて、さらに儀式が完成したら、天城寺家は確実に司中八家を降ろされるぞ」


 裕太が叫ぶ。それに対して無沙士は大きな声で笑いだした。まるで裕太の言葉が見当違いだとでも言わんばかりに、大げさなまでに。


「馬鹿なことを言うな!天城寺家はな、この国に必要とされている。貴様らみたいな中途半端な司中八家と同じに考えてもらっては困るな!国は天城寺家を切ることはないッ!俺たちは選ばれた一族だからなッ!」


 その自信はどこから来るのだろうか、と思わざるを得ない。だが、その間違いを正すよりも早く、その時は訪れた。儀式の中心で眩い光が始まったのだ。


「ははっ!やっと来やがったか!この薄ノロめっ!」


 無沙士のその言葉は、儀式の完成を意味している。大地は、そんな無沙士を剣で突き飛ばし、儀式の中心まで走る。どうにかして止めることが出来ないか、そんな思いは、祭壇の下からの圧倒的な光で無理だと知る。


 光の奔流が天へと駆け抜ける。天井を壊し、光は空を遊びまわった。まるで遊びまわる光が線の様に空に残る。それはまるで光の魔法陣だった。


「これはまずいな」


 木連は携帯電話……ガラケーと呼ばれるそれを手に、政府に直接連絡する。京都に避難勧告を出すように、と、空を睨みながら。

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