279話:出雲大社にて・其ノ肆
出雲大社の拝殿から鳥居の方にかけてねじ込まれた結界を見て、二楽は、その結界の意味を悟る。彼も半分以上は神である。その意味を理解できないはずがなかった。そうであるならば、神域を押し退けられたのならば、この後に起こることは予想できる。
だからこそ、二楽は、それが来る前に策を講じようとするが、それよりも煉夜の動き出しの方が早い。フィンガースナップのみで、二楽の背後にある巨大な機材をめがけて魔法が放たれる。
「甘いな、雪白。いや、分かっていたが試した、というところか。当然ながら、それなりの対策はさせてもらっている」
その言葉の通り、機材は爆発にも関わらず、機材は一切傷がついていない。
通常、煉夜の魔法を相殺できるほどの結界などの類の魔法はほとんど存在しないといっていい。中には結界特化の魔法使いや、あるいはリズあたりが張った結界ならば話は別だが、そこらにいる有象無象には不可能であろう。それは、根本的な問題である、魔力量という問題にある。
魔法使いでそれなのだから、そういった技術を持たない一般人に、煉夜の魔法を防ぐことは不可能であろう。――ただ、紫泉鮮葉という天才は、その不可能を可能にする。
「魔法を防いだというよりは、魔力を受け流した感じだな。本当に面倒くさいことをする」
煉夜の魔法は、爆発を確かにしたが、それは、標的の前で爆発しているような状態であることは、見てわかった。
「ああ、魔力偏向力場というのを創ってみた。魔力の向きを変えて、直接の魔力攻撃が届かないようにするものだ」
むろん、ここで鮮葉が自ら、その性能を明かしたのは、一発目でほとんどばれたことを悟ったからである。そうでもなければ、わざわざ明かすような真似はしなかっただろう。
「なるほどな。これが魔法であるならば、造った際の魔力量で、向きを変えられる限界が決まるんだろうが、機械ともなれば勝手が違うか」
魔法や陰陽術で、対象の向きを変更するには、相手の魔法と同等かそれ以上の魔力がない限りは、逸らしきれないだろう。だが、機械で造られたものである場合、それは単純な強度によるものである。
「全く持って、この合金を造るのにも随分と時間と金をかけたからな。そう簡単に破られたのなら、天才の名が泣いていたところだ」
世間には未発表の合金、雷司の持っていたこの世界ならざる世界にあった金属を基に作った合金であり、普通の金属とは異なる性質を持つ。それがこの魔力偏向力場の要になっている。そして、さらにその特性として、魔力をため込む効果も持ち、相手が魔法を放てば、それを偏向し、蓄え、強度が増すというものである。
その合金の名は、アロクメタル。Au・金とCr・クロムとWC・炭化タングステンなどなどの合金である。魔力を蓄える性質は、日本に埋蔵されている異界の「金」の魔力を溜める効果の利用であるため、この合金自体、限りなく少ない資源からつくられた、少ない金属であり、量産は難しい。そのため未発表となっているのだ。
「一番手っ取り早いのは物理で殴る。他にも攻略法はありそうだが、それでも面倒なものは面倒か」
魔力の向きを変えられるのならば、物理でつぶすのが一番簡単な答えだろう。それ以外にも、その偏向力場ごと凍らせるなど、いくつかの攻略方法は思いついた煉夜であったが、それを実行するまでの難しさはつきまとう。
「そろそろこちらも攻撃させてもらう」
その言葉は、すでに力が発せられた後に、二楽が言ったものであった。無数の雷が何条にもなって、煉夜たちの方へと向かい走る。
「雷」とは、昔から、神の力としての象徴ともいえる存在であり、「太陽」、「月」、「海」、「大地」などに並んで大きく取り上げられることが多い。特に「天罰」というもので視覚的なイメージとして描かれがちなのが「雷」である。「神也」の語感にかけられているのもあるが、「雷」、すなわち電気は、近代になるまで人が自由に扱えるものではなく、それは、すなわち自然の力であった。光とともに音が聞こえるそれは、「神の怒り」ともされ、それが「天罰」の視覚化に「雷」が使われる由来の1つであろう。特にギリシア神話の主神ゼウスが雷を司ることもあり、雷とは神のものであるとされることも多い。
それゆえに、神の御力として顕現しやすいのが雷である。二楽のこの力も、そういったものの1つであり、魔法の類ではなく、神の力として放たれたものである。それは天罰と同質、もっとも、神と同位にいるわけではないので、当然、神の天罰よりも位の下がったものではあるが、人ならざる領域の力であることは間違いない。
「この程度ならば問題ない」
それをフィンガースナップ1つでかき消す煉夜も、また人ならざる領域に足を踏み込んでいるのだろう。当然ながら、これまで煉夜は超獣、魔獣、そして、神獣と戦ってきた。それゆえに「獣狩り」というあだ名すらついたのだから。神獣、……神なる獣、それと戦える領域にあるということは、神なる力にも対抗しうる力を持っていることの証明に他ならない。それも、彼は向こうの世界で、ほとんど幻想武装を封じて戦っていた。だから、神に対抗できる力はまぎれもなく煉夜自身の力に他ならない。
「馬鹿なっ……、あれを詠唱なしに防ぐなどありえないだろう」
驚嘆する二楽に対して、作業をしながら鮮葉が、やれやれと言いたげに肩をすくめて言葉を返した。
「だから、あれは規格外だと言っただろう。常識で考えることをやめた方がいい」
鮮葉からしてみれば予想の範疇であった。実際に、煉夜の実力を目で見るのは初めてであるが、「模倣の魔眼」により、「解析」はできる。少なくとも高校時代に……、煉夜は今でも高校生だが、高校時代のデータを元にするならば、鮮葉の予想では、本来のスペックの片鱗すら見せていない。そして、それは事実でもある。
「あいにくと、剣を持っていないんでな、ちょいと本気を出すしかないようだ」
その言葉の通り、煉夜の手元にはスファムルドラの聖剣アストルティはない。そもそも修学旅行にそんな物騒なものを持ってくるはずもない。修学旅行に行く当初の煉夜の荷物も小さめのキャリーバッグ1つである。最初の予定では、修学旅行と柊家への挨拶くらいの予定だったのだから、それも無理はないだろう。
だが、煉夜には、他に武器を持つ手段がいくつかある。1つは【創生の魔法】で武器を生み出すこと。【創生の魔女】なども使っていた魔法であるが、難点として詠唱が必要になることである。【創生の魔女】は無詠唱で鞭を生み出していたが、煉夜の場合は、無詠唱での生成はまず無理である。よしんばできたとしても煉夜の魔力に耐えうるものにはならないだろう。そして、もう1つは、幻想武装の使用である。もっとも、攻撃向きである3つを除いて、残りの3つは非攻撃系なので、この場ではほとんど役に立たないだろう。
そして、3つの攻撃系……正確に言うならば、攻撃系にも分類しうる幻想武装というだけで、2つは攻撃があくまで副次効果に過ぎない。つまりは、煉夜にとってはいつもの、といってもいいほど馴染みつつある[結晶氷龍]……中でも、水の宝具である「流転の氷龍」を手元に召喚する。鎧まで出さないのは「ちょいと」の本気だからだろう。
「それは……神器級のアイテムかっ?!」
神器、神の器と書くそれは、日本において三種の神器と呼ばれるそれと同等ということを意味している。三種の神器、八咫鏡、八尺瓊勾玉、草薙の剣。それに匹敵するとされる煉夜の持つ……正確にはクラリス・フォン・ドグラムの持つものだが、水の宝具。それもそのはずで、本来、宝具とは要石のような役割を持っていた。持っていたという言葉から分かるように、その役割はすでに八人の聖女と六人の魔女によって崩れてしまっている。そのため、新暦前の大戦により2つが消失しようとも問題はなかったし、煉夜が幻想武装として1つを消失させても影響はなかった。
だが、元々にそういった役割を持っていただけに、それは本当に神器に匹敵するもの、というよりも神器その物である。
「あれは……、まさか……、いや……」
鮮葉は、その水の宝具を見て、驚嘆の声を出して、一時作業を中断してしまいかける。それでも中断しなかったのは、腕が勝手に動いていたからだろう。
「ファイス」
小さく、名前を呼ぶだけの二楽だが、肝心のファイスはその意図を完全に理解していた。自身が食い止めるから、その間に目標を確保しろ、という意味であると。
――しかし、それを牽制するように、ファイスの足元と顔の横を何かが横切った。目端に捉えるのがやっとの速度で放たれたそれは、矢。
「そう簡単に動くのを見過ごすとでもお思いですか?」
見ればいつの間に構えたのか、大きな弓を持つ四姫琳。そして、煉夜と四姫琳に巻き込まれないような位置に避難している沙津姫と伊花。
「その弓……、ただならぬ力を持っているようだな」
とつぶやく二楽。思わず、二楽もファイスも四姫琳の弓に目を奪われた瞬間、煉夜が間合いを詰める。
「余所見とは気楽なもんだな」
「ぐっ」
転がるように避ける。一瞬でも煉夜から意識を話したのが失敗だったと、改めて煉夜の方に集中する二楽。煉夜は、今の一撃が当たらなかったのは意外だ、と感心していた。むろん、今の一撃で決められるとは思っていなかった。そうでなければ声をかけたりはしないだろう。それでも、多少のダメージを与えられると思っていたのだが、それでも当たらなかったのは、予想以上に二楽の身体が動いたからだ。
煉夜の見分が正しければ、その身体はほぼ限界状態であり、神の力を行使するのも、ほとんどできないくらいだろう。だからこそ、あの雷を撃った後で、これほどの動きができる余力が残っているとは思っていなかった。
「仕方がない。あまり使いたくはなかったが……」
煉夜を相手に出し惜しみしていては、時間稼ぎにもならないことは、今の一瞬のやり取りで理解できた。だから、二楽は、決して使いたくはない力を使うことに決めた。




