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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
因縁再会編
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278話:出雲大社にて・其ノ参

 拝殿前で堂々と、まるで煉夜たちを待ち構えていたかのように……事実その通りなのだが、煉夜たちがそれを判断できる材料はないので、あくまで、待ち構えていたかのように、京城二楽はそこに立っていた。

 纏う雰囲気は、どこか触れてはいけないようなそんなまがまがしい空気とともに、気高いものもある。それは、彼が半分神であるから、なのかもしれない。


「待っていたよ。君たちが来ることは分かっていた。それに止めようとしてくることも理解している。しかし、……しかしだ、君たちは我々の計画のおおよそを知れていないのではないか。分散したアジトは見つけることができたようだが、タイミング的に、わずかに残さざるを得なかった資料を見る時間もないだろう」


 それは本当に時間稼ぎのための言葉であった。そもそもに、当初から、重要な計画の核心に関わる文章は残さないようにしていたし、各アジトを漁ったところで、天才である紫泉鮮葉にしか使い方がわからないような機械が複数見つかる程度である。

 そして、その計画の内容はともかく、具体的な方法を知るのは二楽、ファイス、ナウレス、浮素、鮮葉の5人だけだ。その5人が5人とも健在であり、二楽、ナウレス両名ともの接触時のわずかな会話からその目的を全て見抜くのは、それこそ未来視や予言の類である。


「時間稼ぎの類か。俺も感知はしているが、向こうもまだ接触していないようだし、そして、何より、そっちの狙いである春谷さんも菜守も手に入っていない。菜守の方を捕らえる賭けをするために時間を稼ぎつつ、春谷さんも狙うというところか」


 そういいながら、煉夜は、唯一、この場で感知できていなかった知人の方へと目を向ける。その目は、久しい知人に会う、というような目ではなかった。だが、敵として見ているというような眼でもない。不思議な瞳。


「よぉ、久しぶりだな、鮮葉。見えてるか?」


 その言葉に、鮮葉は、不愉快そうに眉を寄せ、そして、ため息交じりの声で、煉夜に向かって言葉を返す。


「ああ、見えている、見えているとも、雪白。お前のアホ面は相変わらず酷いアホ面だ。アホ面の見本市にでも飾っておきたいくらいのアホ面だ」


 その言葉に敵意や悪意が込められているわけではないのを四姫琳や沙津姫は感じていた。まるで、友人に言う冗談、あるいはお約束のようなものであるのだろうと。


「そうかい、そいつはよかった。それで、三鷹丘からわざわざこんな遠方までご苦労なことだが、『神の模倣』とやらが目標か?」


 完全に無視される形となった二楽だが、鮮葉と煉夜が会話をすることで時間が稼げるのならば、と沈黙した形である。


「よく分かっているな。相変わらず、そのひょうひょうとした態度と柔軟でよく回る頭は機能しているようだな」


「ああ、神奈川でお前のつくった人型ロボットとも戦ったし、そろそろ次のステップへ行くことかと思ってな」


 神奈川で人型ロボットと戦った、と聞いて鮮葉は一瞬で自分が関わったどの案件に関するものなのかを理解する。


「ああ、あの出来損ないのことか。こちらを安く買っていたものだから、少々手を抜いたが、雪白が出張ったのならば、上手い具合に処分してくれたということで納得しておこう」


 神奈川県での相神大森家の一件で、西園寺家側は、鮮葉に大金を払って、できる限り人に近い器を作り、そこに意識を移すという戦闘をした。もっとも、彼ら西園寺家の相場で言うならば「高額」であったそれも、鮮葉からしてみれば、自分を甘く見られたという程度の金額であったようだ。


「それで、今度はこの仕事か」


「ああ、金払いもよく、そして、神も見られるというのだからまさに好都合だ。運よく、異界とつなぐ技術も青葉を見ていたら偶然目にすることができたものでな。それを持って、目的の人物を呼び寄せたはいいが、『出雲の縁結び』とやらは青葉や九鬼ではなく、よりにもよって雪白を呼び寄せたようだ」


 よりにもよって、というのは、鮮葉の本心であった。雷司でも月乃でもなく、よりにもよって煉夜であるというのは、まったくうれしくない最悪と言ってもいいくらいの縁であった。会長として顎で使っているならともかく、こと敵対するとなれば特に。


「神、ねぇ……。その神様をどうやら皆殺しにでもしようとしているようじゃないか。『神殺しの神』の力を暴走か抽出か知らないが、利用してな。春谷さんならそのまま、菜守ならその力に目覚めさせる必要がある。可能性は気づいていたが、まあ、作戦の時には言わなかった。だが、恐らく、礼守をさらったのも菜守を目覚めさせるため、というところか」


 二楽が一瞬だけ目を見開いたのを煉夜は見逃さなかった。わざわざ鮮葉に話を振っていたのも、自身に意識が向いていないと油断させるためである。それと同時に仲間たちからも「どういう意味だ」という視線が飛んできているので、肩をすくめながら答える。


「菜守に強制的に能力を目覚めさせるような方法は、あいつの能力を考えるならば加具土命と同じ状況の再現だ。そうなれば、加具土命は生まれたときにイザナミを焼き、それが原因でイザナミが亡くなっている。しかし、菜守を生まれなおすなどという真似をこの場ですぐにできるわけもないし、一度無事に生まれている以上、それができるという保証もない。だが、部分だけ抽出するなら、『家族を自身の手で失った』というものが残る。礼守を菜守の手で殺させれば覚醒できる、あるいは、菜守の目の前で殺すか、菜守のせいで死んだというのを強く印象付ける、そうした方法で目覚めさせる気だったのだろう」


 本来ならば、一生目覚める事がないか、あるいは、舞事を通じて自身や神との対話で見出していくべき力であるが、それを強制的に目覚めさせるには、煉夜が言うような方法を取るのが最も可能性として高いであろうことは想像がつく。もっとも、これも賭けの一種で、それが成功するという確証はないのだが。


「まあ、そもそも、なぜ今なのか、なぜ出雲なのか、という根本的なところは、流石に材料不足過ぎて推理もできなかった。憶測90パーセントくらいになるな」


 それこそ、「不浄高天原」の都合と言われてしまえばそれまでの話であるが、煉夜はいくつかの可能性だけ考えていた。


「そもそも、なぜ今かっていう話だ。いわゆる出雲に神が集うと言われているのは一般的に神無月……10月だ。神無月は出雲では神在月で出雲に神々が集うなどといわれるようになったんだったか。それの事実はともかく、少なくとも6月に狙ってやるような理由は思いつかなかった。だが、ということは、逆に言えば、そこを狙わずに、この今を狙う理由が必ずある。それはおそらく、神殺しとは別の何かの事情のタイミングであると、いうところか」


 もともと、出雲に神が集うとされたのは、神無月、神の無い月である10月に神はどこにいっているのか、というもので、出雲では神在月と書いたことから、他の地域では神無き月に、出雲には神が在り、ゆえに、神々は出雲に集っているからいないのではないか、という話が元になっているとされる。それゆえに、神が集うと一般的に言われるのは10月。もっとも、高天原を通じて、ずっと神々とはつながりを持っているので、集うも何もないのだが。ちなみに、「無」というのは、「な」すなわち「神な月」、「神の月」を意味する言葉であり、「神が無い月」というのは後の世の解釈に基づく俗説、あるいは風説である。

 しかし、「謂れ」、伝承、言い伝え、それらの類はこと、信仰においては大きな形を持つことがある。それゆえに、「神殺しの神」を起動させるのにもっとも適しているのは10月であろう。しかし、あえてそこを外したということは、それ以外に今、行わなければならない事情というものがある、ということだ。


「何か、とは何だというのだ。そこがわからないなら憶測にもなっていない」


 やや挑発するように言ったのは、それが分かるはずもないことであると二楽自身が思っていたからだ。なぜなら、それを知っているものは己以外にはいないのだから。仲間たちには、のっぴきならない事情があるということくらいしか伝わっていない。だからこそ、自身が漏らしていない以上、どうあっても考えようがない。


「1つは、京城二楽、お前自身の肉体がもうじき限界を迎えようとしていること。だが、それでも騙し騙し10月まではどうにかなる可能性があった。しかし、そうしないということは、恐らく、他にまだ理由があったということだ。だが、そちらは流石に見当がつかなかった」


 京城二楽の体が限界を迎えようとしている、という話に驚いたのは、何も煉夜側の人間だけではない。ファイスも驚いていた。もっとも、鮮葉は気づいていたのか、興味がないのか、驚きもしなかったが。


「よく分かるものだ。ああ、確かにこの体、この魂、どちらとも、もう摩耗の限りを尽くし、限界を迎えようとしている。まあ、明治時代の初期からよく今まで持ってくれた、というべきであろう。すでに騙し騙しやってきていた。あと3月(みつき)が限界だった。だが、その限界直前で、ようやく『不浄高天原』も、計画も完成したのだ。実行に移さざるを得まいよ」


 京城二楽は神稚児として生まれた。それゆえに、通常の人間とは異なる寿命を得ていた。本来ならばもっと長いはずの寿命であるが、力の酷使、それと、別の要因が合わさり、本来頑強であるはずの肉体も、長い時を生きるであろう精神も、どちらももう限界を迎えようとしていた。すでに、今ここにいるのも騙し騙し寿命を延ばした結果である。あるいは、禁術、人の魂を食らえばその寿命をどうにか伸ばせるやもしれないが、それは二楽が嫌う行為、生贄に他ならないため行うはずもない。それゆえに、もう時間がなかったのだ。


「もって3ヶ月、要するに10月まではギリギリ足りない、ということか。だが、それでも6月でも7月でも8月でも9月でも、そのどれでもよかったはずだ。つまりは、何か理由があるってことだろう?」


 準備が整ったからなるべく早めに、などという甘い考えで動いているはずがない。残りの時間が少ないからこそ、慎重に動くはずである。ならばこそ、この今を選んだことにはきっと意味があるはずである。


「そこまでを答える義理はないな。しかし、解せない。時間稼ぎはこちらの作戦と読んだうえで、あえてここまで話に乗る理由が分からない」


「それこそ、お前らと同じだ。こちらも時間稼ぎが必要だったんだよ」


 煉夜があえて、相手の時間稼ぎに乗ったのには理由があった。当然ながら、相手から情報を聞き出すため、などという理由ではない。一応、それも少し理由に含まれていたが、そうではなく、煉夜側でも時間を稼ぐ必要があったからである。


「それで、四姫琳、そろそろ行けそうか?」


 四姫琳へと視線と声を向ける煉夜。今の会話の間中、向こうからも気づかれることなく、四姫琳は、ずっとある術式を組み上げていた。


「もちろんですよ。なかなか時間がかかりました」


 それは、ある種の結界魔法。あるいは領域の構築というべきであろうか。この場で戦うということは、神域を荒らすということにつながる。もちろん、それは、普通の魔法を使う程度ではどうにもならないが、煉夜クラスの大魔法を連発されたら、影響が出る可能性は否めない。特に、【創生】のような魔法になると。だからこそ、四姫琳によって神域を押し曲げる形で別の結界を形成した。それは十全に戦うための準備である。

 本来は、形成してから乗り込むということも考えられたが、「不浄高天原」がどういう状況なのかもわからなかったためスピード重視であった。もし、すぐ戦闘になった場合は、煉夜は魔法を最初の方は使わずにどうにかするしかなかっただろう。相手が時間稼ぎを求めていた煉夜にとっても好都合だったのだ。

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