277話:出雲大社にて・其ノ弐
出雲大社の本殿の前にそびえる拝殿、その前に陣取るように巨大な機械とそれにつながったコンピュータがある。当然ながら、それを囲むように複数の人影がある。中でも、中心にいるのは、白衣の女性、天才、紫泉鮮葉と不浄高天原の頭目である京城二楽、学者のファイス=ネウスの3人である。
そして、彼らは、自らの仲間たちが急激に無力化されていることを理解していた。それでも、そこから動かなかったのは、作戦を成功するためにはこの場所が必要であったからである。この出雲大社を選んだことには、明確に理由がある。だからこそ、「本殿」の前にいる必要があった。
「なるほど、学生時代から彼は『異常』と認識していたが、やはりこの『眼』は間違っていなかったようだな。さしものこの『眼』ですら真似しきれない彼のそれは、まさしく青葉や九鬼以上に異端であったからな」
学生時代、紫泉鮮葉が認めた3人の天才、中でも彼女が一際、おかしいと思っていたのは、他ならない煉夜であった。三鷹丘学園生徒会に所属していたということは、林中花美と同様に、彼女も「異能」を有する存在であった。それゆえに、だからこそ、煉夜を異常と思えたのだから。
彼女が「眼」と称したように、それは「眼」であった。「模倣の魔眼」。総称される能力。見たものを模倣することができる力。ただし、彼女の「眼」の場合は、あくまで、その見たものの構造や性質、特性を把握することができるだけであり、眼の力だけでそこに物体を再現できるほど高度な魔眼ではない。そのため、普通ならば、ほとんど意味をなさない「異能」であった。しかし、彼女の天才的頭脳とそれが合わさったならば、自らの手で技術的に再現できないものなどあるはずもなかった。
その彼女ならば、青葉雷司の人並外れた武術すらもコンピュータで再現させることが可能である。九鬼月乃の思考回路を真似して似たような結論を導くことも可能である。しかし、どうあっても雪白煉夜の動きや思考を真似させることはできなかった。
それは、雪白煉夜に彼女をもってしても「理解できない」不明な箇所がいくつも存在し、その根幹は「ブラックボックス」のように見ることが出来なかった。つまり、雪白煉夜は、鮮葉の持つ常識とは根幹的に異なる何かを持ち、さらに、「魔眼」ですら見通せないほどの別の名にかも持ち合わせている。それを異常と称す他、鮮葉には表現が思いつかなかった。
「しかし、予定通り半分、予定外半分と言ったところか。我々の予想では、もう少し戦力を分散させて時間稼ぎができる予定だったのだがな」
二楽たちの予定では、煉夜と四姫琳を分断させて、恐らく煉夜が人質救出、四姫琳が出雲に来ると踏んでいた。まあ、予定外の戦力が2人も加わるとは想定しづらいので仕方のないことではあるのだが。
「救出を捨てた、ということではないだろう。おそらくは、純然たる戦力の分散。つまり、救助側も今向かってきている分と同じくらいの戦力は用意しているはずだ」
それは単純な話であった。まず、椿菜守が救出を断念するはずがない。それを煉夜たちが理解していないはずもない。つまり、椿菜守はどうあっても救出に向かう。そうしたときに、それを敵に奪われないように守る役割は必要になる。それが煉夜になると予定していたが、その煉夜が来た以上、それと同等の菜守を守って、救出までこなせる人材がいたということである。
「出雲大社と四木宗の人材、ではないだろうな。最近噂の九州の井筒島会あたりから借りたか、それとも京都か、横浜か」
この島根県の位置からして、援軍を呼べるのならば、京都か九州である。速さ的に横浜や東京の方はないだろう。もっとも、いざというときのためにそういう移動方法を用意している可能性はなくもなかったが。
「井筒島会は暗い噂もある。ないだろうな。九州なら、件の『国崩し』あたりを呼んでくるだろう。だから、京都の方が可能性は、まだ高いな」
あたりではなくとも遠からず、雷刃美月……風塵楓和菜の居は京都であるし、国立睦月の出身は「東京都」と書いて、「ひがしきょうと」と読む。どちらも京都にゆかりのあると言えばある人物ではあるものの、援軍として京都から呼んだわけではないため、この会話自体が的外れである。
「九州の『国崩し』……、うわさには聞いたことがあるが、性格的にこの島根くんだりまでくるような性格ではないだろう。京都も手を貸す準備はあれど、あれに並ぶ戦力は居て数人。そのうち、市原裕華は不在がわかっている。おそらく京都でもないだろう」
鮮葉が自身の知る知識を持って、それについて答えた。現状、鮮葉が把握している京都市中八家の人材で、この状況に匹敵するのは市原裕華だけだと考えていた。それは、まず、煉夜の行方を正確に把握していなかったため、京都司中八家に関する知識もそこまでないが、雷司がすでに自身との血縁を公表していた市原裕華だけは別である。
鮮葉は、裕華に関してのみはマークしていたし、それが今、いないことも織り込み済みで考えていた。それゆえに、この出雲に彼女が来ることはないと判断できた。
「では、どこの戦力でもなく、偶然この地にいた強力な人員を仲間に引き入れた、と。そんなバカげた話、冗談にもならない」
しかし、事実は小説より奇なり、とはこのこと。実際に、そうなった。あるいは、出雲という地の「縁結び」の影響だろうか。事実として、出雲大社が救援を要請したわけではなくとも、この場所にそれぞれがそれぞれの事情で集まってしまった。そして、それが煉夜という1人の人間を起点に縁で結ばれた結果である。
「神々が、あるいは運命とやらが『縁結び』で計画を阻もうとしている、そういう非現実的な考えにも結び付くが」
神々の抵抗。あるいは、世界の抵抗、とも捉えられる。世界の滅亡に対して、その抑止力となる「縁」を結んだ、と。
あらゆる世界には2度「終焉」が訪れる。1度目の「終焉」は「人為的」にもたらされるものである。例え、その世界に人や、あるいは知的生命体が存在せずとも、世界の寿命以外の何らかの事情を持った「終焉」が訪れる。それに対抗すべきものとして選ばれるのが「始祖」と呼ばれる存在である。
かつて、雷司の父が煉夜を見て「あの彼は……この世界の始祖かな。歪なほどに歪められた寵愛を受けているみたいだな」と言っていたのは、この世界における人工的、あるいは人為的終焉を止めるために選ばれたものではないか、という意味での言葉である。
もっとも、雷司の父の言葉には何の確証もないうえ、今回の一件が「人為的な終焉」としてカウントされるのかも不明であるが、そうした世界の終わりにすら、それを阻む抑止力が生まれるのならば、今回の一件に、それを阻む抑止力として人々が集うのにもそれなりに納得がいくというものである。
「もとより、神々から阻まれるのは想定済みだ。こちらとて、それに対して無策で来たわけではない。それは重々承知だろう?」
ここは神々の集う縁結びの地、出雲である。そうであるのならば、神々が手練手管を使って阻みに来ることは想定の内であった。むしろ、ないほうが不自然であるともいえるくらいである。それゆえに、その対策はしっかりと立ててこの場所にいるのだ。
「仲間を集めたこと、情報を集めたこと、そして、神への干渉に対する道具もある。それでも、神が差し向けてくるというのならば、こちらの準備が終わるまで時間を稼ぐしかない。完成しさえすれば、そのあと、我々がどうなったところで構わないのだから」
その我々に自分が含まれていそうな物言いに、鮮葉は何か言いたげであったが、そのような無用な言い争いをして時間を無駄にするほど、暇な時間があるわけではないのでスルーした。そんな時間があるならば、機械のセッティングと自身の調整が先である。今の彼女は煉夜と会った当時には使えなかったあることができるが、それには調整がかなり必要になる。
この出雲大社の拝殿前に並ぶ機械類は主に2種類に大別される。1種は伊花、あるいは菜守の「神殺しの神」の力を暴走させるための装置とその周辺機器。もう1種は鮮葉が考えた予備の作戦とそれに関する調整用の機器である。もっとも、そんな予備の作戦のことなど「不浄高天原」には話していないので、彼らは全てが「神殺しの神」の暴走に必要な装置だと思い込んでいるが。
あるいは、二楽はその聡さから、鮮葉の考える奥の手についても、何か察しているところがあるのか、あるいは、機械の多さから鮮葉が何かを企んでいると踏んでいるのか、どちらにせよ、鮮葉が何かを隠しているとは考えていた。
「それで、機材の調整はあとどのくらいかかりそうですかね、天才」
「この機材自体の調整ならば5分とかからずに終了する。しかし、『神殺しの神』なる力を入れたときに、その解析と調整にどのくらいかかるかは未知数だ。一応、その辺のいわゆる何かの神とされるものを入れた解析実験を行ったが、全ての神に同じような調整で済むはずがない。場合によっては時間がかかるかもしれない」
すでに実験は行っている。というよりも、こんな計画をぶっつけ本番で試すほど、鮮葉は研究者として愚かではない。実験をし、成果を出してから本番に持ち込むくらいの準備はしている。だが、「神殺しの神」という特殊な例のサンプルが手に入るほど簡単なものではないため、そのあたりにいる適当な神、いわゆる土地神や精霊、妖精などの類にあたりそうなものでの実験でしかない。「神殺しの神」はおろか、天上にいる神ですら実験ができていないので、その解析と調整にかかる時間は、推測のしようがない。
「なるほど、春谷伊花にせよ、覚醒させた椿菜守、どちらを使うにせよ、やはりそれなりに時間は必要になりそう、ということか。しかし、今も迫ってきている、あれに、我々がどれだけ時間を稼げるか。できる限り、春谷伊花を捕らえることを第一目標に動きたいが、こちらは、向こうの椿菜守の覚醒の方に賭けるしかないやもしれないな」
完成された「神殺しの神」である伊花に対して、自身の力すらも自覚していない椿菜守は、明らかに「神殺しの神」として使えるか難しいところである。しかし、それに対して、何も考えていないほど「不浄高天原」という組織は考え知らずではないし、そして、礼守をさらったこととも、それは関係があった。
「さて、そろそろ見えてくるか。
隠れるわけには……いかないだろう。堂々と迎えるとするか。我々を邪魔するものたちを」
これが機材などないのであれば、隠れてやり過ごすなどという小物じみた真似も、作戦成功のためにやって見せるが、背後には簡単に移動させることのできないうえに、作戦の要である機材がある。そうなった以上、正々堂々と迎え入れ、どうせいざこざを起こすこととなっても、会話などで少しでも時間を稼ぐ他、この場の最善策はないだろうと二楽は判断した。




