276話:出雲大社にて・其ノ一
煉夜たち、出雲大社に向かった組は、出雲大社周辺に近づくにつれて、怪しげな雰囲気の男たちが散見する様子を見ながら、出雲大社への最短ルートを通っていた。当然ながら、「不浄高天原」が、そのような最短ルートを把握していないはずがないことは想定済みである。
つまり、このルートが最も早いが、敵が最も多い。普通ならば、それこそ「急がば回れ」と言われる状況であるが、この場合は流石にそうとも言えなかった。
まず、煉夜に敵うだけの戦力が待機しているはずもなく、そして、多くは、煉夜が魔法で感知して、幻覚で誘導するだけで道を開ける。倒せないわけではないが、派手な戦闘をすると、余計に敵を集めるだけなので、なるべく戦闘を避ける方向で行くように、と沙津姫からの指示があったゆえに、そういった方法を取ったに過ぎず、いつもの感覚であればそのまま突っ切って行っていたに違いない。
「しかし、これだけの人数が『不浄高天原』にいるというのが、まず以外というかなんというか。『神を殺す』なんてことを、まず信じられる人間がどれだけいるか」
そもそもに、「神」という存在の肯定をする人間が少ない日本や信心深い層が多い宗教国家圏内から人を集めるのは難しいだろう。それでもこれだけの人数が集まっているというのが煉夜には意外で仕方がなかった。
「逆ですよ。信じられないことであっても、それを証明するだけの力を見せて、『神が死ねば己の未来は己で決められます』みたいな甘言をうそぶいて集めた、というところでしょうかね。いわば詐欺のようなものです」
神を信じないものの多くは、魔法というものの存在も信じていない。だが、そうなれば、魔法やそれに類する力を見せれば、神の実在を信じる者が多くなるだろう。だとすれば、そこからは、人の弱みに付け込むだけで、多くのものが「不浄高天原」に協力するであろう。
「そんなもんかね、俺には分からんけど」
そもそもに、煉夜には、根本的に普通の人間とは異なる道を歩みすぎて、人の考えの機微に疎いところがある。
「まあ、力を持つ者には分からないでしょう。そういった、持たざる者の『神にすがる』という考えと、それが実らなかったときの『神に裏切られた』という感情は」
沙津姫とて、舞事においては天賦の才があると言われたが、だからこそ、そうした才を持たずして生まれた周囲の祈りにも似た感情の数々を見てきた。だからこそ、そうした感情が分からないわけでもなかった。
「自分も生まれながらに力を持っていたわけではないですし、自分の持つ力の多くは、修練と生きるために得たものですよ。むしろ、自分は『力を持たざる者』側なんですがね」
煉夜は、生まれながらの才を持っていたわけではなかった。それこそ、煉夜が生まれ持っていたという点では「類まれな魔力」という程度である。それでも、こうして生きているのは、愛するもののためという血反吐を吐きそうな感情を覆すほどの意思での修練と生きていくためには獣狩りとして強くならざるを得なかったという事情がある。友人の雷司や月乃などと比べると、天賦の才などないに等しかった。
「どちらかと言えば際よりも『意思』ですよ。『意思』なきものは、無意識に自身の努力不足を誰かのせい、何かのせいにしないと平静を保てないのです。だからこそ、それらを、例えば『今日は調子が悪かった』、『昼食べ過ぎたから』などという風に言うのですよ。それが行き過ぎた結果が『神』頼みです。まあ、ウチの生きた時代にはそういう人はいませんでしたけど」
もっとも、それは、誰かのせいにしたところで、自身が努力不足であったらあっさりと死ぬ時勢であっただけであるが。
「そういう意味では、『意思』が強いんでしょう。ジョンから聞いていますよ。あなたが聖騎士となった経緯とその修練の日々については。普通なら音を上げるような状況でも立ち向かうだけの意思があればこそ、あなたは、『神にすがらなかった』」
もっとも、煉夜の場合は、意思の強さだけではなく、魔女たちの敵であった「神」を己の敵と認識していたのも理由の1つであろう。
「世の中には『神のせい』ということにして現実逃避をしたい人間が多くいる、それだけのことですよ」
それはどこか、「神のせい」ということに「された」側のような反応で、煉夜は一瞬だけ、その発言をした四姫琳の方を見たが、すぐに視線を戻した。
「まあ、事実、神の手で被害を受けた人達、という可能性も十二分にありえますけど」
続けざまに言う四姫琳の言葉に、神に奉納を捧げる側の人間である沙津姫は何か言いたげであったが、ここで下らない問答をしてぎくしゃくするのも馬鹿らしいのでスルーした。
「神の手で害を被った、か……」
煉夜もその言葉には思うところがあった。それは魔女と神の因縁というだけではなく、とある場所で、とある少女と出会った経験を思い出したからである。
「しかし、この奥からは数が桁違いに多いな。魔法でごまかすのも面倒な範囲だぞ」
出雲大社目前の域になると、流石に敵の数も多くなり、全ての人間に魔法で誘導するのは難しいだろう。煉夜の知覚でき得る範囲で130人ほどいるが、その程度の人数ならばどうにかなると言えばなる。だが、周囲との違和感なく全て誘導するのは流石に難しい。
「でしょうね。敵本陣がいるらしき場所ですから。そうなると、奇襲を仕掛けるか、堂々と乗り込むか、ですね」
四姫琳は、どちらかと言うと堂々と行きたいと思っている。それは突撃思考とかではなく、自身の能力が奇襲に向かないからであろう。そもそも、四姫琳は、固有の戦闘スキルを持っているわけではない。切り札等を除けば、彼女の持つ技能は、全て無難なものである。
「この程度の人数なら、普通に魔法で無力化できるが、どうする?」
今までは、周囲の目も含めてごまかしていたが、この場合の無力化とは、意識を奪うなどの仏国の空港で行ったような魔法である。
「そうですね、出雲の結界に干渉すると困るので、ウチが補助をして魔法を展開しましょう」
出雲大社の結界は、神域の結界と人工の結界がある。それらの結界に魔法が干渉すると、ただでさえ、侵入者がいる状況なのに、煉夜の側にリソースが割かれたら困る。なので、発動するのに、神域が分かり、結界もかいくぐれる四姫琳が補助する必要がある。
「なるほど、確かに、普通の結界ならともかく、神域の結界を干渉せずに潜り抜ける術を持っていないからな」
「ウチとて、簡単に潜り抜けられるわけではなくて、あくまで逸らす程度ですけれどもね」
四姫琳は、あくまで半分神のような存在であるだけで神そのものではない。そのため、神域を逸らすことはできても、完全に回避することはできない。
「しかし、俺の魔法は無詠唱だが合わせられるのか?」
煉夜の場合は、スファムルドラの魔法体系により、無詠唱で速度が桁違いに早い。それを合わせるのは通常は難しい。だが、四姫琳は違う。
「大丈夫ですよ。そもそもにおいて、『詠唱』という形は、ウチには必要のない概念ですからね」
それは、四姫琳という特異な存在であるから成り立つ言葉である。そもそもにおいて、彼女にとって、魔法というものは特別でも何でもない自然な概念であった。それゆえに、彼女には「詠唱」という形を必要としない。
「へぇ……、今川家にそういう概念があるとは聞いていないがな」
「あなたの知るところの今川とは異なる今川ですからね、ウチは。そもそもに、ウチの真名であるところの今川氏鬼里というのも、形式的な名前に過ぎませんし」
四姫琳は確かに「今川氏鬼里」という名前を持っている。だが、それすらも真名であり、そして、生まれ持っての名前は別にある。だからこそ、彼女は生まれ持って「今川」という姓を名乗っていたわけではないし、そもそもにおいて、煉夜の知る「今川家」と四姫琳の知る「今川家」は根本的に異なる存在であることも事実である。それゆえに、煉夜からすれば聞いたことがないという話であっても、四姫琳にとっては常識である、という場合も往々にしてあり得るのだ。
「無駄話は避けるべきでしょうし、やるならとっととやりましょうか」
そういいながら、彼女は胸元に手を当てる。それはとある力の発現を促す、儀式のような動作であった。一瞬だけ、彼女の神気が強まったように感じたのと同時に、煉夜は魔法を放っていた。
「面白い魔法体系ですね。初めて見ましたが、エミリーの見えない早撃ちと似た魔法体系ですね。よく組み上げられていますし、かなりの長い間、改良に継ぐ改良を積み重ねた末にできた独自の魔法体系なんでしょうね。真似しようにも直接継承しない限りは難しそうです」
四姫琳自身の友人にも超高速の魔法を得意としたものがいたが、それは、あくまでも、その人物の一族の固有技能であり、世界的に使われていたものではなかった。だが、それと比較しても、異常なまでに早い魔法の構築には、それを組み上げるのにかかった研鑽の年月を感じ取れた。
「一応、フィリップ・ジョンも使えるはずだぞ。この魔法体系のあった帝国で魔導顧問になっていたからな。あれでもメア……俺に魔法を教えてくれた人を除けば、帝国で一番魔法が上手い人物ではあったからな」
煉夜が魔法を教わった相手であるメアを除くならば、スファムルドラ帝国で一番魔法が使えたのがロップス・タコスジャンことフィリップ・ジョンである。もっとも、彼よりもおそらくは、先代のアニメス・ロギードの方が知識も経験も使い方も数段上であろうが、高齢のため引退した後は、煉夜とほとんど面識がなかったため、カウントしていない。ただ、魔力量や魔法の威力などはフィリップ・ジョンに軍配が上がるために、一様にどちらが上とは判別できないだろう。
「え、ジョンのやつ、魔導顧問なんてやっていたんですか。彼、天命的には剣士なんですけれどもねぇ。まあ、魔法の腕で言うならば、ウチやエミリーとも互角だったので、できなくはないのでしょうけど。いえ、あるいはアレを使っていたという可能性もありますが。
などという話をいつまでもしている場合ではありませんね。先を急ぎましょう。せっかく人を魔法で倒して、簡単に進める状態になったのに、敵に集まる時間を与えるのも馬鹿らしいですし」
自身の友人の話よりも、現在は優先すべきことがあることを思い出した四姫琳は、話の途中で切り上げ、道を進むことを進言した。主に、無駄話の元凶は四姫琳自身であるのだが。
その進言を断る理由などあるはずもなく、煉夜たちは、ついに出雲大社の中に足を踏み入れるのだった。




