275話:動き出した敵・其ノ伍
この現状において、必要な戦力が柊家に全て揃ったことになる。そうなると、ここからの問題は、その戦力をどう振り分けるか、ということである。現在、目指すべき目的地は2つある。椿礼守の囚われている敵施設と敵本陣の2ヶ所。そして、その敵本陣は、現在、出雲大社向かっているとされる。
そうなると、礼守救出に行ってから出雲大社に向かうのでは、出雲大社が先に落ちるであろうし、逆に出雲大社から行けば、礼守が危ない。その窮状を脱するための戦力が、今、この柊家にいる面々であることは間違いないだろう。だが、そうなると、その2ヶ所に均等に力を分配しなくてはならないだろう。
そして、その均等に、というのは、何も力の大きさだけではなく、連携、戦いやすさというのもカギになってくる。
例えば、煉夜は経験上、大人数との戦闘も経験はあるが、基本的には大きな敵を相手にした対獣戦闘が基本で魔法による補助ができるものの近接戦闘を主体とする。
例えば、睦月は魔法少女であるものの、主要な武器は廊下に出した大剣であるため、近接戦闘がメインになるのは明白である。
例えば、美月は近接戦闘ができないわけではないが、強い雷の力をその身に宿す、六白双鎖の雷神であり、入御雷という力を有する関係上、周り無関係にすべてを焦土と化すつもりでなければ、魔法による攻撃が基本となるだろう。
例えば、四姫琳は様々な手数を有して、多用な戦闘方法がある者の、一応、主要となる武器は遠距離用であるため、後方からの攻撃が基本となる。
この4人であれば、前衛2、後衛2なので、それらを1人ずつで組み合わせることが普通であろう。しかし、適当に組み合わせたのでは、互いに邪魔をする可能性がある。そのため、どちらと組むかが重要となるわけだが、戦闘経験に富んだ彼らは、自ずと組む相手を感覚で理解していた。
その結果が、煉夜と四姫琳、睦月と美月という組み合わせであった。それは、自然と別れた結果であれど、理にかなっている。
剣と魔法を組み合わせる多彩で予想の付き難い動きに合わせられるのは、多用な手数を持ちなおかつ後方から広い視野で攻撃ができるものである。そう、煉夜と四姫琳のように。
真っ向勝負の直情型直線兵器には、同じように突撃思考でそれを援護しながら火力をあげられるような攻撃ができるものであろう。そう、睦月と美月のように。
そして、そのグループをどちらに向かわせるかというのも問題であった。突っ走るタイプである睦月と美月には人質救出は向かないだろうと思う反面、速度を優先するのならば人質救出には睦月と美月が適しているだろう。手数が多く、緊急事態にも対応しやすい煉夜と四姫琳は人質救出に向いているが、結局所、どうなるかわからない緊急事態というのは人質救出であろうがなかろうが起こり得ることである。
人質家族である菜守のできる限り早くという意向を汲んで、結果的に出雲大社方面に煉夜と四姫琳が、礼守救出に睦月と美月が向かうことになった。
しかし、そうなると、この柊家の戦力はほとんど落ちることになる。もともと、舞を主体にしている家であって、自衛力は高くない。それでも、四木宗の中では戦力を有している方なのではあるが、やはり、本職として戦うものではないというのは大きいのだろう。
そうした中で、伊花と菜守を柊家に置いたままで大丈夫なのか、という不安要素が残り、結果として、菜守と菜守が勝手な行動をしないように抑える役の詩央が礼守救出組に加わり、伊花とサポートの沙津姫が出雲大社の方に加わった。
そして、それらを情報で支援する役割として奈柚姫と水姫が柊家に残る後方支援組である。水姫が残ったのは、木連たち陰陽師組との連絡を円滑にするためであり、かつ、柊家の護衛役でもある。
これら3チームに分かれて、行動することとなった。
「出雲大社は現状、どうやら敵と目する者たちの侵入に際して、本来の出雲大社とのリンクを完全に切っているようです」
と四姫琳が言う。すでに、メンバーに分かれ、煉夜、四姫琳、沙津姫、伊花の4人で出雲大社に向かい始めてからのことであった。
「『本来の』ということは、やはり、通常の出雲大社は『本来の』出雲大社ではないということですか?」
一応、敬語で煉夜が四姫琳に問うが、四姫琳は微妙な顔をして、少し迷ってから煉夜に回答ではない言葉を返す。
「敬語でなくて構いません。特に、ウチとあなたが主だって戦う以上、一々面倒な敬語を遣うようなことに思考を割く余裕があるくらいならば、敵のことを考えてください」
という四姫琳は敬語であったが、彼女は生まれながらに、そう育ってきたこともあり、あまり砕けた言葉を遣わない。それは染みついた以上、変わらないものであった。だが、煉夜の敬語は、張り付けたハリボテの敬語である。
「助かる。それで、結局のところ、『本来の』出雲大社というのは?」
肩をすくめながら言葉を返し、そして、そのまま再度問うた。それに対して、改めて四姫琳は、沙津姫の方を一瞬見てから答えた。
「本来ならば、ウチはあくまで部外者であるため、答えていいのかどうか迷う部分もありますが、一応、表向きに外聞のいい理由付けをするならば『柊家』の親類である『雪白家』であるのならば問題ない、という理由で明かしましょう」
聞き耳を立てているものなどいない以上、あまり意味のないやり取りではあるが、それはあくまで煉夜に「それだけ機密性の高い情報なのである」と遠回しに伝えているに過ぎない。
「現在、存在している出雲大社とは、あくまで本来に存在している出雲大社の現身、あるいは依り代とでもいうべき存在です。本来の出雲大社……杵築大社は、そこに重なる形で別位相に存在する巨大建築です」
前に、菜守が出雲大社で話し合いをするというときに「上」という表現を用いていたのが、この本来の出雲大社のことである。
もともと出雲大社は、大きな柱により築かれた巨大な建造物であったとされる。その神殿は高く、より天に近い位置にあったとされる。その本来の姿は失われて久しいとされているが、それ自体は別の位相に存在しているものであり、現在の出雲大社に重ねる形で存在する。
出雲大社が「約60年に一度、本殿を建て替える」という行いをしているのは、依り代である出雲大社自体が失われることを防ぐためのものである。
「それを断ったということは、今の出雲大社はあくまで依り代だけの存在で、本体は別にあって、手は出せないような状況、ということか」
さすがの煉夜も、別の位相に対する攻撃手段はないと言える。1つだけ、可能性がないでもない方法があるが、特定の空間に干渉できるものではない。
「まあ、もっとも、神殺しの神なる力が大きく発動すれば、本来の出雲大社にも少なからず影響はあるでしょうがね。あそこは、神代より続く聖域、あるいは神域と言っても過言ではない領域ですから」
もともと出雲大社とは、「国譲り」の証である。神代の折、世界を統治していた神々、中でも国をつくった大国主神ら国津神が世を治めていた。国津神は、土着の神、つまり人の世より生まれた神である。それに対して、高天原より生まれた神々、天照大御神の子孫である天津神が国を治めるべきである、とされ、そうした際に、大国主神は、自身らの住処を「太く深い柱で、千木が空高くまで届く立派な宮を造ったならば、そこに住まおう」とし、そうして出雲の「多芸志の浜」に造られたのが、出雲大社の原型たる「天之御舎」である。
ただ、その後、神代の終わりとともに、天下った天津神も身を潜めた国津神も全て天上、高天原に行っているため、現在の本来の出雲大社には国津神は存在していない。しかし、国津神が住まった場所ということで、神域としての格はかなり高く、また、国津神が高天原に向かう際に扉を開いたため、今でも高天原とつながっている。
「しかし、神殺しの神の力をよしんば発動したとしても、どうするつもりなのか……。神々を連鎖的に消すにしても、その方法がな。ただ、そこにいるだけで神を殺せるというわけでもあるまいし」
と言いながら、煉夜は伊花の方を見た。そもそも、そこにいただけで神が殺せるのならば、ここにいるだけで神を殺しているはずである。そして、そうであるなら、この世界に伊花を呼んだ時点で用済みであり、捕らえようとはしないはずである。しかし、そうでないのならば、捕らえてどうしようというのか、という話である。
「正直に言うなら、この『神殺しの神』の力は、どういう力なのか分からないの。わたしは研究の途中で逃げたから、本来何の目的で、どういう力を持っているのか、ってことまでは、研究所の人間ならともかく、ただの被験体だったわたしには分からない」
伊花自身、「神殺しの神」なる矛盾を御するために生み出されたことは知っていても、それが具体的にどういう力なのかはほとんど分かっていない。ただ、全てに宿る神々から自然に避けられるということは己で体験してきて知っている、というだけである。
「それをなぜ、『不浄高天原』が知っているか、というのが問題だ。裏に、春谷さんの言う『赤天原陰陽局』なる組織がバックについているとか」
「ううん、それはないかな。だって、それだったら、わたしじゃなくても、代用の次のナンバーが作られて実験用に派遣されるだけだもの。だから、少なくとも研究所は関わっていないはず」
そもそもに「神殺しの神」という力の実在をどうして、一介の組織である「不浄高天原」が知っていたのか、どうして、「神殺し」を実行するのか、そういった根幹の部分が全て謎に包まれたままなのである。「神殺し」もあくまで現状では煉夜が推測したものという段階に過ぎない。それの成否はともかく、煉夜たちには確証がない。
「全ての疑問は、当人たちに会って詰問するほかないでしょうね」
沙津姫はそういうが、その当人たちが本当のことを言うとも限らない。もっとも、この場合は、「普通なら」とつく。それは紫泉鮮葉がいるから、という理由であった。煉夜は、その人物の性格を考えるならば、「答え合わせ」は必ずするはずであると踏んでいた。だから、自ずと、答えは得られるであろう、と出雲大社の方を見ながら思う。




