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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
司中八家編
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027話:稲 荷家訪問其ノ弐

 仇罪(あだつみ)。仇在りし海神(わだつみ)、故に仇罪。その大いなる姿、陸でも健在。その大いなる息吹、彼方の山を焼き払う。四の足で大地に沈み、根を張り、力を蓄える。その姿はまるで北の神。

 稲荷一休の残した手記に書かれていた言葉、と八千代は煉夜に説明した。これが一休が記した中で最後に書かれていたものである。煉夜の予想では理論は完成させていた、と言う一休がこの世界で最後の瞬間まで研究していた存在。


「北の神、海神……?」


 煉夜は考える。北から連想される神、そして海から連想される神を。海の神と言えば、普通は魚か、それに類するもの。あとは人の形や人魚の形をしていることが多い。されど、文中には四の足とあることから四足歩行であることが分かる。足を持つ海の生き物と言えばエビ、カニ、クラゲ、タコ、イカ、その他諸々挙げられるが、いずれも四足歩行ではない。

 だが、ポピュラーな存在の中で、神としての信仰もあり、北の神として挙げられるものと言えば、「亀」であろう。


 北の神とは、四神において、青龍、玄武、朱雀、白虎とあるなか、東の青龍、西の白虎、南の朱雀、北の玄武とそれぞれ方位を司っている。玄武とは蛇と亀が絡み合うような姿で描かれたり、亀の尾が蛇であったりするのだが、要するに「亀」である。

 そして、陸でも健在とある。亀は海亀だけではなく陸亀も存在する。ならば、それは陸亀だったのだろう。そして、その息吹で山を焼き、根を張り、力を蓄える。


「おい、前半と後半繋がってねぇぞ。陸亀が口からなんか吐くか?根っこ出るか?あのハゲ、頭逝ってんじゃねぇの?認知症かなんかか、オイ?」


 煉夜は思わずその手記を机にたたきつけた。八千代の眼は「だから理解できないって言ったでしょ」とでも言いたげだ。


「この世界の理で考えるからいけないのですよ、煉夜君。亀型の魔物や幻獣くらいいないのですか?」


 九十九がそう言った。獣狩りとして名を馳せた煉夜は戦った敵を参照していく。そして、これ以上にない回答をたたき出した。自分の中でも最低の結論を。


「いる。幻獣だ。口からよくわからんものを吐くし、地面に根っこを張って力を蓄える。これらの条件を満たす幻獣は、緑猛弩亀(ガベルドーバ)、だろうな」


 煉夜にとって【緑園の魔女】と初めて出会い、そして彼女を失った、因縁の幻獣である。あれは確かに亀の形をしていて、口から光線を吐き、地面に潜り力を蓄える。実戦した煉夜だからこそよくわかる。


「その幻獣は、強いのですか?」


 冷たい眼のままの九十九が煉夜にそう問いかける。それに対して、煉夜は至って真剣に、そして実感を込めて言う。


「ああ、あれは相当だ。神獣なんかと比べても遜色がない。この獣狩りのレンヤと呼ばれた俺でさえ、1人では厳しいだろうな」


 尤も、本気を出しさえすれば分からないが、と言う言葉はあくまで呑みこんだ。煉夜は二度と本気を出さないと誓ったのだから。過去との決別、そう言う意味で、あの力は封じたのだから。


「ふぅん、でも、1人ではきついとか、ヤバイってのが分かるってことは、煉夜は戦ったことがあるの?」


 話はよく分かっていないが、なんとなく会話の流れに乗って八千代が煉夜に対してそう言った。煉夜は、苦笑いをしながら言う。


「まあ、な。あの時は3人がかりで3日かかった。正直言って、面倒だし、デカい。あれが本当に召喚されるとしたら、まあ、これだけ魔力や霊力を集めるのに時間がかかっているのは納得だな。しかもあれが現れたら、この辺はペシャンコになるかもしれない」


 当時のことを思いだしながら、そんな風に言う。ガベルドーバは複数いるが、もし召喚されたとして、修復するような個体ではないはずなのでましだろうと、煉夜は心の中で思う。煉夜も正確に知っているわけではないがガベルドーバの全個体が、瞬間的に時間を巻き戻して復活する個体ではないということは予想で来ていた。実際、その通りである。


「そんな化け物が現れたらパニックどころの騒ぎじゃないわよね。どのくらいでそいつが呼ばれるのよ。もしも近いならとっとと天城寺家に踏み入って儀式を中止させないとまずいんじゃないの?」


 八千代の言葉は尤もであった。しかし、煉夜は、動くに動けなかった。煉夜が把握しているだけでも6体の式が監視している。そのうちの2体が木連、あとの4体のうち、3体は支蔵家、天姫谷家、冥院寺家のものだ。最後の1体のみ、煉夜でも誰のものかは分かっていない。その状態で、天城寺家に乗り込むわけにもいかない。


「今、冥院寺家の帝矛弥ってのが調べている。市原家も動いているだろうし、明津灘家も警戒している。そもそも、召喚儀式なんていうものを家で堂々とやっていると思うか?」


 察知されたら速ゲームオーバーになるような場所で、そんな危険なことをやっているとは考えづらい、と言うのが煉夜の考えだった。


「そりゃ、他の家だったらねぇ。でも、あの天城寺家ならおかしくないのよ。『我が家の計画が他家にバレるわけがない』とか本気で思ってそうだもん」


 煉夜は京都司中八家と言う存在との付き合いが薄いため知らないが、天城寺家は他家を嫌い排他的な一族であり、超が付くほどのナルシスト一族でもある。


「どんだけアホな家なんだ、天城寺家ってのは」


 煉夜が呆れたような声で、誇張が入っているだけで、まさかそこまで馬鹿な家ではないだろうという顔をしていたため、八千代は親から聞いた話を煉夜にする。


「いや、あたしも聞いた話なんだけど、なんでも天城寺家の次期当主と目されていた奴が『強さを証明するぜ!』とか言って、冥院寺家を殺しに行ったら返り討ちにあって、それを幸いとばかりに『俺が次の当主だ!』と強そうなやつや他の司中八家の人間を狙ったら全員が返り討ちにあった、ってくらい無鉄砲で自信家な一族よ」


 煉夜は開いた口がふさがらなかった。世界が違えばすぐに全滅しているであろう一族に、改めて煉夜は、この日本が平和な国であることを思い知った。


「しかし、返り討ちにしたとはいえ、冥院寺家や他の家は天城寺家に対して何か罰を科さなかったのか?」


 いくら平和な日本とはいえ、殺しに来た相手をただで許すほど甘い国ではないだろう。だからこそ、司中八家追放くらいの罰があってしかるべきだと思ったのだが。


「んーと、あたしもよくわかってないんだけど、司中八家間での罰って簡単には決めらんないのよ」


 頬手に人差し指を添えながら、「んー、何かよくわかんないけどー」と言う八千代に対して、いつもの猫を被った九十九が言う。


「もう、八千代ちゃんは……。あのね、司中八家っていうのは、一応政府も認可している家だから、勝手な判断で変えることはできないんだよ。だから、その時もきっと、政府側で許可が下りなかったんじゃないかな?」


 表向きの企業と裏の活動があるように、司中八家の活動は政府の認可があってこそのものである。他にも政府が認可しているのが、魔導五門や千葉県の三鷹丘市、鷹之町市、石川県の滝島などである。


「なるほど、じゃあ、今回もそうなるのかもしれないな」


「ううん、流石に、今回ほどのこととなると、召喚されたら確実に天城寺家は司中八家を外されるよ」


 一般人を含む複数の誘拐事件、稲荷家への窃盗、そして、怪物の召喚ともなれば、一般人を多く巻き込む上に、怪物が現れては隠しようもなくなるため、天城寺家は確実に除名されるだろう。尤も、聖騎士(しろきし)である女性が聞いたら「私も一般人だったのですが」と憤ることは間違いないだろう。


「まあ、召喚させないに越したことはないだろう。つっても、俺は儀式なんかには詳しくないから止め方が分からないんだよな。途中で止めて、中途半端な別の何かが出てくることも有り得るし、溜めていた霊力が溢れだして魔境化しても嫌だしな」


 儀式の心得があるわけではない素人の煉夜が、下手に止めて暴走したら目も当てられない結果になる恐れもある。それこそ、日本を更地にする可能性も無きにしも非ずだ。なにせ、この京都には霊脈が集っているのだから、霊脈に異変があればその広がった先にも何かあるのは当然のことである。


「それは……まあ、そうよね。下手に触るだけでも影響ありそうだし」


 八千代も言った。儀式とは、何も生贄を捧げるだけではない。決まった配置、決まった動き、それらですら儀式に必要な何かである可能性もある。それゆえに、偶然儀式を発令させてしまうことも何件かある。尤も、小さな儀式のみであるし、ほとんど影響のないものばかりではあったが。


「まあ、親には話してあるし、明津灘家、市原家、冥院寺家までもが動いているともなれば、時間の問題だろう。馬鹿な一族だってんなら、簡単に尻尾くらいつかめるだろうよ」


 煉夜はそんな風に笑う。八千代も九十九も似た様な気持ちだったんだろう。曖昧な濁した笑みの様な物を浮かべていた。


「そうでしょうね。特に天城寺家ともなれば、いつまで経っても召喚できないことにしびれを切らして暴れ出しかねないし、そうなればすぐに御用でしょうよ」


 八千代の言い方に「御用」とかいまどき聞かないな、と煉夜はどうでもいいことを思っていた。正直、煉夜には、この平和な日本に、あの非日常の怪物ともいえるガベルドーバが現れるとはとても思えていなかった。だからこそ、こうして、笑っていられる。実感がなさ過ぎたのだ。

 向こうとこちら。つなぐのは煉夜の記憶と入神沙友里だけ。あまりにもかい離しずぎた生活、風景、人間性に、現実感が沸かないのも当然と言えば当然なのかもしれない。


「さて、じゃあ、うちの本が盗まれた話も親にしておこうかしらね。そうすれば、司中八家の上の方で勝手に解決してくれるでしょう」


 八千代も投げやりに言う。この話はこれでおしまい、と言わんばかりの空気になる。こうして、事件は解決する……はずだった。

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