257話:出雲神話・四舞姫と神殺し・其ノ伍
しかしながら、煉夜が分かっていることと言えば、そう多くはない。推理にしても、憶測にしても、ある程度の状況証拠と相手の反応から導き出したに過ぎない話であるし、そもそもの時点で、煉夜は、菜守が襲われたという事実に関しても知らない。だからこそ、まず行うべきは、「推理の披露」などという推理マンガのような展開ではなく、「情報の共有」というシンプルかつ重要なことであろう。
「まず、現状、あなた方、出雲が把握している敵の実態に関して教えてください」
敵の実態とはすなわち、どのくらいの規模で、何をしているか、ということも含めた情報のことである。
「現在、把握しているのは、敵の組織が『不浄高天原』を名乗る集団であること、その頭領が京城二楽という男であること、また、菜守ちゃんを襲ったリード・ナウレスという男、そして天才・紫泉鮮葉という人物がいるということ。相手が狙っているのが春谷伊花さんと菜守ちゃんであるということ、そのくらいで、実際の目的が何かまではつかめていません」
詩央が、現状で四木宗および出雲が把握している情報に関して簡単に報告した。それを聞いて、初めて菜守が襲われた事実を知った煉夜であったが、その脳裏には、菜守について、恩恵を持って知った情報の中に一つ引っかかるものが浮かんでいた。
「そうか、日本神話では……、なるほど、それならば、条件に合うのかもしれない。つまりは保険ということになるのか、いや、この場合は、春谷さんの方が保険なのか。いや、可能性を考えるならば菜守が保険なのだろうな」
そして、昨日の時点で予測していた「憶測」と、その菜守の情報とがかみ合う。それにより、煉夜の考えはがぜん信憑性を増す。
「なるほど。そうなると、まず、1つ。天才・紫泉鮮葉という人物について、自分が把握していることを話しましょう」
相手の目的という一番大事な話を前に、まず、その小さな謎について話すことにする。煉夜は知っているからだ。おそらく、ここにいる誰もが知らなくとも、煉夜だけは、その名前を知っている。
「紫泉鮮葉。彼女は、物を作るということに関する『天才』です。調べてもらえば、いくつか、彼女の記した論文が出てくるとは思います。こと、物を解析し、理解し、再現する能力に関しては、おそらくそういった異能・技能を持っているのだと思います。それほどまでに卓越した技術を持った人間です」
少なくとも、上っ面では横柄な彼女であるが、その技術に関しては、本当に認めるほかないほどの天才である。相神大森の一件で出てきた人形もそうだが、煉夜は……煉夜、雷司、月乃の3人だけは、彼女の本性と、その大きな目標を知っている。
「おそらく、春谷さんを呼び寄せたのも、鮮葉が作った機械によるものでしょう。そのあたりに関しては推測の域を出ませんが。まあ、もっとも、彼女は基本的に、人の前には出てこないでしょうし、今回の一件も『仕事』でしかないと思いますよ。彼女には大きな目標がありますから、その足掛かりにするつもりなんでしょう」
呆れたような顔で言う煉夜。それに対して、「その目標とはなんなのか」と、問う視線が全員から飛んでくる。
「彼女の目標は、『神を創ること』ですよ」
そう、「神を創る」ことを目標としている。「人を創る」という目標に関しては、鮮葉自身を持って、あるいは、相神の一件での人形を持って証明している。だからこそ、その上、「人を創る」のが「神」であるのならば、すでに「神」となった以上、その「神を創る」ことを目標とするほかない、とそう彼女はかつて小さな声で3人に語ったのである。
「神を……創る……?」
しかしながら、彼女をよく知らない人間が聞いたところで、その意味はほとんどわからないだろう。
「さて、つまりは、紫泉鮮葉が積極的に何かをしてくる可能性は薄い、ということが言えます。そうして、その『神』というものにも絡んできますが、『不浄高天原』の目的についてです」
そうして、ようやく本題に入る。もっとも重要な部分であり、そして、最も知りたい部分である。全員が息をのんで、その話を聞く準備を整えたのが分かる。
「つまるところ、彼らの目的は、『神を殺すこと』でしょうね」
そんな風に、あっさりと煉夜は言った。しかして、それには疑問が残る。「神を殺す」という話は、古今東西、いくつか残っているだろうが、伊花と菜守という人間に結び付かない。
「春谷さんは、生来か、あるいは後天的にそうなったのかはわかりませんが、『神を殺す』という概念に紐づけられた、正真正銘、存在自体が『神殺し』と言っても過言ではない存在ですし、菜守は『火之見・加具土命』という神の力を宿しています」
それに関しては、菜守自身初耳の話であったが、伊花は自覚があったのだろう。いや、自覚というよりは、そう作られたものであるのだから、認識しているのは当然なのだが。
「日本神話に明るいわけではないので、間違っている部分もあるかもしれませんが、加具土命は、日本神話のイザナギとイザナミの間に生まれた神で、火の神であったために、生れ落ちる際に、母であるイザナミの死の要因を作ります。それはすなわち、神殺しの要素でもあるということです。まあ、こちらに関しては、それがうまく働くかの保証はないので、『不浄高天原』にとっても保険のような扱いもしくは第二案のような扱いなのかもしれませんが、これも推論でしかないです」
イザナギとイザナミこと、伊邪那岐命と伊邪那美命は、いわゆる国造りの神で「国生み」という日本を作ったことで知られ、また、その後多くの神を生んだことでも知られている神である。伊邪那美命は加具土命を生んだことで火傷を負い、その火傷が元で病に臥せ、病中も様々な神を生みながら亡くなった。伊邪那岐命は、病に臥せた原因である加具土命を殺して、その後、黄泉の国へ伊邪那美命を迎えに行った。しかし、伊邪那美命は死した醜き姿となっており、その姿を見られたことで離別する。
このことから加具土命には、間接的ではあるが「神殺し」の資格はある。もっとも、直接、加具土命を十束剣で殺害した伊邪那岐命の方が「神殺し」の資格があるだろうが。
「春谷さんが『神殺し』、というのはどういうことですか?」
沙津姫が煉夜に問いかけるが、ある意味では、伊花にも同時に問いかけていたのだろう。煉夜は伊花の方を見ながら言う。
「自分が知っているのは、彼女が『神を殺す存在』であることくらいです。そのため、この神楽殿の神域もかなり危うい状況になっていますしね」
あくまで、煉夜が知っているのはその程度のことであった。だからこそ、伊花の方を見ていた。伊花は、あまり話したくはない過去であるが、それでも状況が状況だけに話さざるを得ないことになっているだろう。だから、覚悟を決めた。
「確かに、『神殺し』として、ううん、そういう存在として作られたんです。赤天原陰陽局という場所で。正確には『神を殺す神』という存在として」
赤天原、その名前に聞き覚えがあるのは、四姫琳だけであった。日本に数多くあるパワースポットの一つとされる赤天原。赤天原は、パワースポットの中でも特に神気が多く集う場所とされており、その地名は、そこに住まう一族の名前でもあった。
赤天原家。その名前は高天原に由来するとされ、「赤」は「血」を意味し、あるいは「赤禍原」ともされる。
「天上に住まう天女の一族が追放された末に生まれた赤天原家。その研究施設が陰陽局でしたね。確か研究内容は5つあり、陰陽道と神道に関する研究をしていたはずですから、春谷さんも、その研究の1つに関わっていたのでしょう」
四姫琳としても、知ってはいるが、詳しくはない。第一師団、第二師団、第三師団は、それぞれで赤天原について調べているものの、詳しい成果は得られていない。第一師団は諜報の専門家であるし、第二師団は信仰の関係から天女の末裔としての調査を、第三師団は潜入の専門家として、各々の調査をしたが、それでも大きな成果は得られていない。
「5つの研究は、『神を殺す神』、『陰陽合一』、『相克合一』、『相生合一』、『神無き者』といったテーマがあり、それぞれの研究に対して、便宜上の名称がつけられました。『春谷』というのも、その1つです」
便宜的な名前であり、そして関係性を持たせるために、5つの被験体に名前を割り振った。例えば、「春」と「東」を意味し、「地形」という記号を加えた「春谷」という姓に、その研究の被験体の番号である「伊」號、そして仮称の「花」。これらを合わせ「春谷伊花」という名前が出来上がった。続く名前に「呂花」、「波花」、「耳花」となる。
「つまりは、この『神殺しの神』という力を用いて、出雲の神々を殺そうとしている、というのが『不浄高天原』の狙い、ということですか」
詩央がそうまとめた。菜守はよくわからなさそうにしていたが、実際のところ、本当によくわかっていないのだろう。
「しかし、どうして、この出雲なのでしょうか。神とつながる場所はいくらでもあるはず」
この日本だけで考えても幾多の神とつながる場所は存在する。それでもあえて出雲という場所を選んだ理由があるのではないか、と四姫琳は言う。
実際に、合理性を考えれば、もっと目の少ない神社などで試してみるなどの行為があってしかるべきであるが、いきなりこの出雲という神々の目も人々の目も多く集まる土地で行う理由が分からない。
「出雲は神が集う地だからでしょうかね。連鎖的に神を殺せると考えるならば、逆に出雲ほど適した場所はないでしょう。それに、他の場所で行えば、それがきっかけに警戒が高まる可能性もありますし」
詩央の言葉。確かにそう考えることもできる。結局のところ、それを知っているのは、不浄高天原だけであって、ここでいくら考えたところで、本当の理由が分かるはずもない。
「しかし、神殺し……、そう考えると千年神話浄土はもっと本格的に動いていてもおかしくないのでは……。だとすると、鍵は……。いざとなったらウチも切り札を使わざるを得ないかもしれませんね」
それは、四姫琳が、あるいは、四姫琳のかつての友人達が持つ「切り札」。中でもとっておきと言っても過言ではないものを、彼女は今、私用に使うために持ち出していた。だからこそ、いざとなれば、使うしかないと、そう覚悟を決める。




