256話:出雲神話・四舞姫と神殺し・其ノ肆
沙津姫の後を付いて神楽殿までやってきた煉夜。そのまま後を付いて歩いていたが、ふと、気配を感じる。それは、人や獣の気配ではなく、いわゆる神の気配に近いものであった。煉夜は、神を見ることができるわけではないが、神獣や日之宮鳳奈のような存在からどのような気配を持っているのかは知っている。そして、これはおそらくその残滓なのだろうということが分かった。
神楽殿は舞を納める場所。まだ、神楽殿として使われるようになってから長い時を置いたわけではないが、それでも神々の気配の残滓が染みつくほどには、神に近しい場所なのだろう。そんなことを思いながら、沙津姫に続いて歩いていくと、他の四木宗たちがいる部屋にまでつく。
部屋に入ってきた煉夜を見て、菜守は苦笑しながら小さく手を振り、伊花は知り合いのいない空間が気まずかったのか沙津姫と煉夜を見て一息ついて、そして、四姫琳は煉夜をジッと見つめた。詩央と星子、宮司はあまり気にとめていないようである。
一方の煉夜は、それらの視線を受けながら微妙な顔をした。現人神の気配があるのは分かっていたが、その気配がどうにもあまり得意な気配ではなかった。現人神と言っても人寄りと神寄りがいて、四姫琳は神寄りであるからだろう。
(沙津姫様と菜守は分かる。残りの2人が榎家と楸家の人間だろうか……)
四姫琳から視線を逸らすように、四木宗の様子を確認する煉夜であったが、どうにも座り位置的に、仕切る立場にあるのは四姫琳であることは自ずと分かり、そうなると向き合わざるを得ないだろうと、覚悟を決めて座った。
「初めまして、ですね。ウチは駿部四姫琳と言います。あなたのことは噂に聞いていますよ」
その言葉に、昨日のことを聞いただけでは「噂に聞いている」という表現は使わないだろう、そのため煉夜は酷く違和感を覚えたが、それ以上に引っかかる部分があった。
「今川あたりか……?」
そのつぶやきに、ピクリと四姫琳の眉が動く。「駿部」と名乗っているが、「すんぷ」と言えば今川家の「駿府館」がまず浮かぶだろう。それゆえに、煉夜は音だけを聞いて、そうつぶやいたのである。
「それは『カーマルの恩恵』を持つ者としての所見ですか?」
そのように言葉を返してきた四姫琳に、今度は煉夜が驚いた。だが、「噂に聞いている」という表現をしていた以上、ものすごく驚いたというよりは、「どこで聞いたのやら」という驚きであったが。
「いえ、これに関しては単なる勘ですよ」
あくまで、今の発言に関しては煉夜の勘でしかない。だが、勘というのはバカにできないもので、煉夜はこれまでに「無伝」を名乗る「武田」や「百地」を名乗る「望月」、そして彼女らの目的なども含めて勘とゲームの知識で見抜いている。
「そうですか。いえ、そういう素質は元々に持っているのでしょうね。スファムルドラ帝国最後の聖騎士であるレンヤ・ユキシロさん」
この時、煉夜は、一瞬で警戒心を一気に上げる。そして、この四姫琳が誰であるかを考える。まず、そのスファムルドラの聖騎士であったことを知る人物は、この世界には、煉夜自信を除けば、ほぼいないといってもいい。可能性としてはリズぐらいのものである。小柴も沙友里も含めていないのである。そうなると、まるで答えに行きつけない。
「ああ、いえ、警戒なさらずとも大丈夫ですよ。ウチがそのことを知っているのは、職業上……いえ、正確には、ちょっとした私用の関係で知ったことではありますが、それでも、あなたの敵などではありませんよ」
そんな風に言う人間を信用しろという方が無理であろう。それを補足するように宮司が言葉をつなぐ。
「御存じない組織かもしれませんが、彼女は『神代・大日本護国組織』という日本を守る組織に所属する方ですので、ご安心ください」
その情報のどの辺りに安心できる要素があるのかは、煉夜には分からなかったが、しかしながら、現れるではないかとは思っていた存在ができてきたことに対しては安心できたといってもいいのかもしれない。
「神代・大日本護国組織……」
少し思うところありげに口に漏らす煉夜であったが、それを知らないがゆえに繰り返したと思ったのか、詩央が言う。
「ええ、知る筋の人間は知っている組織です。特に日本を守るという意味では神とも密接に関わるので、四木宗にもかかわりが深い組織なのですよ」
そのことについては、あまり知らなかったが、だが、考えてみれば納得ができる。日之宮鳳奈が所属している組織であるのだから。
「いえ、神代・大日本護国組織についての知識はあります。古今東西あらゆる世界における日本に該当する概念を守護する組織で、いくつかの師団に分かれていて、その師団ごとに特色のようなものがあるんですよね」
こと、この場において、所属している当人である四姫琳を除けば、最も神代・大日本護国組織に詳しいのは煉夜であろう。
「よくご存じですね。もしかして、以前に誰かに会いましたか?」
しかし、そこまで詳しいともなると、組織の誰かがすでに接触していると考えるのが自然であろう。この時、四姫琳が頭に思い浮かべたのは第四師団「天候色彩」であった。勧誘が仕事と揶揄される彼らならば、この雪白煉夜に接触していてもおかしくはない、とそう思ったからである。
「ええ、龍太郎……光月龍太郎と日之宮鳳奈、それから佐野紅晴、あとは東条……東本願埜之夏ですかね。あと、面識があるというほどでもないのが明津灘さんだか烏ヶ崎さんという人です」
だからこそ、ここで挙げられた名前には驚きを隠せない。特に、第六師団の2人が名を連ねているという事実が。
四姫琳は第二師団「氷点姫龍」という信仰や畏怖を集めることを目的とした師団に所属している。ちなみに龍太郎ももともとはこの第二師団に所属していたため、四姫琳とも知己がある。そして、烏ヶ崎守劔こと明津灘守劔は旧姓である烏ヶ崎が浸透しているため多くの人からそちらで呼ばれ、ののかも「烏ヶ崎」の方の名を使っていたため煉夜の中ではどっちが正しいのかわからずそういう表現になったが、彼女は諜報を司る第一師団「八咫鴉」の所属で紅晴も同じ所属である。ののかが潜入を専門とする第三師団「紫鳳桜」、そして龍太郎と鳳奈が懲罰担当の第六師団「日輪月光」所属。主に外交を担当する第四師団以外は、普段、あまり表に出る事がない師団ばかりでありながら、その多く、特に第一師団と第六師団は上層部のメンバーと知己を持っていることに、四姫琳はおののいた。
「龍太郎と言いますと、第六師団長の光月龍太郎君ですよね。第六師団は懲罰担当なのにどこで知り合う機会があったんですか」
ののかにも同じようなことを言われたな、と思いながら煉夜は苦笑した。しかしながら、四姫琳からすれば、意外も意外であった。
もともと、同じ第二師団に所属していたとはいえ、世間話をする程度で深いつながりがないが、それでも、特に第六師団に移ってからは、ほとんど会ったことがない。そんな龍太郎と知己があることは驚かない方が無理である。
ちなみに、四姫琳は「点」の部分に所属であり、直属の上司が二階堂扇であるが、龍太郎は「龍」の部分に所属しており、全体統括の「龍神」の下に龍太郎の上にいた「朧神」の系列であったり、仏の系列であったりが並列している。「氷」の部分を担う人物は師団長ともう1人いたが、そのもう1人は現在存在しないため「氷」は師団長直属となっている。「姫」は完全別働隊扱いのため四姫琳は一切関係を持たない。
「龍太郎達には『月日の盗賊』というもう1つの趣味的顔があって、そちらの時に出会いまして、そのまま、色々とあって第六師団のことを知りました」
「『月日の盗賊』、烏ヶ崎……、ああ!
第三師団の特別顧問が無断で世界を渡った去年末くらいの出来事ですよね。覚えています。なるほど、あの件に関わっていたんですか!」
ののかと話していた時とほとんど変わらない反応であるが、ののかよりもややオーバーなリアクションなのは、彼女が第三師団の人間ではないからだろう。
「ええ、それから今年の3月末に神奈川県に出向いた際に第三師団の東本願埜之夏に出会いまして」
「3月末と言うと……、ああ、もしかして、あの神獣騒動にも関わっていたんですか。いや、あの件はウチらでも割ときわどいところで問題になっていたんですけど、火明燦陽が倒すのに協力したとは聞いていましたが、あれもあなたでしたか」
相神大森家の一件に関して、神代・大日本護国組織では、そのお家騒動自体には、同じ日本人同士の争いであるため関与しなかったが、神獣が召喚されたときに、どうするかで若干問題になっていたのだ。召喚したのが日本人であるから不干渉とするべきという派閥と滅ぼす存在が日本国外の存在であるため多少の干渉はありとすべき派閥に分かれて、結果的には干渉しないことで落ち着いた。
「しかし、正直に言って、あなたのことを知っていたのは偶然ですが、これは驚くべき縁というか……、通
りでジョンが注意しろと言っていたのでしょうね」
かつて、今とは別の名で行動を共にし、今もなお交流のある友人……、彼女の私的な用事に関わる人物のことを思い出しながら言う。
「ジョン……?フィリップ・ジョンか?」
そして、その名前は一般的な名前で、英語の教科書などでも聞くような名前であったが、煉夜がこの場で思いつくのは、かつて、スファムルドラ帝国で騎士としていたころに知己を得た男である。
「あら、彼にしては珍しく本名を名乗っていたんですね。いつもはジョン・スミスかウェイザー・ポーと名乗るのに」
明らかに日本人ではない名前であるが、それもそのはずで、その通り日本人ではない。煉夜がスファムルドラで会った時にも見た目の印象は顔の彫が深くて、いかにも煉夜の中での「外国人」というイメージに沿った人物であった。
「いや、名乗っていたのは『ロップス・タコスジャン』とかいうふざけた名前だったが、それこそ『カーマルの恩恵』があるからな」
ロップス・タコスジャンは、煉夜からすればふざけた名前の男という印象であったが、その武勇はスファムルドラ内外に響くほどで、メアを除けば、おそらく帝国一の魔法の使い手であったであろう人物である。高齢のため魔導顧問から魔導指導者になったアニメス・ロギードに代わって魔導顧問になった男である。
「ロップス・タコスジャンって……、火っくんが知ったら怒るでしょうに、ジョンてば。
まあ、彼からいろいろと話は聞いていました。あなたがどういう人間であるのか、そして、スファムルドラでどういう生活を終えたのか。そういった積もる話もありますが、それよりも、今は、この出雲で起こっていることについて教えていただきたいですけれどもね」
煉夜からしてみれば、無駄な話を振ってきたのは四姫琳の方なのだが、まあ、それはさておき、懐かしい顔を思い出しながらも、今は、この出雲で起きていることについて、自身の知っていることを話すことにした。




