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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
修学旅行編
255/370

255話:山科第三高校修学旅行記録・其ノ漆

 山科第三高校の出雲大社参拝の流れは、バスを降車してから勢溜大鳥居をくぐり、下り参道、祓端大鳥居、松の参道と通り、手水舎で清めてから鋼鳥居をくぐり、拝殿にて参拝して、そこから自由散策というものである。


 しかし、この「自由散策」というのは、煉夜にとっては難敵である。本来、こういった神社などの「神域」には、絶対に入られないように結界を敷いている空間がいくつも存在する。稲荷家の八千代と煉夜が初めて出会った場所もそういった類であるが、出雲大社ほどの大規模な場所ともなれば、物理的な封鎖以上に厳重に神力や呪符で封鎖しているはずなのである。だが、煉夜が八千代と初めて会った時のように、煉夜はそういった類を無力化してしまう。


 そういった経緯から、自由に散策すると、本当に入ってはいけない域まで足を踏み入れる可能性が十分にあるのだ。無論、入っては行けなさそうだ、と思う場所に近づかなければいいのだが、そう分かりやすく「入ってはいけない」とされていないケースが十分に考えられる。なぜならば、「入ってはいけない」という禁止事項を破りたくなるような類の人間は一定数存在するからだ。それを考えれば、あからさまに「入ってはいけない」と見えないが、結界で守っている空間というものはあり、そして、それと煉夜の相性は最悪なのだ。


 だからこそ、煉夜は自由行動をどうするか考えていたのだが、雪枝達が大社の人間から何やら話されているのが目に入ったので、一旦、その答えの出ている思考を隅に追いやった。


「え、神楽殿……えっと、パンフレットのこの建物ですね。ここが今日は立ち入り禁止なんですよね、それはすでに昨日連絡があったので、生徒たちには伝えています」


 どうやら、本日限定的に立ち入り禁止になっている場所について注意事項を言われているようであった。もっとも、神楽殿は結婚式などに使われることもあり、そのリハーサルや打ち合わせなど様々な用途に使われることがある上、様々な祭事に用いられるため、不用意な混乱を避けるために立ち入り禁止になるのもおかしい話ではない。もっとも、この日閉鎖されている理由はそういった理由ではないが。


「レンちゃん、どこか回らないの?」


 雪枝の様子を見ていた煉夜に、千奈が話しかける。皆がいろいろと動き出している中、全然動く様子がなかったからだろう。


「見て回ってもいいんだが、うっかり変なところに迷い込みそうでな……」


 正直、迷い込んだところで、バレなければいいのだが、バレたら煉夜個人ではなく、学校全体に迷惑がかかる。そこで引っかかっているのだ。正直、煉夜個人が怒られる程度ならば気にしないのだが、そうではなく、学校や家に矛先が向く問題だから、あまり動きたくはないのである。


「方向音痴だっけ?」


 見当違いなことを聞いてくる千奈をあきれ顔でなだめながら、煉夜は、この神域にありながら、異質な場所へと目を向けた。


 出雲大社境内・神楽殿。まるでそこだけ神域が破り裂かれたかのように無数の穴が空き、それを必死に埋めようとしているような、そんな様子を感じ取り、そこに誰がいるのかを把握する。


(春谷さんが来ているのか。そうなると昨日の一件について、出雲で話し合うということか。そうなると、沙津姫様と菜守もいるはずだな。他の四木宗には会ったことがないが、この現人神の気配は、四木宗なのか、それ以外なのか)


 神楽殿の様子を気にとめながらも、わざわざ首を突っ込むのもどうかと思い、反対方向に歩き出そうとしたとき、修学旅行生たちのどよめきが煉夜の耳に届く。

 それは、トラブルから来る不安などよめきではない。


「見つけやすい位置にいてもらえて助かりましたね」


 着物姿で歩く沙津姫。その容姿と鮮やかな青色の着物、そしてこの出雲大社という場所が相まって、修学旅行生たちはあっけにとられてどよめく。


「沙津姫様、どうやら自分に用事があるようですね。春谷さんも来ているようですし、神楽殿の会議で、自分の証言が必要になりましたか」


 この状況を統合して、自身の持っている情報から導き出した結論は、そういったものであった。こうなる可能性は、ある程度予想していた。


「ええ、そうなりました。しかし、神楽殿で行っていることまで分かっているとは、話が早くて助かりますね」


 そうして話す煉夜と沙津姫の様子を見て、水姫が寄ってくる。この状況で寄らないわけにはいかなかった。


「お久しぶりですね、沙津姫さん」


 水姫は、「さん」をつけて呼ぶ。それは、家の関係以前に、同じ「六歌扇」という立場があるもの同士であるからだ。もっとも、年齢の関係で、年下の水姫は敬語を遣っているが。


「あら、水姫さん。この間の宇鶴賀の親善扇舞以来ですね」


 宇鶴賀の親善扇舞とは、京都府宇鶴賀市親善扇舞会のことであり、「六歌扇」と扇舞をたしなむ者たちが交流し、舞を披露しあうものである。あくまで競うのではなく、披露しあうだけの場である。なお、前回では、「六歌扇」のうち、奈津姫が「扇姫」としての仕事により海外に出ており不在、由衣菜(ゆいな)が家庭の事情により欠席となったため4人しかいなかったが。


「その節はどうも。近いうちに公の場で会うとするならば、今度は稲糸美の演舞会でしょうかね。いえ、それよりも彼に御用ですか?」


 むろん、この場合の「彼」とは煉夜のことである。一応、修学旅行中の煉夜の監視役を担っている水姫は、そのあたりを聞いておく必要がある。


「ええ、昨日の件で少々お借りしたくて。これに関しては、四木宗および出雲大社の総意でのことであり、後で正式な通達等、国を通じて学校と家の方へ出しておきますので、咎められるようなことはないように手を回しますので」


 修学旅行中であることは分かっているため、それに対してどう対応するのかをあらかじめ話し合ってから探しに来たため、もはや確約と言ってもいい。そうする予定ですでに決まっているのだから。


「分かりました、ではわたしも」


「いえ、出雲は神域。限られたものしか入れない場所や決まりがあります。彼を呼ぶのはあくまで『当事者』だからです。水姫さんは、現状、入るのに多くの手続きが必要になりますので、申し訳ありませんが」


 出雲大社の神楽殿とはいえ、今は、特に現人神である四姫琳がいるため神聖な場所という認識が高く、神につながりやすい場所である。そのため、部外者は避ける、というのが四木宗の考えである。もっとも、神域は現状、ズタズタになっており、神が見られるような状況ではないのだが。


「そうですか。分かりました。ですが、明日の訪問の際には、それなりに説明していただきますので」


 ここで妙に交渉したところで、沙津姫の一存で水姫が入ることができるわけではないことは、水姫もよく理解しているため、素直に引き下がりながらも、明日会えることは分かっているので、その時にきちんとした説明をすることを要求した。


「はい。明日には、ある程度、話もまとまっているでしょうし、彼が巻き込まれてしまった以上、水姫さんにも説明しないわけにはいきませんから。明日、柊家に訪問された際には詳細をお話しします」


 本来ならば、今日ではなく明日に詳しい話をする予定だったので、水姫に明日話すこと自体は問題ではない。そもそも、その予定だった。


「では、くれぐれも失礼のないように」


 水姫は最後に、煉夜にそう言ってから、その場所を後にした。煉夜としては元々に失礼なことをする気は一切ないが、水姫に言われた以上うなずくほかない。


「では、このまま神楽殿へと向かいましょう。他の四木宗と、それから春谷さん、……駿部さんと宮司さんがいらっしゃいますが基本的には全員、そこまで礼儀作法にうるさい質ではないので、そこまで気にしなくても大丈夫ですよ」


 そもそも四木宗の家に生まれたので、それなりに礼儀作法を仕込まれるが、だからと言って、門下生でもなければ、初対面である人に対して、正式な場でもないのにそこまで礼儀作法にうるさく言う人間はそうそういない。







 その頃、この出雲の「四光館」の屋上に一人の女性が立っていた。吹き荒れる風が奇妙なうねりをあげる。その彼女の表情はあまり明るいものではなかった。この出雲という地に対するものではなく、出雲大社という神域にあってすらも感じ取れるほどの強大な何かを秘めた既知の存在に対して思うところがあったのだろう。

 それから、彼女もまた「神」という名を持つ力を持つ存在である。それゆえに、今、出雲大社にいる異質な存在にも、本能的な忌避感が生まれているのだろう。友人と合流するために、たまたま、この「四光館」の最上階の部屋を取っていた彼女だったが、不穏な風に、どうにも友人たちとうまく合流できるのか微妙になってきたな、とべっこう飴のような茶色い瞳で、空を見上げるのだった。

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