254話:出雲神話・四舞姫と神殺し・其ノ参
出雲大社神楽殿にて、柊沙津姫は右も左も分からぬような状態の春谷伊花を連れて、待機していた。正直なところ、沙津姫の見立てでは、これほど早く事態が動くとは思っていなかった。それゆえに、煉夜には昨日、「明後日でよい」と言ってしまったが、事態がこうも早急に動いたのは、椿菜守も襲われたということが原因であることは明白であった。
ただの一市民だけならば、こうも大きく動くことはなかった。だが、四木宗、それも椿家の跡取り候補筆頭が狙われたとなれば話しは別である。
「あら、沙津姫ちゃんと、そちらがくだんの女性ですか?」
菜守を連れて神楽殿に入ってきたのは、榎家の次期当主というよりも、半ば現当主の状態にある榎詩央であった。伊花は緊張からか、一言も話さずにペコリと頭を下げて挨拶をした。
「ふぅん、あなたも昨日襲われたんだってね。あたしもそうなのよ」
そんな風に菜守が伊花に言う。その話はすでに伊花も耳にしているものである。だからこそ、「神域」に「異物」である彼女が無理をしてでも入り込んでいるのだから。いや、無理をしているのは、出雲の神であろうか。
「すみません、年下なのに最後に来てしまったようで……」
その詩央たちの後に入ってきたのは、どことなく日本人離れした顔立ちの雰囲気を持つ女性であった。彼女の言葉通り、この場において最も年下なのが彼女である。
「色々と調べていたもので……。今回の件は星子の知識ではどうにもならないようでしたけども」
星子と名乗った彼女は、四木宗の内の椿、榎、柊以外の最後の一家、楸家の次期当主を担うとされる少女である。15歳と若いながらも、舞の知識は他の3人以上にある「歩く辞書」ともいえる存在。
楸家は、新しいものを取り入れ、新しいものを生み出すことを信念とした家である。そのため、宗教色の強い四木宗の一家でありながらも、外国の血も流れており、星子も様々な国の家の血が流れている。
「おや、どうやら、ウチらが最後の様ですね。宮司さんはともかく、ウチは外様の人間でありながらも、お待たせしてしまうとは申し訳ありません」
そして、星子が入ってきてから二言三言交わしているときに入ってきたのは、駿部の「お方」こと駿部四姫琳を名乗る女性と、この場を仕切る千家宮司。
「いえ、あなたはすでに外様と呼ぶには難しいほどこの地に関わっていると思いますけれども。駿部様、ちなみに今回の件に関しては、知っておられたのですか?」
沙津姫が直球に質問を投げかける。それに対して四姫琳は、目を閉じ、そして、静かに息を吐くように言う。それはまるで神秘をまとうかのようであった。
「はい。正確には、ウチが知っていたのは、この出雲という地で、現在、『不浄高天原』を名乗る存在が暗躍しているであろうことだけです」
もっとも、それに対して、神々が動いているかもしれないという不確定な情報も持っているが、それで妙な期待を抱かせてしまうのは申し訳ないと思い、そのことに関しては伏せた。
「『不浄高天原』、その名前は伊花さんを襲った男も名乗っていたと言いますし、菜守さんを襲ってきた集団もそう名乗っていたそうですね」
沙津姫は今ある情報の確認をするために、菜守の方に向かって、そう問いかけた。菜守は自信満々にうなずいた。確かに、そう名乗っていたのも事実である。
「お二人のどちらかで、『京城二楽』と名乗る男の名前を聞いていませんか」
菜守のうなずきを確認してから四姫琳が、菜守と伊花の方を見ながら、確認をする。上司から得た情報によれば、その男がリーダーである。直接出てくることはなくとも、その名前くらい確認できているのではないだろうか、とそう思ったのだ。
「あ、はい、確か、襲ってきた人は、そのように名乗っていましたけど」
だから、意外だったのは伊花の返しである。リーダーが自ら前に立って行動しているという事実は意外に思うのも無理はない。
「ウチの得ている情報によると、その京城二楽という男が『不浄高天原』の統率者であるとのことです」
もっとも、中にいる存在、あるいは、宿っている、共生している存在がいないとも限らないのだが。
「……『神児か現人神』」
そして、その人物に対して、直接会った一人である沙津姫は、その男と対面した際に、煉夜が口から洩らした言葉を思い出していた。そのつぶやき程度の言葉に、思わず動揺してしまうのが四姫琳である。
「なぜ、それを……?」
一瞬、「それ」がどれのことを指しているのか、沙津姫にも分からず困惑するが、おそらく今のつぶやきのことであるのだろうと思い、言葉を返す。
「いえ、この場にはいませんが、彼女を保護したときに、その場にはもう一人いまして、その方が『神児や現人神の類か』と、その京城二楽という男に対して言っていたことを思い出しまして」
この時、四姫琳の頭をよぎっていたのは、例外的存在の介入により、ややこしい事態になっているのではないか、という懸念であった。
「その人物の名前を聞いてもいいでしょうか。それと、できればこの場に呼んでおいてほしかったというのが正直な感想です」
自身が名前を把握しているような人物であるのならばいいが、そうでない例外的存在ならば、自分だけでどうにかできるかどうかも分からない。
「はぁ、構いませんが。親戚の雪白煉夜さんです」
その言葉に驚いたのは、四姫琳ではなく、菜守と詩央であった。菜守は直接出会い、詩央はその出会いについて聞いていたからである。そして、肝心の四姫琳はというと。
「雪白、煉夜……。雪白……、煉夜……。どこかで……。あっ!まさか、スファムルドラの最後の聖騎士レンヤ・ユキシロ……!だとしたら、世界管理委員会が動くレベルの例外的存在のはず……。いえ、それともマシュタロスの外法。そうであるならば、クライスクラの……、まさか、でも、……いえ、そうでした、彼は『カーマルの恩恵』を持っているはず。だとしたら……」
四姫琳の頭の中で、すでに持っていた知識が徐々に形となって集まっていく。もともと、彼女がこの出雲に来た目的の半分……私用の方にも重なる部分があるため、その頭の回転は異常なほど加速する。バラバラのパーツで持っていた情報が、全て一つの形となって形成されていく。
「恩恵があるのならば、神児や現人神の類であることを見抜くのも容易であるはずでしょうし、そうなれば、どこまでの恩恵を得ているは分かりませんが、それならば、今回の件で相手の目的が何であるかまで見抜いている可能性は十分にあるはず」
いろいろと導いた関係式から、求められた結論はそうしたものであった。それに対して、伊花が口を開く。
「見抜いていたというか、推測していたし、それについて明後日……つまり明日話す約束をしていたような……」
それは単なるつぶやきに過ぎなかったのだろうが、その言葉で、視線が沙津姫と伊花に集中したのは間違いないことであった。
「でしたら、彼の出した結論が正しいかどうかを確認するためにも、椿さんは、一度彼に会った方がいいと思います。一目見れば、それが正しいかどうか、彼には分かるはずですから」
さらに、四姫琳は伊花の言うことが正しいとしたら、次に何をすべきなのか、ということについて言及する。しかし、
「え、あ、いや、昨日の夜会ったけど?」
と、菜守はあっけらかんと言葉を返す。偶然とはいえ、出会ったことは事実であった。
「それなら、余計に、今、ここにその雪白煉夜さん、でしたっけ?がいないことが困りますね。そもそも、なぜ彼は立ち会っていないのですか?」
星子がそもそもの疑問をぶつける。この場において、見守り役の宮司を除いて、唯一、当事者でも、煉夜のことを知っているわけでもない星子は、話についていけないが、それでも、外野にいるからこそ、冷静に、そんな風に問いかけることができた。
「彼は、修学旅行でこちらに寄っているだけでしたから、彼の立場を考えるとむやみに強制することはできませんでした。それに、昨日、事件が起こった時点では、これほど早く四木宗で介することになるとは思っていませんでしたし」
沙津姫が経緯について説明すると、詩央が何かを考えるように思考を巡らせる。それは、いくつかの可能性に過ぎないものを手繰り寄せたに過ぎないが、
「修学旅行ということは、必然的に出雲大社に寄るはずですよね。明後日に話すと昨日約束したことから、明日はある程度自由が利くはずですから、出雲大社に来るのは今日か明後日か、何日間の旅行かは知りませんが、せいぜい3日後の可能性があるかもしれない程度ですよね」
そもそも、出雲に修学旅行に来る学生は一定数いるものの、京都や沖縄、北海道、東京に比べれば、バカほど多いというわけではない。そして、それらの修学旅行生が絶対に訪れるといっても過言ではないのが出雲大社である。
「ええ、ここ数日で、修学旅行生が来る予定が入っているのは今日の13時以降に1校のみで、他の日付はなかったはずですので、その方が修学旅行生だというのならば、現在、この出雲大社の近くにいる可能性はありますね」
ここまで口を開かなかった宮司が、境内を集団で観光される際に入っている連絡のことで、ある程度把握できている修学旅行生の動向について言及した。
「そうだとすると、どうにも都合がよすぎませんか。どこか仕組まれているかのような……」
眉根を寄せながら詩央が言う。確かに、都合よくことが進みすぎているような気がする。まるで神の掌で踊らされているかのように。だが、それが、誰かの奸計であるか否か、それを良く知っているのは四姫琳であった。
「いえ、これは、……少なくとも、彼がこの場の近くにいることだけは、誰かの策などではありません。しいて言うのならば、天運とでも言いましょうか。そもそも、この出雲の一件に本来ならばウチと彼は絡むはずがないことのはずですから」
そう「外様」と四姫琳が言うように、彼女自身は本当に「外」の人間である。そして、煉夜もまた「外」の人間である。そして、四姫琳は認識していないが、この世界の出雲には、もう2人、いや、「外」という意味では3人、「外様」の人間がいる。「九つの燈籠」を探しに来た少女、天才によってこの世界に招かれた伊花、そして……。




