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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
修学旅行編
253/370

253話:山科第三高校修学旅行記録・其ノ陸

 四光館で出された夕食は、いかにもな和食であった。和風をテーマとしているので、当然と言えば当然なのかもしれない。特にこれといった大きな話もなく、明日の日程を簡単に伝えて、起床時間、朝食時間、集合時間を言って、夕食の席は解散となった。その後、時間帯ごとにクラス単位での入浴となっている。


 入浴が済むと、煉夜は、一人、部屋に戻った。そして、姫毬の言っていたことを思い出す。この部屋の上か下に、何かがある可能性がある。


 しかし、非常階段は、簡易な柵がしてあるため、非常時には使用できるが、おそらく警報などもなるようになっているだろう。さらに、魔法的結界もしてある。


 隠し扉や隠し階段の類がどこかにあるのかもしれないが、少なくとも、煉夜はそれを見つける技術が高いわけではない。注意力や観察力はともかく、専門家というわけではないので、隠蔽度が高い場合は、煉夜でもそう簡単には見つけられない。


 ただし、それは、あくまで物理的な隠蔽性の話である。そこに魔法的、陰陽術的、あるいは神的な隠蔽が加わると、煉夜の感知に引っかかることになる。


「隠蔽魔法(・・)の類が使われているのか……。しかし、また、高度な魔法を」


 煉夜には幸い、その高度な隠蔽を勝手に無力化してしまう力があるが、実際、それがなければ見抜くことは不可能だっただろう。それほど高度な魔法が使われている。


「独特の魔法体系に、この施術、どこかで見覚えがあるな」


 煉夜はそんなことをつぶやきながら、エレベーターホールで上へあがる階段を見つけたのだった。自動販売機と植木鉢、ソファ、それぞれの裏、もしくは下に魔法陣があり、それらをつないだ「域」が隠蔽の圏内になっているようであった。そのため、階段を壁に埋め込まれた階段には気づくことができないようになっている。


 壁のように見える扉を開けて、暗い階段を昇っていく。その先にあるのは、陰陽師用の施設か、はたまた別のものか。張り詰めた空気に、煉夜は若干の注意を払いつつも、その先へと進む。

 階段は、それほど長くなく、すぐにフロアにつながった。若干天井の低い、その空間は、淡い薄紫色の明かりで照らされていた。そして、この灯りを煉夜は知っている。正確には、似たような灯りを知っていた。


「これは……っ、まさか……。なんでこいつがここにある……」


 それを見上げた煉夜は、驚愕の声を漏らした。なぜならば、知っている限り、ここに……この世界にあるものだと思っていなかったからである。それゆえに、他にもいろいろと周りにあるが、それらが目に入らなかった。








 翌朝、朝食を取り、身支度の時間を整えてから、9時にはロビーに集合となっていた。ロビーに集合した後、点呼等を取ってから、愛宕山公園に向かう。日本において「愛宕山」という名称の山は多く存在しており、それにちなんだ名前の公園も多く存在する。この「愛宕山公園」は島根県出雲市平田町にある公園である。


 この愛宕山公園は、4月には花見の名所としても有名であるが、その他に特色としてあげられるのは動物公園である。カンガルーやシカ、ヤギ、ウサギなどがいる。それらに餌を与えることもできる。

 しかしながら、修学旅行でなぜ動物公園をチョイスしたのかという疑問がないわけでもなかったが、自然を堪能するということであろう。煉夜は、中学生の時にマザー牧場へ連れていかれたのを何となく思い出した。もはや、何があったかとかは遥か忘却の果てではあるものの、なぜかスタンプラリーと綱引きをやらされた記憶だけは残っている。


 1時間程度、簡単に回った後、昼食を食べに移動し、12時から1時間程度の時間を取って、昼食として「出雲そば」を食べる。三大蕎麦の1つとされることもある。他はわんこそばと戸隠そばである。


 そうした経緯を経て、13時頃、出雲大社に修学旅行生一行がバスで到着する。大駐車場に停められたバスを下車して、勢溜大鳥居の方へと移動していくことになる。


「さすがは出雲大社(いずものおおやしろ)。神域の質が段違いだな……」


 煉夜は苦々し気な顔をしながらバスを降りた。別段、煉夜は「神域」が苦手ということはない。だが、いわゆる、神社や寺で神聖な雰囲気を感じる、シーンと静まり返っているといった雰囲気を作り出す要素の一つであるため、あまり得意ではない。


「確かに、神の気配を感じますからね、レンちゃん」


 千奈、というよりは、ネフェルタリの方だろう。彼女が愛した人もまた、神とされる人でもあるから、それゆえに、「神域」には近しい存在なのだろう。特に埃国では、出雲と同じく神の国につながるとされるような場所は多くあった。


「まだ入り口、奥はもっと濃く感じるものですよ」


 そういうのは、何度かこの地に足を運んだことのある姫毬であった。出雲という地は、歩き巫女にとっては情報交換の地でもある。彼女たちが巫女として各地を練り歩き、出雲参りをする人たちからも情報を聞き出すことができるという意味で出雲は昔から情報を交流しやすい場所であった。もっとも、今となってはその意味は薄れているが、伝統というや慣習というか、そういったことはいまだに残っているため、姫毬は、何度か出雲大社には来ているのだ。


「そうはいっても本殿には入れないんだろう?」


 通常、神社等の最奥、最も神秘を秘めた「神域」は本殿もしくは御神体周辺である。だが、その空間には、基本的に、限られた人間しか入ることは許されていない。特に、出雲大社の御本殿に関しては、厳重に立ち入りを禁じている。それは、神々の世界、高天原への迷い込みを防ぐという意味もあるだろうが、人が容易に入れないことによる神秘性の向上と神と人をつなぐ神遣者以外が触れることを避けるなどの様々な理由からである。


「ええ。基本的にというか、なんというか、出雲大社の本殿に人が入ることは禁じられていますから。行けて拝殿まででしょうね」


 不可侵の領域である出雲大社の本殿、四木宗のように舞を納める者たちですら入ることは許されていない。基本的に舞を納めるのは神楽殿である。もっとも、現在の神楽殿は元々千家國造(せんげこくそう)家の大広間である。

 神職たる祭祀と出雲國造いずものくにのみやつこの称号を持つ出雲の一族であったが、ある時を境に千家氏と北島氏に分かれて、それぞれが出雲國造を名乗ることになる。出雲大社(いずものおおやしろ)となった現在は、千家氏が宮司の職を担っている。そのため、出雲大社の神域内・境内に千家國造(せんげこくそう)館が存在している。その一部が、今は神楽殿として舞や式場などとして使われている。


「まあ、神のいる場所と言ってもな……」


 煉夜はバスの降り口であたふたしている担任の姿を見やる。彼女もまたイガネアの死()である。もっとも、死神を神に分類するべきなのか悪魔に分類すべきなのかは、正直に言って微妙なところであるが。


「まあ、神というのは意外と身近にいるってことかもな」


「神道ではそういった考えも強いですしね」


 そういった意味で言ったわけではないのだが、煉夜の言葉に、姫毬がそんな風に返した。








 勢溜大鳥居の方に向かう一行。その修学旅行生たちとは別に、この出雲大社にいる人々がいた。出雲大社境内神楽殿。そこに集まっていたのは、四木宗、そして、駿部のお方。本来ならば、この場にいるべきではないのだろうが、なぜか招かれた駿部のお方と呼ばれる彼女は、それはそれで、上からの命令を考えればラッキーとも言えた。

 駿部のお方と呼ばれる彼女は、駿部(すんぷ)四姫琳(しきり)と名乗っている20代くらいの女性であった。ただし、その存在は、高天原の神にも出雲の神にも認められた半神半人である。そのため、神とのつなぎ役として一部の人からは崇められている。だからこそ、今回は、この場に招かれた、ともいえる。


 四姫琳としては、あまりこの場に関わりたくはなかったのだが、彼女の本職としての直属の上司から、この出雲で起ころうとしていることについて探るように指示を受けていたため、渋々参加することにしたのだ。


 彼女は今でもその指示のことを思い出して、うんざりした気持ちになる。


 そもそも彼女がこの出雲を訪れたのは、半ば仕事、半ば私用といったところであり、そのためこちらの支部に駐在することになった際に、出雲の神に顔見せをして、彼女という存在が明るみになったのである。彼女としては、仕事の方は終わったものの、私用の方に手が付けられていないので、そちらに手を付けるためにも、こういった場に出たくはないのだが、それが、先日上司から下された新しい仕事で変更された。


(おうぎ)さんから直接仕事が持ち込まれるなんて、滅多にないことだと思うんですけれど、ウチにわざわざ依頼ですか?」


 血のように赤い……赫い髪をした上司が直々にやってきて、四姫琳に依頼を持ってきたので、思わずそんな風に問いかける。


「ああ。いや、正確には、君ではなくてもどうにかなる仕事であるし、おそらく千年神話浄土(スカーヴァティー)も動いているから単なる杞憂に過ぎないのだとは思うんだが、少しこの世界の出雲で不穏な動きがあってね」


 上司の持ち出してきた名前に、四姫琳は思わず眉根を寄せた。あまり聞く機会のない組織の名前が飛び出したからである。


千年神話浄土(スカーヴァティー)というと、あの高天原の治安維持を担当している部署ですよね?」


 正確に言うならば四姫琳の認識は間違っているが、実際のところはおおむね間違っていない。


「彼らの本職は、あくまで『日本の』極楽浄土であるけれどね。まあ、そうした高天原の維持を担っているのも事実ではあるけれども。それよりも、問題なのは、ここらで動いている『不浄高天原』なる組織でね」


 こちらの名前には聞き覚えがなかった四姫琳は頭の中でそれについて考えるが、情報は一切ない。そもそもそのような組織がこの一帯で動いていることを認識していなかった。それは、仕事を済ませるまで忙しかったことや、積極的にこの一帯に関わろうと思っていなかったことも要因の一つだろう。


「リーダーは、京城二楽と名乗る男なんだ」


「だとしたら、ウチの管轄じゃないと思うのですが、それとも名乗っているだけ、ということですか?」


 予想通りの返しに、上司はうなずいてから答えを返す。


「彼自身は本当に京城二楽という青年だ。この世界の日本のある地方のある集落で生まれた神稚児だった。それは間違いない事実だよ。だが、中身は違う」


「なるほど、そういうことでしたか。でも、それで、調べろということは、それなりに大きな動きを見せるかもしれないということですか?」

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