250話:プロローグ・国立睦月の場合
その「門」を……「門」と「燈籠」を目の当たりにして、彼女は息をのんだ。それらに見覚えがあったからだ。まるで記憶の奥底にある当時を思い起こすかのように、身体が震える。その震えが、過去の痛みから来るものであるのか、未知から来る恐怖によるものであるのか、それとも、微かな思い出から来るものであるのか、それは彼女にも分からなかった。
木目が浮き上がる「門」は、木でできているようであるが、大きさや継ぎ目など、とても普通の木でできているようには見えなかった。「石燈籠」は、彼女の背丈を越える大きさで、怪しく青白く揺らめく炎が不気味に辺りを照らしていた。
――私は、この「門」を知っている……。
彼女が、今までの人生で1度だけ見たことのある、その「門」は、この「門」とまさしく同じ形、同じ見た目をしていたが、その数が異なる。あの日、あの時、あの場所で、「あの子」の前に現れたのは「九つの門」であったはずだから。
「でも、どうして、これがここにあるのよ。これは、あの世界だけにあるものではなかったの……?」
そう、この「門」は、彼女や愛美、その他の、あの世界の存在にのみ与えられる力に関係しているものだとばかり思っていた。だが、この場所に「門」がある。
「結局、これは、そのぉ、なんなんです?」
愛美が恐る恐るといった風に、彼女に問いかけた。だが、それに対して答えたのは、彼女ではなく、別の、男性の声であった。
「これは……、『奇跡を背負いし者』の象徴、『九つの燈籠』の一つ、だな」
彼は、この「門」を見て、それでも「燈籠」と呼び示した。「門」の両側にあるため、彼女の記憶通りならば「燈籠」は18個あるはずであるが、彼は「九つの燈籠」としていた。
「あっ、来てくれたんだねぇ。待ってたよぉ」
彼に対して、愛美が笑いかける。彼女もわずかながら面識がある青年は、愛美の愛しい人の息子であったはずである。
「あなた、これが何か知っているの?」
その彼に対して、彼女は問いかける。彼は、彼女を見て、しばらく沈黙して、しかし、何かを喋ることを決めたのだろう。
「逆に、俺としては、国立睦月さん、あなたが、これを知ってることに驚きですがね」
一応、敬語を使っている彼であるが、そこにはあまり敬う気持ちはこもっていないようであった。まあ、面識の有無を考えれば、ほとんど見ず知らずの人に敬う気持ちもへったくれもないうえに、彼女の見た目は12歳で固定されてしまっているので、敬われるのは、昔の知人と会う時くらいなので十分に慣れていた。
「どういう意味?
これは、私たちの世界の、あの星が与えるものだと思っていたんだけれど、あなたの言う分には、そういうわけではないの?」
てっきり、彼女は、自身の持つ力と同様に、「あの子」も同じように力を与えられたものだとばかり思っていた。だから、あの世界に関係のない青年が知っていることのほうが意外であった。
「与えられる……というのはまた、違うと思いますよ。マナカ・I・シューティスターさんが『山の嶺で花咲きし者』という力を生まれ持っていたように、あなたも『比類なき者』という力を持って生まれたはずです。だから、与えられたというよりは、『見出された』という表現が正しいはずです」
そういわれてみれば、力を生まれ持っていたというのは、彼女に力を与えた……彼女の力を「見出した」存在も言っていた話である。
「なるほど、じゃあ、私がこの力を持っているのも、『あの子』があの力を持っていたのも、そういう力を持って生まれたから、ということ?」
「正確には、その力を持っていることを『星の意識』とでも言うべき『世界の意識』、あるいは、世界によって『神』などと呼ばれる存在に利用されたとでもいうべきかもしれません」
確かに、彼女は、「世界の意思」を名乗る存在に見出されて、特異な存在になった。利用されていたと言えば、利用されていたのだろう。世界に起きる異変の修正役を押し付けられたも同然であった。
「しかし、やはりというか、意外というか、いたんですね、あなたの生きた時代に、『奇跡を背負いし者』が。それは、余程というか、どれほど稀有な存在か。しかも、この『燈籠』を知っているということは、その人は、『自分の命と魂を引き換えに』、その力を使ったんですよね」
青年の発言に、彼女は苦い顔をする。そう、あの時、「あの子」を除く5人で懸命に戦い、それでも届かず、死にかけた、その時、「あの子」は、彼女たちのために、「自身の命と魂」を失うこともいとわずに、その脅威を退けた。
「ええ、あれは、愛美が力を手にする前、もっと言えば、あの世界で悪鬼が世界の表に知られる前のこと。私、ヴェルフ、舞魚、烈さん、清子が唯一、5人全員で戦ったにもかかわらず死にかけた戦いがあったの」
その言葉に、愛美は驚いた。愛美がいた頃には、彼女を筆頭に、皆、強すぎると思うほどに強い存在であったし、今もその認識は変わっていない。だが、その5人が全員で戦っても勝てないほどの存在、それは、愛美が戦った中では、自らの世界のラスボスとでもいうべき存在であった心臓の女王に他ならない。Code:Dreamerで克服した相手ではあるものの、それと同等の存在がそうそういるとは思えない。
「名前は、消失の怪獣。天然の悪鬼としてはあり得ないほどに大きな魔石で生まれた、世界の『終焉』たる存在。そして、それを倒すために、5人の共通の友人が、自らの命を捧げて倒したの」
そう、「九つの門」を見たのはその時であった。巨大な「門」が開き、その奥から蠢く何かが、「あの子」にそれぞれ力を与えた。そして、全てが終わったあと、「あの子」の全ては、その「門」の奥へと持っていかれてしまったのである。
「……もし、その友人が、とても清く、とても心が澄んでいるのならば、可能性がないわけではないですがね」
青年が呟く。その言葉に、彼女は青年を凝視した。遥か昔に、死した彼女に対して、「可能性がないわけではない」という謎の言葉。
「この『門』の向こうは、時間も流れず、闇と無に支配されています。ですが、もし、『九つの燈籠』全てを見つけて、開くことができれば、その友人を取り戻せるかもしれません。もっとも、どれだけ時間が過ぎたかもわからない中で、自我と魂が摩耗して擦切っていなければ、という前提がありますけど」
一縷の希望。針に糸を通すようなわずかな望みであるが、それでも、可能性が皆無というわけではない。
「まあ、この『九つの燈籠』を探し出すのは、かなり険しく、時間がかかるものです。もし、それでも探すというのならば、預言者の類に話を聞くのがいいと思いますが」
険しく時間がかかる、そう言われたところで、「魂」、「命」、「体」の全てを犠牲にした「あの子」よりも断然少ないリスクである。迷うまでもないことだろう。
「久々に、これを使うときが来たようね」
そういって、彼女は、自分の胸元から一枚のカードを取り出した。金で縁どられ、ラメのあしらわれたカード。その中には6人の少女が描かれているが、そのうち一人は黒く塗りつぶされてしまっている。
「てれれれってれ~、『友情テレカ』ぁ~!」
鼻にかかったような声で取り出したそれを見た青年は呆れたような顔に、愛美はきょとんとした顔をしていた。
「なんですか、その、古代の神殿で手に入れる不滅の友情を誓い合った者たちに与えられそうなカードは」
「うっさいわね、それを真似て作ったんだからいいでしょ。これで、私たち6人は……今は5人だけれど、5人はこの広い無数にある世界のどこにいようとも連絡が取れるのよ。もっとも、この『門』の奥に消えた『あの子』とは連絡が取れないけど」
アホみたいな名前のカードであるが、それは、限りなく高性能な『テレパシーカード』である。いわゆる連絡をする魔法というものは、どれだけ個人の知覚域が強かろうと、次元をはるかに隔てた先にいる存在にまで届けるのは不可能である。
それ専用の道具も存在しているが、基本的にそれほど存在していない希少なものである。「神性」などで広い範囲に目を向けられたり、あるいは、自身の分身体や同じ性質を持つ者をつないだりなど、手段はそれなりにあるが、この「友情テレカ」はその中でもかなり上位にあたるものである。
「アグリウスの花弁……、通りでそれほどの性能を……。しかし、そんなものを誰が?」
「アグ……?よくわからないけれど、烈さんが持っていた紙とかしおりとかをベースに作ったものよ」
彼女が唯一、元同僚の中で「さん」という呼称を用いている篠宮烈。その存在に謎が多い存在であるが、彼女は尊敬していることと、その雰囲気が自身よりも大人びていたことから「さん」という呼称を用いている。
「篠宮烈……、なるほど、そういうことならば納得です。アグリウスの花弁、いえ、彼女にすれば阿宮離有珠の花弁でしょうか。まあ、未来人みたいなものですし、何を持っていても驚かないんですけどね」
そんな風に言う青年は、どこか、先を見通しているようでもあった。しかし、その話に耳を傾けるより
も先に、彼女は、自身のかつての仲間を呼び出す。もう2度と使うことはないだろうと思っていた「友情テレカ」で。
こうして、彼女は「九つの門」こと「九つの燈籠」を探すために5人で手分けして各地を巡り歩くことになるのであった。




