249話:山科第三高校修学旅行記録・其ノ肆
「四光館」の上3階を占めるVIPルーム。煉夜が泊ったのは、最上階ではなく、その2階下である。水姫曰く、珍しいことであるらしいが、本日は、煉夜を含めれば3階分の全ての部屋が宿泊中になっていた。1つの階を丸々使用できるということで広いように感じるが、実際のところ、日照条件や北側斜線制限の関係で、このホテルは直方体ではなく、上のある程度の階から段上になっている形だ。外観にも、和のテイストを入れてはいるものの、RC造であるため、和風なだけである。
しかしながら、すぼまっているとはいえ、それでも1フロアの広さであり、団体で泊っても十分なほどの広さであることは間違いない。そこに煉夜1人で泊るのは、若干気が引けるのだが、あまり気にしないことにした。
ホテルの客室というよりも、もはや、家と変わらないくらいに、なっており、エレベーターホールから入った扉の先に玄関と廊下があり、各部屋につながっている。
これは、舞などでの宿泊客が基本的に数日間から1ヶ月程度泊ることもあるためである。もっとも、現在宿泊中の4人の客は、煉夜を含めて、ほとんどが数日分の宿泊であるが。
また、この上階へのエレベーターは、他のエレベーターとは隔絶されているため、一般利用客が、この階までくるのは難しい。
煉夜からすれば、エレベーターホールですら、寝るのに十分であると思える広さとソファがある。正直な話、煉夜は、基本的に眠りが浅く、どのような場所でも寝られるようになっている。広い部屋で寝るのにも、魔王城で1室丸々使っていた時と似たようなものであるため、別段広いからと問題はないが、それでも、修学旅行というイベントで1人だけ違う部屋で1人というのはあまりいい気分ではない。
「てか、あの部屋を使用不可にして、この部屋でうちの班の奴等が泊れればよかったんだがなあ……」
身分の確認ができるのは煉夜のみであり、それ以外はいくら連れであろうとも、泊まることはできない。
煉夜が見回した限り、神的結界と陰陽術的結界が同時に作用していることは間違いない。だが、煉夜には、そういった結界の類は効かないため、結果的に意味をなしていないのだが、そのあたりは割とどうでもよく、そういった結界もあくまで人避けの類でしかないのだろう。
寝室と目される部屋が2室あり、どちらにもベッドが2、3台設置されている。そのベッドも、普通の部屋のものではなく、それなりに高級なものであることがうかがえる。和風のテイストはこの部屋にも取り入れられており、寝室はそれぞれモミジとイチョウの柄で統一されている。
煉夜はどちらで寝るのかを迷ったが、結果的に、どちらでもいいやという結論に落ち着く。しかし、夕食の時間は、下の食堂で全員集合であるが、それまで、時間が余っているため、どうやって時間を潰したものか、と考える。
わざわざエレベーターで別の階にまで行くのは、色々と面倒臭いので、部屋で時間を潰す他に、するような事がない。
「しかし、面倒くさそうなことになっているな、出雲は。大国主神がどの程度、見ているのかは知らないが、あまり巻き込まれたくはないものだな」
出雲大社の祭神は大国主神である。そのため、出雲はその大国主神の領域であるとされているが、その実、門のような役割であるため、様々な神の神域が入り混じるいびつな空間でもあるのだが、流石に、煉夜でも神域の入り混じりを感じられるほど、神との交流経験があるわけではない。
「いや、……よく考えたらあの男はともかく、敵の実態と目的によっては、俺が関与せずとも自然に終結している可能性があるのか」
それは、日本を外敵から守るという組織、「神代・大日本護国組織」と呼ばれる存在である。もし、敵が日本人で構成されているのならば、ともかくとして、日本人以外にもいるのならば、それが動く可能性は否定できないだろう。
そのような、煉夜の思考とは別に、この出雲には、複数の勢力が集まっていた。偶然とはいえ、このタイミングで修学旅行に来た煉夜や水姫といった京都司中八家の一部、この地にいる舞の宗家である四木宗、ある目的をもって春谷伊花を召喚した不浄高天原、そして……。
出雲のどこかに、この日、1人の少女が出現する。一見すると、12、3歳の小学生高学年から中学生くらいにしか見えない少女である。ただ、その格好は、普通とは言えなかった。夜空を塗り込んだような夜色の髪に、滾る血よりも赤い瞳で、黒いレザー地のホットパンツとジャケット、そして、時期外れな白いロングコートと赤と黒で編み込まれたマフラー。そして、何よりも目を引く、少女の身の程を越える大剣。
その少女は、ある目的をもって、この世界にやってきた。本来は、この世界とは別の世界にいるはずの存在であったが、その痕跡をたどった結果、この世界に流れていることが分かったのである。
「全く、『門』の行方を追うだけで、なんでこんなRPGのおつかいクエストみたいなことしなきゃいけないのよ……。夫も息子も待っているっていうのに」
彼女の言う「門」というのは、いわゆる「門」であり、それが何か別の概念を置換した言葉ではない。そもそもにして、彼女にしてもその「門」が具体的に何であるのかを知らないのである。ただ、その「門」を見たであろう人間を、とある預言者から聞くことが出来た。その代償もそれなりにあったが、それは多くの元仲間たちが分割して受けてくれた。
だからこそ、「門」を見つけなくてはならない。そもそもの発端は、かつての仲間から、奇妙な「門」を見つけた報告を受けたことであった。当初、彼女はその話を「下らない」と言っていたが、よく聞くと、その「門」が覚えのあるものである可能性に思い至る。
9つあるそれの1つの発見から、残りの8つを探すことになったのである。5人で分担ということで、彼女は1番面倒くさい1つを受け、残りの4人が2つずつ受け持った。
「それで、この世界のどこにいるのかしら」
少女らしからぬ雰囲気を持つ彼女は、この世界において、たった1人を探す、それだけのために現れたのである。
9つの門を見つける、そのためだけに、かつての5人が集うことになるとは、ここにいる彼女自身、まったく思っていなかった。
ことの起こりは、彼女にとっての数日前に当たるある日、後輩の愛藤愛美から呼び出されたことがきっかけだった。
「それで、『門』が突然現れたからって、どうして呼び出されなきゃならないのよ。いろいろと忙しいからできれば手短に頼みたいんだけれど」
後輩が相手ということもあり、若干横柄な態度であるが、かつては部下であった相手でもあるので、彼女が態度を改めることはない。
「あはははは~、その~、それがぁ……、かなり特殊な出現経緯でぇ……、頼れる人が睦月先輩しかいなかったんですよぉ」
乾いた笑いでごまかすように言う愛美を見ながら、ため息を吐く。彼女が自分を呼んだ理由など、予想できるものでしかないからだ。
「どうせ王子様に断られたからでしょう?」
愛美には頼れる人がいる、ということを把握している以上、その彼に声をかけていない以外に理由はないだろう。だが、
「ううん、その見てもらったんですけど、分からなかったんです。一応、それよりも詳しい人ということで、『最古の術師』との一件で睦月先輩もあったことがある息子さんの方を読んでいるんですけどぉ」
その返答は意外だった。「チーム三鷹丘」という組織に連なる存在であっても分からないというのは、なかなかに珍しいものであると思った。だが、所詮は、一個人が知らなかっただけで、それほど興味を惹かれるものではなかった。
「それで、そのぉ……、年の功というかぁ」
「あん?愛美も20才か30才くらいしか変わんないでしょうよ!そもそも永遠の12才だもの、年の功はないわよ」
同じ世界で、同じ存在に、同じようにされた後輩は、彼女が十数年間、そうなってから経って同じ存在になったのである。そのため、離れていても15歳なのだが、もはや、彼女たちの中での時間感覚は完全に狂っているので、正確には言えない。
「いえ、それは普通に結構な差だと思いますけどぉ~、それよりもぉ、その門、おかしいんですよ。この本部ができてからものすごく時間が経ってるのに、誰も存在することに気づいてなかったんです……」
彼女がその基盤を作った組織が、独立してからもはやどれだけの時間が経っているのかもわからないが、少なくとも百年や二百年などでは済まない途方もない時間が流れているはずなのである。中には、ずっとこの組織に駐在している者も少なくない。それなのにも関わらず、これまで1人もその門の存在に気付かなかったというのはおかしな話である。
「そういう魔法道具とかじゃないの?
サグヴァラードの『気まぐれな移ろいのドア』とか、ドアリュの『桃栗三年法師、八年柿を食え』とかみたいに、突然出現したり、条件が揃うまで気づかなかったり」
定期的に場所を勝手に移動するものや条件がそろって初めて効力を発揮するものなど、魔道具には、そういうものがないわけではない。だが、それらは必然的に有名になる。多くの世界を移ろい渡ったり、条件を残さないと意味をなさなかったりするためである。
「それが、どうにも違うみたいなんですよぉ。魔法道具とかそういうものではなくて、その場所が異空間になっているみたいな、不思議な門……正確には『門』と『燈籠』なんですけどぉ」
その言葉で、彼女の動きは止まる。「門」と「燈籠」の組み合わせ。それを彼女は一度だけ見たことがある。愛美が、こういう存在になる前、6人で過ごしていた、『あの頃』に。
フラッシュバックのようによみがえる光景。愛美も知らない心臓の女王に並ぶ悪鬼。その熾烈な戦いと、結末。
「まさか……、その『門』って、あの時の」




