248話:山科第三高校修学旅行記録・其ノ参
煉夜が沙津姫と別れ、宍道湖にいる修学旅行生たちの元に戻ると、ちょうど、ホテルに戻るための点呼を始めるくらいのタイミングであった。何人かのクラスメイトは、煉夜が沙津姫や伊花と一緒にどこかに移動したのを目撃していたが、時間内に戻ってきたため、特に言及するようなことはなかった。
だが、その煉夜のクラスメイトから話を聞いたと思われる幾人かは、それぞれ、煉夜に対して、各々の反応を見せていた。姫毬は「また厄介ごとに首を突っ込んでいるんですね」というような呆れる反応、千奈は「レンちゃんは仕方ないなぁ」というような呆れ半分心配半分の反応、水姫は着物の女性と一緒にいたということで、「おそらく四木宗に関わったのでしょうけれど、彼は全く……」という心配の反応、雪枝は「ああ……煉夜君に変な噂がぁ……」という心配と不安混じりの反応。
そのそれぞれの反応を、何となく知りながらも煉夜は、軽く受け流していた。特に、姫毬や千奈の反応は予想通りであった。
そんな状態で、ホテルに戻った煉夜たちであったが、ホテルでの点呼の前に、ホテルの従業員が教員に耳打ちをするように話をした。それに対して、教員たちは若干驚くが、点呼を簡単にとって、その場で生徒たちにホテル内での自由行動を指示した。
「吉村、大渡、雪白……あー、雪白煉夜、それから和泉田、お前ら4人は少し残れ」
そして、呼び出されたのは、煉夜と同じ部屋の4人であった。それ以外は、自由行動なので各々部屋に戻ったり、自動販売機に向かったり、早くもホテルの売店でお土産を見たりと自由な行動をとり始めた。
「吉村たちの班が泊っている部屋だがな、先日泊った客からの連絡で発覚したんだが、ベッドが一台、脚が壊れていて使うのが危険な状況にあるらしい。これからの詳細確認しだいだが、一応全室をチェックして回ったところ、脚が壊れていたのは、お前たちの部屋の一台だけだったことが判明した」
その言葉に、吉村壮介等は微妙な顔をしていた。このような場合は、大抵、別の部屋に移動するか、時間が取れるならば、別の部屋からベッドを移動させるだろう。
「本来なら、別の部屋を用意するんだが、ホテルの事情で、それが難しいらしい。だが、教員の部屋も男の教員の人数上、部屋がギリギリになっている。なので申し訳ないが、教員の部屋からベッドを一台運ぶことになったので、少しだけ待っていてくれないか」
本来ならば、空いている部屋があるのだが、この「四光館」には、今、少しだけ事情があって、空き室がないような状況になっていた。そのため、対応が難しく、最終的に出た結論が、空いている女性教員の客室から一台ベッドを運ぶことであった。
「え~、本当に他に空いてる部屋がないんすか?」
大渡怜がそのように従業員に問いかける。従業員は、非常に申し訳なさそうな顔をして、額に汗を浮かべながら答える。
「はい、非常に申し訳ないのですが、通常の客室は全て使用中か、使用できない状況でして、お客様方には大変ご迷惑をおかけしておりますが、すぐに対応させていただきますので、少々お待ちいただけないでしょうか」
ホテル側も、夕食前の時間帯であることもあり、夜から宿泊予定の客室の準備や夕食の準備、その他、やることは多くある状況であり、なかなか急なベッドの移動に手が回らない状況であるが、どうにかしようと手を回す準備をしていた。
「『通常の客室は』、ということは、通常ではない客室は空いているのですよね?」
と、従業員に声をかけたのは、移動の号令が出ても、その場を動かず、ちらちらと売店の方を見てはいたが、ここで成り行きを見ていた水姫であった。
「っ……!これはこれは、水姫お嬢様。いつも御贔屓にしていただいているのにもかかわらず、挨拶もせずに申し訳ありません」
この不測の事態に当たっていたのは、このホテルでもそれなりのキャリアがある男性従業員であった。そのため、出雲に来る際にはよくこのホテルを使う水姫の顔はよく知っていた。それに、水姫がどのような人物であるかも知っている。特に、四木宗の縄張りがあるこの出雲では、陰陽師や表の企業としての名声よりも「六歌扇」としての名声が大きい。
「確かに、通常ではない客室ならば、一室だけ空いていますが……」
「一室ですか、珍しいですね」
水姫の驚きは、小さなものであったが、それなりに驚いていた。水姫の言う通常ではない客室というのは、いわゆるVIP用の客室とされる類の客室である。この「四光館」では3室のみであり、特殊な人にのみ開放されている。
「ですが、当館の失態とは言え、上の部屋に関しましては水姫お嬢様もご存知のように、当館の意思だけでは、許可が出せない仕様になっておりまして」
そのように従業員がいう。「四光館」は、出雲とも提携を結んでいるが、主に多いのは、舞の関係者である。そのため、VIPルームは、泊まることのできる客を特定しておかなくては、盗聴器や隠しカメラなどを仕掛けられてしまう恐れもある。ただの金額が高いだけの部屋であるならば、資金が潤沢にあれば、そういった工作が簡単にできてしまう。
そのため、四木宗を中心に、泊まれる人物の保証ができなくては、どのような事情であっても、「四光館」の一存で泊めることができない。
「それならば、問題ありません。ベッドが壊れているのは1つだけなのですよね。でしたら、彼が泊ればすべて解決しますから」
あっさりとそのように言う水姫。もちろん、「彼」とは煉夜のことである。しかし、煉夜は「四光館」に宿泊したことがないため、水姫ほどの知名度はない。従業員が分からないのも当然と言える。
「彼は、雪白煉夜。わたしの従兄に当たります。分家とはいえ、雪白の血に連なる者として、すでに四木宗の認可も受けていますから、彼を泊める分には構わないはずです」
確かに、煉夜も雪白家の分家長男として、特殊な客の1人にカウントされていた。もっとも、妹の火邑の方が舞を多少なりとも学んでいる以上、火邑の方が使う機会は多そうであるが。舞を学ばない煉夜であっても、雪白家の人間として、水姫などに付き添うことを想定して、登録されている。
「しかし、自分だけ泊るというのは、どうなのでしょうか」
という煉夜の問いかけ。それは、身分上は煉夜よりも水姫の方が、位が高いことに、少なくとも雪白家ではなっている。それなのに、いわゆるVIPルームに煉夜だけが泊るのはいかがなものかというものである。
「構わないわ、その程度のこと。それよりも、訪問のことはきちんと把握しているわよね。柊家にはくれぐれも失礼のないようにしなくてはいけないのよ」
現在の水姫には、そんな些事よりも、明後日の柊家訪問の方が頭を悩ませる原因であった。少なくとも、今日、煉夜が「四木宗」のいずれかの家と交流を持ったのではないかという疑惑を持ち、それが余計に頭を悩ませる要因になっていた。
「あー、そのことですが、申し訳ありません。偶然ですが、柊家の宗家長女、沙津姫様に先ほどお目通りが叶いまして、すでに知己を得ました」
考え得る限り、一番面倒くさいパターンに水姫はため息を吐く気も失った。しかし、煉夜の言動に一々驚いていては、身が持たないと思いなおし、「沙津姫様に紹介する手間が省けたと考えるべきかしら」とポジティブにとらえることにした。
「まあ、面識を持ったのが、沙津姫様でよかったと言えばよかったのかしら」
同じ柊家の中でも、奈柚姫は水姫からすれば、多少扱いが難しい人であると思われている。彼女自身は、単なる実力評価主義であるだけだが、水姫は実力を買われているので、それなりに交流がある。極端な実力評価主義であるため、実力で扱いが変わりすぎるのが面倒くさいという評価である。
「それから、お耳に入れておきたいことがあります。明後日の訪問の際に、詳しく話すことになっていますが、どうやら、出雲で面倒なことが起きているようでして」
煉夜の言葉に、水姫は、頬をひきつらせる。煉夜が面倒だというのだから、相当面倒なことになっているのは明白であった。
「沙津姫様が明後日でいいと言ったのならば、私も明後日に聞くわ。それよりも、明日は、出雲大社。ただでさえ面倒な状況であるというのならば、特に気をつけなさいね。あなたはただでさえ、妙なことに首を突っ込む悪癖があるのですから」
悪癖と評されるが否定できないので、煉夜は反論しなかった。もっとも、煉夜からすれば、厄介ごとの方から首を突っ込んできているのであって、決して自分から突っ込んでいっているわけではない、という主張である。
「出雲大社であれば、神域ですから、流石にそうそう問題事を起こす輩はいないと思いますがね」
「そうした『神域』ですら厄介ごとに首を突っ込むから言っているのだけれどね」
正直なところ、水姫は、煉夜が何をしてきたのかは、あまり分かっていない。しかし、英国や雪姫のことなど、あらゆる点で、煉夜のことが異質だというのは分かっている。だからこそ、これまでの様々な事件で、煉夜が厄介ごとに首を突っ込んでいると判断するだけの材料となり得、そして、だからこそ、出雲大社であろうとも厄介ごとがつきまとうと言えた。
「『神域』というよりも、神様という存在との相性があまり良くないので、もしかしたら、『神域』の網をすり抜け、厄介ごとがやってくることがあるかもしれませんが、その時は、その『神域』の方に文句を言っていただきたいですね」
そもそも、神への叛逆を行った魔女の眷属である。そう考えれば、煉夜は神との相性が悪いと考えるのも当然である。だが、そこには何ら根拠はない。そして、春休みに行った相神大森家において、東条ののかが彼を評して「神の加護……?」とつぶやくほどに、彼は神に見られている。
「神に文句を言うくらいなら、あなたに言うに決まっているでしょう」
さもありなん、というか、信心深くなくとも、神に文句を言うくらいならば、目の前の人に文句を言うだろう。




