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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
修学旅行編
246/370

246話:山科第三高校修学旅行記録・其ノ弐

 新幹線には1時間程度、そこから特急で3時間程度。長い電車旅。座席を向い合せ、トランプなどに興ずるのは、いつの時代も変わらないものである。もっとも、トランプを持ち歩くことはなく、スマートフォンのアプリで「大富豪」なり「ババ抜き」なりをするという形の変化はあるが。


 そんな風にして、14時過ぎには、出雲市駅に到着する。移動中の煉夜は、読書をしようと思って、巛良桜丙の「寅門扉(インドア)」を取り出したが、席を回転させて、煉夜と向かい合う姫毬と千奈により、読書はあきらめて、おしゃべりとゲームに興じた。


 出雲市駅からは、バスでホテルまで移動する。ホテルは、「四光館(しこうかん)」というそれなりに規模の大きなホテルである。ホテルの場所は、出雲空港に近い場所であり、空港を利用する人が泊まることもあるホテルだ。出雲空港は、通称「出雲縁結び空港」という空港であり、宍道湖に面している。そのため、「四光館」からも宍道湖が見える。


 その和風なホテルは、外観や内装も和風ではあるものの、あくまで旅館ではなく、ホテルである。その理由は、簡単に言うのであれば、「和風」であって「和式」ではないことだろう。あくまで、和のテイストが含まれているだけで、客室のドアは引き戸などではなくドアであるし、布団ではなくベッド、ただし、壁紙や扉のテクスチャをあくまで和風に寄せている。手すりなども、本物の木ではなく、疑似木であくまで木製に見せているだけであった。

 どことなく高級感漂うホテルに、生徒たちは色めきだっているが、泊まれればどうでもよく、また、場合によっては高級な宿にも泊まっていたことがある煉夜やこのホテルに何度も足を運んでいる水姫のように大きな反応を見せないものもいた。


 駅からホテルに着くと、ホテルのロビーの端の方で整列させられる。そして、各クラスの実行委員が人数を数えて報告する。全員が無事にいることが分かったら、それぞれに鍵が配られる。

 ホテルは、基本的に4人部屋で、男女が明確に分けられている。また、階によって男女が分かれているため、男女が会うのはロビーや食堂、浴場前などの共用エリアのみだろう。もっとも、絶対に男子フロアや女子フロアに入ってはいけないというわけではないが。そのあたりの規定もかなり緩い高校である。


 そして、煉夜の泊まる部屋の鍵も、その部屋の部屋長に配られた。


「部屋に荷物を置いて、再びこの場所に集合です。集合時間は30分後としますので、できるだけ速やかに行動してください」


 部屋に荷物を置いたら、宍道湖の観光になる。そのため、荷物を置いたらすぐに移動するように指示をされる。


 煉夜の班も、指示に従い、部屋の入口付近に、雑多に荷物を放り投げ、ロビーに戻ることになる。部屋の内覧も、簡単にであるが済ませ、恒例の「このベッドは俺の」というやり取りをして、窓からの眺望を確認し、むやみに収納の中を確認してから、ロビーに戻った。


 他の班でも似たようなやり取りがあったのだろう。そんな風にして、初日のメインテーマである宍道湖の観光。もっとも、時間の割合を考えると「移動」の方がメインテーマにふさわしいのかもしれないが。


 宍道湖は、日本で7番目に大きな湖である。この宍道湖とつながっている中海(なかのうみ)が日本で5番目である。なお、ツアーガイドなどがいるわけでもないため、だらだらと、湖南を散策して、16時にはホテルに集合という、なんともざっくりとした日程で動いている。

 再び集合したら、実行委員が確認をして、そのまま、ホテルを発つ。






 20分も歩かないうちに、宍道湖の湖南に着く。島根県は出雲大社を中心とした観光として、「縁結びの国」や「日本神話の県」として観光地改革を行ったため、松江市中心地の松江城を中心とした「歴史観光」と合わせて、一帯的に観光整備を行い、観光地化を進めた。島根県の観光は、これらの「歴史」と宍道湖や隠岐(おき)諸島などの「自然」に大別されている。


 そのため、「自然」の一つであった宍道湖は、宍道湖自体が水質悪化により遊泳禁止になった歴史やシジミ漁への影響を考えて、水質の原状回復が求められ続けていた。そのため、宍道湖自体への観光に対する直接的な施策は行われず、その代わり、原状回復と並行して、眺望関係の充実化へと舵がきられた。既存の宍道湖に面したカフェなどを中心に、店舗を誘致し、眺望のいいプロムナードの形成がはかられた。

 それにより現在の宍道湖観光というものが形成された。そして松江市と出雲市をつなぐ形でそれがあるため、松江市から出雲大社までの一帯的観光事業になった経緯がある。

 そのため、観光として、この宍道湖を歩くというのは珍しい話ではない。また、デートスポットとしても有名であり、縁結びでかつてこの地に訪れた人が来ることもあるという。


「しかし、これが宍道湖か……」


 つい最近に、別の大きな湖にも訪れた煉夜でも、その雄大な自然に感心した。学生たちは、宍道湖を背景に写真を撮ったり、売店で菓子類を買ったりしていた。それを遠めに見ながら、煉夜は一息ついた。


 そんな学生たちの群れの中、異様に目を引く着物姿の女性がいた。煉夜は、その姿に思わず目を奪われる。別に、見た目が云々ではなく、その存在の「異質さ」に。高い魔力と霊力、そして、その存在感。濃密な気配が、本当に人なのかどうか疑わしいほどに。

 そして、その彼女が、なぜか、まっすぐに自分の元に向かってきているのが余計に分からなかった。


「こんにちは」


 声をかけられたことで、困惑する。そもそも、この相手と会ったことはないはずである。こんな人物にあっていれば、さすがの煉夜もおぼえているからだ。しかし、言葉を返さないのもどうかと思い、一応、挨拶を返す。


「こんにちは?」


 必死に、この人物の素性について考えるが、特に思い当たるものもない。沈黙した煉夜に対して、彼女は言う。


「修学旅行か何かですか?」


 この状況を見れば分かるものであろう。しかも、このあたりの人間ならば、この時期に、こういった修学旅行客がいることぐらいは何となくわかりそうなものである。


「まあ、そうだな。修学旅行中だな。しかし、どこかで会ったことがあったか?」


 その質問に対して、彼女は曖昧な顔をする。それはそうだろう。彼女にとっても初対面で、話しかけた理由は、「何となく」でしかないのだから。


「いえ、初めまして、だと思います」


 どうにも彼女にも、それが「はじめまして」なのかが判断できかねる感覚であった。しかし、間違いなく、彼女と煉夜は初対面である。


「それにしても、着物でいるのは、このあたりの風習か何かなのか……?」


 煉夜は、女性の格好に対して言及した。そのくらいしか、話の広げ口がなさそうだたからである。お互い、会ったことがあるかも曖昧な状況では、見た目などの点でしか話のしようがない。


「いえ、わたしの家が舞事の宗家でして、その関係で普段から着物で活動しているだけです」


 島根県の伝統的な舞といえば、鷺舞(さぎまい)石見神楽(いしみかぐら)であろう。しかし、舞事の宗家という言い方ともなれば、この場では別である。それを煉夜は事前に調べていた。

 島根県の出雲大社を中心として、日本の「舞踊」に関する総元締めたる4つの家がある地である。神への奉納という意味で、神々が集まる地という出雲へと家々が集まった結果、4つの家がこの地に集うことになる。


 その4つの家には、それぞれ「椿(つばき)」、「(えのき)」、「(ひさぎ)」、「(ひいらぎ)」の姓を持ち、「木」を持つ「宗家」であることから「四木宗(しもくしゅう)」と呼ばれる。このあたりに、舞事に関する家が多く集まっていても、それらの「宗家」は結果的に、この4家に収束する。そのためこの周辺で「家が宗家」というのは、「四木宗」であると名乗っていることに他ならない。


「四木宗……、だとするならば、まさか、『柊』、か?」


 初対面で、かつ、煉夜に声をかけてくるような「四木宗」の家となれば、「柊家」しか心当たりがなかった。もっとも、煉夜の予想通りであっても、その根本的な、「柊家」の人間なら煉夜のことを知っているはずだからという部分の考えは間違っていたが。


「ええ。わたしは、『四木宗』、柊家長女、(ひいらぎ)沙津姫(さつき)と申します」


 柊家。雪白家の封印の文言である「椿、榎、楸、そして我が祖、柊。四木の宗に連なりし【カナミ】の名において、汝を封ずる」に「我が祖」とあるように、雪白家の大元の家である。雪白家が【日舞】という名を持つのは、その初代が柊家出身であることが根源にある。


「そうか……、いや、そうですか。自分は、京都司中八家、【日舞】の雪白分家長男の雪白煉夜です」


 一応、家柄の関係上、そして家の中での立場上、煉夜は敬語の方がいいと判断して言い直した。


「別に、親戚という程度の縁しかないのですから、そんなにかしこまらなくてもいいですよ。まあ、学生ならばわたしよりは年下でしょうから、多少の敬語はあってもいいかもしれませんが、そこまで行くと、流石に……」


 もっとも、煉夜は1年下の学年に編入したため、正確に言うのであれば、沙津姫と煉夜は同い年である。しかし、それを沙津姫が知らないのも無理はない。


「いえ、しかし」


 と、そんな話をしているときだった。煉夜の知覚域に、突如、異物が紛れ込んだのは。沙津姫は「異様」であったが、突如現れたそれは「異物」と称して相違ないほどに、おかしいものであった。それから、それを追うように複数の気配。おそらく追われているのだとは分かった。だが、それに対して、どう反応をすべきなのかが分からなかった。


「どうかしましたか?」


 急に黙りこくった煉夜の反応に沙津姫が疑問を投げかけるが、煉夜は状況が呑み込めず、とりあえず、沙津姫をこの場から逃がす方がいいのか、と考える。だが、それよりも早く、その気配は近づいてくる。その異物のおぞましさに対して、逃げているという状況、それらから、追われている方をどうするべきなのか、ということを考える。

 そして、気配が止まったので、確認しようとした瞬間に、急加速で突っ込んできた。避けることは容易だったが、避ければ沙津姫に当たる。


「わぁっ!」


 しかし、その突っ込んできた人物が、思いのほか若く、そして、普通だった。あるいは、見た目からするならば、普通ではなかった。だが、すくなくとも予想とは全く異なる様子に、煉夜は思わず、


「ん、危ないな」


 そうつぶやきながら、突っ込んできた女性を、上手く力が分散するように受け流し、その場に座らせる。本当ならば、そのまま、適当に転がすつもりだったのだが、突っ込んできた女性の様子を見て、そう判断した。この「危ない」というのは、女性が突っ込んできたことに対するものではなく、危うく女性を宍道湖の方まで転がすところだったという意味での言葉である。


「いきなり人が突っ込んでくるとは、この辺も物騒になりましたね」


「そういう問題か……、ああ、いや、問題ですか?」

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