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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
修学旅行編
242/370

242話:プロローグ・春谷伊花の場合

 ――万物に神が宿る。そういった思想を基にするのが八百万の神といわれる神道の考えである。古来、どの国の神話でも太陽や海、大地、そういったものには神が宿るとされていた。しかし、石でも木でも虫でも神が宿るという考えは、一般的ではない。それは、神聖視するはずの神が多すぎて、どれもこれも神聖視するということは、すなわちどれも同じであるということだからだ。それゆえに、象徴である太陽や広大な海、人が生きる大地、そして、時折起こる災害に神がいると信じる者が多かった。


 されど、八百万の神というのは、何もすべて神であるからすべてを神聖視しろ、というものではない。端的に言えば、すべての物事に神が宿るのだから、全ての物事に真摯に当たれということである。


 では、「すべてに神が宿る」としよう。そこに、「神を殺す」という役割が与えられたものがあったならば、それに神は宿るだろうか。「神を殺すものに宿る神」という矛盾。


 その矛盾について、研究しているものたちがいた。――「赤天原(あかまがはら)陰陽局」。日本のどこかにあるとされる強い神気の集まる場所に存在する陰陽道の研究施設である。噂には、どこかの研究所の下部組織とされる場所であるが、そこで行われている研究は5つ。


 そもそも、「陰陽道」と「神道」は全く異なるものである。


 陰陽道とは、元をたどれば「自然哲学思想」や「陰陽五行思想」に由来するものである。 自然界のすべては「陰」と「陽」の気を発するという自然哲学。万物は五行に分かたれるという五行思想。この2つが合わさり人間界を占う術として生み出されたのが日本の「陰陽道」である。

 思想の大元は中国なれど、結果的に、中国という国では「陰陽道」は流行らず、儒教や道教等と合流する形となった。


 日本には、元来、「神道」と呼ばれる思想がある。神は万物に宿り、すべてのものに神がいるという「八百万の神」である。


 本来ならば、神道と陰陽道は別のものであるが、それらを統合し考えたのが「赤天原陰陽局」である。全ての物に神が宿り、かつ、それが「陰」と「陽」に分かれ、五行に分けられるという考え。それらを元に、5つの研究が行われた。


 1つは、全てのものに神が宿るのであれば、神を殺す力を与えれば「神を殺す神」なるものが生まれる矛盾の研究。


 2つは、全てのものが「陰陽」に分かたれるのであれば、2つを併せ持つものはあり得るのかという「陰陽合一」なる矛盾の研究。


 3つは、全てのものが「五行」に分かたれるのであれば、反発する性質を併せ持つものはあり得るのかという「相剋合一」なる矛盾の研究。


 4つは、全てのものが「五行」に分かたれるのであれば、成合する性質を併せ持つものはあり得るのかという「相生合一」なる正しき研究。


 5つは、全てのものに神が宿るのであれば、神を宿さない無の存在はあり得るのかという「神無き者」なる矛盾の研究。


 これらの研究を行ったのは天女の末裔と噂される赤天原一族である。そして、それらの結果、5つの家が生まれた。しかし、それは、この世界とは異なる歴史を歩む、わずかに道が逸れた世界での話であった。







 薄暗い部屋。窓がなく、蛍光灯がジリジリと不快な音を立てながら部屋を照らしていた。発光ダイオードの普及により、明るさや耐久性などの面から、ほとんどの施設で蛍光灯が消えた今、こんなものが残っているのは、かなり前に建てられた施設であることがうかがえる。


 部屋の中央には、球体を取り囲むようにガラスが張られ、その中を満たした液体の中を球が自由に動き回っていた。時折、点滅するそれが何か、と問われても、答えようがない。


 しばらく自由に動き回るそれが、しだいに勢いを失っていく。そして、球の動きが完全に止まったとき、それを見ていた白衣をまとった女性がいう。


「成功だ。一度こっきりの最悪最低の欠陥品だけれど、成功したのは偏に、私の才故だろう」


 その言葉を大げさだととらえるものはいなかった。その場にいた他の4人は、ただただ、その女性の才能に感心すると共に、感謝していた。


「さすがは、あの紫泉(しせん)鮮葉(あざは)だ。我々の計画を前倒して進めることができたのは、君がいたからに他ならない。我ら『不浄高天原(ふじょうたかまがはら)』は本当に君に感謝する。ありがとう」


 女性の手をつかみ、心の底からの感謝を告げる者たち。手を取り喜び合った。――そして、これがすべての始まりであった。








 どことも知れぬ山中を、若い女性が歩いていた。山を歩くにしては、薄着な上に裸足と、とてもではないが、おかしな格好である。それもそのはずである。彼女の感覚では、つい先ほどまで、自室のハンモックで寝ていたのだから。


 突然の頭痛と、視界不良から立ち直った彼女がいたのは、まったく見覚えのない山中であったのだから、これほど戸惑うことはそうないだろう。

 彼女が歩き、立ち止まるたびに、木々が揺れる。まるで「出ていけ」と言うかのように、大きく葉を揺らしながら。


「……西野(にしの)君とは完全に離れちゃったみたい」


 この木々の、空の、風の、地面の、全てが自信を拒絶する感覚に、自身を普通たらしめていた青年とのリンクが完全に途絶したことを悟る。これほど唐突な別離は初めての経験であった。すなわち、彼か自身に何らかの大きな異変が起きたことは容易に分かる。


「この場合は、わたしの方、かなぁ。西野君には何事もないといいんだけど」


 そういいながら、山を下っていく。すると、木が少しなく、開けた場所に出る。山という言い方は大げさだったようで、山と丘の間ぐらいの規模であったようだ。ふもとには何軒か家が見えるし、そして、遠くには水辺が見える。


「海……?」


 そう思ったが、海にしては、対岸が近い。どちらかと言えば、海ではなく湖や池の類であろう。右も左も分からず、何をすればいいのかも分からない以上、とりあえず、今見えている水辺まで行ってみることにした。

 人里に降りるにしても不審な格好であるが、そのあたりは、もう仕方がないと割り切っていた。もともと、彼女自身、浮いた外見をしているために、注目を集めるのは今更である。


 あまり軽い足取りではないため、ふもとに降りるだけでも30分くらいかかっただろうか。そうして、降りた先に、突如、数台の車が現れる。お世辞にもまっとうな仕事をしている人たちの乗る車ではないように見える黒塗りの車。そして、その中の一台から男が降りてきた。


「なるほど、さすがは天才紫泉(しせん)鮮葉(あざは)。予想外の事態でも、きちんと正解を手繰り寄せるか。しかし、これは我々のミスだな。あの実験施設は大社に近すぎたか。神が来るものを拒んだ、ということか」


 独り言のようにしゃべる男を見て、彼女は直感的に嫌悪する。この人間は、関わってはいけないタイプの人間だ、とそう感じた。

 最初は、彼女を連れ戻しに来た研究所の人間であるかと思ったが、研究所ならば黒塗りの車で押し掛けるような目立つ真似はしない。だが、それと同時に、彼女の直感は、彼らを研究所の人間たちと同じタイプ、すなわち、自分のことを道具としてしか見ていない人間であることを告げていた。


「初めまして、ボクは京城(きんじょう)二楽(ふらく)というものだ。君をこの世界に招いたもの、ともいえる」


 二楽と名乗る男は、いかにも胡散臭そうな男であった。しかし、それと同時に、それなりの権力なりカリスマ性なりを有しているのか、しもべのように動く配下がいることは、車を見れば明らかであった。




 だからこそ、彼女は逃げ出した。車の通れないような、今降りてきたばかりの山を使いながら迂回して、山に入ったようにも見せ、そのまま住宅地を駆ける。何割かの追っ手は撒けたようだが、それでもついてくるものは多かった。


 ボロボロで泥と擦り傷まみれの裸足の女性が、男たちに追われている構図というのは、明らかに犯罪じみたものであり、ある意味では、映画やドラマのワンシーンかのようにも思えるものだった。

 そのため、街ですれ違う人々はそれに視線を向ける。しかし、関わったら危険だという本能から、直接何かをしようとする人はいなかった。


 どこを目指せばいいのか、どこまで逃げればいいのかも分からなかった彼女は、ひたすらに、追っ手を撒くように走り続ける。幸い、造られたその身体は、それなりの運動能力を有していた。どれくらい走っただろうか。もはや、体感ではずっと走っているような、そんな感覚であった。もっとも、追っ手を撒くように身を潜めたり、陰に隠れたりしているため、ずっと走っているわけではないが。それでも、気持ちとしてはずっと走っていただろう。


 ただ、それも限界が来ていた。いくら普通の人間以上に調整されたとはいえ、それは、無限に走り続けられる人間外の存在になったわけではない。目の前には、先ほど山から見えた湖だか池だか沼だかが広がっていた。


 いっそのこと、泳いで水中に身をひそめるか、と考える彼女だが、今まで泳いだことなどない。おそらく泳げるようにできているのだろうが、それでも、躊躇する理由としては十分なものだった。それに、彼女が来ただけで、その湖の湖面は、まるで台風でも来ているのかと思うくらいに揺れていた。彼女が湖に入ることを絶対に拒んでいるようにしか思えない。


 だが、追っ手が迫っているのも確かであった。数が多く、連携の取れる彼らは、体力的に彼女に劣っていても、いくらでも執拗に追い回している。ここで立ち止まっていたならば、すぐにでも囲まれてしまうだろう。


 ――とりあえず、走ろう。そう思って駆けだした、その時だった。人とぶつかりそうになって、自身に急ブレーキをかける。アスリート並みとまでは言わないが、その身体が生み出す瞬発力からの急加速に、身体は止めようと思っても言うことを聞かなかった。


「わぁっ!」


 思わず声が漏れる。このままではぶつかって、相手に怪我を負わせてしまう、と思ったのだ。それもそうだろう。相手が止まっていて、こっちが突っ込んでいるのだ。


「ん、危ないな」


 だが、女性と話していた青年は後ろに目があったかのように、突進する女性を避けて、腕と脚で勢いを殺させ、ストンと転ばせた。決して彼女が怪我することのないように。


「いきなり人が突っ込んでくるとは、この辺も物騒になりましたね」


「そういう問題か……、ああ、いや、問題ですか?」


 あまりにも急なことに、彼女は目をぱちくりとさせる。ぶつかりそうになった青年は、どうやら女性と一緒にいたようである。どことなく高貴な雰囲気を持つ女性は、なぜか和服であった。


 女性の雰囲気と相まって、彼女は一瞬タイムスリップしたかのような感覚に陥るが、周囲を見るかぎり、タイムスリップしているとしたら、その女性の方であろう。


「あらあら、さらに物騒なことに、変な集団までやってきましたが、あなたのお客さん?」


 女性が彼女に問いかける。お客というよりも追っ手ではあるが、自身を追っているという意味で、うなずいた。そこでハッとする。一般人……格好からして一般人かは微妙だが、それを巻き込んでしまったと。


「あなた、お名前は?」


「え、あ、春谷(あずまや)伊花(このか)、です」


 便宜上つけられた、その苗字と、その名前。なので、とっさに名乗れず、一瞬口ごもってしまった。



――春谷伊花。彼女がこの時であった2人こそ、彼女をこの窮地から救う者たちであった。

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