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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
修学旅行編
241/370

241話:プロローグ

 5月の半ば、ゴールデンウィークも終わり、教室内は、この後に待っている行事に向けて賑わっていた。1人、普段と様子がガラリと変わった紅条千奈はゴールデンウィークデビュー……いわゆる高校デビューや夏休みデビューの類語のようなものだと思われているが、それも仕方がないだろうと本人は思っていた。千奈の中のネフェルタリの部分は申し訳ないという気持ちが、千奈の中の千奈の部分は特に気にしていないようだった。


 私立山科第三高校では、3年生の6月頭に修学旅行があり、その後、就職するものは就職活動解禁の時期、大学受験するものは夏休みに向け本格的に受験勉強に移っていく時期として、その切り替えの前の修学旅行は、高校生活における最後の一大イベントとして、全員が楽しみにしていた。


 そんな中、雪白煉夜は、正直に言って微妙な気持ちであった。それは、まず、彼が就職活動するか、大学進学をするかも決めていないこと、そして決めなくても家の力でどうにかなってしまうこと、つまり、最後のイベントという実感があまりないということにある。そして、もう1つは、彼にとって、高校生活の中での修学旅行が2度目であること。


 私立三鷹丘学園高等部からの転校生である彼は、転校前に一度修学旅行にいっている。そもそもに、彼はこのクラスの面々よりも1歳年上であるというのもあるが、三鷹丘学園は進学校として有名であり、進学に向けての勉強は入学当初から行われ、本格的に移行するのも3年生になる前、高校2年生の時である。そのため、修学旅行も2年生の6月であった。


 その当時の修学旅行先が京都であり、今は、その京都で暮らしているのだから何とも言えないものがある。もっとも「観光」と「居住」では大きな隔たりがあるが。


「はい、じゃあ、来月に差し迫った修学旅行についてですが、えと……わたしはあんまりよくわからないので、実行委員にお願いします」


 と雪枝がロングホームルームの時間になるなり、指示を出す。正直な話、担任教諭が「よくわからないので」というのはどうなのだろうか、と煉夜は思わないでもなかったが、雪枝を見ると、なぜかそれでも納得できてしまうのは外見の幼さゆえだろうか、それとも彼女の人柄ゆえだろうか。


「はい、っつーわけで静かになさいな。実行委員の御鶴井(みつるい)よ。おしゃべりやめなきゃ、班決めをこっちで最悪な組み合わせにしてやるから覚悟なさい」


 修学旅行等を含めた学年行事の実行委員である御鶴井奈蒲(なほ)。煉夜とはあまりしゃべらないが、それでもクラスの中心的存在であるために、さすがにどういう人柄かは知っていた。そして、彼女がやるというからにはやるのだろう。クラス中が一気に黙った。


「んじゃ、おさらいすっけども、まず日付は分かってるわよね。まあ、こんだけ楽しみにしてるんだから、カレンダーにウキウキでマル印でもつけてるのが何人かいるんでしょうね」


 そういいながら、黒板にその日付を書く。書記などはいないので、当然奈蒲自身が書いている。お世辞にもうまいとは言えない字。


「それで、集合は8時半厳守。一応、猶予として、点呼と諸注意の9時までは待つけれども、時間過ぎても来なかったら置いていくわよ。集合場所は京都駅。駅は往来の激しい場所だから、あらかじめ決められた集合場所でおとなしく待つこと。むやみに広がって一般利用者に迷惑をかけないようにね」


 時間と場所と下手な図解を書く。下手すぎてない方がましだとは思うが、それは誰も言わなかった。修学旅行のしおりにきちんと書かれているので大丈夫だろう。


「それで9時24分発の新幹線で岡山駅まで向かって、岡山駅から特急で出雲市駅まで向かう流れよ。新幹線の座席とかも後できちんと決めるから騒いだら面倒な席順にするわよ」


 京都、岡山、出雲市と書いて、矢印でつないだ。その横に発着時刻も忘れずに書いていく。


「3泊4日の旅行だから、持ち物とかいろいろ準備が必要でしょうし、絶対に持ってくるものは、しおりに書いてある通りよ。着替え……は、まあ、臭くてバスから締め出されても構わないんだったら持ってこなくてもいいけど、あと、カメラ。スマホで代用できるから持ってこなくてもいいけど、こだわりたいなら持ってきなさい。そんでもってお金。管理は気をつけなさいよ。毎年、盗られたり落としたりしてるのがいるから」


 しおりに書かれた必要な持ち物をピックアップして黒板に書いていく。結構黒板がしっちゃかめっちゃかになっているが、書いている当人は気にしていないようだ。


「あとカップルでこっそり推奨されてない行為したいなら避妊具も持ってきなさいよ」


 さらりと奈蒲がそんなことを言うものだから、雪枝が吹き出した。奈蒲は一件、リーダーシップがあってまともな人間に見えるが、その実、割とユーモラスな人間である。


「御鶴井さん、何言ってるの!」


 雪枝の声に対して、きょとんとした顔で、無論、雪枝をからかうためにわざとそのような顔をしているのだが、


「でも大事ですよ、避妊」


「大事だけども!大事だけどもね!!そもそもそういうのはダメ!カップルでやっちゃうようなそういう行為は学校で推奨してないからぁ!!」


「いや、まあ、推奨している学校があったらイヤですけどね」


 至極当然の話であった。そんな漫才チックなやり取りをしながらも修学旅行へ向けての話は進んでいく。


「しかし、何となくの定番のどうでもいい疑問。京都の学生はどこに修学旅行するのか、っていう疑問に対する答えが一つ出たな」


 修学旅行に関する話が一通り終わったときの煉夜の感想がそれであった。そう、修学旅行の定番地である京都に住んでいる学生は、修学旅行にどこに行くのか。どうでもいい疑問であるが、誰もがふと考えたことがあるものだ。もっとも、どうでもよすぎて調べる気にもならないが。

 実際のところ、海外を除けば、他の定番地である沖縄や北海道、後は東京、広島、長崎そして、煉夜たちの修学旅行先の島根である。もっとも、他にもいろいろと行き先はあるようであるが。


「まあ、京都が修学旅行の行き先としてはかなり多いですからね。あとは沖縄」


 職業柄、もう何度目か分からない修学旅行に行くことになった姫毬はあきれ顔をしていた。しかし、彼女も彼女で、旅行には割と気を使う必要がある。なぜなら、一度行ったことのある地だと、同級生にばったり、なんてこともある。一応、潜入に応じてキャラを変えているし、エクステや眼鏡、化粧などでごまかしてはいるが、気づく者がいないとは限らない。


「学校によっては東京とかも聞くけどな」


 修学旅行であるのだから、学を修めることのできる場所に旅行するのは道理である。京都が一般的なのは、神社仏閣の歴史的遺産があり、かつ、古都というように、元々都である。現在の都、東京と過去の都を比べることもできるし、歴史的に大きな出来事が多く起こった場所でもある。独特の文化も根付いている。これらの条件から、学を修めるという意味では非常に価値があるからであろう。

 沖縄も似たような理由で、琉球王国という一つの文化体系があり、かつ、歴史的に様々なことがあった場所であるからということだ。

 そういった意味では、先にあげた北海道も沖縄と同様で、広島と長崎は、厳島神社と隠れキリシタンの教会や出島などの歴史的要素と戦争被害という負の文化遺産という意味で、東京も現在の首都であることや下町江戸前文化、江戸城跡などの歴史的要素があるからである。まあ、端的に言ってしまえば、どんな場所でも学を修めることはできる。

 逆に言えば、それは学生たちの気の持ちようしだいともいえる。学ぶ意欲があるのならば、そこらの石ころからですら学ぶことはある。もっとも、修学旅行を本気で「修学」という行為のためと捉えている生徒は、おそらくこの学校においても、いや、この学校以外においてもほとんどいないのだろう。


「しかし、修学旅行か……。行き先が出雲というのはあんまり」


 そう思うのも仕方がないことであろう。何せ、数日前にあることを言われたばかりである。






 数日前、雪白家。煉夜がいつものように陰陽師の修行を終えた頃、それを見計らっていたように、従妹の水姫が話しかけてきた。


「ちょっと話があるわ」


 酷くぶっきらぼう、というよりつっけんどんな態度であったが、いつものことなので特に気にするでもなく煉夜はうなずいた。


「修学旅行の行き先が島根県の出雲であるのはすでに分かっているでしょう。実は、この出雲には、雪白家の親族がいて、どこで聞きつけたのか、『修学旅行で近くに寄るのだったらぜひ来てくれ』といわれているわ」


 それはあまりうれしそうではない感じで、どうにも水姫としても行きたくはない、と思っているようであった。


「そして、行くのであれば、同じ血を引くあなたも連れていかざるを得ないわ。だから、あなたにも予定はあるでしょうけれども、学校にすでに連絡しているから3日目の自由行動は、班員ではなく私と共に親戚に挨拶することになるのを覚えておいて」


 非常に面倒くさいとでも言いたげに、水姫はそういった。実のところ、水姫としても、親戚に会うのはあまり好ましくなかった。なぜならば、【日舞】という称号を持つ雪白家の娘である以上、彼女には「日本舞踊を踊る」という義務が発生するからだ。


「そういうことなら構いません。学校にも話が通っているのならば問題もないですし」


 それに対して、煉夜は快諾する。煉夜に関しては特に面倒ごとはない。あるとするならば挨拶まわりで疲れるだけだろうか。そういう意味では、来年、一人で行くことになるであろう火邑の方が不憫である。


「じゃあ、そういうことだから」


 話をするだけして、水姫は煉夜の元をすたすたと去っていく。その背中を見送りながら、煉夜は少し考える。


(「雪白家のルーツ」。郁の父が言っていたことを考えて、ずっと調べていた。だが、この家の資料だけでは限界があった。島根の親戚、そうならば、おそらく……)


 ある意味ではチャンスなのかもしれない、とそんなことを思うのであった。ただ、やはり、それはそれとして、親戚への挨拶というのが面倒で、かつ、一番楽しむべき自由行動の時間を奪われるというのは、あまりうれしいものではないが。

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