240話:我が祖国はここにあり
刹那、湖上を突っ切り、ロケット弾もかくやの勢いで船に突っ込んでくる影があった。それに対して、煉夜は何もしない。煉夜は知っていた。それがこちらに向かってきていることを。そして、その道中で、瑞西側にいた25名の敵を、見事に無力化していたことを。
空を見ろ、あれはなんだ、鳥か、飛行機か……否、それは一人の少女である。
「ギリギリ間に合いましたか、煉夜様」
まだ幼く見えるその少女、そう、この人物こそは、英国の次代を担う天才、エリザベス・■■■■・ローズ。リズことエリザベスⅣ世である。
「ああ、なんとかな。しかし、あのロケット砲から何発だか知らんが発射されようとしているところだ」
あまり余裕がない煉夜は、挨拶や前口上もなしに、手短に話す。それに対して、エクトルが小さく「12発です」と付け加えていたが、煉夜もリズも聞いていない。
「なるほど、あれを結界で防ぐのは骨が折れそうですし、煉夜様の【創生】による結界も詠唱が足りなさそうですね」
今もこうして話しているうちに詠唱ができるような気もするが、魔力の練りこみが甘く、神獣金猛獅鷲戦の一撃目のように中途半端になりかねない。
「煉夜様、いいえ、レンヤ様、聖槍の権能を。聖盾を動かせる分だけでいいので」
その言葉に、煉夜はうなずいた。そして、静かに、祈るように、その言霊を紡ぐ。
「聖槍、権能解禁。『我が祖国はここにあり』」
スファムルドラの聖盾の周囲だけを、その天地丸ごとスファムルドラに変質させる。その瞬間、12発の弾頭が発射された。
ルアンヌを含め、魔法が使えるものは、結界を張ろうとする。しかし、絶対的に詠唱が間に合わない。誰もが苦い顔をした、そんな中、煉夜とリズだけは違った。
「祖国の龍脈ならば、その回復は一瞬ですね。さすがは聖盾」
そんな風につぶやきながら、リズは、スファムルドラの聖盾に手を触れる。リズの背丈と同じくらいの大きさに変質した盾。まさに、盾という外見であった。中央に丸い宝玉がはめ込まれていて、そして、黄金色に縁どられ、そこにスファムルドラの文字で■■■■と刻まれている。
「さあ、行きましょう、スファムルドラの聖盾エル・ランド!」
声高らかに、リズがその銘を呼ぶ。そして、続けて先ほどの煉夜の言葉と似たような言葉を口にする。
「聖盾、権能解禁。『我が祖国はここにあり』」
その瞬間のことであった。世界が改変されるかのような歪みとともに、湖面を揺らしながら巨大な城壁と城門、そして優美な城が現れる。
その城を煉夜は知っていた。スファムルドラ帝国の帝都、その中心にそびえたつ帝城。それが今、目の前に現れたのである。
12発の弾頭は全て、その城壁と城門にぶつかり、弾けた。されど、そこには傷一つついていない。再装填までは8分。それだけの時間があれば、煉夜には十分であった。青薔薇の氷原を駆け抜け、黄金の槍が多連装ロケット砲を木っ端みじんに破壊し、それを操っていた人々を剣の腹で気絶させていく。
ものの1分か2分で、それらを完了させ、船まで舞い戻る。その頃には、ロケットランチャーを構えていた氷原にいた者たちもリズの魔法で沈んでいた。
そして、幻であったかのように、城が消えていく。まるで湖面にとけるかのように泡となって。
「スファムルドラの聖槍エル・ロンドの権能が、スファムルドラ帝国を思い生き死んだ臣民たちの思いを集めたものだとするのならば、スファムルドラの聖盾エル・ランドの権能は、スファムルドラ帝国という国を守り死してなおも守ると決めた騎士たちの思いを集めたもの。それゆえに、守る象徴である帝城として現れ、何人も傷つけることのできないものとして顕現する。つまりは、スファムルドラの光の象徴、ということ」
スファムルドラの至宝にして四宝には、明確に意味がある。スファムルドラの聖剣アストルティは騎士への誓い、スファムルドラの聖杖ミストルティは王女の証というそれぞれの意味もあるが、そういった儀式的なものと同時に、持ち主の魔力に呼応し「威光」を示す「帝政」の象徴でもある。
そして、スファムルドラの聖槍エル・ロンドが騎士への本当の意味での誓いであると同時に、その権能は、スファムルドラ帝国に生き、そして、そこで暮らしながら生死を過ごした臣民たちの国への思いを集え、スファムルドラ帝国という形で顕現させるものである。さらに、スファムルドラの聖盾エル・ランドが戦いの場に赴かなくてはならないという女王の立場を示した本当の意味での王の証であると共に、その権能は、スファムルドラ帝国を守り、戦場で国のためにと死んでいった騎士たちの「死してなおも、姫を、王を、そして、国を守りたい」という思いを集え、絶対に壊れない帝城という形で顕現させるものである。
これらは、まさに、スファムルドラ帝国建国以来の「国の光」そして「国の宝」と称されるべきものである。
「しかし、リズ、感知していたから向かってきているのは分かったが、向こうでのいざこざは、もういいのか?」
本来、リズは来られないというから煉夜が派遣されてきたのである。しかし、この場にリズがいる。
「片付いた、というわけではありませんが、一息つけるところまで来たので、後は全部ユキファナに押し付けてきました。多分、帰ったらユキファナに怒られますね、わたくし」
正直なところ、半分は片付いていないともいえた。コルキス・ガリアスの魂消失に関しては、おおよそ、彼の組んだ蘇生魔法によるものであることは分かったのだが、その後が問題であった。彼の抱えていた研究に、彼の後釜を狙う教授たち、彼の後ろ盾を失った派閥の学生たち、王立魔法学校には問題が山積みである。その大半は、ユキファナでも動かすようなことができない案件ばかりなので、リズが抜けたら立ち行かないのだが、王室の秘宝を送ってしまっていることも相まって、こちらを優先して自家用ジェット機でジュネーブ・コアントラン国際空港に降り立ち、たむろっていた瑞西側にいた25名ほど、正確には28名だが、を魔法でねじ伏せ、ちょっとした無茶な魔法で煉夜たちの元に駆け付けたのであった。
「あまり、無理難題を押し付けてやるなよ。あれでも偉いとこの死神様なんだから」
おどけたように煉夜がいうのに対して、リズはわざとらしく頬を膨らませる。
「煉夜様はユキファナの肩を持つんですかぁ?」
拗ねた振りをするリズ。それに苦笑する煉夜。そして、正直、それを驚きの目で見ていたルアンヌ。リズの態度が柔らかすぎるからだ。端的に言うならば「誰これ」という状態。そんな状態でしばらくおどけたやり取りをしていた。
「それにしても、スファムルドラの至宝が揃うなんて、夢のようですね。ありえない、とそう思っていたことですから」
新暦になる以前に、大戦により消失したスファムルドラの聖杖と聖盾。新暦以前から代々受け継がれ続けたスファムルドラの聖剣と聖槍。別の世界に存在し続けたそれらは、決して再び揃うことはないはずであった。少なくとも、煉夜が聖槍を継ぐまでの1260年間には一切なかった。
「まあ、そうだろうな。しかし、その在りえないことが起こったのは……」
自身がスファムルドラ帝国で、どういう経緯があって、今もなお、この2つを持ち続けているのかを思い出して、若干、気が沈む。
「っと、そうでした。今回は煉夜様に、かなり迷惑をかけてしまいましたね」
それを知ってか、知らずか、リズが話を変えるように、別の話題をだした。それに対して、煉夜も思考を切り替える。
「そういえば、仏国でも瑞国でも大してスファムルドラの聖盾が重要なものだととらえられてもいない状況だったのにもかかわらず、あんなに切羽詰まったように俺を派遣したのはなんでなんだ?」
正直なところ、リズが焦って動かなければ、今回の事態は、こんな大ごとにならなかったように見えて、煉夜ずっと疑問に思っていた。
「はい。こちらでも、……というよりも、スファムルドラの聖盾が具体的に何であるかを理解できる人がいないであろうことは予測していたので、こちらでもフランスやスイスで、明確に動き出すのは先になるということは理解していました」
だからこそ、本来は、焦って動くはずのない状況であった。だが、それだけではないのっぴきならない事情があったということだ。
「ですが、これに関しては、こちらの完全な落ち度なのですが、ジュネーブ湖で何かが見つかったという報告を受けて数度にわたって派遣したSISのエージェントが、フランスなどにいたイギリスとの不和を目論む者たちに見られていたようで」
リズの言うジュネーブ湖とはレ・マン湖のことである。
「それで、イギリスが湖底に沈んだ物体に興味を持っているということが明るみになり、フランス政府やスイス連邦政府が動くよりも前に、彼らが動き始めていたのです。しかし、対処しようにもわたくしは動けず、それでルアンヌと煉夜様に頼ることになってしまいました」
それを聞いて煉夜は思う。確かに、相手が用意した武装はかなりそろっていた。それこそ、急場でMLRSやパンツァーファウスト3を複数など用意できるはずがない。あらかじめこういう事態に備えて準備しているとかそういうことでもないのならば、向こうの方が早く準備をしていたということには納得がいく。
「それにどうやら、動いていたのがフランスにいた不穏分子だけではないようでしたので。実際、武器はある程度横流しされていたようですし」
そういいながら、押収した武装を見るリズ。確かにパンツァーファウスト3は、瑞西でも使用されているものであるが、MLRSもとなると異なる。
「イタリアかドイツか、そのあたりは分かりませんが、MTTの一件も踏まえると、ドイツあたりが裏にいるのかもしれません。そのあたりは、捕らえた賊を徹底的に調べれば何か出てくるでしょう」
MTT……グラジャールの輝きにスパイを送り込んでいたのは、仏国と独国であった。今回、動きがあった仏国もそうだが、武装を考えると、裏で動いていた可能性は十分にある。もっとも、これは状況証拠からの推測に過ぎず、断言できるようなものがあるわけではないが。
「ともあれ、この一件はこれ以上、手を出すには、上、つまり政府内に干渉が必要になりますから、さほど大きな動きはないでしょう。もっとも、これを含めた一連の一件は、まだ終わりそうにありませんが」
そうして、煉夜を巻き込んだ仏国での、スファムルドラの聖盾に関する一件は、ゴールデンウィークとともに終わりを告げる。
この後、スファムルドラの聖盾エル・ランドの権利や引き渡しの問題などで、英国、仏国、瑞国の3国の話し合いや一連の騒動からの極秘裏の協定関係による情報共有決議など、世界の情勢を揺るがすような政治的動きがあるのだが、政治的なことに関わる気のない煉夜は、ジュネーブ・コアントラン国際空港から日本に帰国するのであった。
次章予告
青春最後の一年、その最大のイベント、修学旅行。
煉夜にとってはすでに終わったイベントであったが、それが再び訪れる。
修学旅行の定番地・京都の学生たちが修学旅行に向かうのは島根県。
神話の代よりそこにある大社。
神々集うその地で、4つの家と1人の少女を中心に起こる騒動へと巻き込まれる煉夜と水姫。
そして、その中で、煉夜はある人物と再会する。
――第八幕 十七章 修学旅行編




