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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
司中八家編
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024話:冥院寺家訪問其ノ一

 9月ももう終盤と言う頃、煉夜は学校から帰宅する。どうやら、煉夜が一番早く帰宅したようで、水姫も火邑も帰ってきては無いようだった。煉夜はどんよりとした曇り空を見て早めに帰ることを決断したのだが、他の面々は違ったのだろう、と一人納得して部屋に戻ろうとしたとき、ザーザーと言う雨音が聞こえだした。その勢いたるや台風が来たのではないかと思うほどで、風も強く、雨と風が窓を叩いていた。


「こりゃ、速く帰ってきて正解だったな」


 野宿経験もある煉夜は、昔ある商人を護衛しながら旅したときにそう言った金にも代えがたい知識を金で売ってもらったことがあった。その分野の知識は、現代でも十分に役に立つものであり、金で買ってよかったとも思う。

 あまりの土砂降り具合に、このゲリラ豪雨に対して火邑は大丈夫だろうか、と煉夜は心配する。折り畳み傘など壊れてしまいそうな勢いの風に、不安は強くなるが、そこにどたどたと言う足音が聞こえてくる。バシャバシャと水たまりを踏みながら、複数人が雪白家に駆け込んできた。

 ガラガラッと戸を開ける音と共に飛び込んできたのは、3人の人影。1人は煉夜のよく知る妹の火邑、もう1人は最近誘拐事件に遭ったばかりだというのに護衛もつけずにいる初芝小柴、そしてもう1人、煉夜の見知らぬ女生徒。皆、夏服だというのに、その少女だけはなぜかカーディガンを羽織っている。


「た、ただいま、お兄ちゃん。バスタオルちょーだい」


 全身から水を滴らせながら、火邑がそう言った。濡れたせいで透けて見える素肌に、煉夜はため息を吐いた。


「分かった、取ってくるから待ってろ」


 小走りで風呂場まで行って三人分のバスタオルを持って、煉夜は玄関に戻った。そして、持ってきたタオルをそれぞれに渡す。


「すみません、お兄さん。助かります」


 タオルを受け取り、小柴はそう言いながら髪と体を拭く。もう1人の少女もそれに倣うように受け取って拭きだした。その時一瞬、煉夜の眼に、線のようなものが見えた。刺青の様にも見える、それを煉夜は知っていた。


(魔刻……か。まだ顔まで行っていないならそこまで深刻じゃなさそうだな)


 そんなことを考えながら、煉夜は、名前を知らぬ彼女を見ていた。それを勘違いしたのか、火邑が「うー」と唸る。


「ちょっと、お兄ちゃん、きいちゃんを見過ぎ!」


 火邑の言葉に、確かに見過ぎた、と煉夜は目線を火邑の方へと移した。そして、その彼女はと言うと、いそいそと体を拭いていた。


「もう、きいちゃんも見られるのが嫌だったら言っていいんだからね。お兄ちゃん、食いいるように見て、全くもうっ」


 憤慨する火邑に対して、どこまでも冷静だったのは小柴だった。小柴は煉夜の視線の意味を理解しているかのように微笑んでいる。


「だ、大丈夫だよ、ホムラちゃん」


 雑に拭いたせいでボサつく髪。いまどきの高校生にしては子供っぽいツインテール。しかし、小柄な体躯の所為でそれが妙に似合って見えてしまう。女子の中でも比較的に身長が低い方の火邑や小柴に比べてもなお低い彼女は、制服を着ていなければ年下に見えてもおかしくないだろう。雪枝といい勝負である。


「あ、きいは相田(あいだ)きい、です」


 自己紹介していないことに気付いたきいは煉夜に向かってそう名乗った。相田きい。それが小柄な彼女の名前である。


「じゃ、きいちゃん、おふてんちゃん、火邑の部屋行こっか!」


 2人に声をかけて火邑が靴を脱ぎ散らかして家に上がっていく。煉夜は「靴には後で新聞紙でも詰めとけよ」と注意をして、自分の部屋に戻ろうとした。


 そのすれ違いざま、火邑に次いで上がったきいの後を少し離れていた小柴は、煉夜に対して小声で話しかける。


「お兄さん、相田さんの魔刻、気づいたんでしょう?」


 その言葉に、ドキリとして煉夜は思わず小柴の方を見た。小柴は微笑みながら煉夜に囁く。


「でもそっとしておいてあげてくださいね」


 そして、そのままきいの後を小走りで追って行く。煉夜は小柴の底知れない感じに、何やら言い知れぬものを感じながら部屋に戻った。――瞬間、強烈な殺気を感じる。


 急遽、かつての感覚を瞬時に取り戻し、壁にかけた聖剣アストルティを取ったのとほぼ同時のことだった。窓が開き、何かが煉夜の部屋に入り込んできた。



――ヒュゥウン



 何かが空を切るようなそんな音。それを煉夜は鞘に収まったままのアストルティで受け止めた。それは女だった。正確には奇妙な形をした剣を持つ執事服を着た女性だった。


「チッ、何が目的だよ!」


 流石に賞金稼ぎがいた様な世界とは違うこの世界で、いきなり命を狙われるような覚えはない煉夜は、相手の真意が読めなかった。


「少し口封じをしたい事情がありましてね……!」


 奇怪な剣に入る力が強くなった。煉夜は、抜剣しようにも、監視に見られる危険性がある。ただの飾りと言えば済む剣も、抜いて光らせればただの剣ではないことが丸わかりだ。なるべく手元に置いておきたい以上、下手に木連たちに調べさせるような真似をしたくない。


「強い……。まるで、彼を髣髴とさせる。だから、少しだけ全力を出していきますッ!」


 剣を引いて、煉夜と少し距離を開ける女性。一太刀交えて煉夜と自分、彼我の戦力差を理解した彼女は、そうそうに本気で行く決意をしたのである。


魔化転身(クラス・アップ)ッ!」


 刹那、女性の力が膨れ上がる。煉夜は思わず目をつぶるほどに。その圧倒的な力の波動は、空にかかる雲すらも吹き飛ばす。天候すらも変えんとする圧倒的魔力(・・)の奔流は、煉夜についていた監視を全て吹き飛ばしていた。

 そして、女性の姿は人ならざるものへと変貌する。禍々しいヤギのような角、執事服を破り現れた黒い翼。見る人が見れば悪魔と呼ぶ姿になっていたのである。


「おいおい、クールヴェスタの悪魔じゃあるまいし、何だこりゃ」


 煉夜は思わずそんなつぶやきを漏らした。かつて殺し合った相手を思い浮かべながら、女性に問いかけた。


「ここでは誰かを巻き込むかもしれないので、場所を変えさせていただきます」


 煉夜の言葉には返さずに、一方的に女性は煉夜に言い放った。そして、煉夜の身体を掴み、はばたく。





 一方、隣室の火邑の部屋で異様な魔力に気付いた小柴は、聞き耳を立てていたが、どうやら煉夜が本気を出せば問題がなさそうな相手で安心した。


「ねぇ、なんか、今、お兄ちゃんの部屋ですっごい音しなかった?風……?」


「どうやら雨も風も止んだみたいだよ」


 火邑ときいのそんな会話を聞きながら、小柴は心で思う。いま、飛び去ろうとしている女性とそれにつれていかれる煉夜について。


(レンヤ君、やりすぎないようにね)


 飛んでいく彼らを思い、ただ、その言葉を浮かべた。尤も、誰にも届くことのない言葉であるのだが。





 しばしの飛行の後に、荒れた公園のような場所に降り立った女性。煉夜は、降りる寸前に放り投げられたので、受け身を取って、即座に体勢を立て直した。


「来なさい、我が眷属ッ!」


 女性の言葉と共に、無数の魔法陣が空中に描かれる。そして、まるで別の次元と繋がったかのように、異形の口がぱっくりと開き、2匹の魔物が現れる。


「幻獣ユヴェル、魔獣キルガ、彼の動きを止めなさい」


 まるで剣が魔物と化したかのような流麗で鋭いフォルムの白銀の幻獣、銀突猛犬(ユヴェル)、まるで盾に体が付いたかのような大きく平らな顔を持つ壁のような魔獣黒盾猛犬キルガ


「ったく、舐められたもんだな」


 煉夜はそう言いながら聖剣アストルティを抜く。黄金の光が周囲を満たす。まるで目の前に太陽が生まれたかのような圧倒的光と魔力。


「な、なにがッ……」


 女性が何かを言おうとした瞬間だった。目の前で魔獣キルガの頭部が切れて斜めにずれていく。それに対して向かった幻獣ユヴェルも一瞬で切り刻まれた。


「馬鹿なッ、魔界の純粋な魔物……その中でもヴァンデム領に居たレベルのですよ?!」


 驚愕に目を見開く女性に対して、煉夜は静かに笑みを浮かべる。アストルティを鞘に納めながら女性に対して言う。


「伊達に獣狩りと呼ばれていたわけじゃないんでな」


 女性が驚いたのは煉夜の圧倒的技量に対してだった。陰陽師の中には魔獣退治を生業にしているものも一定数いるし、その過程で剣などを作る陰陽師がいないわけではなかった。だが、剣を作ったところで所詮陰陽師。その剣を自在に操れるほど技量が高いものは稀だ。そして、たかが剣が優れている程度で幻獣や魔獣が一撃で葬れるはずもない。

 何より、女性が疑問に思ったのは、煉夜が用いたのが霊力ではなく自身の魔力であったことだった。暴力的ともいえる魔力。それを扱っているということは煉夜は魔法使いと言うことになる。しかし、雪白家は陰陽師の家系であり、また市原家や明津灘家、冥院寺家のような特殊な事情があるわけでもない。そこが女性の思考に疑問を押し付けている。


「貴方は、魔法使い、陰陽師、剣士、そのどれなのですか?」


 女性は問いかける。魔力を使う魔法使い、家の習わし通りの陰陽師、今見た卓越した技量を持つ剣士。煉夜と言う存在がどういう存在であるのか、そんな思いを込めた問いに対して、煉夜は少し考える。


「そうだな、強いて言うなら魔法剣士と言うのが正しいところだが、一応陰陽師と言う肩書も見習い程度には持っているよ」


 煉夜は魔法も剣も教わった。魔法は最愛の人物と相棒に、剣は今は無き師に触りを習い、あとは獣を狩りながら独学で。


「魔法……?では、やはり……、相田さんの身体は見ましたよね。あれは、すなわち魔力と霊力の塊が体の中に眠る証。貴方も魔法使いの端くれであるのなら、彼女のことを狙うのではありませんか?」


 相田きい、その少女の身体に刻まれた魔刻。魔刻とは魔力がその体中を常に巡っていて、それが体表上に浮かび上がった者であり、見る者が見れば魔力や霊力を持っていることが丸わかりなのである。ただし、魔刻が見えるのは魔力を見ることが出来るものだけであるため、一般の陰陽師でも気づくものは少ない。だが、煉夜のような例外はいる。彼女はそれを警戒して、きいの護衛をしていた。


「おいおい、俺があの子の魔力を狙う?ないな。そもそもそんなことをする必要性がない」


 煉夜が肩を竦める。そんな煉夜に対して女性は、その態度が気に障ったのか、やや激昂した様子で煉夜に怒鳴る。


「口では何とでも言えます」


 確かにそうだ、と煉夜は納得する。口では如何様にでもいいわけができる。だから煉夜はニヤリと笑って言う。


「一瞬だけだ、よく感じろよ」

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