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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
黄金週間編
239/370

239話:スファムルドラの聖盾

 二隻の船がレ・マン湖の中心へ向けて出航した。二隻の理由は、一隻につきクレーン2台で左右から門扉のような形をしたスファムルドラの聖盾を引き揚げる予定であるからだ。サイズに関しては、概算であるが、横3メートル、縦7メートル程度だとされる。材質にもよるが、そこから推定される重さは、材質が鉄だとすれば8トンにもなる。もっとも、鉄ではないことは判明していたし、それよりもはるかに軽いものであることが分かっていた。

 はるかに、といっても、それでもそれなりの重量があることは間違いないが。


 フックを降下させ、湖に降ろした。すでに湖中には、ダイビングスーツを着用し、酸素ボンベを背負った作業員たちが待機している。降りたフックを固定できるように、スファムルドラの聖盾に特殊繊維の布を回して、固定用のリングも設置済み。


 そして、降下したフックをリングにひっかけ、フックをロック。4ヶ所全てのフックをロックしたら、引き揚げが開始される。


 急場で用意したためか、それとも海のない国ゆえか、クレーンはかなり旧式のものらしく、大きな振動と、あまり耳によろしくない騒音が鳴る代物だった。


 そんな引き揚げの最中、煉夜の知覚域には、2つの異変が感知できていた。1つは疑問だが悪くはない、むしろ好機ともいえるもの、もう1つはあまり良くないものであった。数は50ほどであろうか。集団ともいえるものが引き揚げ中の船に向かってきている。

 地理的に考えるならば、仏国側からである。それも、何人かは魔法使いの類であることが分かるが、それだけではない。つまり、魔法使い以外は、それなりの武装があると考えるのが自然である。

 もう少し離れた位置に、おそらく瑞西側に仕込んだ同様のメンバーであろう25名ほども煉夜の知覚域に入っているが、そちらに関しては一応心配いらないと判断する。


「とりあえずは……」


 フィンガースナップとともに、船……というよりも、煉夜を中心とした船二隻の周囲に、水中も上空も含めて、四重の結界が展開された。


「そんでもって、こいつはオマケだな」


 もう一度聞こえたフィンガースナップとともに、湖面が大きく揺らいだ。結界で守られている船には何ら影響がなかったが、おそらくボートかクルーザーのようなもので向かってきている集団にはそれなりにダメージがあったようで、速度が落ちたのも分かる。

 向かってきている全員を眠らせるのは、それこそ、煉夜にはかなり楽にできることであるが、もし時限爆弾でも積んでいたらいろいろと面倒であるし、それ以前に、運転しているものも眠らせたのでは船に突っ込んできた場合はまだしも、湖岸にでも突っ込まれたら一般人にも被害が出かねない。そうでなくても転覆して湖底に変なものが沈んで、後々何かあったら色々と面倒なことになる。


「さて、どうするかな」


 こういう時、向こうの世界ならば、バイキングよろしく乗り込んできての乱闘になるのが常であったが、この世界ではそうもいかないだろう。戦艦というわけではないから大砲の打ち合いなんぞに発展することはないだろうが、基本的に乗り込むという行為は推奨されていない。なぜならば、それ以上に火力があるものが十分にあるし、彼らの目的は船の中にあるものではないから、なおさらである。

 英国王室の秘宝も、奪ったのならば奪ったでよいが、この場で湖底に永遠に沈むのならば、それでいいのだから、向こうにしてみれば船を沈めて、さらに、土魔法か何かで永遠に沈めてしまえば万事うまくいくのだから。


「厄介なものから沈めるか」


 とりあえず、火力の高い魔法使いを無力化することを優先するのは間違いではないだろう。そう判断して、煉夜は魔法使いを無力化する。それでも、相手は突っ込んでくるのだから、それなりに攻撃手段を用意しているのであろうことは分かった。


「どうやら敵が迫ってきているようですけれども、こちらはとりあえず引き揚げが終わりました」


 ルアンヌの言葉に、煉夜が振り返れば、いつの間にか、クレーンによる引き揚げは終了して、それを甲板に乗せる作業に移っていた。そうなると、煉夜の出番である。しかし、敵はそれを待ってくれるほど理解がある存在ではない。


「だが……」


 と言おうとした煉夜の言葉を遮るように、ルアンヌが言葉を放つ。


「向こうの相手はひとまずこちらに任せておいても構いません。リズの依頼の優先度が高いはずですけれども、それでもあちらを相手にします?」


 これはルアンヌなりの気づかいなのだろう、と煉夜は思う。少なくともシャロン家襲撃に際しては、煉夜一人に任せる形になってしまったのを多少なりとも気にしているようである。もっとも、あれに関しては、煉夜としても力を見せつける必要があったから行ったことであるのだが。


「分かった、あちらはひとまずルアンヌさんに任せよう」


「ええ、ここは湖上。水のある所では、このルアンヌ・シャロンに敵はありませんので」


 そうルアンヌの得意とする魔法は氷と雷。「青薔薇」の二つ名は伊達では無い。このような水辺において、彼女の右に出る魔法使いは仏国にも瑞西にもいないだろう。


 甲板へとスファムルドラの聖盾が降ろされ、煉夜がそれに向かっていくのをチラリと確認しながら、ルアンヌは不敵な笑みを浮かべる。


「さあ、不届き者たちを青薔薇の庭園にお招きしましょう」


 当然、相手に聞こえる距離ではないし、詠唱の一端でもない。それでも、その決まり文句を言ったのは、ある種のルーティンであった。それと同時に、その場にいた中で、唯一、その魔法を見たことがあったエクトルが驚愕する。ルアンヌが滅多に使うことのない大技を披露するからだ。それほどまでに、煉夜に刺激を受けていたということなのだろう。



「――吹き荒べ、氷原に漂う冷気よ。


 ――雷轟が響き、天覆う雷光よ。


 ――地は凍てつき、空は凍り、海は凍り付く。


 ――地を穿ち、空を走り、海を砕く。


 ――雷さえも凍り、薔薇は咲き誇る。


 ――青き薔薇は氷原を埋めつくす。まるで、園のように。


 ――触れれば棘が、魅入れば花が。立ち止まれば痺れ、動けば刺さる。


 ――庭園の薔薇は全てを深い氷と雷の世界へと誘う。


 ――『氷と雷が彩る(ブレゥ)青き薔薇の庭園(・ロズレ)』」



 冷気と電光が湖面を走る。水は凍り、電気の柱すらも凍り付く。それはまるで、薔薇の花のように。一瞬で気温が下がり、息は白く変わる。瞬時に出来上がった氷の世界。

 先ほどまで湖上にいたはずなのに、気が付けば氷雷の薔薇が咲き誇る氷の世界にいれば、まるで異世界に迷い込んだかのようであった。


「これは、……驚いたな」


 そう素直に感嘆の言葉を漏らす煉夜。それほどまでに見事な魔法であった。魔法の威力だけで言えば、煉夜やリズには及ばないが、それでも、美しさという面においては、完全に煉夜たちの上をいっていた。

 氷の魔法という意味では、[結晶氷龍(クリスクラリス)]という煉夜のとっておきがあるが、確かに威力や速度では煉夜に軍配が上がるが、この魔法を再現することはできないだろう。それほどまでの緻密な制御が必要になる。「仏国の魔法が美を求めたもの」とはよく言ったものである。


「おっと、いつまでも驚いてはいられないか」


 そんな風に口に出すことで、自分の気持ちを引き締める。何せ、これから行うのは、今回の目的ともいえる大事な作業なのだから。

 氷雷の薔薇園に閉じ込められたこと、気温の低下による行動能力の低下、銃火器の内の何割かが使用できなくなることなどを加味しても、のんびりしていられるほど余裕があるわけではない。


 胸元の宝石を握りしめ、煉夜は祈るように、そして、愛しい人に囁きかけるように、その名前を唱える。


「――生じよ(こい)、[煌輝皇女(ピュアメア)]」


 黄金の光が、天を貫くほどに高く輝く。その煉夜の手元には美しい槍が握られていた。スファムルドラの聖槍エル・ロンド。そして、逆の手には、スファムルドラの聖剣アストルティ。この2つがこの場にあり、そして、……。トランクに収められていたスファムルドラの聖杖ミストルティがまるで意思を示すかのように、黄金の光とともにトランクを破り現れる。

 まるで耳鳴りのような甲高い音が聞こえ、その音が徐々に大きくなる。何かが共鳴して、音を鳴らしあっているかのように。徐々に、徐々に大きくなる音。それに呼応するように、煉夜の持つ聖槍と聖剣、それから聖杖が黄金の光を放つ。

 そして、引き揚げられた巨大な門扉のような形をした「それ」も、また同じように光を放ち始めた。4つの共鳴は、しだいに大きく、強くなっていく。


 先ほどのルアンヌの魔法も含めて、幻想的で、現実感のない光景であった。


「間違いない、これがスファムルドラの聖盾だ」


 一目見た、その時から確信は持っていた。だが、改めて、共鳴を経てそれは確実なものに変わる。この門扉のようなものが、スファムルドラの至宝にして四宝の1つであると。


 その時、船体を揺らすほどの衝撃が結界を揺らす。結界を張っていたため、船体に傷等はないが、それでもバランスを崩しそうになるほどの威力があった。煉夜が湖面を見やると、対戦車擲弾発射器を構える男たちがいた。


「ロケットランチャー……、RPGってやつか?」


 そんな風につぶやく煉夜だが、現代兵器にはあまり明るくない。聞きかじったことのあるのはそんな名前程度であった。


「いえ、あれは、PzF84ですね」


 エクトルがそのように煉夜の言葉に補足した。独国製の携帯対戦車兵器パンツァーファウスト3である。瑞西の陸軍でもPzF84の名称で採用され、日本でも自衛隊が採用しているものである。


「この辺であれを使うということはうちの国の陸軍からの払い下げでしょうか」


 自国の不手際では、と苦い顔をするエクトル。このあたりだとそれこそ独国か伊国、蘭国、墺国、瑞西での入手である。そう考えるならば、陸軍からの払い下げ品と考えるのが普通だ。


「いや、まあ、あの程度ならば防ぎきれるんだが、なあ、あの湖岸に見える、あれ、俺の知っている限りではミサイルポッドとかそういうやつだと思うんだが」


 ロケットランチャーによる対戦車用の擲弾を防げるというのも普通ではない。だが、その煉夜が示す先をエクトルは双眼鏡で見る。そこには間違いなく、煉夜の言う通りのものがあった。


「なっ……、MLRS?!」


 多連装ロケットシステム、通称MLRS。自走式の多連装ロケット砲である。12連装であり、つまりロケット砲12発、再装填に8分。パンツァーファウスト3とは比べ物にならないほどの威力があるのは間違いない。


「あんなものどこから、というか、あんなのも使ったら民間人に被害が、いや、被害がなくとも、大変なことに!

 ていうか、ここに来るまでにどこかの索敵に引っかかるでしょう、あんなもの!」


 エクトルの物言いも当然である。あんな戦争もかくやという兵器が街中を走っていたら、即、瑞西にしろ仏国にしろ、どちらかの政府が情報を得て対処しているだろう。


 だが、そんなことはどうでもよかった。いや、どうでもよくはないが、ひとまず、今気にしている場合ではない。なぜならば、そのロケット砲が発射されようとしているのだから。

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