236話:万物切断の青薔薇の剣
かつて、この世界の英国には、幾本かの聖剣が存在した。現アーサー王が持つ《C.E.X.》と呼ばれるものもその1本である。そして、その中の1つに《切断の剣》と呼ばれた聖剣が存在した。正確に言うのならば《切断の剣》と、そう呼ばれていた。
もっとも、その聖剣のベースとなったのは、本物のデュランダルではなく、絶対に切断するという意味では、担い手とともにそれに限りなく近い概念となっていたとある大剣であるが。そして、その聖剣は、とある青年が担い手となり、先代のアーサー王を打倒したのだが、それはまた別の話である。
仏国に伝わる代表的な聖剣と言えば、シャルルマーニュ十二勇士の伝説に登場する聖剣たちであろう。シャルルマーニュの持つジョワユーズやローランの持つデュランダル、オリヴィエの持つオートクレールなどであろう。もっとも、中には、アーサー王伝説と混じりあっていき、アーサー王伝説に登場した聖剣なども登場するが、有名なものと言えば、やはりその3振りである。
ルアンヌ・シャロンが持つ「青薔薇の剣」も、また、聖剣がベースとなっている。というよりも、聖剣を打ちなおしたものである、と彼女自身が言っていた。
そう、その剣こそは《疑似・切断の剣》とされるものである。本来のデュランダルとされる剣は、絶対的な強さを誇る剣であったが、それゆえに、破壊しようとしても破壊することが出来なかった。このことから、この世界ではジョワユーズが魔物に食われることになるのだが、それは別の話として、それだけの強度を持った剣というのは、ある種の概念となっていた。
そこで、その剣を4つに分割することで、その神聖と性能を引き継ぎながらも破壊できる聖剣というものが生まれた。4つに分割された理由は、デュランダルの柄に収められていた聖遺物が4つだったからである。
そうして、時間を経るごとに、戦いの中でデュランダル達は破壊されていき、形が残ったのは、破棄されたが折られただけで済んだ1振りのみであった。
その聖剣を、とある刀鍛冶が打ち直したのである。本来、剣は専門外である彼であったが、それもでも、「何、昔少し教わって剣はてんでダメだったが、打ち直すくらいは造作もない」と言って、そうしてできたのが「青薔薇の剣」である。
車の上部を切り飛ばしたのも、それゆえである。デュランダルの「切断」の性質を持っているがゆえに、「切る」という行為に関して、その剣は超常の域にある。
「聖剣デュランダル、か……」
煉夜の好むゲームなどにもよく出てくる名前ではあるため、ジョワユーズとともに、その名前は知っていた。しかしながら、その存在を目の当たりにするとは思っていなかったのだ。
「もっともデュランダルの四分の一を打ち直したものであって、原典とはかなり異なるものですけれどもね」
そんな風に言うルアンヌ。今は、車の蹴破ったドアを直すため、それから捕縛した敵から情報を引き出すために、しばし待機しているところであった。
安全性を考えれば、別の車に乗り換えるか、ドアを修理するしかないのだが、別の車を手配していたら、それだけでかなりの時間を消費するし、無理矢理ドアを開けただけなので、破損しているわけでもない。ならば、直した方が早かった。
「それにしても他国のものの可能性があったとはいえ、本当に他国から介入があったとは」
先ほど捕らえた9人と今、捕縛を手配している2人は、仏国の人間ではなかった。具体的な国まではまだ判明していないが、少なくとも仏国の人間ではないことだけが判明した。うち1人が英国人であり、2人が独国人である言質も取ったが、事実かどうかは分かっていない。
「まあ、雇われただけ、という可能性もある。具体的に背後関係を探るのは後だ。今は、レ・マン湖に行くのが優先事項だろう」
少なくとも、現状での優先事項は、スファムルドラの聖盾の安全確保と確認である。この一件の背後関係を洗って、問題を抑制するのは、その後の話だ。どのような思惑があろうと、まずは、英国との関係にひびを入れないようにするためにも、レ・マン湖に向かわなくてはならない。
「今から行っても、向こうに着くのは夜でしょうし、動き出せるのは夜を跨いでからでしょうけれどもね」
そうであったとしても急がない理由にはならない。少なくとも、もう相手が行動を起こしていれば手遅れになる前に動きたいし、まだ動いていないにしても煉夜たちが到着することで抑止力となる。だからこそ、できるだけ早く向かいたいのである。
「それにしても、湖底に沈んでいるから、手出しが難しいとは言え、あまり派手なことをやって傷つけられるとかなっても後々面倒だろうな」
そもそも、国を跨いでいるため、なかなか手だしが難しい場所であるが、それでも、全く手がないわけではない。
「それは傷がつくものである、ということいいということで?」
ルアンヌの言葉が意味するところは、スファムルドラの聖盾と呼ばれているものが、傷がつくものであるという認識でいいのか、という確認である。
「さあ、な。前にも言ったが、俺にも分からない。魔道具の類ではあるから傷つけるのは難しいはずだが、魔力が通っていない状態でもそれが有用なのかどうか……」
少なくとも、聖槍の対の存在であるから、魔力が通っていない程度でどうにかなるものではないと思っているが、それも予想でしかない。聖槍の対にふさわしい「権能」があるというのも煉夜の予想でしかなく、その真実を知るのは、この世界においてはリズだけだろう。いや、リズすらも知っているかどうかは怪しいものであった。
「英国王室に四宝について伝わっているとしても、それがどこまで詳細に伝わっているか分からないからな」
英国王室の秘宝として「スファムルドラの聖杖ミストルティ」が伝わっていたうえ、スファムルドラの聖剣アストルティの名前程度は伝わっていたようであるが、その力などまで伝わっていたのかは不明である。しかし、英国王室に伝わっていたのは聖杖のみである。四宝の話がいくら残っていても、現実に存在しないものについて、どれだけ伝承が残るかも分からない。
スファムルドラ帝国の方でも、失われた聖杖と聖盾については、皇族以外にはほとんど伝わっていなかった。聖槍の権能についてすら、正確に伝承されていたわけではない。
「魔道具の類と言ってもいろいろあるけれども、至宝とやらに共通するものはあるのでして?」
魔道具と一般に称されるものには、複数の系統がある。これは作者の魔術系統や魔術体系、使用用途などでも大きく変わってくるものである。だが、大きく2系統4種に分けられる。
1つ目の系統は「担い手」に関する系統である。
1つは、「汎用型魔道具」である。これは魔力のないものでも使えるが、最初に込めた魔力であったり龍脈から魔力を吸い上げる必要があったり、とにかく、魔力面での制限が伴い、基本的には使い捨てになってしまうものである。
1つは、「特化型魔道具」である。これは、ある特殊な方法にしか使わないことで、その行いに限り、高い性能を発揮する魔道具である。
2つ目の系統は「使用時」に関する系統である。
1つは、「常時発動型魔道具」である。魔力を込めなくても発動するものである。汎用型のほとんどがこれに分類される。常時展開されるだけあって、魔力の消費が激しい。
1つは、「使用時発動型魔道具」である。魔力を込めたら発動するもので、とっさに弱いものであるが、魔力の消費を制限でき、込める量などで調整できる点で優れている。
煉夜の持つスファムルドラの聖剣アストルティやスファムルドラの聖杖ミストルティは、「使用時発動型兼特化型魔道具」であり、一件、「権能」の発動時に魔力を込めるように見えるスファムルドラの聖槍エル・ロンドは実は「常時発動型兼特化型魔道具」である。この例に則るのならばスファムルドラの聖盾もまた「常時発動型兼特化型魔道具」であるはずだが、あくまで根拠のない推測でしかない。
「常に効果を発揮しているタイプであってもスファムルドラの外であるから、龍脈から魔力を吸い上げることもできないだろうし、魔力切れを起こしている可能性は十分にあるだろうな」
スファムルドラの聖槍は、「スファムルドラ帝国」という地にあるからこそ、常に魔力を供給され続けていたのである。それを考えるのならば、少なくとも数百年間は湖底に沈んでいたスファムルドラの聖盾が、十分に魔力を供給されていない可能性は否定できない。
「その場合は、どうやって魔力を供給するのでしょう。普通は、その国の龍脈で回復させるものですが『不明物』ですから不可能ではなくて?」
それ以外ならば、担い手が魔力を注ぐことで少しは回復するが、基本的に「常時発動型兼特化型魔道具」というものは、魔力の消費がバカにならない。そのため、あまり作られるものではないのだが。
「まあ、それに関しては当てがある。どうにかなるだろう」
当て、というのは当然ながら、スファムルドラの聖槍エル・ロンドの「権能」である。あれならば、その場所をスファムルドラ帝国そのものにするため、龍脈もスファムルドラのものだ。スファムルドラの龍脈で、かつ、直接それを注ぎ込めるのならば、すぐさまに十分な魔力を与えられるだろう。
「当て……、魔力の源泉でもあるのかしら」
魔力の源泉とは、魔力の吹き溜まりと似たようなものである。純度の高い魔力が多く放出されている場所であるため、確かに、魔力を充填できる可能性はある。
「まあ、その辺は追々話すことになるだろう。それよりも、どうやら、ドアの修理が終わったみたいだ。行くなら急がないとな」
追々話すことになる、というのはあながち間違いではない。レ・マン湖に着けば、まず間違いなく、聖槍と聖剣を使う必要がある。共鳴のために、それを使うのだから。そうなったときに、それらについて、前に後回しにした説明をする必要がある。
「では、行きましょうか。無駄話など、車の中でいくらでもできるはずですもの」
そうして、一路、レ・マン湖のほとりジュネーブへと向かうため、リヨンへと向けて出発するのだった。




