235話:青薔薇は朝日とともに
ブールジュはパリの南西にある都市である。この都市において、有名なのは中世の仏国で建てられたサン=テチエンヌ大聖堂、通称ブールジュ大聖堂であろう。ゴシック建築の中でも異質な雰囲気を持つ。
この建築物の何よりもの特徴というのが統一性だろうか。モチーフテーマが統一されているため、その一体感と規模の大きさで言えば、仏国におけるゴシックの代表作の1つに数えても過言ではないものである。また優美なステンドグラスや彫刻なども特徴的であるが、一度、戦争により大きく傷ついているため、修復作業なども行われている。
もっとも、煉夜たちがそこに寄るようなことはなく、そのまま素通りするだけなのだが。オルレアンからこのブールジュまでの間に襲撃のようなことはなく、陽の光も高くなり始めた朝の日差しがまぶしい頃である。
ここからリヨンに向かうには南下していく必要があるのだが、襲撃が本格化するならばこの先であろうことは、あらかじめ予想ができていた。
仏国は元々自然公園のような大規模な緑地が多いが、南部には山脈があるため、山地である。仏国と西国の国境であるピレネー山脈、瑞西のアルプス山脈、この2つがあるため、南フランスは自然豊かなことで有名である。
都市部では目撃者を考慮すると襲えない場所も多いが、少し逸れれば話は別である。つまり、ここから先が、襲撃が激しくなるのはひっきょうと言えよう。
「9人……いや、11人か。車に乗って魔法を待機しているやつが5人、運転手含め7人、外で待ち伏せているのが2人、距離を取って狙撃の準備をしているのが1人、同距離で遠視の魔法を発動しているのが1人。合計11人だ」
煉夜の知覚域に入った魔法使いの気配。どう考えても、その狙いは、煉夜やルアンヌの乗っている車であることは明白であった。
「11人、思いのほか少ないですけれども」
ルアンヌ達の予想では、もう少し大規模な攻撃に遭うと考えていた。11人というのは、予想を大幅に下回る。もともと仏国上層とは乖離した意見であり、立場的に弱い少数派閥であるとしても、もう少し人数を用意してくると考えていた。
仏国の魔法使いの数はそれほど多くない。そのうちの多くが、ルアンも所属する不明物治安総局に所属している。それ以外の組織に所属しているケースはあるが、国を敵に回すことに協力するような状況に力を貸すのは思いのほか少なかったようである。
「まあ、魔法使いだけではないようだし、それにそこらの有象無象とは違って、きちんと組んだチームだろうしな」
ただ11人の敵がいるのと、11人の集団が敵なのでは全く違う。特に、チームであるならば連携や作戦など、1人の力を何倍にもすることができる。それゆえに、チーム相手ならば、それなりに警戒が必要だ。
「狙撃手とともにいる遠視を使っている魔法使いが観測手である可能性は高いのと、全部でチームならば、遠くから全体を見える位置に立っているということで指揮係の可能性が高いだろうな」
狙撃するにあたり、狙撃手はスコープで狙いをつけて撃たなくてはならない。短距離から中距離……長距離も含めても単独で狙撃する狙撃手はいるが、超長距離になると、単独では難しく、着弾地点、風、その他の要素からどの程度調整するかを自身のみで瞬時に判断するのは不可能である。それを指示するのが観測手である。
そして、全体の指揮を執るならば、その様子を見渡せる位置にいるのが最も効率的である。そのため、その彼が指揮官を担っていても不思議はない。ましてや、視力の強化ではなく遠視の魔法を使っていることを考えるのならばなおさらである。
遠視の魔法は、煉夜たちがよく用いる視力の強化とは全く別の魔法である。遠視の魔法とは、「遠くを見る」という言葉ではあるが、単純に視力を強化するわけではなく、一種の透視に近いことなども行えるうえ、明らかに遮蔽物があって見えない空間すらも見える。視力をあげたところで、遮蔽物があれば見ることはできない。つまり、待ち伏せなども見抜くことが出来、相手が何かを隠したり、どこかに隠れたりしてもそれを見抜けるのだ。
「そうなると、第一に潰すべきは、狙撃手と観測手ですけれども、こちらは位置的に無力化に時間がかかる、ということでしょう。まあ、普通ならば」
そう位置的に考えても、普通ならば知覚できない長距離であり、かつ、魔法ではない物理攻撃である狙撃とそれを指示し、全体を指揮するものがいるというのは、対遠距離を準備していない限り、対応できずに終わってしまうだろう。
普通ならば、であるが。煉夜が遠距離に対しても有用であることは、空港であったときに、遠くで待機していた仲間を無力化されたことでルアンヌも知っている。ましてや、この時点で、その存在を知覚しているのだから、ならば、今すぐにでも無力化できてもおかしくない。
「チッ、……詠唱が終了したみたいだな」
なので、狙撃手を無力化しようとした瞬間、先に相手の魔法が完成して放たれた。相手の方が前もって準備していたのだから、そうなるのは当然である。
煉夜ならあるいは、索敵と同時に危険と判断して潰すこともできたが、ここは仏国領内であるうえ、攻撃してきてもいない敵を一方的に潰すのには、一応、ルアンヌの許可を要する。そして、その状況でも、煉夜ならば、相手の魔法を無力化すると同時に狙撃手たちも無力化できるかもしれない。
だが、現状での最優先保護対象は「英国王室の秘宝」であるスファムルドラの聖杖ミストルティである。煉夜個人やルアンヌが狙われているのならば、まだ、そんな大雑把な対処で魔法と狙撃手を潰してもいいのだが、この状況においては、迫っている魔法を確実に無力化することの方が、優先度が高いと判断した。
「雑な魔法だが、威力はそれなりだな」
もっとも「それなり」と言っても、煉夜やリズに比べてであり、それなりに時間をかけて詠唱したうえで考えれば妥当な威力というものだ。そもそも、それでも煉夜たちの威力にははるかに及ばない。
「まあ、もっとも、いくら威力がそれなりでも、雑だから簡単に崩せるが」
魔法とは、元々、魔力を編んで構成したものである。呪文や動作、儀式などがそれを構成するための「式」である。一概には言えないが「式」が長いということは、それだけ難しく複雑であると言える。「式」の長さは、詠唱の長さであったり、行動の回数であったり、生贄の量だったり、それぞれの魔法体系で変わってくる。
そのため、普通は、その難解な「式」を横から弄って瓦解させるというのは難しいことである。それはどこを弄ればいいのかを一目で見抜き、的確に弄らなければ、きちんと瓦解させることができないからだ。
今回、煉夜が「雑」といったのは、その「式」のことである。であるからして、煉夜は、相手の魔法をいともたやすく、ただの魔力へと戻し、世界へと還元させることが出来た。
「ルアンヌさんの弁を信じるのならば、『仏国では魔法に美を求める』のではなかったか?今の魔法には全く持って『美』が感じられなかったが」
確かに煉夜が感じたように、今の魔法は、美とはかけ離れた粗雑な魔法であった。ルアンヌの家の魔法や空港でルアンヌが使っていた変装魔法とは違う、魔法を道具として扱う類の、それこそ煉夜に近い魔法の使い手であることが感じられた。
「それは他国の魔法使いを雇った、と?」
煉夜の言葉に込められた意味を的確に読み取って、ルアンヌは煉夜に問い返す。それに対して、煉夜は次の魔法に対抗しながら言う。
「さあ、それはどうかわからない。さすがに『美を求める』というのは国柄であって、個人や組織によってはそれを求めない人もいるにはいるだろうからな。だが、少なくとも、仏国色は強くない連中だろうな」
英国との亀裂を作りたいという派閥は、過去の国同士の因縁から続く嫌悪感を基にしている派閥であり、言ってしまえば、行き過ぎた愛国心から行動しているのである。だが、そうなると、今回雇われている魔法使いたちは、その派閥とは毛色が異なる。つまるところ、ただの仕事として、か、あるいは、英国と亀裂が生じることにメリットがあるどこかの組織であるということである。
「なるほど、面倒ごとではあるようですが、それはいつものことですものね」
そういいながら、ルアンヌは傍らの剣を取る。もうじき、敵と接触するぐらいの距離であることは、彼女自身の索敵でも少し前に気づくことが出来た。もっとも、相手がバカスカ魔法を打ち込んで、強い魔力を発していたからという条件付きで、だが。
「では、予定通りの役割分担で」
走行中でロックのかかった車のドアを蹴破り、それと同時に、示し合わせたように車が徐々にブレーキをかけ始めて、車体をスピンさせ、ドアを敵の方向に合わせて停止する。それと同時か、若干早いくらいのタイミングでルアンヌは、敵の載っている路肩に停車した車に向かって飛び出していた。
放たれる魔法の山は、煉夜が的確に無力化していく。敵が躍起になってどうにか魔法を届かせようとする中、ルアンヌは、その剣を抜いた。
まるで、透き通る氷の様だ、とそんな感想を抱くほどに美しい、薄っすら青色に染まる刀身。華美な装飾はないが、ただ一つ、青い薔薇が巻きつき咲いているかのようにあしらわれている。彼女が、その剣を「青薔薇の剣」と呼ぶのは、まさしく、剣をそのまま言い表しているからである。
その剣が、弧を描くように振られた、その時、停車していた車の上部がきれいに切り飛んだ。その光景は、さすがの煉夜も驚きを隠せなかった。
消し飛ばすのならば煉夜でも似たようなことができるだろう。アストルティに魔力をあらん限り込めて振るえば、できなくはない。だが、「切り飛ばす」ということは、さすがに、煉夜にも難しい。
だが、煉夜もいつまでも呆けているわけにはいかない。放たれる魔法を無力化しつつ、ルアンヌのおかげで隙が生まれ、魔法の雨あられが弱まった間を狙って、狙撃手と観測手を魔法で無力化した。
そうなれば、気を遣う場所が一つ減り、全力で魔法を無力化しつつ、ルアンヌへの援護もできる。
結果は、圧倒的だった。ものの数分もしないうちに、2台の車は大破し、11人の集団は無力化され、縛り上げられることとなった。




