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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
黄金週間編
234/370

234話:人形師気取りの操人形

 ゴルフ場に侵入した者たちが捕らえられたのは、それからほどなくしてからであった。あまりにもあっけなく捕縛されたが、素人に毛が生えた程度の相手ならば、それも当然だろうか。一応、煉夜は、その手引きをしていた裏にいる者たちの様子もうかがっていたが、使い捨てと完全に割り切っていたようで、捕まった時点で監視をやめた。


 捕まったものたちから情報が漏れる事がないように手は打っているだろうし、それでも監視をしていたら、逆探知で関与が疑われる。だから、詳細な取り調べが始まる前に、監視を打ち切ったのだろう。もっとも、すでに煉夜が探知していたので、そんなことは意味がないのだが。


 ひとまず、その夜の襲撃は、一段落というところだろう。念のために警戒はしているが、他の勢力も、裏で手を引いていた者たちも、ひとまずは様子見ということで、今の段階で手を出してこないだろう。少なくとも、嫌がらせのようなことはともかく、大きな行動はないと煉夜もルアンヌも考えていた。


 行動があるとしたら、夜明けとともに。まずは裏で手を引いていた者たちが、侵入者を口実に警備に文句を言ってくることが予想される。しかし、それに関しては、有無を言わせないだけのものを用意した。

 そして、警備に手を出せない以上は、直接的な行動に出るほかない。そして、その直接的な行動こそが、煉夜やルアンヌの十八番である。






 予想通り、というべきか、夜明け……正確には夜明け前、というべきだろう。日が昇る前に、幾人かが、まとまってルアンヌの家の門戸を叩いた。


 来ることが予想できていたので、すでに誘導の魔法と認識阻害の魔法は解いてある。それから、無論、この派閥とは無関係で、かつ、信用のおける場所に、すでに、ゴルフ場にこの家の敷地を再現した旨は伝え、確認もされているだろう。それも、報告は少なくとも侵入事件の前に済ませてある。


 そうでなくては、侵入事件の後に作ったと難癖をつけられかねない。一時で、そんなことが可能であるなど馬鹿げた話であるが、付け込む隙であるならば揚げ足でも何でも取るだろう。もっとも、本当に、すぐさまできたものであるのだが、それこそ、信じられない話である。


「ええい、ルアンヌ・シャロンを出せと言っている!念のためにと見張らせていたのだ。間違いなく侵入者がいたはずだ!」


 そんな風に怒鳴り散らす者たちに対して、ルアンヌは証拠を万全にそろえて、その獰猛に吠える小型犬のように器の小さい男たちの元へ向かう。無論、そんな小さな獣には十分すぎるまでの「獣狩り」を連れて。


「おや、どうかしましたか。しかし、このような夜明け前に女性の家を訪ねるなど、非常識も甚だしいものですが、それほどまでに緊急な案件ということでよろしいでしょうか」


 あくまでとぼけるように言うルアンヌに、苛立ちを隠せない男たち。しかし、ここで怒鳴り散らせば、付け入れることも付け入れないと判断して、歯を軋ませながら、どうにか堪えようと必死にしていた。


「どうしたもこうしたもないだろう。英国のことが心配だったのでな、悪いが見張らせてもらっていたが、侵入者があったようではないか!そんな警備で英国の宝が任せられるはずもない。増員を手配すべきだ!」


 全く持って予想から外れることのない単純な男たちに、ルアンヌは思わず笑いそうになったが、それを何とか落ち着かせ、それでも笑みを浮かべる。その笑みは、不敵な笑みと表現するのが、一番しっくりくるだろう。


「いえ、見張っていることには気づいていましたよ。まあ、見張っていた対象は、この『ルアンヌ・シャロン』ではなく、あなた方の言う『侵入者』の方だったみたいですけれども」


 すべてを見抜いているぞ、と言わんばかりの発言に、男たちは一瞬たじろぐが、侵入者という切り札がある以上、彼らの中では、まだ、自分たちの優位が変わらないと思っている。


「何のことだか分からないな。それよりも、侵入者があったことは事実なのだろう?」


 あくまで白を切って、自分たちの主張を押し通そうとする男たち。それに対して、ルアンヌの表情は一切変わらない。


「あら、先ほども言ったと思うのですけれども、『あなた方の言う侵入者の方』と。つまり、こちらとしては、それを侵入者と呼んでいないということですけれども、そもそも、その侵入者と呼ばれる方々は、どこに対して侵入したものなのですか?」


 どこまでもとぼけた振りをして、とルアンヌに対して怒りを強める男たちであるが、勝てる勝負をむざむざ捨てるわけにもいかず、どうにか抑え込もうとする。


「どことは、ここ以外にあるわけないだろ!」


 必死に抑えても、それでも語調が荒くなってしまう。ルアンヌは、それに対して、挑発するように笑みを浮かべていた。


「おや、おかしいですね。だって、この家の敷地には、昨日の夜から今日の今、この時まで不審な人物の侵入などなかったはずですもの」


 男たちは口々に「そんなはずはない!」、「嘘をつくな」と怒鳴る。だが、ルアンヌは、全く意にもせず、言葉を続ける。


「ただ……、この近くのゴルフ場には、夜中に忍び込んだ人がいたみたいですけれどもね」


 その言葉を聞いて、怒鳴りつけていた声が止む。その時に、「まさか」という思いが男たちに浮かんだからだ。しかし、「そんなはずはない」というのも同時に思っていた。


「もっとも、そのゴルフ場には、一時的に、この家の敷地を魔法で再現していましたので、この家を狙った侵入者だという可能性は否定しきれませんが、それでも、当家ではなく、そちらに侵入者が入ったということは、きちんと守れているという証拠。それを、侵入者がいると騒ぎ立てて、セキュリティを疑うなど、名誉棄損もいいところですもの、どうなるか、わかっておいでですよね」


 ゴルフ場に、一時的に魔法で敷地を再現などという非常識極まりないことが現実的に起こっているのか否か。普通に考えればあり得ない。少なくとも、きちんと周辺の地理ぐらい調査して、作戦を決行している。調査段階では、そんなことはなかった。


「無論、忍び込んだものがいたから、後からつくった、などということはないですよ。国に許可も取って、それも確認されているのですもの。まあ、信じられないようでしたら、いくらでも確認をしていただいて構いません」


 向こうも、ルアンヌがこう言い切るのだから、証拠などをしっかり固めていることは理解できた。だからこそ、これ以上、手が出せなかった。


「ど、どうやら、何かの勘違いだったようだ」


 とそんなことを言いながら、男たちはそそくさと散っていった。これで、一息つけると同時に、敵の動きを考えるならば、そろそろ動き出さなくてはならない。






 動き出すのは早い方がいいと考えたルアンヌ達は、日の出とともに、家を出た。走行ルートを変更せずに、予定通りベルサイユからオルレアンを通り、ブールジュ、リヨンと経由し、国境を越えてジュネーブに入る。問題があるとするならば、その道中の襲撃だろう。


 大きな都市の中で襲撃があるとは考えにくいので、襲撃があるとするならば、オルレアンとブールジュの間、ブールジュとリヨンの間、リヨンと国境までの間だろう。まあ、都市内で、誘導じみた嫌がらせ程度のことはあるだろうが。


 少なくとも、ベルサイユからオルレアンの間での奇襲は、間違いなく間に合わないだろうし、家の周囲くらいは警戒網をしいていると判断して襲ってくることはないだろう。そう判断し、煉夜とルアンヌは車の中で、これからどう動くかを話し合っていた。


「少なくとも、ただの襲撃ならともかく、魔法を行使されると面倒なことこの上ないのだけれども、その対処はそちらにお任せしても構わなくて?」


 魔法の発動速度において、現在、仏国内にいる誰よりも早いのは煉夜であろう。速度と威力において、リズと煉夜の魔法ほど優位なものはない。ルアンヌも魔法で敵に対処することはできるが、やはりリズや煉夜と比べると、簡単な詠唱や触媒の用意が必要になる。

 それを考えれば、魔法の対処は煉夜に任せてしまった方がいい、と結論づけるのは当然のことと言えた。


「それは、まあ、構わないが。そうなると、無詠唱で敵ごと魔法を粉砕する手と、剣で相手を無力化しつつ魔法で相手を無力化する手のどちらかになるが、その間の秘宝の守りは任せていいと考えてもいいのか」


 煉夜の物言いに、ルアンヌは思わずきょとんとした。そして、こめかみに指をあてて、顔をしかめる。


「護衛のスタンスを貫くのは構いませんけれども、それでは効率と負担が悪すぎるので、車内から秘宝を守りながら魔法を撃退するだけでいいのだけれども。まあ、余裕があれば魔法で援護してもらえれば」


 ルアンヌとしては、魔法の対応に専念する煉夜と他の敵を相手にするルアンヌ自身という前衛後衛の形を想定していた。というよりも、普通はその形を想定する。煉夜は護衛としてのスタンスを優先したというよりは、一人でどうにかなる範囲のことであると思っていただけのことであるのだが。


「それはいいんだが、ルアンヌさんの剣の腕がどの程度なのか、俺が把握できていないからな。本当にそれで大丈夫なのかが、不安、というだけだ」


 普通に聞けば、失礼な物言いだと思うだろうが、煉夜の力を目の当たりにしたルアンヌは、それが失礼だとは思わなかった。そもそも、彼女自身、自分の剣の腕を達人並みだとは思っていないのもある。

 あくまで、彼女が剣で敵に優位に立てるのは、自身の持つ剣があってこそである。それを理解しているからこそ、ルアンヌは、煉夜の言葉に笑って返す。


「それは戦いを見れば分かるはずですけれども。なんなら、今、車を降りて数合打ち合ってみます?」


 煉夜としてはそれにも興味があったが、今はそんなことで時間を食っている場合ではないということも理解していたし、当然ルアンヌが冗談でそれを言っていることも理解していたから、肩をすくめる。


「やめておこう。楽しみは後にとって置くタイプなんだ、俺は」


 そんな風にいう煉夜たちのいる車の窓は、ロワール川を映し出していた。ロワール川。オルレアンの中ほどを流れる川であり、リヨン近くの山中から大西洋まで流れる川である。オルレアンで有名な話と言えば、オルレアン包囲戦の際に、オルレアンを解放し「オルレアンの乙女」の異名を得たジャンヌ=ダルクであろう。

 本来ならば、マルトロワ広場などの多少の観光スポットはあるので観光でもしたいところだが、今はそれどころではないため、このオルレアンを通過し、ブールジュへと向かう。

2019/1/30 3:30 一部誤字を訂正

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