232話:青薔薇の姫騎士と聖剣
襲撃があるだろうと仮定したならば、次は、その襲撃があるであろう場所の予測である。現在いるシャロン家の別邸も狙われやすさとなれば、かなり高い。花の結界で油断して侵入できそうだと踏むものもそれなりにいるだろう。
それ以外ともなれば、移動中の襲撃が最も効率的だろう。相手に逃げ場がないという意味では、それこそ、最適な場所ともいえる。
ルアンヌの予定では、この後、オルレアン、ブールジュ、リヨンと経由して、国境を越えてジュネーブへと向かう予定である。おそらく、この都市間の移動を狙うだろう。
「別段、この家の警備を疑うわけではないが、国の上部にも英国反対派がいるとすると、色々と面倒臭いことをされそうな気がするが大丈夫なのか?」
強制的な権利を主張してきたのならば、色々と面倒な気がすると煉夜は言うが、それに関しては、ルアンヌはさほど心配していなかった。
「大丈夫。そんなことをすれば、明確に、『ルアンヌ・シャロンを狙った』と主張されるうえ、その際に秘宝に何かがあれば、ルアンヌ家の管理体制以前に、この緊張状態のときにそんな警備を割かれるような行いをした相手にお咎めが行くはずだもの」
そんなリスクの高いことを相手が行うはずもない。相手が追いつめられたような状況ならともかく、まだ、襲う機会がいくらでもあるのに、ここでそんなことをしてしまえば、相手にとって面倒になるだけであることは間違いなかった。
「だから、あるとすれば、この家への襲撃でしょうけれども、秘宝は、この『ルアンヌ・シャロン』が守っている以上、奪われるようなことはないもの」
その自信溢れるさまに、煉夜は感心した。確かに、リズからもらった資料には、氷と雷の魔法が得意とされていたが、ここまで断言するからには、それなりの根拠があるのだろう。ただの自信過剰という可能性もあったが、煉夜の実力を多少でも見たうえで、自身の力をこう評価しているのだから、それだけのものがあるはずであると判断した。
「魔法の腕はいいと聞いているが、それだけのものがあると思ってもいいのか?」
というのは、もし侵入者があった際に、花の結界の下の結界を潜り抜けた猛者を、秘宝とルアンヌを守りながら戦うというのは、煉夜にとっても面倒くさいことであった。しかし、秘宝を守るだけの自信があるというのならば、守りは任せて問題ないのか、ということである。
「ええ、いざとなれば、属性結界の三重形成で、秘宝だけは絶対に守り切れるはずですもの。その間、他の魔法は使えないでしょうけれども」
属性結界というものに関して、煉夜は、その単語自体に覚えはなかったが、言葉の意味は理解できていた。要するに、炎の結界や風の結界というような属性を持つ結界だろう。そして、ルアンヌの得意属性から、三重形成とは、氷、雷、氷と雷の三重であろうということも何となく理解できた。
「他の魔法が使えないというのは、魔法の制御に振り切るからか。だが、そうなると、自分も結界の中に入れるのだから、防御一辺倒で時間を稼ぐ感じか」
秘宝を守り切れると断言できるだけの結界である。他の魔法にリソースを割く余力がなくとも、結界の中で自身を守ることくらいは可能であろうと煉夜は思った。
「無理。結界の中に入るということは、その身を防寒具無で北極か南極にいる以上に寒いような空間ですもの。魔法が使えないから、身体を温めるのも不可能ですし」
煉夜のような場合を除いて、魔法で身体強化して、身体の温度などを調節するが、他の魔法が使えないのならば凍死することも考えられる。
「それは……大丈夫なのか。魔法無しで身を守らざるを得ないだろうに」
もっとも、それで身を守れるだけの自信があるから、先のように発言したのだろうとは思っていたので、煉夜はさほど心配していないが。
「ええ、『青薔薇の剣』があるので、それなりに剣術もできますし、そもそも、この剣と打ち合えるだけの剣はほとんど存在しないので」
それは、暗に彼女の剣がタダの剣ではないということと、その力を使うのに魔力が要らないという2つのことが分かったのである。いわゆる魔法剣の類などは、それなりに……といってもかなり希少ではあるが、それでも流通はしている。だが、それを使うには、魔力が必要だ。だが、彼女は、魔法が使えない状況でもその剣で打ち合えるものはほとんどないと豪語したのだ。そうなれば、その剣の力を使うのに魔力はいらない、その剣自体が一種の魔法道具の類であることは明らかであった。
「それなりに、か。まあ、ルアンヌさんの言うそれなりは、きっとそれなりではないだろうが、まあ、戦えるのなら問題ないな」
煉夜の見立てでは、ルアンヌの剣術の腕は、それなりに腕が立つとみていた。いくつか理由があるが、まず、立ち居振る舞いが、魔法使いというよりは剣士のそれであった。間合いが、常に、相手の剣からわずかに外れた位置で、かつ、踏み込めば切ることができる絶妙な間合いであった。
むろん、煉夜のように、槍を使うものからすれば、まだ間合いの範囲内である位置。だからこそ、剣を中心に扱ってきたことは、間違いないだろうと判断できた。
「しかし、普通の剣では打ち合えないということは、聖剣や魔剣の類か。仏国に伝わる聖剣と言えば、ジョワユーズか?」
特に青薔薇の逸話はないが、仏国という国に伝わる聖剣ならば、有名なものがいくつかある。中でもナポレオンの戴冠式の絵にも登場している。もともとは、シャルルマーニュ十二勇士で有名なシャルルマーニュことカール大帝の持っていた剣として有名だ。
「残念ながらジョワユーズは、失われて久しいもの。ムッシュアオバが前に、その存在を確認したと言っていたけれども、その後どうなったかは分からないと言っていたし、今、この国にあるのは、ナポレオンが造らせた別物なの」
カール大帝が死に際に、ある魔物に食わせて処分したとルアンヌは聞かされた。それが事実かどうかはともかく、現在、この国にないのは事実だろう。
「それだったら……っと、その前に、2、3人ほど、この家の敷地周辺をうろついているな。気配の消し方からして素人に毛が生えた程度だろうが、問題は、その背後にいるやつらだな」
別の剣の名前を出そうとした煉夜の知覚域に、雑な魔法使いの気配が入る。それはあまりにもお粗末なものだったが、警戒しないわけにもいかない。
「こちらでは、まだ感知できていないようですけれども、どのくらいの位置まで分かるものなのです?」
ル・シェネにあるルアンヌの家から、煉夜の知覚範囲は、最大限開けばパリ中心部に届き得るが、現在広げている範囲は、せいぜいベルサイユ市内だけである。
「地理が分からないから何とも言えないが、このうろついている連中なら、そう遠くはない。明確に、この家に向けて探査の魔力が微小に漏れ出しつつあるからな。まだ、魔法は待機段階なんだろうが、その漏れを感知した。場所は、この辺か」
携帯端末の地図情報で、大体のつかんだ位置を確認する。3か所ほどタップして、印を打ち込んだものをルアンヌに渡した。
「今から気づかれないように確認を。カヌラ、家に秘匿通信をつなげてもらえる」
身振り手振りを交えてカヌラに指示を出すルアンヌ。カヌラはうなずき、すぐに行動を始めた。一方、煉夜は、さらに意識を遠くに伸ばしていた。それは、今、うろついている人物たちの裏にいる人間を探るためである。
素人に毛が生えた程度の人材を雇ったのは、いざというときに切り捨てるためであることは明白。それに、それ以外の利用方法がいくつもある。だが、いずれにしろ、その雇ったものたちを簡単に監視くらいするだろう。だから、その魔力をたどっているのである。
「裏にいるやつらの場所は分かったが、思いのほか近かった。いくつかの結界をすり抜けたような感覚があったから、おそらく、どこかに拠点があるんだろうな。そうなると、簡単に踏み込めない場所、家だろうな」
民家ともなれば、証拠がなければ簡単には入れない。どうせ依頼も足が付かないように、何人もの中継をかませているであろうことから、証拠をつかむのには時間がかかるし、このような方法で探知されるとも思っていなかったのだろう。
「探知増幅器もなく、個人でこれほどの精度が出せるとなるとは……、本当に人間なのか疑わしいくらいですもの」
英国、特に王立魔法学校のように、魔力の操作を重点的に教えて魔法使いを育てるような環境がある国では、煉夜のように魔力を広げた大規模な探知も、規模や精度こそ魔力量の関係で煉夜には及ばないが、行うこともできる。だが、仏国では、あまり主流ではなく、基本的に「探知用魔力増幅器」を使って、広範囲のものを探知する米国などでつくられた機械と魔法の融合したシステムを取り入れている。
「そんなことよりも、おそらく奴等はトカゲの尻尾だと思うぞ。おそらく花の結界すら見破れない程度のな」
せいぜい、結界を突破してここまで侵入できたのなら御の字、程度の理由で雇われているのだろうと、煉夜は予想していた。
「それでもって、結界が破られれば『賊に結界を破られたそうですが、そんな環境で英国の秘宝を守れるかどうか心配ですから増員しましょう』、結界が破られずとも『怪しい動きをしている者たちがいるようなので増員しましょう』と言って、自分の手のものを潜り込ませるとか、そんな感じだろうな」
裏にいる英国反対派も、仮にも仏国で若い女性ながらも今の地位にいるルアンヌの家の警備が、そこらの賊に抜けるほど容易なものだとは考えてはいないだろう。
「前者は断ろうにも、『結界が破られた』という結果がある以上、断れず、後者は後者で、おそらく本当に善意で力を貸そうとする英国反対派以外の人員も集めて断りづらくしてくるはずでもの。英国との協力を認める派閥では、逆に、そのままの通り、この秘宝が誰かに奪われるのは避けたいでしょうもの」
つまりは、英国協力派と英国反対派、どちらも、この状況では、人員を送りたがるのである。だからこそ、今夜、誰かに侵入される・されそうという事態は、未然に防がなくてはならないのだ。
未然に防ぐことができれば、裏にいる者も名乗り出ることができない。なぜなら、そこで賊の話をすれば、自分が犯人であると言っているようなものだからである。
「しかし、困るのは、何か行動をしてからではないと、捕らえることができないってことか。何かをされたら、裏にいるやつが出張ってくるが、何かされないと捕まえられない。面倒な」
さすがに何かをしそう、というだけの理由で捕まえることはできないだろう。しかし、何かをした時点で、裏にいる英国反対派は喜々として飛んでくるだろう。
「仕方ない、か。小細工の類は苦手なんだがな……。ルアンヌさん、この家の敷地と同じくらいの広さ……もなくていいんだが、遮蔽物のない開かれた土地ってこの近くにあるか?」
本来ならば、それこそ、賊と思われるものを眠らせてしまえばいいのだが、よもや気づかれるとは思わないが、万が一発覚した際には、英国反対派が「歩いていた一般市民に魔法を放って眠らされた」と難癖をつけて煉夜を護衛から外そうと動きかねない。
「ゴルフ場なら、どうにかできるとは思いますけれども、そんなことを聞いてどうするのか、これに関しては話していただけるのでしょう?」
スファムルドラの四宝の証明方法を話さなかったことを若干根に持っているのだろう。少し嫌味っぽくルアンヌは煉夜に言った。それに対して、煉夜は、苦笑い気味に説明をする。
2019/1/30 3:30 一部誤字を訂正




