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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
黄金週間編
231/370

231話:英国との所以と因果糸

 ここでは、「英国王室の代理」でも「リズの代理の護衛」でもなく、あえて「リズの代理」と称した煉夜。しかし、それは冗談でも嘘でもなく、事実として、本来の役割はそうである。リズが動けないため、「スファムルドラの聖盾」を確認する役割として煉夜は、この仏国を訪れたのである。


「なぜ、『スファムルドラの』という言葉が、杖にも、湖底で発見された盾にもついていると思う?」


 唐突に、切り出された煉夜の話に、ルアンヌは一瞬考えたが、それが「リズの代理」という部分につながるのだろうと思い、その意味を明確に考える。だが、知る限りで「スファムルドラ」という単語は知りえない。だから、人名か地名、固有名詞の類であると考えたが、そういった地名や人名を聞いた覚えがない。


「分からない、と言えば満足でして?」


 若干不満げに、彼女は煉夜に言う。煉夜も明瞭な答えが彼女から返ってくるとは思っていなかったので、苦笑しながらも、話を続ける。


「この『スファムルドラ』というのは、正式な名前を『スファムルドラ帝国』という、いわゆる地名だ。もっとも、この世界の地名ではないけどな」


 聞いたことのない国の名前なので、煉夜の言っていることにも一理あるが、ルアンヌからしてみれば、その証拠はどこにもない。リズと煉夜が共謀してたばかっている可能性も十分にある。だから、それを鵜呑みにはできない。


「例え、そうだとして、それが『リズの代理』というのと何の関係が?」


 今のところ、預かっているものと湖底に沈んでいるものが、異界からの漂流物なのではないか、ということが判明した程度であり、それが煉夜とは何も結びついていない。


「ああ、それだけだと、俺とは何の関係もない。だが、そのスファムルドラに伝わる至宝にして四宝とされるものには、こういう言い伝えがある」



――騎士が剣と槍を持ち戦い、姫は盾で身を守りながら杖で魔法を放つ。



「このうち、ルアンヌさんが預かっているそれが姫の持つ杖で、湖底に沈んでいるのが姫を守る盾だ。そして、それらは持ち主を明確に選ぶ。杖がリズを選んでいる以上、盾もリズのものであると思われる。だが、証明するには、リズ自身と杖と盾による共鳴が必要になる」


 そう「リズ自身」が必要になるのに、そのリズがいないというこの事態に対して、その「代理」として煉夜が派遣されたのである。


「その担い手の共鳴の他に、もう1つ、それがスファムルドラの四宝であることを証明する方法がある。そのために、俺がここにいる、というわけだ。無論、その証明が済んだ後に、ミスターアオバ……こっちの国では、ムッシュアオバか、彼にでも鑑定してもらえば、異界からの漂流物かどうかも判明するだろう?」


 この場合、一番優先すべき目標は、それが本当に「スファムルドラの聖盾」であるのかを証明することである。そして、できれば、それにより、英国に所有権があることを証明できればいいが、それは難しいことは煉夜もリズも分かっていた。だが、少なくとも、英国の秘宝と関連があることの証明だけでもできれば、色々と手段は生まれるのだ。


「その方法が何か、ということは教えてもらえないので?」


 本来ならば、教えても構わないのだろうが、煉夜は苦笑いでごまかした。なぜならば、杖と盾が異界からの漂流物だとして、それと共鳴しうる剣と槍を持っているのは何故か、と聞かれれば、長い説明が必要になるし、ムッシュアオバの前例があるとは言え、簡単に信じられる話でもない。だからこそ、今は、話さない方がいいと判断したのである。

 もっとも、実際に共鳴を見せた際には、そのことも話さなくてはならないので、結果として後回しにしただけに過ぎないが。


「まあ、そういうわけで、その方法を知っている唯一の人間である俺が、今回『リズの代理』として選ばれたってわけだ」


 そういう煉夜だが、ルアンヌはそれでも疑問を感じえない。なぜ、英国王室の秘宝にここまで精通しているのか、ということである。たかが、一度、泥棒から取り返した程度で、それらについて、詳しく知れるほど、英国の情報管理は杜撰ではないはずである。だからこそ、煉夜は、まだ、何かを隠している、とルアンヌは察したのである。


「分かりました、今は、そういうことで納得しておくことにしましょ。それで、そうなると、あくまで、確認が主な目的ということでいいの?」


 それは、あくまで上辺だけの確認であった。そうでないことは、ルアンヌも知っている。それでも、一応、聞いておかなくてはならない。


「ぶっちゃけると、英国側としては、所有権の主張までしたいだろうが、難しいことは分かってる。あくまで最低条件は、確認することだ」


 それに対して、ルアンヌはうなずいた。おそらく、そうであろうと予想していた通りの答えが返ってきたからである。


「それにしても……うん。そうなると、……カヌラ!」


 だから、その答えに対して、しばし考えたルアンヌは、カヌラを呼んだ。すぐにカヌラがルアンヌの傍に寄る。そして、手ぶり……手話とまでいかないボディーランゲージを交えながら、問いかける。


「カヌラ、例の件は動きがあったかしら」


 その問いかけに対して、うなずきながら、資料を取り出す。それに軽く目を通して、ルアンヌはため息をついた。


「なるほどね。……そういうことなら、そうと言ってほしいものよ、リズ」


 特大のため息を吐きながらも、その資料を煉夜に渡す。渡された煉夜は、簡単に、その資料に目を通すが、名前のリストのようなものだったので、それが具体的に何を示しているのかが分からなかった。


「これは、仏国内における、英国反対派の主な人間です。そして、そのリストにあるチェックの付いた者たちが手を組んで、レ・マン湖の湖底に沈んだあれを壊そうと画策している、というところでしょう。それから、その中のいくつかは、この預かりものの方を狙ってくるでしょうし、それが『護衛』とした理由なのだと思うのだけれど」


 最初から分かっていたことであった。仏国と英国の関係は、決して良好ではない。そして、仏国の内部には、MTTに間者を送り込んでいた人間もいる。そして、レ・マン湖の湖底に沈んだものに英国が興味を示したことで、……そしてなおかつ、あの「ルアンヌ・シャロン」をわざわざ動かしたことで、それが重要なものであることを決定づけたのである。

 ならばこそ、国家間の溝を完全なものにするには、それを狙うのが当たり前のことである。ルアンヌは、英国から依頼が来た時点で、「国の決定としては、調査を延期する」というものだったが、英国反対派は何かしらの動きを見せる可能性を考えて調査を開始していたのだ。


「なるほど、国全体としては動かないと決めたが、そいつら個人がどう動くかまでは、分からないからな。しかし、『スファムルドラの聖盾』も、分類上は魔道具の類だぞ。それこそ、爆破しようが、砕こうとしようが、難しいと思うが」


 そもそも、煉夜は、話に聞いているだけで、実際に「スファムルドラの聖盾」がどのような形状なのかは知らないが、それでも、自身の持つものや、スファムルドラの聖杖と同等のものならば、難しいはずであると考える。

 ましてや、「姫を守る」という役割を与えられているものである。その強度が、普通であっては守れるものも守れないであろう。


 そして、もう1つ確信的にわかっていることがある。スファムルドラの四宝は「対」なのだ。


――スファムルドラの聖剣アストルティ


――スファムルドラの聖杖ミストルティ


 この2つは、儀式用に近いものである。名前からしても、対になっていることが分かる。そうなれば、もう1つ、スファムルドラの聖盾も、対の存在である。


――スファムルドラの聖槍エル・ロンド


――スファムルドラの聖盾■■・■■■


 聖槍はまぎれもなく、スファムルドラの至宝と呼ぶにふさわしい「権能」を有していた。ならば、その対となる聖盾も「権能」を持つはずなのだ。それゆえに、スファムルドラの聖盾が簡単に壊せるものだとは思えない。


「さあ、そもそも、あれが何かを知っているのは、リズとあなた、それから話を聞いた人間だけですもの。魔道具ということすら判明していないですし、壊せると思い込んでいてもおかしくはないでしょう。それに、持ち去って隠すか、湖底に永遠に沈めてしまえば、それでいい話ですもの」


 いくら英国でも、瑞西と仏国の国境にあるレ・マン湖の湖底探索を、そうそう大規模で行わせることはできない。だからこそ、隠してしまえば英国は手に入れることができない。しかし、存在していたことは確信しているのだから、仏国との間に大きな溝ができるのは間違いないだろう。


「まあ、それもそうか。それに、もっと言えば、聖杖の奪取さえ成功してしまえば、それだけで十分だからな」


 そもそも、湖底に沈んでいる不確かなものよりも、ルアンヌが預かっている秘宝の方が、よっぽど不和を生むのに向いている。


「でしょう、『ルアンヌ・シャロン』をよく思っていない人は、この国の中にも多くいますしね」


 ルアンヌは、今回の一件で、英国との関係が明確化されてしまっている。少なくとも、英国の秘宝を預かるほどに信頼されていることが明らかなのだから、仏国の中でも英国反対派の面々からしてみれば、ルアンヌは裏切り者と断定できる。


 そもそもに、ルアンヌはDGSMという組織に所属しているが、その存在は、国内でも一部の人間しか知らないものである。そうなる以上、魔法などを知らない国内の上位層には、不気味な存在でしかない。

 さらに、女性であり、かつ、若い。仏国は、女性の社会進出率が非常に高いことで知られているが、それでも、ルアンヌほど、若くなると、侮られることも多いのだ。それゆえに、存在自体が、かなり異質である。


「しかし、そういった国の上が絡むと厄介だな。一応、護衛という名目で送られてきているが、そういった存在に手を出すと、外交問題的には面倒なことになるだろう?」


 そこいらのチンピラ相手ならともかく、明確に国の上層部が相手ともなれば、容易には手が出せないだろう。


「その辺に関しては、リズに感謝でしょう。明確に『ルアンヌ・シャロンと秘宝の護衛』という体で、あなたを寄越したうえ、それは国も明確に認めたこと。契約書もきちんとありますし、それを覆すのは不可能。ならば、多少過剰でも、壊れやすい秘宝を守るために仕方ない配慮だった、とすればいくらでもいいわけが効くので」


 むろん、実際に秘宝が壊れやすいかどうかは関係ないことだ。証明するために壊せ、などということになったら、それこそ、本当に英国を敵に回すだけだ。国がそれを許可するはずもない。


「しかし、そうなると、レ・マン湖までの道中での襲撃は多そうだな。さすがに国境付近で大それた襲撃はしてこないだろうし、俺たちがレ・マン湖に行く時間を少しでも引き延ばす役割もあるだろうしな」


 国境で暴れるということは、瑞西側に被害が出れば、仏国自体も危うくなる。そうなれば、仏国内での襲撃を主にすることが考えられるだろう。

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