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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
司中八家編
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023話:市 原家訪問其ノ弐

 煉夜は、休日、やや眠い中、市原家までやってきていた。残暑が残る9月、だらけたい気持ちを何とか捨てて訪れたのだ。尤も、煉夜には残暑の暑さと言うのはどうでもよく、休日にだらけたい気持ちと言うものだったが、向こうでの過酷な生活を考えると安心できる休みがある、だらけられる、と言うことが如何に幸福か、と煉夜に日本の、いや、世界の平和を思い知らせていた。


 チャイムを押して数十秒、玄関に人がやってきたことが気配で分かった煉夜は、戸が開かれるのを待った。そして、開かれた戸の向こう、ボサついた髪を雑に後ろに束ねただけの髪型。タンクトップからこぼれそうな胸に、むっちりとした太ももを強調させるデニム地のホットパンツ。男には刺激の強いその恰好は、煉夜にとってもかなり来るものがあった。


 元来、煉夜は、そう言ったものに興味が沸かないように自制しているのだが、あまりにも急なことに、その自制心が間に合っていなかった。それがゆえに、煉夜が京都に来てから最も煉夜の心を揺さぶった人物は彼女と言うことになるのだろう。彼のガチガチに固めた自制心をハンマーで叩き割ったのは、自覚無き色香だった。


 煉夜は焦る。そして、必死にその心を抑え込もうとする。煉夜は戒めとして、それを封じていたのだ。


「あ~、えと、雪白の……、何か用?」


 そんな煉夜の葛藤を知ってか知らずか、裕華は頭を掻きながら欠伸交じりにそう言った。その言葉で煉夜は、何とか平静を取り戻す。


「えっと、ああ、市原華音さんは御在宅だろうか?少し用があってきたんだが」


 あまり裕華の方を見ないようにしながら煉夜がそう言った。裕華は「どんな用よ」とぼやきながら、ため息を吐いた。


「母さんならいるわよ。ま、とりあえず上がりなさいよ」


 裕華は何等かの用事があることは確かだと見て、煉夜を家に上げた。遠目から見ても広いことが分かる市原家に煉夜はやや驚いていたが、裕華は来る人が大抵驚くので大して気にしていなかった。そして、角ばったクエスチョンマークの様になっている家の最奥までしばらく進む。かつては何人か家事手伝いを雇っていた家だが、結太、裕華が育ってきたので、もう雇っていない。かつて雇っていた人たちは、市原家の表向きの会社に雇わせているのでアフターケアもきちんとしていると言えるだろう。

 そして、一番奥の部屋にたどり着く。裕華はものすごく面倒臭そうに足で障子を開けた。カーンと勢いよく滑る障子は柱に当たって軽く跳ね戻る。


「ちょっと、裕華、もうちょっと丁寧に扱いなさいよ。仮にも女の子でしょ?」


 先ほどとは別の書類に手を出して、手元を見たまま顔を上げないで華音はそう言った。一方、結衣は来客と見て、新たにお茶を淹れ始める。裕太もまた煉夜の顔を見て何者かと探っていた。結太は煉夜のことを知っているので、何の用があるのかを疑問に思っていた。


「うっさいわね。それよりも母さんに客よ、客」


 適当に煉夜を指さす裕華。その態度から面倒臭さがにじみ出ていた。一方、煉夜はここにいる市原家の異質さにやや驚きが隠せず眉根を寄せていた。


「客ゥ?誰よ、一体?」


 顔を上げた華音だったが、そこに居る青年には見覚えがなかった。だが、にじみ出る雰囲気や気配の異質さは、どこか知ったものの様にも感じる。


「……この感じ、貴方、見かけ通りの年齢じゃなさそうね。それで、あたしに何の用かしら?」


 華音はこれまで夫を通じて知り合った数々の人々を見て、その目を養ってきた。それゆえに、経験から相手の異質さを見抜くことが出来るのである。


「……友人の母親から何かあったら市原家を訪ねて助けてもらえ、と助言されたので少し挨拶がてら来てみた」


 年齢について鋭く見抜かれたため、煉夜は華音に対して警戒を強めていた。そのため、年上相手だが、敬語ではない。


「友人の母親……?こっちであたしを知っていて、司中八家関連ってなると……、ああ、シイ姉ね。ったく、そう言うのあるんだったらシイ姉でも変態でもどっちでもいいからあたしに連絡してこいってのよ」


 華音は紫炎のことをシイ姉と呼んでいる。かつて親交のあった紫炎のことを裕太も結衣も裕音も「しーちゃん」と呼んでいたため「シー」姉でシイ姉と呼ぶようになったのだ。


「お前のその相手が何か言う前に全てを察する感じ、まさしく夫婦で似通ってきたというか、お前もあんな風になんでも見透かすようになるのか……」


 裕太が酷くげんなりしたような口調でそう言った。裕太は華音の夫とその姉のことを酷く苦手に思っていた。尤も、彼にとってそれ以上の苦手とするトラウマ級の相手もいたのだが、華音の夫と違い親戚でもなんでもないので会うこともないというだけで。


「だからあの変態に似てきただなんていう冗談いうのは辞めてって。まあ、あいつといたら嫌でも身につくわよ、こういうのはね。じゃないと化かし合いみたいなアイツの周りで生きていけないし。きっとユノ姉もだいぶ鍛えられてんじゃないの?」


 その言葉に首を傾げたのは裕華だった。何気ない全く意識しない華音の発言は、裕華に疑問を抱かせるには十分だった。


「ん?父さんと一緒にいると鍛えられるってのに、なんで裕音伯母さんも鍛えられるの?」


 華音は自分の失言に気付き「あ」と声を漏らした。華音と裕音、その夫に関してはいろいろと複雑な家庭環境と言うもののために裕華には伏せていた。それをうっかり漏らしてしまったのだ。


「あ~、まあ、その辺はおいおい話すわよ。今度、みんな集めて初めて全員集合なんてことをやろうと考えてるって言ってたし、それこそあたしの面識のない宵司(しょうじ)鳴音(めのう)鳴司(めいじ)凛音(りんね)の三姉弟妹なんかとも会えるでしょうし」


 そんなことを言いながら誤魔化す華音は、あまり誤魔化しきれないのが分かっているのか、無理やり煉夜の方へと話題を戻した。


「それでシイ姉が困ったときはうちに来いって言ったのはいいし、別にいざと言う時来ても邪険にはしないけどさ、貴方、そうそう困るようなことないでしょ。なんでも自分で解決するタイプでしょうし、あの変態と同じでね。頭ン中で大抵のことが理解できて、組み立てて、そのくせ力で解決しちゃう、そんな感じ」


 華音は煉夜への既視感の正体が、ようやく自分の夫に似ているからだと気づいた。見透かすような目に、豊富そうな人生経験、大人びた態度、それとともに持ち合わせる見た目相応の態度、その雰囲気がかつて始めた会った頃の夫を思い起こさせた。


「明津灘家でも似た様な事を言われたな」


「そりゃそうでしょうよ。シイ姉の夫って意味で散々あたしの夫を見ているんだから」


 市原華音は、嫁がなかったが、嫁いでいたならば紫炎たちと同様に青葉華音と言う名前だっただろう。そう、華音の夫とは、紫炎の夫であり裕音の夫である。


「いつから日本は重婚が可能なことになったんだ?」


「重婚ってか、ハーレムよ、ありゃ。あたしは加わる気なかったんだけどねぇ」


 思いを馳せる華音に、華音達の夫がどのような自分なのか、気になって仕方のない煉夜だった。かつて煉夜のいた世界にもハーレムを囲う男はいたが、大抵身を亡ぼすのが世の常だった。だが、華音の話を聞くかぎり、口では悪く言っているもの惚気ているのは煉夜にも十分に伝わってきていた。そのため、複数の女に手を出しておきながら成功している剛毅な人物はどんなものか、知りたくなったのだ。


「そういや、あの変態で思い出したわ。最近、どうにもこの京都の魔力がよどんでるってか歪んでいるのよね……。召喚の儀の後くらいからなんだけど。雪白君、だったっけ?なんか知らない?」


 煉夜は眉根を寄せた。雪白家に身を置いていた煉夜は「魔力」と言うものを使わない陰陽師の発言を聞く限り、京都の魔力ではなく霊力と言うのではないか、と思ったのだ。雪白家における発言を考えると陰陽師は周囲の霊力を使い、魔術師は魔の心である自身の魔力を使うという認識だった。そして、魔力には疎く、大抵が煉夜の持つ膨大な魔力を感知できないものばかりである。だが、華音は京都の魔力と言ったのだ。まるで、大気に魔力が散在していることを知っているかのように。


「魔力……?陰陽師なら霊力と言うと思ったんだが?」


 素直に口にしてみる。なお、雪白家では魔力が歪んでいるという話も霊力がおかしいという話も出ていない。正確に言えば霊力は乱れておらず魔力が歪んでいるので、話に出なくてもおかしくはない。


「霊力は歪んでないからね。魔力よ、魔力。って、ああ、そっか、陰陽師って魔力感知できる人が少ないんだっけか?」


 華音がそんな風に言ったため煉夜にはまるで華音たちは陰陽師ではないという発言に聞こえ眉間の皺がさらに深くなる。


「いや、俺も大気の魔力の流れがいびつになっているのは感知しいていた。まるで螺旋を描くように奇妙な歪みと流れができている。このところ妙な動きが頻発しているからそれが関係しているかとも思っていたんだがな……」


 華音の調査結果と同じ時期から感じていたので、どうやら煉夜の感覚は間違っていないようだった。


「ふぅん、魔力が螺旋を描くように、ねぇ……。言われてみればそうね。それも中心ほど濃密な魔力が溜まっている。それも空に向かって、ね。なるほど、あの変態、きちんと言うことは言いなさいよ。『何か来そう(・・・)』って比喩じゃなくて物理的な話じゃないのよ」


 何かを納得した華音の様子に、煉夜は何を言っているのか分からなかったが何かを理解したことだけは理解できた。


「どうやら、魔力の澱みの原因は、儀式召喚によるものね。霊力は自分達で賄っているんでしょうけど、魔力まで消費しているのには気づいていないから足りない魔力をどこかから勝手に引っ張りこんでいる、その影響ってところかしら」


 煉夜はその説明でなんとなく納得がいった。いろいろと足りないが、その説明には十分に根拠があったし、煉夜の感覚とも一致している。そして、なんとなく他の事象とも絡んでいるような、そんな予感がした。


「ま、貴方がどのような立場で行動しようと勝手だし、いざって時はうちを頼ってくれても十分構わないわよ。それと、用心するにこしたことはないってこと、今はそのくらいかしらね」


 話もまとまったので煉夜は今の時間を調べるためにスマートフォンを取り出して、手を滑らせて畳に落としてしまった。面倒臭そうに裕華がそれを拾って、動きが止まった。煉夜が裕華からスマートフォンを奪還して、時間を見るとバスには微妙な時間だったが長居するのも迷惑だろうと判断する。


「じゃあ、俺はこの辺で……」


 帰る、と言おうとした煉夜の肩を裕華が掴んだ。そして、グイッと裕華の方を向かせるのだった。顔の近い状況に煉夜は困惑するが、裕華は構わず言った。


「帰るなら、その前に、……」


 やや言いよどむ裕華に対して煉夜は何を言われるのかと、思わず息を呑んだ。


「2人協力やんない?相手いなくってさ」


 スマートフォンの画面を見せながら笑う裕華に、煉夜は思わずずっこけそうになった。その画面に映っていたのは煉夜もやっているスマートフォンアプリケーションだった。裕華はスマートフォンを拾う時に、煉夜がこの家に来るまでのバスでやっていたこのアプリの画面がそのまま開かれたことで煉夜がこのアプリをやっていることに気付いたのだった。


「まあ、いいけど」


 この後、煉夜はしばらく市原家で裕華と遊んでから帰った。この後、だいたい月2回くらいのペースでアプリをやるために煉夜が裕華と会うのだった。

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