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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
黄金週間編
228/370

228話:巴里から威尓賽の移動

 ルアンヌ・シャロン。仏国の貴族家系であるシャロン家の末裔。仏国においても、それなりの地位があるようで、社交界の場でリズと知り合い、社交界の中では比較的に年齢の近い……といっても10歳以上歳は離れているが、それでも周囲の人間に比べれば、十分に近いこともあり、仲良くなった経緯を持つ。


 また、魔法使いとしての一面も持ち、氷と雷の魔法を得意としており、異名は「青薔薇の魔女」である。リズとのやり取りは公的にできないため、電話なども滅多にしないが、手紙でのやり取りをよくしている。手紙の内容はほとんど暗号で書かれており、他人が検閲しても分からないようにしている他、偽装などができないように、リズからルアンヌへの手紙には赤い薔薇模様の封蝋がされ、ルアンヌからリズへの手紙には青い薔薇模様の封蝋がされる決まりとなっている。


 そんな彼女が、この依頼をリズから受けたのは、数日前のことであった。ルアンヌとしては余程切羽詰まった状況なのだろうということが分かった。なぜならば、リズが英国の人間であり、ルアンヌが仏国の人間であるからだ。


 英仏関係が良好だとはあまり聞かない話である。リズとルアンヌの個人的な交友関係はともかくとして、色々とかなり昔から確執のあった国同士である。そんな国のことを踏まえて、それでもルアンヌに依頼をしたということは余程の状況なのだろうということは察した。だからこそ、その依頼に応じたわけだ。


「最初は、『日本人を護衛に付ける』、なんて言われたから、足を引っ張らせるのが目的かとも勘ぐったんだけれど……」


 切羽詰まった状況であることを理解していたからこそ、日本人を護衛に付けるという部分に引っかかりを覚えないはずがなかった。もっともリズが英仏関係を悪化させようと考えるはずがないので、他からの介入で、という前提が付くが。


「まあ、日本の魔法や陰陽術なんて程度が知れているしな。知名度もそんなに高くないから、推薦すれば、そんな風に考えるのも無理はないだろう」


 客観的に見れば、そういう解釈をされてもおかしくないということは理解できる。だからこそ、出会い頭に、それなりの実力をわざわざ示したわけだが。


「そもそも、今回の一件には、リズにとって、足を引っ張るなんてことをしている場合じゃないからな。わざわざそんな人員を割くはずもない。ルアンヌさんも、おそらくリズからそれになりに信頼されているからこそ、色々すっ飛ばして協力してもらえると思って頼んだ、ってところじゃないか」


 リズが切羽詰まっているのは分かっている以上、色々と時間をかけて人員を用意する余裕なども当然ないので、色々と説明や契約を飛ばしても大丈夫な人員ということで、交流があったルアンヌが選ばれたのだろう。


「それほどまでに切羽詰まった状況だというのが、よくわからないのですけどもね。こちらにもレ・マン湖の湖底で不思議なものが見つかったという報告は入っていたけれど、それが何であるか、ということは、まだ調査中だったし、フランスとスイスのどちらに所有権がある、とかそういった話になる前だったから」


 ルアンヌの立場であれば、レ・マン湖で何かが見つかった、という話くらいは届いていたし、その写真も見ていた。だが、それが具体的に何であるのかは分からなかったし、そういったものを調査し始める前段階だったのだ。だからこそ、リズからその一件に関する依頼が来たことには驚いた。


「おそらく、そこだろうな。リズは、『どちらかの国が所有権を主張する前に』、という部分で焦っていたんだろう。予想でしかないが、もうじき、調査のために引き上げるか、もしくは湖底で大規模な調査を行う予定があるんじゃないか?」


 その煉夜の予想は、ずばり的中していた。だからこそ、ルアンヌは驚きつつも、その言葉を肯定する。


「ええ、来週にも、動き出す予定。まあ、リズが『あのルアンヌ・シャロンを動かした』という話で、さらに予定日は延びたけれどもね」


 煉夜は、やはりか、とうなずいた。どうにも、リズの考えが見えてきた煉夜は、「もう少し詳しく説明してくれ」と思いながらため息を吐く。無論、それは、煉夜に対する説明ではなく、ルアンヌ達に対しての説明の話である。


「大体わかった。ルアンヌさんは、……仏国は、湖底に沈んでいるものが何か、というところからして、まだわかっていない現状なんだな」


 ルアンヌは、煉夜が何を言っているのか、その意味がよくわからなかった。当然ながら、湖底に沈んだものを調査する前の段階であり、それが何かは分かっていないのも当然である。


「まあ、簡易な年代測定では、数百年は湖底に沈んでいた、ということが分かっているくらいで、具体的に何であるのかはさっぱり」


 当たり前、とまでは言わないが、通常、湖底に何かが沈んでいたところで、詳しく調査せずして、それが何か、というのは推測する程度までしか不可能である。


「俺が来た理由の部分以前の問題か……。とりあえず、一から説明する必要がありそうだが、いつまでもここで話しているわけにもいかないから、移動しながら説明をする」


 煉夜の予想では、「スファムルドラの聖盾」というものの存在のことくらいは伝えているものであり、英国国宝と同等のものを日本の一般人が持っている理由の説明が難しいということで煉夜のことを説明していない、というような状況だと思っていたが、実際のところでは、その前段階の「スファムルドラの聖盾」の話すらもしてない状況であった。


「車は手配しているけど、この時間だから、ひとまずパリで一泊と言いたいところなのだけれども、残念ながら手配できなかったから、もう少し移動したベルサイユで一泊。まあ、大したもてなしはできないけれど、このルアンヌ・シャロンの家に招待するのだから、それで勘弁して」


 パリ=シャルル・ド・ゴール空港というように、この空港はパリにある。といっても、いわゆる、イメージするパリの中心部からは若干北東に位置しているが。仏国まで来たのならば、観光する場所としてはパリであろう。


 もっとも、いわゆるイメージされるところのパリの街並みができたのは19世紀後半以降となるので、そこまで古くからあるわけではない。19世紀後半に、オースマンというセーヌ県知事が行った「パリの大改造」による大規模な整備が入ってこそ、今の街並みが出来上がっていったのだから。ただし、歴史的建造物や歴史的資料などがこの際に多く失われてしまっているうえ、オースマンは「大改造後の将来的な収入で回収できるだろう」というあまりに無計画な状況で、多額の事業費がかかり、多額の負債を抱えたため糾弾され、突然辞任してしまうという結果を迎えるのだが。

 だが、オースマンが残したものは大きく、パリで行われた万国博覧会でも高く評価され、世界各地で都市計画の手法として取り入れられたほどである。

 直線状の広幅員街路、建物ファサードの統一された街並み、シテ島の再開発、東西南北に緑地の配置、照明や上下水道などのインフラ整備。これらを行ったことで、仏国での産業革命以後、悪化していたパリの衛生環境は向上し、公衆衛生が飛躍的に改善されることになる。

 また、無秩序に増設を繰り返すだけだった都市は、複雑怪奇な状況であったが、それらの構造が単純化されることで、都市構造が明確になったのだ。

 このオースマンの「パリの大改造」の後に、1900年代の初めに、「都市美」を考えられた「ユルバニスム」の提唱によって、「建築セットバックの推進」から始まり、それによってオースマンが統一した壁面やスカイラインが崩れたため、「建築セットバック禁止」となり、崩れた壁面位置やスカイラインを統一するために「かさぶた形成型都市計画」が進められ、崩れた位置を埋めるように増設が行われるようになり、結果として、今のパリの街並みが出来上がったということになる。

 ベルサイユは、そのパリから南西に位置している。日本では、漫画のタイトルとしても知られているが、やはり有名なのはベルサイユ宮殿であろうか。


「別にもてなしなんて期待していないから大丈夫だ。一応『護衛』なる役割を与えられているらしいしな。だが、気になるのは、『護衛』なんてわざわざ妙な役職にするということは、それが必要な状況になるかもしれない、ということか?」


 一応、英国の国宝を持っている人間であるほか、立場的に、常にいろいろな危険がつきまとうルアンヌであるが、それでも、煉夜をわざわざ鑑定士やリズの知人という形ではなく、そういう役割で送ったことには、そういう状況があり得ると判断したからではないかと、そんな風に考えてしまう。


「さあ、少なくとも仏国情勢的には、なにかもよくわかっていないアレに対して、そこまで大仰な動きをする可能性は少ないでしょうし、この『ルアンヌ・シャロン』を敵に回してまで何かをしようとするのは、ちょっと考えにくいと思いますけれども」


 仏国側としては、むしろ、過干渉しない方がいいとまで考えていた。なぜならば、湖底に沈んだ謎の物体に、英国が興味を示したということは、英国側はそれの正体ないし、何かを知っているはずなのである。その上、その当人が来ていない状況であるので、つまりは、いくらでも交渉できるのだ。それも、優位に立って、である。

 それを変に干渉して、足を引っ張ったなら、それを理由に、交渉において付け込まれる隙を作るだけである。


「そうなると、英国側か、瑞西側のどちらかだろうけど、瑞西に理由はないし、英国内で何かが起きているのか?」


 考えられる可能性としてはそれだろうが、だとしたら、リズが煉夜になにも伝えなかったのはおかしい。


「MTTの主導者が捕まって以降、MI6中心に、大規模な組織が再び出来上がらないように調整しているみたいだから、その可能性は薄いんではないのかしら」


 昨年末の出来事であり、煉夜も一応覚えているその事件において言えば、仏国は少々厄介な立場にあったと言える。


「そういえば、そのMTTとやらには独国と『仏国』の間者もいたんだったか?」


 煉夜の記憶が正しければ、間違いなく、その2国からのスパイが確認されていたはずである。であるならば、仏国と英国では、軋轢が生じていてもおかしくなかったのだが、その辺の問題はすでに解決済みであった。


「よくご存じですこと。確かにその通りだけれども、その辺に関しては、まあお互い様ってことで、多少厄介ごとを押し付けられるだけで済みました。まあ、そりゃあ、どこの国も、多少なりとも他国にスパイの一人や二人送っているものだから」


 バレていないだけで、スパイの一人や二人送っているのは当然ともいえた。だからこそ、そこまで大きなお咎めがなかったのだ。


「仏国で言うなら、防諜・外国資料局(SDECE)か」


 いわゆるスパイ映画や都市伝説のようなもので扱われる諜報機関とされるものは無数に存在している。日本で言うならば「公安0課」や「内閣情報調査室」などが有名だろうか。米国では「CIA(カンパニー)」や「FBI(ビューロー)」。独国ならば「連邦情報局(BND)」、英国ならば「秘密情報部(SIS)」。


「あら、古い言い方をするものです。今は、対外治安総局(DGSE)ですもの」


 煉夜の言い方が古いと言われてしまったのは、煉夜がこの知識を得たのが、昔のゲームからだったからだろう。


「まあ、『シャロン』家が関わっているのは、そのどちらでもなく、『Direction générale de la Sécurité Mystère』……、日本風に訳すなら『不明物治安総局(DGSM)』といったところでしょう。当然のことながら、公表されていない組織ですが」


 英国の秘密情報部に魔法に関する組織があったように、仏国にも魔法を専門にする組織が存在する。

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