227話:花の都と青薔薇の乙女
「それで納得はいったが、そうだとして、英国がどうしてそれを回収しに動いているんだ。というのは、まあ、英国の宝がミストルティの時点で、スファムルドラの四宝と同じ伝承が伝わっているから、というので何となくわかるんだが、問題は場所だ。俺が『英国の王族』の代理で行くにはどう考えても無理があるだろう」
当然ながら、煉夜は純然たる日本人である。少なくとも、生まれという意味では間違いなく。そうである以上、そんな人間が、「英国王室」の代理を務めるのは普通に考えて無理がある。信用性の欠片もないだろう。
「ええ、ですから、あくまで『代理の護衛』という名目で同行してもらいたいのです。手配はしますので、当然、聖剣アストルティも持っていっていただけると、よりスファムルドラの聖盾が、本物である確認が取れます。すでに『代理』には『スファムルドラの聖杖ミストルティ』を預けていますので」
つまり、その場に、スファムルドラの四宝が集うということを示している。伝承では、それらが揃う際に共鳴するとされているため、証拠としては十分に機能するはずであり、また、だからこそ、「代理の護衛」などというけったいな役割を宛ててまで煉夜に参加してもらわなくてはならないのだ。
「本来であれば、わたくしと『聖杖』があれば、こちら側の共鳴で証拠となったのですが、わたくしがいけない以上、煉夜様に行っていただかなくてはならない、ということです」
伝承では、「騎士が剣と槍を持ち、姫が盾で身を守りながら杖で魔法を放つ」ので、剣と槍と聖騎士、杖と盾と姫、それぞれで1つであり、聖騎士と姫は正当な持ち主を指す。当然ながら、この場合は、聖騎士が煉夜、姫はリズを指すため、煉夜と剣と槍が揃うと共鳴が起き、リズと杖と盾が揃えば共鳴が起きるというものだ。なればこそ、リズ自身が赴けば、煉夜が行く必要なく証明が可能であったのだが、リズがいけない以上、煉夜の持つ四宝の内の2つが必要となってしまった、ということである。
「それは分かったが、しかし、その『代理』は信用できるのか?英国の宝である『聖杖ミストルティ』を預けるなんて、英国の人間だとしてもかなり難しいだろうに」
国家の……王家の宝であり、裕華が鑑定する際にもかなり手続きに時間を要したほどに厳重に守られているものであるのに、それを誰かに預けるともなれば、かなり信用をしていないと難しい話であろう。それでも、それが成立しているということは、現状がかなり切迫している、ということなのか、それとも「代理」が本当に信用における存在であるのか、ということである。
「まあ、信用はできます。それに、わざわざ問題を起こして英国との間に確執をつくるほど馬鹿ではないでしょうし、その辺においても信用できます。公的にも私的にも……っと、私的につながりがあることはあくまで秘密ですよ?まあ、公的にも私的にも仲がいいので、『代理』に選びました。資料自体は送っているので、飛行機の中ででも確認してください。顔や特徴がわからないと難しいでしょう?」
英国との間に確執をつくるという表現から、「代理」は国外の人間であるようで、煉夜は驚いた。しかも、私的に仲がいいということがはばかられるような存在であるということは、それなりの地位にいる人間なのだろう。
「顔や特徴がわからないと難しい、ということは、こっちを試してくるような可能性もある、ということか?」
通常、ただの護衛をするだけならば、現地で自己紹介でもすればいい。だが、そうでなく、事前に情報を渡すということは、リズが煉夜を信用していても、向こうが煉夜を信用しているとは限らないため、ある程度、試すようなことをも考えられるということであろう。無論、わざわざ護衛として送ってきた人間を突き返すような真似はしないだろうが、それでも、そこで試されて、不合格の烙印を押されてしまえば、その状況での上下関係は決定的なものになる。
もっとも、護衛として派遣されている以上、最初から上下関係で言えば、煉夜が下手なのは決まっているようなものだが、それでも、「わざわざ推薦してきた護衛」というのと「遣えない護衛」というのでは、確実に扱いが変わる。
「どうでしょう。そこまでは。あくまで念のため、という程度に考えておいてください。けっこう……いえ、それなりに変わった考えかたをする方なので、わたくしは何とも言えないのです、すみません」
かなり言いかたを考えて、この表現だとすれば、かなりの変人なのだろう、と煉夜は頬をひきつらせた。なかなかリズにこんなことを言わせるのは難しいだろう。
「ああ、まあ、じゃあ、十分に用心しとくさ。それで、国外って話だったが、『スファムルドラの聖盾』が見つかったのはいったいどこなんだ?」
そう、国外とは聞いていたが、結局、そこがどこなのかがわかっていない。まず英国ではないこと、そして、日本ではないことなどは分かっているが、その国とは。
「はい、今回、『スファムルドラの聖盾』が見つかったのは、フランスとスイスの国境にある湖、レ・マン湖です」
仏国は巴里、パリ=シャルル・ド・ゴール空港。本来、瑞西との国境であるレ・マン湖に行くには、瑞西のジュネーブ・コアントラン国際空港が最も近いのだが、今回は「代理」と合流するために、ひとまず、仏国へと煉夜は飛んだ。
日本から仏国への移動となると、瑞西に最も近いのはリヨンのサンテグジュペリ空港であるが、今回は、「代理」の都合もあって、仏国で最も大きいパリ=シャルル・ド・ゴール空港が待ち合わせの場所となった。
煉夜は飛行機の中で資料に目を通したものの、その「代理」と会うのは当然初めてである。しかも、場所は見知らぬ外国。であるからして、索敵をいつもよりも広めにし、密度の濃い警戒を行っていた。正直な話、向こうが煉夜を信用していないかもしれないように、当然、煉夜もリズの友人とはいえ、「代理」の人間を信用しているわけではなかった。
「やあ、キミがレンヤ・ユキシロかい。エリザベス皇女から話は聞いているよ。僕が『代理』を務めるルアンヌ・シャロンだ」
待ち合わせ場所で待っていた煉夜に、軽く声をかけてきた青年がいた。いかにもな風貌に、さわやかな雰囲気をまとっている、が、煉夜は肩をすくめる。
「さすがに、資料に目を通すことくらいは分かっているだろうに、あくまで『最低限』ということか?」
その問いかけに青年は苦笑していた。さすがに、資料に目を通す、あるいは、事前にどのような人物が「代理」であるか聞く、といったことはするのが当然である。だからこそ、その当然であり、最低限のことができているか、というような意味合いで、彼が来たのだろう。
「待ち合わせの人物ルアンヌ・シャロンは女性だ。というか、ルアンヌは女性形で、男性の名前には使わないだろう」
その程度の常識は理解しているつもりである。さすがに、待ち合わせの人物の名前を騙る男性が現れたのなら、それを見破ってくれと言わんばかりにやってきたのなら、その程度の指摘はするものだろう。
「ああ、その通りだ。すまないね、ルアンヌさんはいたずら好きというか、……はぁ」
青年は見破られることを分かっていたのだろう。特に見破られたことを気にした様子もなく、むしろ、これを指示した人物に対してため息を吐いた。
「まあ、これを見破るくらいは当然だろう、とルアンヌさんは思っていたからね」
と苦笑する青年に対して、煉夜は、「いたずら好きとかそういうの以前に、子供だな」と思いながら、言う。軽くフィンガースナップを鳴らしながら、ある老紳士風の男性を指さして。
「それで、そこにいるルアンヌ・シャロンさんとやらは、いつまで傍観を決め込んでいるんだ?」
さすがに、このような対応で、警護相手とは言え敬語を使う気にはならない。というよりも、相手には、フランス語で聞こえているから、もはや敬語もへったくれもないのだが。
一方、指をさされた男性は、戸惑ったような演技をしながら近づいてきた。青年は何も知らないのか、珍妙な顔をしていた。
「ははっ、何を言うやら。わたしはその辺を通行していただけで、急に変な話を振られても困るんだがね」
煉夜は、「はぁ」とため息をつきながら、「なんでこんな探偵みたいな真似を」とつぶやき、そうして言う。
「この混雑の中、そこまで大きな声を出していない俺の声をきちんと聴いていたということは、最初から俺たちのやり取りを注意して見て、聞いていたからこそだ。でなきゃ、あの指の差し方だったら、方向を示しているのか、誰か人を示しているのか、それとも何か別のもの、合図か何かだったのか、なんてことは分からない。この時点で、まず、ルアンヌ・シャロンさんの関係者であることは間違いない」
大きな国際空港だけに、人は多い。その中で、他人の会話をきちんと聞いていて、かつ、それに反応できたということは、まず間違いなく、それを見て、聞いていたのだろう。そして、それに対して、指を差されたのが自分であることを疑いもせずに近寄ってきた時点で、それは免れ得ぬ証拠と言えた。
「それに、『スファムルドラの聖杖ミストルティ』は英国の国宝だ。さすがに、試すためとは言え、他人に渡すのは難しいだろう。そして、俺はそれを『聖杖』を感じ取ることができる。あんたの持ってるアタッシュケースの中にそれが入っているのをな」
預かったのはルアンヌ・シャロンであり、それを誰か別の人物に渡すという行為を英国の許可なく行うのは、間違いなく問題行為になる。だから、「スファムルドラの聖杖ミストルティ」を持っている人物は、まず間違いなくルアンヌ・シャロン当人である。
「というか、おそらく氷属性の変装魔法だろうが、それだけ魔力が漏れていたら嫌でも魔法を使っているのを察してくださいと言っているようなものだ」
そして、根本的に、まず、煉夜がその老紳士風の男性に眼をつけた理由と言っても過言ではない部分、それが魔力。いかにも魔力を漏らしていた変装魔法を使っていると言っているようなものである。変装魔法とはいかに、少なくわからない魔力量で、どれだけ変装できるかを、常に磨き上げてきた魔法である。だからこそ、その人物がいわゆる「プロ」の類でないことは分かった。「プロ」であったのならば、ルアンヌ・シャロンという人物からそれを盗み出したということも考えられたが、それにしてはあまりにも杜撰なうえ、煉夜の様子をうかがっていたこともあり、この人物を「ルアンヌ・シャロン」であると判断したのだ。
「なぁ~るほど、まさか、こうあっさり見抜かれるとは思いませんでした。はぁ……、自信あったんだけどなぁ、この変装魔法」
瞬間、老紳士風の男性から、冷たい空気が流れたと思ったら、その場には、一人の女性がたたずんでいた。透いた金髪に、丸い碧の瞳。髪は短く切りそろえられ、スーツを着ている様子から見ても、女性らしい、というよりは、どうにもボーイッシュな雰囲気を連想する。スーツの胸ポケットからわずかに出た青い薔薇模様のハンカチが飾り気のない服装の中で唯一色味があり、目を引かれる。
「ああ、それから、上で構えていた7人の魔法使いは、簡単な魔法で寝てもらったから、回収しないと、軽い騒ぎくらいにはなると思うぞ」
そんな風にあっけらかんという煉夜に、ルアンヌは目を見開いた。さすがに、自分の正体がばれることまでは想定の範囲内であった。リズが推薦したほどの逸材であるならば、そこまで見破るくらいならできるだろう、と。だが、この広い規模の空港で、かなり離れた位置から遠距離専門の魔法を使えるエキスパートをそろえ、構えてはいたものの、照準などをつければバレる恐れも考え、あくまで詠唱して放つ準備をさせていたにとどめた、それに気づいて、あまつさえ、気づかぬうちに無力化されるとは、さすがに予想外であった。
「降参、降参。まいったなぁ……、リズってば、ここまでとは聞いてないよ」




