226話:プロローグ
5月頭、世間はゴールデンウィークで賑わっている時期であるが、雪白煉夜及び雪白家ではかなり様子が違っていた。そも、ゴールデンウィークとは、祝日である昭和の日、憲法記念日、みどりの日、こどもの日と土日の休日が合わさることで、休みとなることが多い週のことを指すものである。
むろん、祝日を、国民の祝日に関する法律に則り、「祝い、感謝し、又は記念する」というものは、日本国民に一律同じであるが、この時期の京都司中八家は、少し様子が違う。例年というわけではなく、昨年の夏に「式神召喚の儀」が行われたからである。
この「召喚の儀」とされるものは、実は、近年になって生まれた取り組みである。正確には、ずっと個々の家で行われてきたものを「司中八家全体の行事」とされたのが近年になってから、ということであるが。
多くの陰陽術をよみがえらせ、生み出した近代の陰陽術の祖ともいわれる「稲荷一休」。彼は、司中八家に3つの行事を作り出した。
1つは、先ほども言った「召喚の儀」である。各家で行われていた式神召喚であるが、時代を経るごとに、その技術が失われつつある現状を鑑み、司中八家全体で一律の償還方法を取り、全体の行事とすることで陰陽師の家が途絶えるのを阻止したのである。
そして、もう1つが、「召喚の儀」の翌年に行われる「見確めの儀」である。これ自体は、稲荷一休が考案した一つの競技のようなものである。従来、秘匿傾向の強い陰陽師家系であるが、近年、多くの技術が失伝していたことから、技術を広め、磨く必要があると考え、「召喚の儀」の後に、その術者がどれだけ成長したのかを見て確かめるというものである。
「召喚の儀」というものは、ある種、陰陽師において、陰陽師になった証のようなものであり、式神を召喚してから、家の秘匿技術を教えるようになることもざらにある。そういったことを踏まえ、「召喚の儀」から一年というものである。
そして、煉夜を含めた陰陽師たちが、このゴールデンウィークにせわしなく動いているのも、この「見確めの儀」が原因であった。「見確めの儀」で、酷い成果を見せれば、家の名に泥を塗るのも同然である。だからこそ、その前に目いっぱい修行ができるこの時期は修行に集中するために、忙しいのであった。さらに、「見確めの儀」はただの成果発表の場ではない。当時、メリットがなければ参加者が増えないと踏んだ「稲荷一休」が取り決めた、当時の司中八家の長達による協定で「良い成績を残した順に、順位が与えられ、それぞれ、順位が下の家に要求することができる」というものだ。
こうしたこともあり、陰陽師はこの時期に忙しくしている。
一休の生み出した行事の最後の1つは「継承の儀」である。
そうして、修行に励んでいる中、雪白家に一本の電話が届く。雪白家は、かなり多方面からの連絡があるが、そうした諸連絡は、本家ではなく、表の会社の方か、裏の受付に来るものであり、それらをすっ飛ばしてくる電話は私的なものか、本家で判断しないとどうしようもないような大きな案件だけであった。
「お久しぶりです、いえ、公的には『はじめまして』でしょうか」
そのような国際的な電話が、直接、雪白家にかかってきたのは、驚きこそあれど、納得のできることであった。
「はい、『はじめまして』。しかし、英国王族が『公的』に連絡をしてきたということは、雪白家に依頼をしたい、という解釈でよろしいのでしょうか」
電話の相手は、エリザベス・■■■■・ローズ。英国の王族であった。雪白家当主である木連は確かに、彼女と知己があった。だが、あくまでその時は、「私的」用事な上に、公な来日ではなかった。だからこそ、「公的には『はじめまして』」という回りくどい言い方となる。
「ええ、話が速くて助かります。もっとも、日本で何かをしていただく、ということではないのです。本来ならば、わたくしがすべてを担わなくてはならないのですが、何分こちらも少し動けない状況でして、手を貸していただきたいのです」
その言葉に、木連は眉根を寄せる。「手を貸してほしい」というが、日本での案件ではないという。それならば、わざわざ、日本にいる雪白家に連絡を入れずとも、もっと適切な人員が英国やその周辺にいくらでもいるはずである。それをわざわざ、「公的に」雪白家に依頼してきたのは、なんともおかしな話であると感じるのは当然であろう。
「日本では何もしないのに、手を貸すというのは、どういうことでしょうか」
だからこそ、木連がそう問い返すのも、当たり前と言えば当たり前の話であるし、リズもおおむね、そう返ってくることは予想がついていた。
「当然の疑問だと思います。ですが、今回のことに関しては、雪白家というよりも煉夜様個人に関係のある案件です。だからこそ、貸していただく人員は、『雪白煉夜』という個人です。ですから、直接連絡したのです。今回は、前回のように『巻き込まれたから』などではなく、『公的に』彼をお借りします」
公的に、ということは、英国王室からの正式な依頼として煉夜を借りるということだ。無論、こうして依頼をしてくるからには、すでに政府には連絡をしているのだろう、ということまで、木連は推測できた。そうなれば、「陰陽師修行があるので」などという理由で断ることもできないだろう。「司中八家同士の争いで分家の長男が失敗すること」と「英国王室からの正式な依頼を断って日英関係に蟠りをつくること」のどちらが問題かなど聞かれるまでもなく後者であろう。
「しかし、煉夜個人に関係のある、ということは前回の英国の一件から続く何かが起きていること言うことでしょうか」
断ることはできないながらも、人を一人送るのだ、当然、何が起きているのか聞くのは当然のことである。そして、そうなるとすると、英国と煉夜の結びつきは、当然、前回の一件に起因すると考えるのが自然だ。
「いえ、前回の一件は、煉夜様の協力の元、今はひとまず鎮火したと考えていいはずです。ですので、今回は別件です。英国王室の宝、聖杖ミストルティ、煉夜様がお持ちの聖剣アストルティともう1つ。そして、今回は、それに関係した『とあるもの』が見つかったことに端を発しているのです」
木連はまず、煉夜の持つそれが聖剣アストルティなるものであることを知らなかったが、何かあることには気づいていたので、あえて言及をしなかった。
「なるほど、事情は分かりました。煉夜が関係しているというのならば、そうなのでしょう。英国に煉夜をお貸しします。ですが、詳しい説明を私からするのは難しいので、煉夜へ直接していただけたら、と思います。……しかし、この時期、英国への航空便を手配するのも難しそうですが」
煉夜を貸すとなれば、外国に行くために航空券を手配する必要がある。政府が動くとは言え、ゴールデンウィークのただなかであり、空きを作るのは難しいはずだ。無論、できないわけではないだろう。緊急の案件だとでも言って、政府が手配すればできるはずだ。英国から直接の依頼ともなればすでに手配すらしているかもしれない。
「いえ、今回は借りると言いましたが、わたくしの代理、いえ、わたくしの代理の護衛役としてのような役割で、それも、英国ではありません。諸事情でわたくしが英国から離れらないための苦肉の策、と言いましょうか、煉夜様のお手を煩わせることになってしまったのは心苦しいんですがね」
そう言って、リズは、煉夜が行く国の名前を言う。木連の渋い顔がより一層渋くなった。代理の護衛等とするならば、かなりの重要な役割である。それも、日本でなければ英国でもないうえ、2つの国の間と来た。一つしくじれば、国際問題に発展しかねないこの案件に煉夜を絡ませることに、渋い顔をするのも当然と言えば当然であった。
そういう経緯で、煉夜は電話を替わる。すでに英国からの電話であることは聞いていたが、個人的な連絡ならば、いつも通りに、煉夜のスマートフォンにかかってくる。つまり、個人的なものではない、ということはその時点で察しがついていた。
「煉夜様、どうか、お力を貸していただきたいのです。本来ならば、わたくし自身が赴いて、どうにかする案件なのですが、恩師が亡くなりまして、それに関することで少々動けない事態になってしまいまして」
リズが英国を動けない理由は、餅を喉に詰まらせて亡くなった恩師、コルキス・ガリアスの件によるものであった。
「それは構わないんだが、別に俺が行かなくても他の誰か、ユキファナとか美鳥とかでもいいんじゃないのか?それに、いま、動けないのなら、時期を変えるとか」
リズが動けないということで、そうなると代理になりそうなのは、アーサーかユキファナ、美鳥くらいのものであるが、王室直属の聖王教会のリーダーであるアーサーは国際的に動かすのが難しいことを考えれば、自由に動けるユキファナか美鳥に、まず白羽の矢が立つものだろう。
「はい、ユキファナは、わたくしと同様に、今抱えている一件で動けない状況なのです。美鳥は、研究のために、英国を離れているので頼むにも頼めず……。時期を動かすことも難しいのです。英国内の問題であればいくらでも動かしようがあるのですが、何分国外の問題ですし、少々込み入った問題がありまして、すぐにでも動かなくてはならないのです」
ユキファナが動けないほどとなると、それなりに大きな問題を抱えているのだろう、とリズが動けないことを納得した煉夜であるが、それにしても、国外の問題を、別の国外の人間である煉夜に放り投げるのはいかがなものかと考える。
「それでも、なぜ、俺なんだ。他にもいろいろと送る人材はいるだろうに。国際問題になりかねないぞ?」
これで煉夜が何かを失敗した場合には、英国だけではなく、その国外である外国をも敵に回すことになり、結果としてそれは日本に責任が行くことになりかねない。国際問題という話ですまないほどの、大きな問題になりかねない。
「はい、それが、この度見つかったものが問題なのです。煉夜様は、スファムルドラ帝国に伝わる至宝に四宝があることはご存知ですよね」
そのうちの2つを担う煉夜は、当然知っていた。至宝にして四宝が存在するという話は、メアからもよく聞かされていたからである。
「ああ、至宝にして四宝があることは当然知っているが、それがどうした」
だからと言って、その話を今更されたところで、この世界では何の意味もないと、煉夜は首をひねる。
「四宝の名前は、ご存知ですか?」
そこで、煉夜は、「はて?」と考える。四宝があることは知っているが、その具体的な内容は、煉夜も知らないのだ。スファムルドラに伝わる話から、何があるかは予想がついているが、正確な名前を知っているものは、3つだけ。
「スファムルドラの聖剣アストルティ、スファムルドラの聖槍エル・ロンド、そして、英国で知ったスファムルドラの聖杖ミストルティだ。最後の一つは、何であるかは予想がついているが、名前は知らない」
そう、煉夜がミストルティの名前を初めて知ったのは、前回の英国での一件があったときである。それゆえに、ミストルティのことを問われても、最初、煉夜は分からなかったのだ。
「まあ、そうでしょう。レンヤ様には、正確に伝えておりませんでしたので。何分、レンヤ様の持つ聖剣と聖槍を除く、残りの2つは、新暦以前の大戦で消失したため、話でしか伝わっていないものでしたから」
そう、スファムルドラの聖杖ミストルティも、そしてもう1つも、向こうの世界では消失してしまったために、煉夜にそれを知られることはなかった。
「今回、見つかったものは、その最後の一つ、『スファムルドラの聖盾』なのです」
そこまで来て、ようやく、煉夜が今回の役に選ばれた理由に得心がいった。スファムルドラの四宝ならば、それを知るものでなくては話にならないだろう。




