223話:神と同一視された王・其ノ弐
黄金。それはすなわち、魔力を込められる黄金ということであろう、と煉夜たちは推測することは可能であった。
「我は、ある種の奇跡が起きていると考えてはいるが、それもまた、奇跡と同時にそうあるべきであった必然が絡んでいるのではないかとも考えている。我が妻、ネフェルタリの器たる存在が、この国に生まれたということが、だ」
奇跡という言葉は、ラムセス二世にとって、特別な意味を持ち、そう軽々しく使うものではない。だからこそ、そこには偶然以上の意味が込められた強い言葉である。
「そうね、黄金、つまり、偶然ではなく、埃国の黄金と同じように魔力を蓄える性質の黄金がある日本に生まれたのは、ある種、運命……必然だったかもしれないわ」
必然というよりは、そうでなくては成り立たなかった絶対条件だった、という方が正しいのかもしれない。ネフェルタリにラムセス二世への忠誠という性質がある以上、適格な存在であっても、ラムセス二世のいない環境へ適合はできないだろう。もっとも、紅条千奈は、祈りとして魔力を神殿に送っていたが。
「そして、黄金が……あれがあれば、今以上に祈りを溜めることができる。この世界を、我自身を維持できるのだ。そうするために、ここに、この地にいるのではないか、そう思えてしまうほどに、よく出来すぎている」
確かに、魔力を蓄えることのできる黄金が今以上にあれば、蓄えられる量も増えて、これを維持するどころか、それ以上のことにだって手を出せるはずである。だが、それにはいくつも問題が残っている。
「黄金を見つけたとして、どうされるおつもりですか。そう簡単に手は出せないでしょうし、日本にある金は、ほとんどがすで何かに使われているでしょう。埋まっているものはほとんどないはずだ。よしんば、あったとしても、そこに貯める魔力はどうするのでしょう。千奈にこれ以上の魔力を捧げろ、というおつもりではないことくらいわかっていますが」
その昔、日本には、それなりに金脈があり、金鉱山が存在していたが、現在では、そのほとんどが取りつくされてしまい、ほとんど残っていない。そのため、残っているのは、流れ出して、水辺に堆積している砂金のようなものが多い。だから、どれだけ探しても、現状を変えるほど大きい金となれば、すでに何かに使われているものが大半である。
また、黄金を見つけたとしても、そこにどうやって魔力を注ぎ続けるのか、という問題もある。現状、千奈が一定の割合を送り続けているから成り立っているが、黄金が増えれば増えただけ、千奈の供給する魔力も増える。それは千奈に負担になることは間違いないだろう。
もし、魔力を注ぐ量を増やさなかった場合は、その分、時間がかかる。当然のことながら、黄金の量が増えれば増えるだけ、かかる時間も増える。それこそ、千奈が生きているうちにたまるかどうかわからないほどに。そうなれば、本末転倒。千奈という適格者がいただけでも奇跡なのに、再び、ネフェルタリの適格者が現れる確率は非常に低く、現れたとしても相当先の未来になるだろう。
「さあな、我にもわからぬ。ただ、目の前にあると分かっているのに、手を伸ばさぬわけにはいくまい」
その言葉を口にする表情は、どこか、本心を語っているものではないように、煉夜の瞳には映った。
「神と同一視されし、埃国が神皇ラムセス二世。あなたの願いは、望みは、そんなものではないのではありませんか」
煉夜の言葉に、ラムセス二世は、チラリと煉夜の顔を見やる。あてずっぽうで適当なことを言っているのか、それとも何らかの確信をもってそういっているのか、それを煉夜の顔を見て判断した。
「異国の騎士よ。異国では、騎士に心を透かし見る特技を覚えさせるものなのか?」
それは暗に、煉夜の発言が正解であると認めているようなものであった。そして、煉夜は首を横に振る。別段、そういった特技があるわけではないし、他人の心の中など覗けるものではない。
「いえ、心の中が覗き見られれば……、と悔やんだことは幾度もありましたが、覗き見ることなどできません。ですが、あの方も、そしてあなたも同じです。王なる者、その心を、弱音を開け広げにすることは叶わないでしょう。ですが、何かを隠すとき、言いたくないことがあるときは、あの方も、そして、あなたも同じように暗い表情をなさる」
人の上に立つ以上、どうしても、その弱みである弱音をあげることは許されない。政敵に見られようものなら付け入られる隙となる。
「ハッ、なるほど、良き騎士であったのだろうな。そして、それだけ思われるということは、良き主でもあったのだろう。仕方がない。その忠義と誇りに免じ、話そうではないか」
煉夜の騎士としての在り方を見透かすように、ラムセス二世は言ってのける。それだけの忠義を煉夜からは感じることができた。
「ネフェルタリ、お前も出てこい。話に加わることを許す」
ラムセス二世は、椅子の陰に向かって呼びかける。そこには、ネフェルタリ……紅条千奈の姿があった。
「わかりました。ですが、玉座の間は、あまり込み入った話には向いていない環境でしょうし、向こうで話す方がよろしいかと思います」
千奈が指し示すのは、玉座の下であった。ラムセス二世は、しばし考えてから、それにうなずいた。
「……千奈、か?」
話し方、雰囲気、見た目、それらの差から、煉夜ですら、一瞬、「本当に千奈か」と思ってしまうほどであった。
「うん、そだよ、レンちゃん。わたくしは、紅条千奈であり、ネフェルタリである存在。千奈かと言われれば、そうでもあるってところかな」
普段と違って、あまりにも理知的な話し方をするもので、煉夜は苦笑いを浮かべるしかないくらいであった。
「とりあえず、下に行く。その方が、話が楽であろうからな」
そう言って、玉座をスライドさせると階段が現れる。なお、物語やゲームの中には、こういった仕掛けも間々見られるが、現実問題、隠し階段としては奇妙な位置である。しかし、一番命を守らなければならない王の近くに緊急避難路は必要である。だが、玉座の後ろなどは、隠し通路を知っている人間が敵に回ったとき、一瞬にして不意をつける上に見られず近づける危険な場所となる。そういう意味では、王がいる以上、動かすことができない玉座の下、というのは、案外いいのかもしれない。
玉座の下から伸びる階段の先にあったのは、玉座の下とは思えないほどの別の空間であった。どこか、普通の事務室のような場所を思わせるつくり。
「ここは、この神殿の核となっている博物館の一部を元にしているから、普通の部屋という感じで、レンちゃんたちでも落ち着いて座って話せるでしょう」
京都タワーの位置に立っていたのは、京都タワーの近くの博物館から京都タワーを呑み込んで、その周囲一帯を神殿にしたからである。そのため、神殿の中核には、その一帯の建物が含まれている。だからこそ、玉座の下、核の部分にこの部屋が存在している。
「さて、どこから、いや、何から話すか」
そういいながら、ラムセス二世は椅子に腰かける。次いで、ラムセス二世に促される形でネフェルタリがその横に腰を掛け、【緑園の魔女】と枝の死神が続くように席に着いた。煉夜はあくまで座らずに立っていた。それは、騎士という体なので座るわけにはいかない、ということと、何かあったときにすぐに動くため、という2つの意味でそうしている。
「我が、黄金を探している、ということは話したな。その理由は、そう、その通りで、ただ、そこにあるから、というものではない。もはや、我の体……この黄金は限界に近いのだ」
数千年という長い間、地下の小神殿に安置されていた黄金であり、ずっと、その場に送られてくる魔力を溜め続けていた。しかし、その黄金も、もはや、限界に近いというのだ。それはただ単に、物としての限界ではないのだろう。
イオン化傾向の関係から、金やプラチナは、錆びる……、つまり酸化による化学反応に非常に強い性質を持っている。それゆえに、時には、黄金が永遠や美の象徴として扱われることがある。全く錆びないわけではないが、それでも、他の金属に比べれば別格といっていいほどである。
それでも、物質である以上、変質はする。特に金属であるため、延性・展性・金属光沢の3つの性質を有する。そうなると、叩いて変形することを繰り返せば脆性破壊されてもおかしくはない。
そういった意味ではなくとも、限界が近いという。だが、考えてみれば数千年の時が経過しているのだ。当然と言えば当然であろう。なぜなら、現在でも残っている数千年前のもののほとんどは、幾度も人が手を加えて、修繕して今に残っているのだから。
「ですが、新しい黄金を見つけたところで、魂を移しかえるというのは、かなり難しいはずです。それにそういったことを繰り返せば、魂は摩耗して、最後には魂というものであっても中身は残っていない、……などということになりかねません」
そう主張したのは、魂の専門家ともいえる枝の死神である。魂を取り出し、移すというのは、魂に激しい負担をかける。転生というものがありえないと一般に言われるのは、受け入れる器がないというだけではなく、常人の魂ならば、移し替える負担だけで、その魂が無に帰すからである。
一国の王ほどの魂であっても、幾度も器を移しかえれば、摩耗が激しく、最後にはただの魂という塊になり果てるやもしれないのである。
「それは我が一番わかっているだろう。ここにいる我は、すでに残滓のようなものにすぎぬのだから。本来の『神』としての我は、とうに『神』として『神』に帰っている」
それはつまり、ここにいるラムセス二世が、おおもとの魂からわけ取った一部を黄金に移したものである。その過程で、魂はかなりの損傷を受けている。後、数度と持たずに魂は瓦解するだろう。
「まあ、わたしのように転生する存在として生まれた【魔女】は、魂を移しかえても大丈夫なように作られているから、ともかく、普通の魂では数度が限度でしょうね」
そう、【緑園の魔女】や【終焉の少女】のように、端からそういった存在として生まれたものならば、わからない話ではない。それらを除いて幾度となく転生を繰り返す存在など、ほとんどありえない、まさに奇跡というものである。
「それでも、本当に魂を移すのならば、私が修復術式を使いましょうか。ただし、それには、相応の黄金が必要ですから、ほとんど見つかる可能性はゼロに等しいですけどね」
魂の修復ともなれば、かなり大規模な術式である。しかし、枝の死神ならば、その程度はどうにかなるだろう。だが、問題は、「黄金」である。日本の黄金は、ほとんど残っていない。それを同解決するか、というところが課題である。




