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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
黄金神話編
222/370

222話:神と同一視された王・其ノ一

「……お前、名はなんという」


 そんな風に問いかける少年に、彼女は名乗っていないことに気づいた。名前も教えずに話していたことに礼儀を欠いていると自己嫌悪しながら、彼女は名乗る。


「ネフェルタリと言います。あなたは?」


 彼女、ネフェルタリは、貴族の出であった。もっとも、そんなに位は高くなく、王家のうわさ話は両親や周りの人間がしているものを聞いたものである。だからこそ、自分には関係ないと割り切って、普通に生活をしていた。だからだろう、彼女が、少年の顔から名前を導くことができなかったのは。


「我か? 我はラムセスだ。お前、気に入った。お前とならば、あれをいつの日か迎えに行けるような国が作れるような、そんな気がする。太陽よりもまぶしい、いや、『お前のために太陽が耀く』といっても過言ではない。愛らしき者(ネフェルタリ)とはよく言ったものだ。お前に姓をやろう。我の嫁に迎えるのだ、ファラオの妻となればアメンの妻である、女神ムト。そう、ならば、お前は今日からネフェルタリ・メリ・エン・ムト。我の妻だ」


 ラムセス。――ラムセス二世。さすがに、名前を出されれば、それがこの国の王子の名前だということは、位の低いネフェルタリにも分かることであった。

 それが顔に出ていたのだろう。彼は小さく笑いながら、それでも優し気な笑みで言う。


「構わぬ。お前ならば無礼だとは思わぬことに決めた。その代わり、我とともに、この道を歩んでくれ。いつか、友へと胸を張れる、いばらの道を、な」


 その晴れやかな笑みは、ネフェルタリがいつも見ていた愁いを帯びたものとは全く違い、太陽のようであった。それこそ、太陽神ラーに見染められているかのように。


「……わかりました。こんなわたくしでよろしければ、あなたと共に、その道を歩みましょう」


 こうして、ラムセス二世はネフェルタリを含む8人を妃として迎えた。ネフェルタリは中でも第一王妃となったのである。側室を含めればかなりの数、ラムセス二世の妻と呼べる人物はいたが、真に夫婦であると表現できるのはネフェルタリだけであったと言えよう。




 ラムセス二世に関する話として、よく上がるものが、建築王というあだ名である。多くの葬祭殿や神殿を築いた彼らしいあだ名ではあるのだが、いつの日か、ネフェルタリが彼に問いかけたことがあった。


「どうしてこうも大きなものをあちこちに立てるのですか?」


 とそんな風に。神殿は神皇のいる場所というだけではなく、信仰の意味においても重要な場所ではあるのだが、そういくつもつくるものではない。葬祭殿も含めて、多くの建築をしたその真意を、後世の歴史学者は、国の権威を示すため、自身の権威を示すため、と様々に言う。ただ、少なくとも、この世界においての彼の理由は、


「いつか……、いつか、あれを迎えに行くときに、あっと驚かせてやるのだ。それに、こうして我の名を冠したものがあれば、あれにも我のことが少しは伝わるかもしれぬ。我はこうして国を治めている、と」


 と、そんなものであった。






 まばゆい記憶の奔流から、そうして残ったのは、紅条千奈であるのか、それともネフェルタリという存在であるのか。この場合、はっきりと本人の中には自覚がないが、それでも、千奈でありネフェルタリであるというものであった。


「感慨深い、ですか。確かにそうですね。わたくしが娶られる前に国を去ったあなたの友人が、巡った世ではわたくしの友人として生まれ変わっているですから」


 そういった彼女の瞳は、蒼く染まっていた。髪も黒く染まり、肌の色が浅黒く変色する。ラムセス二世が、初めて会った頃のネフェルタリをほうふつとさせるその姿。


「思い、出したのか……?」


 先ほどまでの雰囲気と一変した千奈に、ラムセス二世はそう問いかける。それに対して、千奈は曖昧な笑みを浮かべた。


「思い出した、というのとは少し違います。わたくしとしての意識はずっと、この紅条千奈という人物にありました。入れ替わったわけでも、のっとったわけでもなく、共生していたのです。ただ、彼女にその意識と実感がなかっただけで」


 それは寄生というのでは、と若干思わないでもないラムセス二世であったが、口にはしなかった。


「そもそも、彼女の思考力が若干にお粗末であったのは、わたくしが、その思考力の中のわずかな部分を占有してしまっていたためな部分もあるので、申し訳なく思う部分はありますが、それはあくまで、『紅条千奈』という人物と『ネフェルタリ・メリ・エン・ムト』という人物が共生していた今までの話です。今は、もう、一人の人間として収まりました」


 紅条千奈という女性は、生まれながらに、「紅条」という一族にふさわしい器を持って生まれた。宝石と地獄に彩られた「紅条」という一族の性質を考えれば、黄金と生死を司る埃国という国の性質は非常に近しい。そういった偶然も含めて、「奇跡」と言えた。

 ただ、魂であったネフェルタリは、もはや、ネフェルタリ足りうるものではなく、記憶と性質を有するものでしかない。それが無意識という場所に小さく押し込まれ、千奈の意識に影響を及ぼしつつも、あくまで千奈という個人として存在していた。ゆえに、本来であるならば、千奈がネフェルタリとして覚醒する可能性は限りなく低かった。無意識にある知らない記憶と性質が千奈を作り上げてはいたが、そこからネフェルタリという人物としての自覚が出ることはほとんどないと言えた。


 ネフェルタリの言う、「思考力」というものも、ネフェルタリという人物が実際に思考力の一部を借り受けていたというわけではない。あくまで、ネフェルタリとしての性質がその思考力の一部を「ラムセス二世への思い」という形で占有していたに過ぎない。そして、それが魔力を神殿へと捧げ続けるという無意識の形となって表れていた。


「なるほどな。お前が……、いや、この話は後にしよう」


 ラムセス二世が何かを言いかけて、やめる。その視線の先には、部屋の出入り口があった。ただ、その先には通路でも階段でもなく、奇妙な穴が広がっているだけであった。


「後に、ということは、来客でしょうか」


 視線から、それを悟るネフェルタリ。あるいは、視線ではなく、感覚だったのかもしれないが。


「ああ、その通りだ。お前は下がっていろ。3つの試練を越えたものである。蛮勇か、それとも……。いずれにしろ、ここまでたどり着く資格を得たものだ。歓迎してやらねばならん」


 そうして、3人の来客者が現れる。





 煉夜たちが、試練を突破し、その先へ進むと、神殿の最奥、玉座の間へとたどり着いた。広い部屋には複数人の気配が存在していた。


「貴様らが、試練を突破し、この場所へと足を踏み入れた者か」


 玉座についたその姿は神々しさとともに、圧倒的な気迫を持っていた。まさしく王と呼ぶべき存在であり、そして、神にも近き、神皇であった。


「蛮勇と称すにはいささか違うな。アヌビス神にも似た神なる気配を持つ者、モーセに近き神の奇跡の力を持つ者、そして、そのどちらにも近いようで遠い騎士なる者。どれも、ここに来ることを認められるだけのことはある存在だ」


 雰囲気だけで、それを感じ取るのは、やはり、魂だけの存在だからこそ、その魂を深く知ることができるからであろうか。


「はじめまして、古の神皇、オジマンディアス様。我が名は、レンヤ・ユキシロ。貴国とは異なる遥か遠き国にて聖騎士を務めておりました。謁見の場へのお招き、ありがとうございます」


 向こうが「騎士なる者」と呼ぶからには、と煉夜は、あえて騎士風にラムセス二世に名乗り、言葉を返す。傍若無人な魔女たちとは違い、騎士としての教育を受け、それなりに世渡りをさせられてきた煉夜は、あまりにもな場合はともかく、普通の場で王に失礼なことを言わないように気を付けるくらいのことはする。特に煉夜を「騎士」と呼ぶのであれば、なおさら。

 なぜならば、「騎士の無礼」は「主の恥」につながるからである。煉夜にとっての騎士としての主はメアであり、そうである以上、無礼を働くわけにはいかない。


「わたしは、【緑園の魔女】よ。はじめまして」


 一方の【緑園の魔女】は、全く敬うようなこともなく、自然体で名乗る。これが、公的な場、つまり、彼女の場合、会社の関係者として来ているのならばこのような態度はとらないのだろうが、今は初芝重工の初芝小柴ではなく、ただの一個人として動いている状況である。であるならば、誰であろうと敬う筋合いはない、と言わんばかりの態度で接する。


「私は枝の死神。確かにアヌビス神同様に、死を司る神ではありますが、どちらかというならば、その遣いに近い存在です。それほどに高尚なものではありませんよ」


 そうは言うものの、彼女は、一つの冥界を制した存在であるイガネアの八姉妹の一人であることは間違いないので、冥府の神たるアヌビス神と似たようなものである。もっとも、枝の死神からするならば、冥界そのものの遣いであるというものであるが。


「それで、わざわざ名乗りにこの場を訪れた、というわけでもないであろう。何用だ」


 別段、【緑園の魔女】の言葉遣いに気を留めた様子もなく、ラムセス二世は3人にそう問いかける。


「オジマンディアス様が、この地に何を求めて足を運ばれたのかは、スフィンクスより聞きました。そして、それは達せられたのでしょう。ですが、それでも、まだ、何かが足りていない。であるからこそ、この世界を侵蝕する結界を張り続けている。それはきっと、貴方自身の魂にも負担をかけていらっしゃいますよね」


 そう、千奈が目的であるのならば、もうすでに目的は達成している。いつまでも結界を張っている必要はない。あるいは、その姿を維持するために結界が必要であるとしても、それほど大規模なものは必要ないはずである。

 煉夜は、小さい規模の結界が展開できないのではないか、とも考えたが、それもピラミッドの空間、ピラミッド内部の空間、スフィンクスの空間を経て、否定された。あの規模の結界が張れるのである。小さい規模が展開できないわけではないのだろう。


「ふむ、そもそもにして言うのであれば、この結界は、本来成しえぬものである。それは、わかっているのであろう」


 3人はうなずく。限定結界に近しいものになっている、ということ自体が本来はおかしいのである。それ以上に、いくら魔力を蓄えていたとて、こうはならない。


「それは、そのはずである。我とて、こうもうまくいくとは思っていなかった。だが、どうにもこの国の神域は、誰かに接触を受けていたようだな。それが功を奏した」


 そこで煉夜はハッとする。ここへのつながりは、決して紅条千奈という縁、だけではなかった。神域とラムセス二世が称した、それのことがわかっていた。日本では龍脈や地脈と呼ばれる、それのことである。つまるところ、この結界を維持・展開できたのは、日本の龍脈を上書いて、埃国そのものに置き換えることができたからである。

 その前例を作ったのは、他でもない煉夜自身であった。鷹雄との戦いの最中に発動した聖槍の権能こそが、この事件の引き金ともいえた。


「そして、我は探しているのだ。……黄金を」

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