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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
黄金神話編
220/370

220話:聖者の十戒説きし者・其ノ一

 時は若干さかのぼり、煉夜たちがピラミッド内部のダンジョンをひたすらに歩いている頃、神殿の最奥。そこには一人の神皇(ファラオ)がいた。赤みがかった茶髪で、玉座に座していても分かるほど高身長な男であった。浅黒い肌に、整った顔立ち。雰囲気は、どことなく、高貴さを感じるものであった。

 名を、ラムセス二世。即位名はウセルマアトラー・セテプエンラー、あるいは、オジマンディアスと呼ばれる。


 もっとも、当人は、すでに神皇として神となった身であり、後継の神皇を考え、神皇としての名であるオジマンディアスではなく、ラムセス二世であると考えている。

 ラムセス二世の後継と言えば、彼の息子、第13皇子であったメルエンプタハである。そして、その後も長きにわたり、様々な神皇が生まれ続けた。先人たちが神として人の上に立ち、死して神と同一視されたように、彼もまた、死して神とともにあるはずであった。


 だが、彼は強い意思を残してしまった。あるいは、この意思、ラムセス二世とは、オジマンディアスという神皇の一部でしかないのかもしれない。大部分、神として「オジマンディアス」としての彼は神と同一視され、世界という枷から解放されたが、妻とともにありたいという願いは、人としての彼をこの世に意思として残してしまったのかもしれない。


 そして、その妻……正室であり、第一王妃であるネフェルタリの面影をよく残した女性が、玉座の近くに横たわっていた。

 紅条千奈。彼女が生まれたその時から、ずっと、ある意味ではつながり続けていたために、一目見るまでもなく、彼女が、彼女こそがネフェルタリの生まれ変わりなのであるということに気づいた。


 その近くには、雑に積み重なるように、千奈の友人である2人の女性も転がっていた。千奈の扱いに比べれば、天と地ほどの差があるような状態であった。


「んぅ……。ぅう……」


 千奈が寝息のように、声を漏らした。それを聞いて、ラムセス二世は、ニッとほほをあげる。覚醒の時が近いようである、と。ようやく意識を取り戻したのだと。


「んぇ?……ここは?」


 寝息から、数分の後、千奈は目を覚ます。それは、あまりいい目覚めとは言えなかった。何せ、暑い上に、混濁した意識からの覚醒であった。体は重く、元々鈍い頭がさらに鈍いために、最悪な状況であった。


「起きたか、我が愛しき者よ(ネフェルタリ)


 そんな風な声を聴いても、千奈は、何のことだかわからず、また、頭が働いていないために、理解もできなかった。だが、心の奥底の何かが、この声に歓喜しているような漠然とした感覚を抱いているだけである。


「えと……、あの……、ええっと……」


 状況がつかめない上に、意味も分からないと来て、混乱の極みともいえるような状況に、さすがの千奈も口ごもる。

 状況だけ見れば、見知らぬ男が、枕元で愛を囁いているストーカー案件の状態であるともいえる。


「は、はじめ、まして?」


 記憶をさかのぼる限りでは、まったくもって知らない人物であるが、心の奥底で知っているというような感覚が沸き上がり、語尾が自信なさげになっているが、少なくとも千奈は、ラムセス二世を知らなかった。


「はじめまして、か。……忘れているのか、それとも、上手く同調できていないのか。寂しいものだ」


 千奈は、ラムセス二世にまじまじと顔を見られて、たじろぐ。普段から、男性とはあまり交流のない千奈であるが、特に男性を意識するようなこともなかった。だが、なぜか、この男に見られていると、動悸が激しくなる、そんな気がした。


「あの、えっと……ここは、どこ、……ですか?」


 恐る恐ると千奈は問いかける。普段から、敬語をあまり使わない千奈であるが、なぜか、この時は、つけなければいけないという意識が働いて、小さく「ですか」とつけてしまった。


「ここは我が神殿の玉座である。外観は、あの展示場にあったものから、建造物を選び、とにかく混ぜてみたのだが、どうにもうまくいかなかったがな。まあ、よいのだ。外観など、我の意識で変わるものよ」


 この神殿が、なんとも言えない形になっていたのは、千奈たちが意識を失った博物館にあった展示品から、建物らしきものをとにかく選び、それを反映した結果であった。それゆえに、彼の生きた時代になかったものが多くあり、結果として、奇妙な形になってしまったのである。


「がい……かん……?」


 首をかしげる千奈に、ラムセス二世は、ぽかんとした顔をしてから、大きな声で笑いだした。そして、しばらく笑ったかと思うと、唐突に指を差す。その方向には、大きく開いた窓があった。


「ほら、そこから外を見てみろ。そうすれば我の言わんとすることが何となくわかるだろう」


 そう言われた千奈は、思いからだを何とか起こし、ふらりと立ち上がって、窓の方へと歩いていく。大きな窓、というよりは、柱と柱の間、と表現すべきかもしれないが、それは、外へとせり出すテラスのような空間につながっていた。

 テラス、というには、外の景色が見えづらい。なぜならば、開口部を大きくもうけすぎると砂埃が多く入ってきてしまうためである。そのため、普通の日本の家とは構造が異なっているのだ。


 千奈は、きょろきょろと外の世界を見回した。それが、京都の光景だと気づくのには、かなり時間を要した。そもそも、自身の住んでいる地域を真上から見た光景が瞬時に分かるかということである。それも、若干変わっているものが、という条件付きで。


 現在は、衛星写真を使った地図情報などもあるため、それなりに把握できるかもしれないが、それでも、それを実際に見るのとではかなり違う。そもそも日本の保持する衛星写真はかなり画質が悪い。それは高解像度の衛星写真を持つことが、軍事利用につながると懸念されているためである。そうなれば、小さなものまでは分からない。あくまで、大まかなものを把握するものや植生の把握などに使われる程度だ。

 だからこそ、千奈はこれが京都だと気づくのに、かなりの時間が必要だったのである。


「うわぁー」


 そんな驚きの声しか出なかった。もっとも、ラムセス二世の言うものは、外の景色ではなく、テラスから見上げれば分かる外観のことを指すのだが、千奈はそこには目がいかなかったようである。


「外が気になるか? 外は、我が姿を維持するために、我らの生きたあの時代を一時的に上書きしているのだ。モーセの言うところの『限定結界』というやつに近いものだが、あれとは異なるものだ」


 現実を侵食して、上書きするという意味では、確かに限定結界に非常に近しいが、これは、ラムセス二世が個人で持ちうるものではないうえ、生まれた時から持っていたものでもない。後天的に、無理矢理再現しているに過ぎない。


「お前が、生きてきたすべての時間、ずっと我に捧げていた魔力を、黄金が蓄積し続けて、それが『奇跡』とやらまでなったのだろうな」


 奇跡、一般的な奇跡というものは、蘇生などであるが、この場合は、モーセの起こした数々の奇跡のことを指すものである。


「その奇跡を、名付けるのならば……、――疑似限定結界『黄金神殿(ペル・アア)』とでも称すのがいいだろう」


 ペル・アア。それはすなわち、古代埃国語で「ファラオ」を示す言葉である。多くの建造物を建てて、多くの歴史的建造物を現代にまで残したラムセス二世を示す「神殿」、そして、黄金とは埃国における象徴でもあり、この疑似限定結界を、ラムセス二世を、この現世にとどめているものでもある。

 それはすなわち、この神殿こそ、ラムセス二世であるといっても過言ではないのだ。なぜならば、この空間は、ラムセス二世の世界であるのだから。彼が彼でいられる、彼として有れるのは、死した今、肉体的復活ができていない以上、この中だけである。


「ペル……アア……?」


 その言葉をどこか知っているような気がして、千奈はつぶやいた。だが、それでも、なお、どこで知ったのか、そういったことは分からず、心の奥底で靄のように積るだけであった。


「まだ思い出せぬのなら、それはそれでよい。ただ、この部屋から出ることは許さぬがな」


 千奈は、「なぜ?」というような顔をしながらも、先ほどまで寝ていた場所へと戻ってくる。


「ふん、それよい。外は危険だ。蛮勇か、英雄か、それとも盗賊か……、何にせよ、我が神殿へと入り込んだ不届き物がいるようだからな」


 ラムセス二世が知っているのは、何者かが入り込んだ、ということだけである。それも、彼にとっては「些末事にすぎぬ」という感想でしかなかった。特に、目の前に、眠った千奈がいた先ほどまでは特に、である。


「フトドキ者って……、シンニュウ者ってこと、ですよね?」


「ああ、だが、気にするものではない。我が神殿には3つの試練がある。それらを踏破してここへ現れるものがいるとは思えぬし、いたとしても来るのはまだ当分かかるはずだ」


 ピラミッド内部の忍耐の試練。番人は、第一の番人であるアメミット。アメミットとは、埃国の神話における怪物であり、我見はワニに近いだろうか。しかし、ワニではなくキメラのような存在であり、ワニの頭に獅子の鬣と上半身、カバの下半身を持つとされる。

 冥界の神であるアヌビスが行う天秤による裁判で、罪ある魂とされたものの心臓を食らい、その者が転生することがないとするものである。アメミット……貪り食う者の名の通りである。

 忍耐の試練では、ピラミッドの中を練り歩き、最後までたどり着いたら、彼に出会い、そこから彼とともに部屋に閉じ込められて、部屋の扉があくまで待ち続けると石の欠片を彼が吐き出し、それを通路のどこかにはめ込むように指示され、それを数度繰り返す作業をさせられるという忍耐を試されるものである。


 ピラミッド外部の勇気の試練。番人は、第二の番人であるピラミッド。あるいは、ピラミッドというものの意思とでも表現すべきだろうか。忍耐の試練で疲弊しきった状態において、強大なピラミッドの石で構成された人型の怪物を相手に、立ち向かう意思を示せば合格できるものである。もっとも、煉夜は合格云々関係なく、立ち向かって、とっとと壊してしまったが。


 そして、次の知恵の試練。番人は、第三の番人であるスフィンクス。この試練は、ただ単に、無礼な者でない、神皇の名を知る者であることを確かめるためにある者であり、知恵というよりは、知識・認識である。


 そのように、試練の説明をするラムセス二世。それを聞いた千奈は、何となくでしか聞いていなかった。


「もっとも、本来は、お遊びのようなもので、不届き者など、あれ以外にここに来るとは思っていなかったのだがな……」


 そうつぶやいたラムセス二世の視線の先には、千奈の友人2人がいた。

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