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白雪の陰陽師  作者: 桃姫
司中八家編
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022話:市 原家訪問其ノ一

 9月某日、市原家は少し荒れていた。若くして市原家の後を継いだ3兄姉妹(きょうだい)は、当主の仕事もさることながら、他の様々な事情から忙しくて、てんてこ舞いだった。特に市原(いちはら)華音(かのん)は先日ぶらりと訪れて、「京都に不穏な気配があるから気を付けろ。何か来そうな雰囲気だ」などと言う言葉を残すだけ残して颯爽と消えた夫の所為で、それに対する調査をしに京都中を駆け回っていたため人一倍疲れている。


 市原家は能力の有無によって序列が決定するのだが、3兄姉妹は誰も力を継いでいなかった。唯一、両親どちらの血統も引いたと思われるのが次女だったが、嫁いだため家にはいない。よって暫定的に3兄姉妹が当主になっている。そして、長男の息子と三女の娘の2人が次代を担うのだが、長男の息子である結太(ゆいた)は長男同様力を継いでいない。そして三女の娘である裕華(ゆうか)は、力を継いでいる。そのため裕華が筆頭で、結太が次席と言う年齢と異なる結果になっているのだ。


「だ~、もう、なんでこんな忙しいのよ!」


 華音は思わず頭を掻きむしりながらそんなことを叫んだ。その多忙さは裕華や結太にも影響を与えていた。特に結太に。


「いや、僕も手伝っているんで、だいぶ何とかなっているはずなんですけど」


 死にそうな目をした結太が資料を漁りながら奇妙な笑いと共にそう言った。目の下の隈は濃く、何日も寝ていないのでテンションが異常になっていた。


「みんな根を詰めすぎなのよ。そう思うでしょ、《月牙》」


 自分の式神である黒霧虎(チョールヌイチーグル)のお腹を撫でながら裕華が言う。もわもわと黒い霧が発生しているが、裕華は気にしていない。


「結局、そのよくわからない式神って何なの?」


 華音がそう言った。黒霧虎(チョールヌイチーグル)は黒い幻覚作用のある霧を出して姿を偽る性質を持っているが、耐性のあるものには効かない。裕華は父から遺伝した耐性で、幻覚などは効かないし、その性質も父と旅行に行ったときに見たことで知っていた。


「虎よ虎。幻覚を見せる黒い霧を纏う虎。父さんがおとなしくて安全って言ってたから大丈夫よ、たぶん」


 根拠はなかったが、自身の父が言うことを嘘だとは思わなかったし、触っていて危険だと思うこともなかった。それゆえに裕華は黒霧虎(チョールヌイチーグル)を普通の猫と同様に扱っているのだ。


「あの変態の大丈夫は当てにならないから困んのよ。あいつが大丈夫って言って、本当に大丈夫だったのは何回あったか。たぶん、片手で足りるか足りないか程度よ」


 ため息を吐きながら華音は手元の書類をくしゃくしゃに丸めた。元々書類と言っても、市原家の表向きの仕事に関するデータの承認くらいのものだ、量が膨大なだけで。表向き、と言うのは裏向きが陰陽師であるが、それは国も確かに承認している。しかし、それだけで資産などが賄えるはずもない。市原家は、表向きは、複数の企業を営業していることになっている。あくまで名目上では、の話である。実際の経営は別会社に一任していて、承認だけ回ってくるのだ。

 承認だけ、とは言うものの会社1つの承認にわざわざ市原家までに回ってくるために、その分時間がかかることになる。普通ならせいぜい社長まで回せばいいだけの処理を市原家に送っている分だけ無駄が出ている。そのロスをなくすためには、できるだけ早く処理しなくてはならない、と言うことになる。この処理を難なくこなしていた前当主の市原裕蔵(ゆうぞう)が如何に有能だったかが分かる。尤も、彼に関しては生きるか死ぬかと言う世界で、書類仕事から戦いまで仕込まれた人間であるため、エリートとまでは言わなくても出世街道に乗っていた。こなせて当然なのかもしれない。


「ああ、もう、こんくらいの処理、うち通さなくてもいいわよ!てか、書類とか送って来なくていいのよ。電話かなんかで聞いてきなさいよ!」


 書類を全部燃やしそうな勢いで激昂するが、いくら怒ったところで書類は減らない。ハンコをできるだけ多く押すためにがさつに承認していく。


「そもそもいまどき紙媒体なんてナンセンスなのよ。データで送ってきなさいってのよ」


 そんな風に愚痴を言う華音の横で、そそくさとお茶を淹れる準備をしている結衣(ゆい)が、なだめるように言う。


「まあ、データだと流出の問題とか、消失の問題とか」


 コポコポと急須でお茶を淹れる結衣。そんな結衣に対して華音は半目で意地悪を言うように返す。


「んなもん、紙でも一緒よ。そもそも、手書きじゃあるまいし、印刷前の元データ流出したら変わんないし、紙だって誰かが持ちだして見る可能性も皆無じゃないのよ。それに消失はしなくても焼失はするでしょう。火事が起こったらどうすんのよ」


 言っていることはまともで確かにそうなのだが、理屈っぽい様はまさに子供の様にも見える。そんな彼女に対して、裕太(ゆうた)は苦笑気味に言う。


「お前、年々夫に似てきていないか?ペットは飼い主に似る、じゃないけどさ……」


 理屈っぽさが伝染しているようだ、と裕太は言う。それに対して当の華音は、憤慨していた。


「あの変態と似てきたとかありえないわよ!てか、何、ユタ兄にはあたしがあいつのペットに見えてるってこと?!」


 裕太にかみつきそうな勢いでぐるるると唸る華音。その様子を見て、裕華は、呆れた様な顔をして《月牙》を式札に戻した。いつもの光景なので特に気にした様子はないが、何故ここまで両親が……と言うより華音が一方的に父のことを悪く言うのかが、裕華には分からなかった。不仲なわけではないようでじゃれついているのはよく見かけていたし、その様子はまるで猫のようだとも思っていた。


「ねぇ、両親の馴れ初めって訳じゃないけど、母さんは毎回父さんを変態って呼ぶけどなんでなの?」


 唐突な裕華の質問に、わなわなと震えだす華音。何やら怒りに肩を震わせているようだったが、その理由をぶつぶつと漏らしていく。


「出会いざまに胸を揉まれ、再会ざまに胸を揉まれ、再会ざまに胸を揉まれ、おしっこの匂いを嗅がれ、再会ざまに胸を揉まれ、スマホのロックを勝手に解除され、……その末の出来ちゃった結婚で、裕華が生まれた日以降10年近く顔出さないわ」


「あ、だから、父さん死んだことになってたのね。へぇ。てか、出来ちゃった結婚だったんだ……」


 どうでもいい事実が判明してしまったため裕華は微妙な気持ちになった。後、胸揉まれ過ぎである。


「そんな無駄話している暇が有ったら、こっちの書類にハンコをくださいよ。ぶっちゃけ、華音叔母さん、変態変態言いつつ好きなのはモロ分かりですよ。母さんから聞いたバレンタインの話とか、ねぇ」


祭璃(まつり)ィ!」


 現在ロシアにいる市原家専属研究員の祭囃子(まつりばやし)祭璃(まつり)に向かって声を飛ばした。


「ああ、もう、そんな話は忘れなさいっちゅーの。……んー、よしッ!話題転換よ!何か面白い話をしなさい」


「そんな関西人への無茶振りみたいな話題提供されても……」


 唐突な華音の振りに結太はどう答えたものか、と困惑の表情を浮かべる。そしてやや迷った挙句、一つ思いついたことがあった。


「ああ、そう言えば、雪白家の分家筋の長男、おそらく分家筆頭と目される彼だけど、相当な実力の持ち主なのは間違いないと思う。九尾も召喚したらしいしね」


 結太は召喚の儀には立ち会っていないため、煉夜が実際に九尾の狐を召喚したのかどうかを目では確かめていないが、裕華が言っていたことを嘘と捉える必要はないため事実と認識していた。


「へぇ、そんなに。うちの変態より強いってのはまずないにしても、どのくらいかしらね。会えば分かる気はするけど、ユノ姉くらい強けりゃ、十分強い部類でしょうしね」


 書類をまとめながら、華音はそう言った。身内を過大評価しているわけではない、華音の感覚は十分に正しいと言える。現在の司中八家の中で、次代ではなく現代においては、明津灘、冥院寺、市原が力を有している。尤も、市原を継いだ3人は自前の力を持っていないのだが、それでも力はあった。母の残した力が。そして、それぞれの家を出て嫁いだ明津灘家の次女、冥院寺家の次女、市原家の次女は、それぞれ特別だったのだ。その市原家の次女こそ、華音がユノ姉と称する市原裕音(ゆのん)その人であった。


「未だに会ったことないんだけど、裕音伯母さん。どんな人なのかすら知らないし」


 欠伸交じりに、裕華はぼやく。どうやらそんなに興味はなさそうである。取り出したスマートフォンを片手に、ぼんやりとしていた。


「ま、そのうち会うこともあるでしょうよ。そのうち、ね」


 言葉を濁しながら華音は、頬を掻く。そんな時だった、ピンポーンと明るいチャイムの音が家に響く。結太が面倒くさそうに立ち上がろうとしたので、裕華がスマートフォンのアプリを中断して先に立ち上がった。


「暇だから言ってくるわよ。勧誘とかだったら適当におっぱらっとくわ」


 欠伸をしながら、白のタンクトップにデニム地のホットパンツと家の外だったら何かと男の視線を集めるであろう格好の裕華は、特に自分の格好を気にしないまま、玄関に向かった。地味に中断したアプリの続きをやりたくてうずうずしているが、自制心も大事だと割り切った。


「それにしても、最近、インフレしすぎよね」


 裕華が中学生の頃からやっているアプリに対しての愚痴を呟きだした。暇つぶし程度にやっている裕華はかなりの古株であるが、そのスタンスからそこまで強くはなかった。


「艦隊組めないと協力レイドは上手くいかないし、多段誤答でネプ間違えに行ったら『ドンマイ』されるし、限定強すぎるし、騎士団ブロックはウザいし……、まあ、いいんだけど」


 玄関までくると、ドアの前に誰かが立っているのが見えた。どうやら男のようだ、と裕華は察したが、特に勧誘とかではなさそうだとも持った。


「ほい、どちらさん?」


 ガラガラと引き戸を開けると、そこに居たのは見覚えのある青年の姿だった。

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