217話:金字塔を攻略せよ!・其ノ参
通路の奥に進むと、ピラミッドらしい石造りの通路が続いていた。どうやら、迷路のように別れ道や行き止まりを繰り返すような構造になっており、稀にオアシスのような最初の部屋と似たような部屋や何もない部屋などが存在している。
その道を、まっすぐに、枝の死神の指示通りに歩いていく。特段、大きな罠や仕掛けもなく、ただただ通路が続いているだけであった。
「逆に、ただ歩くだけってのが一番つらいな。罠とかあった方が、単調さが薄れて助かる」
暗くひたすらに似たような光景が続くだけの通路を歩き続けるのは苦痛であった。代り映えのするものがあれば別だが、どうあっても似たようなものばかり。
「すでに、このピラミッドだけの空間に閉じ込められたことが罠であって、それ以上の罠はないってことかしらね」
神殿の中の最初の罠というのがこの空間という可能性は十分にある。しかし、枝の死神は言う。
「罠がないかは分かりませんが、神殿の内部にこうした空間を展開するのは難しいはずです。いくつもこういったものがあるとは考えづらいので、ふるい落としなら、確実に、何か仕掛けがあるはずです」
ただでさえ、外部を侵食している結界だが、それが幾重にもなって展開されているというのは、到底あり得ない。そうなると、何らかの措置があることは明白であった。
「気を抜いているわけじゃないが、仕掛けらしい仕掛けはないぞ。こういったところの定番と言えばいくつかあるが、そういった創作物でよく見かけるものを使ってくる保障もないしな……」
煉夜の言う定番とは、いわゆる「天井が落ちてくる」や「巨大な岩が転がってくる」、「壁から矢が出てくる」、「下から槍が突きあがってくる」などの言ってしまえば創作物におけるダンジョンなどの定番な仕掛けである。
「あら、ド定番だけに絶対にないとは言い切れないわよ。釣天井なんて、宇都宮城の釣天井なんて伝承があるくらいなんだから、日本でも割とポピュラーなものだっただろうし」
もっとも宇都宮城の釣天井は実在しなかったが。それでも、言い伝わっているということは、誰かしらが考えて、実在した可能性があるということである。
「それに、矢が勝手に飛んだり、槍が突きあがったりしてくるなどの仕掛けは、威力はともかく、割と作れる可能性のある罠ですからね」
原理としては簡単なものである。床の下に、人が乗れば外れるような紐の仕掛けをして、それを、矢をつがえて引っ張った弓に結び付け、紐が外れれば矢が飛び出す。槍も、槍が飛び出すというよりは、床が沈む方が簡単な仕掛けとして成立するだろうが可能である。
「まあ、ここや現実的なピラミッドなんかじゃありえないが、普通の場所なら、それこそ、待ち伏せて、人が来たら矢を放てばいいし、槍を突き出せばいい。それを自動化しようとしたら仕掛けもいるが、考えとしてはないもんでもないしな」
そんな会話をしながら、通路を進んでいく。代り映えのしない光景は、やはり単調でつまらないものであった。
「言っちゃなんだが、ピラミッドと言えば、仕掛けや罠より『呪い』の方が印象深いよな」
ピラミッドは、元々、墓という役割を持っているために、掘り起こすというようなことを想定していない。ただ、盗掘者・墓荒らしのために、工夫を凝らすことはある。そういったことから、罠がないとは表現できないかもしれないが、大体において、罠らしい罠はない。
それよりも、ピラミッドの逸話として有名なものは、呪いの類だろう。もっとも、墓を踏み荒らしているのだから、呪われるという類の迷信は多く、ピラミッドだけではなく、古代エジプトの遺物はたいてい「呪いの品」と呼ばれることが多いが。
「まあ、呪いというものが存在しないとは言わないけれど、呪いというのは、色々種類があるから一概には言えないのよね。この手のことは、ステラ……【無貌の魔女】が詳しかったんだけどね」
煉夜の面識がない【無貌の魔女】ステラ=カナート。そのため、煉夜は、どういった人物か知らないが、【創生の魔女】曰く、「一般的な魔女のイメージはあんな感じ」というように、魔女らしい魔女であったようだ。
「死神としては、無縁の存在ではないですけどね、呪い。いわゆる、『呪い殺す』……呪殺などですと、魂が因縁に絡みつかれることもありますし。死して、強い感情が場の魔力に伝染して、呪いとなって伝わることもあります。ピラミッドがまさにそれですね」
いわゆる呪殺というのは、日本では丑の刻参りが有名であろうか。呪いたい相手の名前だったり、顔であったり、髪の毛であったり、そういったものは様々だが、それらを用いて呪い殺す、あるいは、不幸を招くというものである。これは、特定の相手を呪い殺す、私怨の呪いであろう。
一方の、ピラミッドのような呪いは、死後の意思がこびりつき、影響を与えるもので、相手に関係なく、その場、あるいは、それに触れた不特定多数に影響をもたらす、広い呪いであると言える。
そんな、呪いの話をしながら、奥へ奥へと進んでいく中で、煉夜は、ある部分に引っかかり、目を向ける。壁である。正確には、石が積まれてできた石の壁。その石の一つがかけていたのだ。
ただ、それだけであるのに、どこかに引っかかりを覚える。別段、不思議な魔力が出ているわけでもない。
「なあ、【緑園の魔女】、あの壁、おかしくないか?」
唐突に、そう言われて、【緑園の魔女】は、その壁を見た。見た、が、そこには特におかしなところがないようにしか思えなかった。
「どこがおかし……」
どこがおかしいの、と口にしようとして、気が付く。正確に言えば、おかしいのは壁ではない。壁の周囲であった。
「石の一部が変色している?いえ、というよりは……」
【緑園の魔女】は、それを触ってみる。かけている部分に触り、少し力を入れると、押し込まれるような感触がある。
「これは、……このかけた部分に石をはめ込むってことかしら?」
そう言いながらも、目で枝の死神を見る【緑園の魔女】。枝の死神は、言わんとしていることを理解して、再び風を吹かせる。このダンジョンの中で、壁がかけている場所をとにかく探しているのだ。かけていれば、風の流れも変わるので、見つけるのはそう難しくない。
「少なくとも、かけている場所はここを含めて8ヶ所ですね。2ヶ所ほど通り過ぎています」
枝の死神が見つけられたのは8個。煉夜たちにはそれがすべてだという確証はないものの、とりあえず、これが仕掛けか何かであるのは間違いないと判断した。
「だが、何かをはめ込む、それも8ヶ所だろ。全部はめ込めば、道が開かれるとか、そういうのだと定番すぎる気もするんだがな……」
もっとも、そういった定番では、もっと「らしい」ものをはめ込むものであるが。
「それで、はめ込むものはどうする?それらしいものは落ちてないが、今のところ、いくつか方法があるぞ」
この状況の打開策は、すでに煉夜の頭の中でいくつかできていた。【緑園の魔女】と枝の死神は、呆れ気味に肩をすくめながら、それが何かを聞く。
「まず一つは、その辺の石壁をぶっ壊して、それっぽい破片をつくる。大まかな形くらいなら、アストルティで切れるしな。もう一つは、俺が【創生】の魔法で破片をつくる。他は、【緑園の魔女】が石を変質させてつくるくらいか?」
一つ目は、正確性に欠けるが、万が一の時にも魔力を残しておける安全策ともいえる。もっとも、大して魔力を消費しないので、しいていいところをあげるなら、であるが。
二つ目は、正確性は非常に高いが、8個も【創生】するのは、煉夜の精神力と魔力を多少削る。ただし、本当に、正確なものが出来上がる。
最後のは、二つ目と同様である。自然に干渉できる【緑園】の魔法なら、石を変質させることは不可能でないだろう。しかし、精神力と魔力を消費するのは間違いない。
「いえ、こういったダンジョンなら、それをクリアさせるためのものがあるのではないしょうか?」
枝の死神が、正論で返す。これは、ゲームで言うところの、バグを使って無理やり攻略しようとしているようなものである。
「なんで俺たちが、わざわざ敵かどうかは分からんが、こんな状況をつくったやつの思惑通りに動かなきゃならないんだよ。挑んだ以上戦いだぜ、正攻法だけで生きる必要はない。ようはクリアできればいいんだよ、こんなもん」
そう、枝の死神がいう正論は、あくまでルールにのっとる世界での話である。戦いにルールなどない。
「まあ、それには同意するわ。相手の土俵に乗って、馬鹿正直に戦う必要なんてないのよ」
それは、かつて、世界を創った神という、世界そのものが相手の土俵である戦いをした【緑園の魔女】だからこそ、よくわかっていることであった。
「それで、土俵に乗らないにしても、どうするかしら。レンヤ君の魔法で作ってもらうのが一番いいと思うんだけれど」
煉夜としても、それが一番正確であることは理解していた。なので、ため息をつきながら、手を前に出す。
「【我が主が名を持って告げる――
霊脈の底、悪辣なる神の血、深き眠り、
六の願い、八の守護、導き手は我が主の心の中、
――割れ、欠け、大地より生まれるものは星の欠片、すなわち『創生』の土】」
魔法によって、そのかけた石にはまり込むようなサイズの石が生み出される。それが8個。その材質は、壁に使われているものとよく似ていた。
「……すごい魔法ですね。物質創造系の魔法ってあまり使い手はいないんですよ。魔力の消耗も大きいので、何かをつくるくらいなら買ってきた方が楽なんて言われるんですが、この魔法は、驚きですね」
むろん、【創生】の魔法に魔力の消費はかなり多い。それこそ、魔力消費に緩和を受けている【創生の魔女】ですら、積極的に使うのは避けるほどに。煉夜も、習う時期が遅かったこともあるが、まず制御が非常に難しい魔法である。
【緑園の魔女】と出会った頃に、【創生】の魔法を使っていたが、あれは、ほとんど正しい魔法ではない。水の【創生】であれば、本来、水に雨や滝などの形を持たせてこその【創生】の魔法である。つまり、基礎の基礎以下の魔法であった。そこを学んでいる段階だったので、魔女や聖女が複数人で行う規模の魔法を習うのは、もっとずっと後になってしまっていたのは仕方がないだろう。何分、スファムルドラの無詠唱魔法が便利すぎるのも悪い。
「さて、と、後はこれをはめ込んで回るだけだな」




