216話:金字塔を攻略せよ!・其ノ弐
ピラミッドの中腹付近にある入口から中に入ると、そこは、下り階段となっていた。石造りの建物は、妙に圧迫感のある趣だ。それは、石造りゆえに、あまり大きな開口部を設けられないことと、灯りのない暗さから来るものであろうか。
石造りの建物に大きな開口部が設けられないのは、ピラミッドに限った話ではない。古い石造りの家や城を見ればわかるように、そういったものも大きな開口部は存在しない。それは、石を積んで支えていたからである。近代建築でラーメン構造や壁構造ができたことにより、それらが自由になった自由な水平窓は五原則に数えられるほどに大きな事であった。
「入口は、こんなものだろうな……。このまま、普通のピラミッドなら助かるんだが」
ここまでは、普通のピラミッドと変わりない様子である。もっとも、何をもって普通のピラミッドと表現するのかは不明だが。
そうして、そのまま、階段を下っていくと、広い部屋に出る。その部屋は、ピラミッドの中とは思えないほどに、潤っていた。
オアシスと表現するのが一番的確だろうか。水と実のなった木々がいくつか存在し、地面も石造りではなく、草が生い茂っていた。
「これは……、ダンジョンで言うところの安全地帯で、この先に進むとモンスターがいっぱいいるという展開、かしら?」
そんな風に言いながら、【緑園の魔女】は、魔力を広げて、オアシスに自生する植物達に干渉して、周囲を感知する。しかし、この周辺で、植物があるのはここだけのようであり、この部屋以上の探知はできなかった。
「あなたの魔力変換資質は『自然』なのですね。珍しいものなので、少し驚きました」
魔力を広げる【緑園の魔女】に対して、枝の死神はそんな風に言葉を漏らした。それを聞いていた煉夜は眉根を寄せる。
「魔力変換資質……?」
知らない単語が出てきたからである。その言葉の繰り返しは、暗にそれが何であるのか教えろという意味も入っていただろう。
「あ~、えっとね、レンヤ君は魔法を使うと……例えば火の魔法を使うと火を生むことができるでしょう?」
何を当然のことを、という顔で煉夜はうなずいた。それを確認した【緑園の魔女】は話を続ける。
「それは、魔力を呪文とか……レンヤ君は無詠唱で、だけど、それは魔力そのものを火に変換しているんじゃなくて、魔力で『火を放つ』という魔法を使っているじゃない」
スファムルドラの魔法……メアの教えた魔法というのは、無詠唱であるが、魔力を魔法として打ち出すというプロセスはきちんと存在している。
「ただ、魔力変換資質を持つ人は、魔力そのものを火とかに変質させることができるの。多いのは火とか風とか、あとは雷かな。まあ、多いといっても相当希少なんだけどね。【創生の魔女】がレンヤ君に教えなかったのも、多分、かなり珍しいからだと思うわ」
かなり長い時間を生きている【緑園の魔女】ですら、資質を持つ者は5人から10人ぐらいしか見たことがない。
「その中でも『自然』なんてのは、本当に珍しくて、わたし以外に持ってる人を知らないし」
火や風のような一般的なものとは微妙に性質の異なる「自然」などというものは、特に珍しい。そのため、【緑園の魔女】ですら自分以外にそんな存在がいるのかわからないほど。
「ええ、私もあなた以外には1人しか知りません。ただ植野春夏は、あなた以上に、自然というものに近しい存在ですが」
もっとも、枝の死神も、その人物に直接会ったことはなく、伝聞で知る程度でしかないが。それでも、その強さは、記録として聞いていた。
「へぇ、いるところにはいるのね。まあ、魔力変換資質は、持っていてもいいことばかりではないし、幼少期には暴走しがちだから、あったほうがいいと言い切ることはできないしね」
魔力そのものが変質するということは、幼少期に意図せず魔力を放出した結果、それが火に変質して大やけどや大火事に発展することもなくはない。また、先天的に得意な属性が固定されているようなものでもあり、どうあっても魔力がそれに変質する可能性があるため、それ以外の魔法が苦手になる傾向がある。
そういった意味では、煉夜のように、色々な属性が使えた方が便利な場面もあるだろう。もっとも、それはそれで器用貧乏になる可能性も否めないので、どちらがいいとは一概に言えないのが結果である。
「っと、話がそれたわね。肝心のこの先がどうなっているかはわからずじまいだし」
そんな風に、【緑園の魔女】が言うと、枝の死神が手を前に出して、小さくつぶやくように何かを言った。
「……死の風よ」
それと同時に吹き荒れる風が、オアシスの奥へと流れていった。風に感覚を同調させ、ソナーのように周辺を把握することができる技能である。死神には一般的なもので、大抵の死神は大なり小なり同じようなことができる。
「かなり広いですね。普通に、このピラミッドの体積を超えるくらいの広さはあると思います。部屋もかなりの数ですし、ここと似たようなオアシスの部屋がかなり遠くに数か所あります。植物同士の感応では、あれは届かないでしょうね」
それは、やはり迷宮と呼ぶにふさわしい広さを持つものであった。ただ、この場にいる面々からしてみれば、浅い迷宮であったかもしれない。
「生き物はおそらくいないと思うが、そちらの探知では何か引っかかるか?」
煉夜の知覚範囲は広いが、あくまで魔力を持つものが対象となる。そうしたときに、建物の形を把握するようなことは、少し時間がかかる。決してできないわけではない。先ほど枝の死神が行った風のソナーと同じように、魔力を広げていくことでそれが可能となる。
「動く気配はありません。ただ、絶対に何もいないと断言するのは難しいです」
トラップように、何か条件を満たすまで動かない生物以外の存在がいる可能性もあるし、それこそ、何か条件を満たすと召喚される仕掛け、などがあればわからない。
「それから、明確な階段のようなものは存在しませんね。あるならば、ゲートのようなものか、それとも条件達成で現れるのか、そういったことまでは分かりません。少なくとも、今、存在していません」
目指す場所がはっきりと決まっているのなら、壁を壊して突き進むという荒業ができるのだが、そうもいかない以上、練り歩くしかないだろう。
「ふむ……、砂漠での長期戦、か。いつぞやのことを思い出すな、【緑園の魔女】」
それは、煉夜と【緑園の魔女】が初めて出会った時のことであった。あの場所も砂漠地帯であり、近くに氷林があったものの、埃国に似た雰囲気であった。
「まあ、あの時は、もう一人、頼れるオレンジ色の髪の味方がいましたけど」
そのものは龍殺しの異名を持つヴァスティオンの一族。新暦以前の大戦争で【緑園の魔女】と戦った歴戦の猛者ヴィフィオ・ラ・ヴァスティオンの末裔。
「オレンジ色の髪……?ラ・ヴァスティオンの……龍殺しの一党でもいたのですか?」
だから、枝の死神の発言には、若干驚きを隠せない。煉夜は、こちらの世界でもの「ラ・ヴァスティオン」が龍殺しの代名詞として語られていることを明津灘家で、聖剣アストルティを手にした時に知った。だから、それほどの驚きはなかった。
「ラ・ヴァスティオンを知っているの?」
「ええ、まあ。ラ・ヴァスティオンと言えば、龍殺しの筆頭である九龍、辰祓と並ぶ家と記憶していますが」
九匹の偉大な龍を殺し、それらに呪われた龍殺しの一族・九龍。辰を祓うことに特化した一族・辰祓こと立原。そして、龍を殺すことに特化した一族・ラ・ヴァスティオン。
このうち、立原家は、煉夜の友人である青葉雷司の曽祖母や市原裕華の先祖などに当たるものである。
「ラ・ヴァスティオンってそんなに有名だったのね。確かに、あの世界に龍はあまりいないから、龍殺しで有名になるのは無理があるとは思っていたけど」
煉夜のいた時代では、すでに絶滅危惧になるほどに減っていた龍種であるが、そのほとんどは神獣かその上に位置する。【緑園の魔女】のいた時代ならば、多くは幻獣とされ、中には神獣になっているものがいるか、程度の状況であった。それでも、数で言えば、かなり少なく、知能が低い龍種でも滅多に見られなかった。
「まあ、龍が大量にいて、勢力を本気で広げていたなら、人間なんぞ淘汰されていただろうからな」
煉夜がそんな風に言うように、神獣もそうだが、それらが本気で人間を害せば、人間はすぐに絶滅していてもおかしくなかった。それがそうならなかったのは、知能の高い神獣になっても、長命の関係から数を増やすこともせず、また、各地に縄張りをつくって、できるかぎり人間と離れて暮らしていたためだろう。
「まあ、そんな話はともかくとして、どうする?とりあえず適当に進むか?それとも、完全に迷宮と言える場所で、墓でもないんだから、全部ぶち壊して、適当に出口が出るまで更地にし続けるか」
煉夜としては、大魔法数発で済む後者の方が楽であるが、真面目な枝の死神が反論をする。
「もし仕掛けがあって、それ事魔法で吹き飛ばして、ここから出られなくなったらどうするんですか。普通に進みましょう」
そう言って、オアシスを出て、進もうとする枝の死神。一般的な迷宮であれば、地図を見るか、地図がなければ地図をつくる作業が必要になるのだが、
「行き止まりは把握していますが、行き止まりに何か仕掛けがある可能性も考えて、すべてを満遍なく網羅できるように無駄のないルートを考えますから、私についてきてください」
どこに何があるかわからないという意味では、そうだが、地図の形だけ無駄にあるこの現状に、煉夜は面倒くささを感じていた。子供のころに、あまりゲームをやらなかったが、まったくやらなかったわけではない煉夜がその中で、攻略本を買った時に、ゲームマップはあるが、宝箱の位置や階段の位置が記されていない雑な攻略本を買ったことを何となく思い出したのだった。




